第10話:お邪魔します。

「失礼……ああ、そうか。ほォ、わかった。戻ったら会ってやる」

 小型の通信端末からの報告を受け、金髪碧眼の男は笑みを浮かべる。イキのいい輩は嫌いではないのだ。敵の巣穴に乗り込むなど常人には出来ない。

 まあ、ゲームであれば出来る者も少なくはないが――

「悪いな、良治」

「いえ。何かありましたか?」

「大したことじゃねえよ。ネズミが一匹紛れ込んだだけだ。ビジネスに影響はない。その辺はま、信頼してもらうしかねえが」

「信じていますとも。こと、商売に関しては」

「……つくづく地続きだな、ここは」

「何でもそうでしょう? どんなジャンルであれ、突き抜ける者はリアルでもそうなっている。これが本当のゲームであっても、ね」

 良治、石動良治は微笑む。これは決して想像で言っているわけではない。彼は、彼らは持っているのだ。多くのデータを。

 人間を調べるための材料を。

「さすがは賢人機関、人間のことは全部わかってますってか?」

「全てを解き明かしてはいません。それを知るための賢人機関ですので」

「くく、知るだけなら健全だがなァ」

「そうですね。ですが、知ってしまえば好奇心を抑え切れぬのもまた、人間でしょう。まあ、その辺りのことは俗物共に任せますよ。私は、興味がない」

「じゃあ、テメエの目的はなんだ?」

「……サルベージ」

 石動良治の回答に男は眉をひそめる。この男に野心があるのは最初から理解している。だからこそ組む価値があると男は思ったのだ。

 無欲な者など信ずるに値しない。それを気取っている者は薄っぺらい。人の価値とは男が思うに、望みの高さにある。より高く、より遠く、望み、手を伸ばす。

 それが狂気を生み、才能の壁をも超えるのだ。

 石動良治は間違いなく優秀であるが、男の見立てでは天才ではない。つい先日交戦した星軍の安彦鉄臣同様、一歩足らずの存在である。

 本来は歯牙にもかけぬ存在であるが、石動良治の狂気には価値があると男は値札を付けた。天才か、狂気を孕んだ優秀な凡人か、超えるのはその二種。

 その男が漏らした、小さな本音。

「まあいい。俺にとっては金になるかどうか、それだけだ」

「そんな貴方にとってこの景色、どう映りますか。ヴァンガード」

 彼らの眼下に広がるは禁断の景色。

「金にはなる。だが、俺なら商品にはしねえな。リスクがデカ過ぎる」

「そうでしょうね。治外法権、彼方ゆえに許された我々の楽園。それが『アガルタ』です。我々以外の人種からすれば、狂気としか映らぬでしょう」

「だが、その先に禁断の果実があれば、金になる、か」

「俗物ほどに好きでしょ、不老不死」

「くっはっは、違いねえ」

 プラント、アバターの製造工場である。

「AO、アストラル・オーパーツ様様、か」

「はい。あれは知恵の実であり、物理的障壁を超越し、我々をこの『アガルタ』へ繋げる奇跡、ですから。神ですよ、今の人類にとっては」

「神、ねえ。くく、これまた金になるが危うい言葉だ」

「神の意図は誰にもわからない。とてつもない皮肉だとは思いませんか? 真理を探求するはずの我々が、何よりも不確かなものに縋っているのですから」

「その上で突き進んでいるんだろ? 充分狂気に満ちているよ、テメエらは」

 世界はその狂気によって発展し、凡人は彼らの犠牲を踏みしめより満たされた生活を望む。誰が悪いわけでもない。誰のせいでもない。

 狂気によって彩られた文明世界。その上で踊る人々。

 誰が悪いと言えば、人そのもの。

 狂気だけでは成り立たぬ。狂気の果てに輝く果実を求め、人は金を出す。そしてその金に人は群がり、やがて大きな集となる。

 それがこの世界、彼らの楽園『アガルタ』の真実である。

 眼下に広がるは――人の欲望を満たすための、尊き犠牲。


     ○


 日野秀斗はSクラスを覗いていた。別に気になったわけではない。たった一日で彼女が一人、何か出来るはずがないとは思っていた。『裏世界』の秩序に直結する問題なら星軍が動くであろうし、剣の王相手であればヴァンガードとて――

 と頭の中ではわかっているのだが、気づけば不審者感全開でSクラスをうろつく存在となってしまう。ちなみにこのSクラス、普通にアイドルや女優なども所属しているため、同じ学校の生徒でも露骨な徘徊は警備員に咎められる。

