第十三歩 迷い子 

 3


 この感じ、覚えがある。

 魔王の部屋にアクア達が降臨した時と同じ感覚だ。

 尋常じゃない魔力量に溢れ出る神気。

 対面しただけで思わず跪いてしまいそうな、そんな神々しい存在に……。


「はあ、なんでいきなり現れたぽっと出の人にこの子を渡さないといけないのよ。大体、あんた誰?」


 アクアは微塵も物怖じせず、いきなりの喧嘩腰だ。

「勧告はしたつもりだったが甘かったか。警戒はしていたのだが間隙を突かれたな。まったく余計な仕事を増やしてくれたものだ」

「人の話は聞きなさいよ、無礼者! 見た所、あんたも一応は神格持ちみたいだけど、日本担当のエリートなこの私に対してなによそのなめた態度は!」

 ガン無視されたアクアが額に青筋を立てて激昂する。

 どうやら本当に女神だったらしいその女性はアクアが目に入らないのか、横たわるクリスを見下ろすと額に手を当て溜息を吐き。

 不意に、パチンと指を鳴らす。

 すると布団が脇に跳ねのき、徐にクリスの身体が数十センチほど浮遊した。

 連れ去られる!

 瞬時にそう判断した私は彼女を止めようと腕を伸ばす。

 だが私が動くより早く、敵意を露わにしたダクネスが目付きを鋭くして、その女性の肩をガシッと掴んだ。

「失礼ですが、あなたはクリスに何をなさるおつもりですか? 見た所何かしらの女神様なのだとお見受けしますが、私の親友に手を出すというのでしたら容赦は致しませんよ」

「おい、ダクネスやめろ! 女神様になんちゅう態度とってんだよ!」

 後ろからカズマに抑制されるも、ダクネスは一歩も引く気が無いらしい。

 肩を掴まれた女神は、すっと目を据えてこちらを睥睨した。

 何も発していないのに感じる本能的な畏怖の念に駆られ、私やカズマは疎か、ダクネスすらも少し怯んでしまう。

 だがそれでもダクネスは手を離さなかった。

 どうした事だろう。

 あのダクネスがまるで仲間を守る正統派の聖騎士に見えるではないか。

 稀に見るダクネスの格好良い立ち姿を前に、こんな時にも関わらず不覚にも私は感動を覚えてしまった。

「ちょっと、いい加減私の言葉にも耳を貸しなさいよ! というかあんた、人様の家に勝手に上がり込んでおいて名前も名乗らないつもり? やっだー、こんな礼儀知らずの女神がいたなんて驚きなんですけど。同じ女神として恥ずかしいんで、即刻やめて頂きたいんですけど! 分かったら、さっさと自分の名前と所属を答えなさ」

「死者の案内をサボっては申請もなく下界に降りるは天界の物品に致命的な欠損を生み出すは。偶に仕事をやるかと思えば書類ミスばかりか内容も希薄、提出期限は常習的に遅延する癖に態度ばかりは大きく部下や後輩をいびり倒す貴様なんぞと同列視される我々の方が迷惑だ。天界の汚点がよくもまあ大口叩いてくれたものだな」

