夢見駅

あいす

部活で帰りがかなり遅くなってしまった。


辺りはもう、夜の闇に飲み込まれていたが、駅前だからか通りを歩く人も

ちらほらと見受けられた。

「早く帰りたいなぁ。」 そんなことを

考えながら電車の時刻表を眺める。

どうやら、あと15分程で発車する

電車があるようだ。

しかし、駅の正面に着くと何かが妙だった。


あまりにも、静かすぎる。


まだ終電が出る時間でもないのに、

外から見てもわかるほどに人気がない。

あまつさえ電気も点いていないのだ。

訝く思いながらも、階段を上る。

やはり、駅構内も人気は全くなく、

ただ深い闇に覆われた

伽藍堂だけが広がっていた。

目を凝らせば、かろうじて周囲は

見えるものの、一体どうしたことだろうか?

悴み、赤くなった手で、スマホの時間を

確認すると、電車の時間が近づいていた。

急いで改札口に向かっていくと....。


「やぁ。」突然響く声。


驚いて改札口の方に目を凝らす、

すると1人の男がパイプ椅子に

足を組んで座っているではないか。

先刻までは本当に

誰もいなかった、はずなのだが。

少しの好奇心と大きな恐怖心とが入り乱れたまま、恐る恐る近づいていくと、

その男はこちらのことを見て、

にやりと薄気味悪く笑っただけで、

言葉1つとして発する事はなかった。


しかし、すでに私の頭の中は、

得体の知れない「恐怖」で

支配されつつあった。

男を横目で見ながら改札口を抜ける。

定期券のカードを感知する「ピッ」という

電子音が嫌によく響く。

改札口を抜け、少し歩いたところで

ちらっと後ろを振り返ると、

今の今までにやりと嗤っていた男が、


消えていた。


あの人を食ったような、否、

本当に人ではないかのような嗤い顔が

今も自分をどこからか

観ているのではないかと不安と恐怖とで

茫然自失の状態でホームに降りると、

そこはいつもと違った、

どこか別世界を思わせる様な

静寂と、底無しの暗闇でもって

その恐怖を体現していた。



一向に電車が来る気配は無い。



只1つ静寂を壊したのは、

駅のホームでは聞こえる筈もない、


深い闇の奥底から響いてくる

祭り囃子の音だけだった。

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夢見駅 あいす @vanilla_ice_

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