 案の定――

「ちょっと君」

「……⁉」

 警備員に声をかけられる事態となった。悪気はないと抗弁するも警備員に聞く耳は無い。まあ、どこからどう見ても不審な人物なので仕方ないのだが。

 このままではお縄、と言うところで――

「あ、あの、この人は、私の実験を手伝ってもらっている、人です」

「え、ああ、そうなの? 言ってくださいよぉ」

 Sクラス、西園寺那由多が自分の知り合いだと言った瞬間、警備員は高速で揉み手を開始する。Sクラスは学校の宝、下手を打てば失職する。そうなれば彼ら警備員もまた社会人である。揉み手であろうが土下座だろうが、して見せる。

「ごゆっくりぃ」

 颯爽と去っていく警備員を尻目に、

「た、助かった」

 日野は感謝と共に頭を下げる。

「大したことは、していないです」

「あのさ、西園寺に聞くのも変な話だけど――」

「猪熊さん、ですね」

「ん、ああ。登校しているのかな、って」

「していません。昼休みに先生が寮へ確認に赴くそうですが、おそらく」

「……そうか」

 日野は深くため息をつく。

「この件は、日野君が関わるべきではないと思います」

「関わらないって。って言うか、察しが良過ぎないか?」

「……っ。それは、その、でも、信じてください。私が何とかして見せます。これでも伝手だけはあるんです。なので、どうか――」

 西園寺の必死な眼を見て、日野は少し驚いていた。あえて自分が何かしらの関わりがあることを示してでも、自分の足を止めようとしているのだ。

 何故かはわからない。だけど、少しだけホッとする。

 彼女に害意は無い。悪意もまた――それが見て取れたから。

「わかってるって。俺あんまりゲームしないし、何が起きているのかもよくわからないから。ただ気になっただけ。何かわかったら俺にも教えてくれよ」

 周防宗純と西園寺那由多のやり取りを見て、昨日の周防の振舞いを見て、浮かんでいた懸念が一部払しょくできた。これはまあ、収穫であろう。

「あと、あの食い物もう少し味に気を遣った方が良いぜ。味気ないし」

 いつも神出鬼没な周防はいない。まあ、問い詰めたところで何かが出て来る性質ではないだろう。煙に巻かれるのがオチ。それは無駄な時間である。

「……日野君」

 やるなら力ずく。自分『たち』お得意の、である。


     ○


 日野秀斗の成績はあまり芳しくはない。なら、頭が悪いかと言うとそうでもなかった。ある競技のことは何でも頭に入るし、ゲームのこともそれなりに覚えられる。興味さえあれば、集中さえしていれば、頭に刻み込むことは出来る。

 文武、何かしらの競技者、その優劣を決める一つの要素として、集中力が挙げられる。刹那の判断、深淵に潜っての読み。競技者に備わる直観、閃き、それらを支えるのが集中力である。突き抜ける者は皆、これが常人より高水準なのだ。

 猪熊玲央もまたそうであった。彼女は勉強に関して堂々赤点を取る女だが、自身の競技のことであれば頭が回る。特に競技の性質上、瞬発力が鍛えられている。筋肉も、頭の中も。だからこそ、あの僅かな時間で彼女は記憶できたのだ。

 三桁に近い英数字の羅列を。

 そしてこれは偶然だが、日野秀斗もまた同じ得能を持っていた。

 彼が最も輝けるフィールドでは瞬時の、刹那の判断が明暗を分けるから。

「……なんで俺がこんな面倒なこと」

 昼休みに入る前にケリをつける。日野はあの後、すぐさま学校を抜けて、こっそりと寮に戻っていた。あの男が絡むのならば、無関係とは言えない。

 くだらないことに精を出しているならば――

「落ちてろとは言わねえから、上がっててくれるなよ、クソ野郎」

 止める責任の一端ぐらいは、あるだろう。

 だから彼は記憶していた英数字を打ち込み、幾度かリンクを飛んで、

「……すぐ欲しいです、と」

 すぐさまアポイントを取り付ける。

「返信が来る前に準備しておくか――」

 段取りを整えて、返信を見る。まどろっこしいお優しい言葉の後、続く文面を見て日野は笑みを浮かべる。これは連中にとっての蜘蛛の巣。

 そこに、あえて飛び込む。


     ○


「ありがとうございます! これで僕も幸せになります!」

「それは良かった。そちらは試供品、お試しですので好きに使ってください。ここは全ての快楽、その解放が許される場所、『エデン』ですので」

「はい!」

 嬉々とする少年は白い粉を嬉々として吸って、『エデン』の中に飛び込む。あまりにも欲望に忠実なさまを見て、黒服の男たちは嗤い合った。

 また一人、獲物が増えたから。

「チョロいガキだな」

「ほんと、甘ちゃんって感じの面だぜ」

 誰が見ても蜘蛛の巣に囚われた哀れなる獲物。ここから薬漬けにして、ゲーム内通貨を吸い尽くした後、様々な方法で金に換える。そうでなくとも彼らは獲物である前に被験者でもあるのだ。この白い粉、電子ドラッグの。