 そ、そんな事をしていたのか。

「お前本当にロクでもないな」

「わ、わあああああっ!」

 よほど腹に据えかねていたのか、キレのある毒舌をつらつらと述べる女神にあっさり泣かされるアクア。

 ちょっとかわいそうな気もするが、この人が言ってることが事実なら自業自得だろう。

 泣き付いてくるアクアを適当に引き剥がしたカズマは女神に向き直り、

「え、えーっと、あなたも女神様でいいんですよね? とりあえず、お名前を窺ってもいいですか?」

「名乗る程の者ではないが、私はカーラと言う。立場はこいつらの監視者と言った所か」

 ちゃんと名乗っているではないか。

 しかし……。

「女神カーラ? 聞いた事がない名だな」

「私もです。どこかのマイナー神なのではないでしょうか?」

「おい、やめてやれ。あんなクールそうだった人が顔引き攣らせてるじゃんか」

 そう言われても知らないものは知らないのだ。

「待って。あんた……い、いや、貴方もしかして、法の女神のカーラ?」

 と、何かを思い出したのか、アクアの顔からすーっと血の気が引いて行った。

 しょんぼりと項垂れていたカーラとか言う女神はアクアの発言を受け気を持ち直したらしく、髪をサッと後ろに払った。

「記憶力の悪いお前でも流石に私の名は覚えていたか。そう、私は……」

「前任者を失脚させて法の女神の座を奪い、その権能で罪人だけでなく気に入らない人も容赦なく断罪するって噂の冷血官、カーラよね⁉」

「法の女神の名において、女神アクアを不敬罪で禁酒刑に」

「ごめんなさい、それだけはご勘弁を!」

 言い終わる前に、アクアは眼にも止まらぬ速さで土下座した。

 それはこれまで見た中でも、指折りに美しい土下座だった。

 冷たい視線をアクアに向けたカーラは、忌々しげに深い溜息を吐き出し。

「そこの馬鹿がいつも迷惑かけてるな。此方で管理するのも面倒なので今後もよろしく頼んだ」

「嫌ですよ、超断ります」

 わーっと泣き出したアクアの頭を私は優しく撫でてあげた。

「それで法を司る女神様が直々に何の御用ですか? さっき身柄がどうとか物騒な単語が聞こえたんですけど」

「お前らを咎めるつもりはさらさらない。要件があるのはこの子だけだ」

 くいっと親指を差したカーラにつられ顔を向けた先には……。

「ま、待て頂きたい、あなたは女神なのですよね? なぜ人間であるクリスを直々に連行しに来るのですか?」

 親友が連行されかけている事を黙って見過ごせないらしく、ダクネスがクリスとカーラの間に割って入った。

「確かにこいつは偶に奇天烈な行動に出ることもありますが、女神様に裁かれる程の大罪など犯しは……犯し……ほ、本当に犯してないだろうな?」

 そこは断定してあげないとフォローにならないと思う。

「私はこれでも忙しい身だ、下界の民が犯す事象を逐一断罪する訳がないだろう。これも仕事だからと割切ってやっているだけだ」

 一々癇に障る言い方をする人だ。

 しかし、この女神は今気になる事を言った。

 人間の行いなど断罪しない、と。

 だが現実問題として、カーラはここにいる。

 なんだろう。

 知ってはいけない事実が目の前に立ち塞がっている気がしてならない。

「神権が停止した今のこの子に長居は厳禁だ。今生の別れだし時間は設けてやるが、挨拶をするなら手短にな」

「……今なんて言った?」

 先程からずっと冷や汗を流していたカズマが、真顔になって素で尋ねた。

「法に則れば、こいつは逆転性が施されこの地を踏むことは不可能になる。思い残すことのない様にな」


「「……神権?」」


「ちょっ⁉」

 気になる言葉を復唱する私とダクネスに、コイツやりやがったみたいな顔でカーラを見返すカズマ。

 ………………。

 ずっと、考えていたことがある。

 一体いつから、カズマとクリスはあんなに仲良くなったのだろうか。

 盗賊団を結成する以前は、あの二人に接点などなかったはずなのだ。

 にも拘らず、王城では数多の騎士や冒険者を相手に颯爽と駆け抜け、最上階まで到達するや否やアイリスからネックレスを華麗に奪取。

 見事逃亡を成功させたのだ。

 その連携は素晴らしく、思い出しただけでもゾクゾクして高揚感が止められない。

 だからこそ不思議だった。

 セクハラぐらいの小さな悪事なら平気でするが、ちょっと大掛かりな犯罪になった途端ビビって尻込みする。

 そんな小心者な男が、なぜ盗賊団と言う危険な団体に入ろうと決意したのか。

 クリスにしてもそうだ。

 盗賊団の助手と言うのは自分の背中を預ける、信頼が無ければ任せられない役職。

