第26話 小鬼帝と母小鬼



「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」



ゲングの振りかぶった大剣がゴブリンソルジャーの胸部を切り裂く。

主力部隊に襲い掛かってきた最後の一匹がそこで絶命する。



通常のゴブリンよりも体が大きく、攻撃防御ともに段違いであるソルジャー。

魔法攻撃に特化し、遠距離からの攻撃や支援を得意とするメイジ。


通常のゴブリンのほかにそれらの亜種たちも出現してきた。

しかし主力部隊のメンバーには及ばず、そこにはゴブリンたちの死体が散乱する結果となった。



「そっちは終わったか?」


「ああ、問題ない」



Bランク冒険者パーティのリーダー、アレンが部隊メンバーの状況を確認する。

部隊に目立った被害はなく、少しの消耗はあるが今のままなら大将戦に万全を期して挑めそうである。



「しかし、ゴブリンソルジャーにゴブリンメイジまでいるなんて...」


「普通なら苦戦する相手じゃないのに、連携されるとかなり面倒だな」



かなりの手練れであるBランク冒険者たちでさえも少し危機感を感じ始めている。

それがいかにここのゴブリンたちが特殊な個体なのかを物語る。



「おそらくそれはマザーの影響だろう。マザーが生み出した子供たちは普通のゴブリンとは違い、亜種が多くなり、かつ能力が全体的に底上げされると言われている。つまり、マザーに近づけば近づくほどに強力な個体が多くなってくるのだろうな」


「マジかよ...もうこれ以上は勘弁してほしいぜ」



アースルドが告げたマザーの能力に嫌気がさしたのか、ゲングとともに主力パーティに参加しているCランク冒険者のウィークが大きくため息をつく。



ここまでにも大量のゴブリンが出現してきたが、同じく洞窟に侵入した部隊に任せたり、見つからないように気配を消して行動したりなど極力、主力部隊が戦闘を行うことは避けてきた。しかし避けられない戦闘も多く、これ以上ロード戦の前に戦闘を行うのは正直厳しい状況であった。



「...ただいま」


「おっ、おう!お帰り、ローナ」



そこへ先の状況を確かめるべく偵察に行っていたBランク冒険者のシーフ、ローナが戻ってきた。同じパーティメンバーのマッチョなBランク冒険者、デ二ムが急に現れた彼女に驚きながらも声をかける。


部隊の大半のメンバーが彼女の帰還に気づかなかったことから彼女の隠密能力の高さが分かる。

さすがはシーフという役割を担っているだけはある。



「偵察ご苦労、先はどうなっていた?」


「少し進んだ先に大きな空間が確認できた。そこからかなり高い魔力が感じられたから、おそらくそこにロードがいる、かも」


「...そうか、情報ありがとう」



アースルドはローナに少し休むよう告げ、部隊メンバーたちの前に出る。



「聞いた通り、おそらくこの先でようやく大将戦となるだろう。今までよりも厳しく、激しい戦闘になることが予想される。しばし休息を取り、5分後に奥へと進む。諸君、しっかりと準備を整えよ」



部隊の面々は大きくうなずき、きたる決戦の時に備える。冒険者として常に死と隣り合わせな状況に慣れているはずの彼らであっても僅かな恐怖心が湧きあがっている。







「ここから先は何が起こるか分からない。諸君、心の準備は出来ているか?」



異様な雰囲気漂う洞窟内の大空間を前にアースルドが皆に尋ねる。

部隊のメンバーたちは真剣な表情で覚悟を胸にうなずき返す。



「では、行くぞ」



ギルドマスターの合図とともに主力部隊はその広間へと足を進める。

少し広間を進んでみると先の方から松明の明かりが何本もあるのが確認できた。



大小さまざまなゴブリンたちが明かりの周囲に集まっており、さらにその奥には明らかにヤバイオーラを放つ巨大なゴブリンが座っている。先ほどのソルジャーとは比べ物にならないくらい筋肉量が多く、手には巨大な剣が握られている。



『小鬼帝・ゴブリンロード』である。



そしてそのさらに奥にはさらに大きな物体が地面に寝転がっているのも視認できる。

その周囲には卵のような形をした物体がゴロゴロと転がっている。

中にはすでに生まれた後なのか、空の残骸も無造作に散らばっていた。



『母小鬼・マザーゴブリン』である。



アースルドは一瞬で状況を理解し、部隊メンバーへと作戦の内容を手短に伝える。



【マザーゴブリンは戦闘能力がほとんどないが耐久力などの生存能力が化け物並みに高い。そのため、まずはゴブリンロードたちの討伐を優先する。】



それを聞いたメンバーたちはすぐに自分の武器を構えて臨戦態勢へと移行した。




「ガガッ、グルルルルゥ」



目の前のゴブリンロードが冒険者たちに気づき、その巨体をゆっくりと起き上がらせる。立ち上がるとより巨体が強調されることとなり、冒険者たちにロードの嫌な威圧感が襲い掛かる。



「こ、こいつがロード。想像以上にヤバイな、こりゃ」


「なに弱音を言っているんだ。そんなんじゃ生きて帰れないぞ」



この威圧感に弱音を漏らしてしまったウィークにゲングがすぐさまエールを送る。

喝の方が近い言い方かもしれないが、これも彼なりの優しさなのである。


するとロードの動きが止まり、じっとこちらを見つめている。

長いようで短い、不気味な静寂がこの大空間を流れる。



と、次の瞬間に戦況が大きく動き出す。



「っ!?諸君、構えろ!」


「グルルゥゥゥアアァァァァ!!!!!!」




ロードの咆哮とともに明かりの周辺に集まっていたゴブリンたちが一斉に襲い掛かってくる。いち早く反応したアースルドは部隊メンバーに戦闘開始を告げる。こうして冒険者の主力部隊とゴブリン軍団との最終決戦が開始された。







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ロードは目の前で繰り広げられている冒険者と配下のゴブリンたちの戦闘をじっと見つめる。

おそらく配下たちでは冒険者を倒すことは出来ないであろうとロードは推測する。


頑張れば数人を倒すことは可能だろうが、あの白ひげの冒険者は確実に相手にならない。

あれは強い、そうロードの本能が告げている。





...しかしそれでいい。



倒せなくとも冒険者どもを消耗させることはできる。

そうすればロード自らが確実に彼らを始末することが出来る。



ロードは絶対に守らなければならないのだ。

大事な生みの親、我らが母(マザー)を。



それこそが彼がここにいる意味、ロードとなった理由。







そして、それがあのお方の望みなのだから...



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