 リアルには存在しない、一発で頭をぶっ飛ばす代物。内容を知れば誰もそれを摂取するなど考えられないだろう。あれだけ吸えば、死ぬ可能性もある。

 まあ、それでも問題ないからこそ、ここは『エデン』なのだが。

 だが――

「今の、戻せるか?」

 監視室で眼を光らせていたモブ顔の男、ここの支配人は眼を細める。入り込んできた男の姿におかしな点は無い。あまりやり込んでなさそうな服装に、頭の悪そうな笑み、反応、典型的なクズ、ここにハマるタイプに見える。

「この顔、どこかで」

 それにこの少年、勢い勇んで飛び出した割に、その後の動きがどうにも奇妙であった。まるで、この場所を探索しているかのようで――

「おいおい……冗談じゃねえよ」

 ようやく男は気づく。思い出す。

「社長に連絡しろ! 敵襲だ!」

「何言ってるんですか、支配人。敵襲なんて、どこに――」

「良いから一言添えとけ! 『ガンブレイズ』だってな!」

 支配人は顔を大いに歪めていた。よりにもよって社長不在の今、考え得る限り最悪の一角が現れたのだ。社長、ヴァンガードと同等であった男。

 『ガンブレイズ』のシュートが。


     ○


「困りますねぇ、お客様」

「……ああ、モブ男か。まだつるんでんのかよ、お前ら」

 入り込んだ時点で隠す気皆無のシュートと対峙するは、この『エデン』の支配人である黒服の男。モブ顔はコンプレックスである。

「まあ、暇なんでねえ」

「猪熊玲央とそのツレ、そんだけ返せ。それで手打ちだ」

「……何かの紐づけだとは思ったが、まさかあんたとは思わなかった。知ってたら、社長に連絡する前に処分していたのにねえ。悪いが、こっちにも面子があるんでね。引き渡すって選択肢は、ないよォ」

「そうか。なら、戦争だ」

「お一人で?」

「それ以上いるか?」

「でしょう、ねえ」

 男は会話の途中に、不意を突く形で手刀を差し込む。勝機があるとすれば不意打ちしかない。まさに貫目が違う。

 この男はロディニオンが残党の一人――

「悪いなァ」

「……ダミー。随分、真新しい玩具をお持ちのようで」

「トールがくれたんだわ。バレないかひやひやしてたが、ここまで保ってくれたなら十分だ。もう、ここの座標は俺自身で把握した」

 顔面を易々と砕く手刀。この拠点もある程度のダミーは検知する設備であったが、どうやらシュートが使っていたダミーは検知器の範囲外であった模様。

 おそらくこれに関しては確認済みなのだろう。ひやひやしたと言う割には最初から最後までそんな様子を微塵も見せていなかったから。

 顔面の亀裂が体に伸び、完全に砕け散る。

「……単身ならと高を括った俺の判断ミスか。くそ、不味い」

 男は歯噛みする。単身での殴り込みであればダミーである必要などない。本体で直接乗り込んでくるだけでいい。だからこそ、ダミーを用いた理由は明白。

 『単身』ではなかった、それだけのこと。


     ○


「おはようございます」

 本体に意思が戻ったシュートは首を鳴らす。

「……おう。カナデは?」

「ニートたちと遊んでくると少し前に一旦帰られました」

「そうか。丁度いいな。で、準備は?」

「座標は登録済み。いつでも跳躍可能です」

 事前の仕込み通り――

「……そうか。じゃあ、やるか」

 シュートの合図と共に『ガンブレイズ』は粒子と化し、消える。アルクビエレ・ドライブによる超光速移動。搭載する物質を負の質量に変換し、光速を遥かに超える速度で跳躍するシステムである。それは一気に世界を、時を縮め――

「目的地到着。敵艦、展開前です」

 敵の拠点の真ん前に姿を現す。

「照準、敵拠点」

「あいさー」

 腰の銃を引き抜き、主砲のトリガーと接続する。一気にエーテルを込めて、即断即決、迅速なる判断にて、

「吹っ飛べや!」

 最大火力を『エデン』そのものに叩き込んだ。紅き光の柱が楽園の天井を吹き飛ばす。ひしゃげ、剥がれ、砕け散る楽園。

 『ガンブレイズ』は中小型サイズの戦艦であるが、主砲の火力は弩級戦艦クラスである。艦自体が火力と機動力に特化している点もあるが、圧倒的サイズ、スペック差を覆しているのはひとえにもう一つの動力、つまりシュートのシックスセンスにある。火力に関してはこの規模の戦艦ではありえないレベルである。

「これで『檻』は消えただろ」

「ついでに人命も消えました。アバター、五十六名ロストです」

「……まあ、瞬殺なら、たぶん大丈夫だろ」

「痛みを感じる間もなくアバターをロストしたので、あちらに戻った際のPTSDなど後遺症の可能性は低くなります。比較的」

 シューニャは事実を陳列しているだけである。だが、ちょっぴり火力を誤った結果、ミスで吹き飛ばしてしまった事実は少しだけ刺さる。

 まあ、そんなに気にしない。

「俺は下でやる。残った艦隊は任せる」

「お任せあれ」

 シュートは艦をシューニャに任せ、甲板の手前に立つ。ここは真空の世界、極低温の世界との境界線。ここを跨げば人は生きられない。大気構成、温度、気圧、生存不能の条件がこれでもかと揃っている。

 ただし――

「スゥゥゥウ」

 息を吸い込み、身体の周りに新鮮な空気をまとわせ、

「ぬん!」

 それを覆うようにエーテルで膜を作る。即席の宇宙服であり、人間が生存する空間を自らの力で築き上げたのだ。これには本来、常に油断なくエーテル操作を必要とする技量と集中力が必要とされるのだが、彼らほど使い慣れているとそれこそ息を吸うように常時、この状態を保つことが出来るのだ。

 これが宇宙で肉弾戦をする者の心得。

「ハッチ、開け」

 真空の世界に飛び出すは、紅蓮の炎。

「モブ男が出てきたってことは、たぶんここにあいつはいないってことだよなァ。それは好都合だ。ヴァンガードがいないなら、問題はねえ!」

 『ガンブレイズ』のシュート、彼の炎は宇宙を、エーテルを焼く。

 ゆえに炎の華は真空にも咲くのだ。

 だん、炎の塊が凄まじい速度で飛び出した。とある惑星の衛星、そこに一角に設けられていた拠点、『エデン』は炎上し、大破しているそこへ、さらなる追い打ちをかけるべく、炎が宇宙を走る。その『音』は、大勢の脳髄に響く。

 宇宙にも『音』はあるのだ。

 大気の代わりに、エーテルがそれを伝える。

「……めちゃくちゃしやがる! どういう教育を受けたら、ここまでお行儀が悪くなるのかねぇ。人ん家ぶっ潰しといてよォ」

「お邪魔しまーす!」

「……まだ荒らす気かいな」

 炎が地表に衝突し、紅蓮の柱が立ち上る。新参の黒服たちは戦慄する。その、あまりにも巨大な炎を見て。古株の黒服たちは思い出す。

 あれが宇宙海賊ロディニオン、一番艦艦長『ガンブレイズ』のシュート。

 その炎は万物を焼く。

「今ならこの程度で手打ちにしてやるぜ、モブ男ォ」

「俺はモブ男じゃなくて……まあ、どっちでも良いか。とりあえず、社長が戻るまでは何とかしのいでみましょうかね」

 支配人も含めて腕利きの黒服たちが集う。貫目の違いは理解している。それでもこれはゲームではなく、彼らにとっては仕事なのだ。

 ならば、やるべきことをやる。

「まあまあ強くなってるな。でも、まだ足りんよ」

「これでも、限界までは鍛えたつもりなんですがねえ」

 二丁拳銃を抜き放ち、口元を隠すように巻かれた紅きマフラーが星空の中、たなびく。赤と黒のコントラスト、圧倒的な存在感。

「つくづく、ゲームじゃないよ。これは」

 敵の臨戦態勢を見た瞬間、黒服たちは同時に突っ込む。

 彼らは知っている。この世界が、ゲームでは、遊戯ではないことを。ゲームならば誰にでも公平であるはずなのだ。ネットゲームで特別な存在などあってはならない。そんなものが存在するだけで、そのゲームは漏れなくクソゲーであろう。

 ゲームとは公平であるべきもの。

 だからこれは、この『アガルタ』は、ゲームにあらず。

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