 そんな大切な役目をなぜ付き合いの浅いはずのカズマに託せたのか。

 ふと、私は昔クリスが言っていたことを思い出した。


『あたしの場合は、めぐみんに対しての秘密は二つぐらいあるかなあ。……それも、カズマと共有している秘密がね』


 うち一つは盗賊団の事だろう。

 だが、もう一つの秘密は未だ語られていない。

 …………。

「一つ、伺ってもいいですか?」

 ポツリと放った私の言葉に、カーラは視線だけで話を促してくる。


「クリスの……女神エリスの罪状は何ですか?」


 全員が息を呑んだ。

 カーラがジロっとこちらを見据えて来たが、決して目を逸らさない。

 どれだけそうしていただろう。

 徐に、カーラの口が開き……。

「めぐみん、名前が似てるだけでクリスとエリスは別人よ。そんな事も分からないぐらい頭が爆裂しちゃったの?」

「誰の頭が爆裂しますか! よし、頭が爆裂するとはどういうことかその身を持って味合わせてあげますよ!」

「おい、アクア! 話の腰を折るんじゃない! めぐみんも一旦落ち着け! 申し訳ございません、カーラ様。続きを話して頂けないだろうか?」

 アクアに飛び掛かった所をダクネスに羽交い絞めにされ、仕方なく断念する。

 カズマの背中からチラチラッとこちらを窺うアクアとは、いつか話をしなければいけない様だ。

 再び視線が集まるカーラは、すっと指を一本上に立て。

「偶像観念不信罪だ。システムに引っ掛かった時点で殆ど有罪は確定。余程の事態が無い限り判決は揺るがないだろう」

「グウゾ……なんですか?」

 聞きなれない連語に私達の理解が遅れる中、一人だけ。

「ちょ、ちょっと、それってつまりその子が誰かを好きになったって事? ……待って、この魂って……まさか‼」

 何か思い出したらしいアクアはバッとクリスに駆け寄った。

 そして食い入るようにクリスの顔をジーッと伺い。

「う、嘘でしょ……エリス? あなた本当にエリスなの? ちょっと、寝てないで答えなさいよ、ねえってば⁉」

 動揺で我を失ったアクアはクリスの身体を激しく揺すった。

 その様子をカーラは黙って観察し。

 前触れなくパチンッと指を鳴らす。

 すると何かに阻害された様にアクアが後方に弾き飛ばされた。

「いったっ! ちょっと、あんたいきなり何すんのよ!」

 続け様にもう一度指を鳴らすと、カーラとクリスを囲む様に大きな魔法陣が生成され光が立ち昇った。

「時間だ。この後は事実確認や証拠集めと仕事が嵩んでいるのでな。この子に審判が下されるのは十三日後の夕方だ、別れの挨拶は祈りでも捧げて伝えると良い。以上」

「待ちなさいな、まだ話は終わって……」

 一方的に会話を切り上げたカーラはアクアの言葉を聞き届けず。

 パッと光が消えた時にはクリス諸共、部屋から姿を消していた。


 4


「状況を整理します」

 カーラがクリスを連れ去った後。

 広間に降りた私達は、ニホンのお菓子を摘みながら紅茶を飲み。

 皆が落ち着いたところで、バンッと机に両手をついた。

「まず、クリスの正体についてですが」

 自然とアクアに視線が集まった。

「ええ、未だに信じられないけど、あの魂はエリスで間違いないわ」

 アクアの言葉に、私はこくりと頷く。

「次に、クリスの症状についてです。あのカーラとか言う女神の発言からして、クリスが犯したという罪への報償だと推測されますが……。アクア、先ほど出て来た、グウゾウなんとかザイとは一体どんな罪状なのですか?」

 先程アクアがチラッと言っていたが、ここで改めて確認しておきたい。

 それはきっと、私達の今後に大きく影響を与えるだろうから。

「簡単に言えば、女神は人間に恋しちゃダメよってルールね。懲罰の内容まで一々覚えてないけど、神権を停止させられるとか、そんな感じだったと思うわ」

 やはり聞き間違いではなかったみたいだ。

「……神権を停止させられたら、その後はどうなるんだ? クリスはもうこの世界に来れないなどとあの女神は言っていたが」

「どうもこうもないわ、破滅よ! これまでに苦労して積み上げて来た功績も、神様としての力の数々も、女神になって以降の記憶や経験も、全部白紙にされちゃうの! そして人間として元の世界に送り返されて、そのまま一生を終えないといけないのよ!」

「……人として生きる事の何が問題なんですか?」

 私と同じく、ダクネスもどう反応した物かと戸惑っている。

「問題も問題、大問題よ! 女神じゃなくなったら、周りの人からちやほやされないし、ご飯だって勝手に出てこないし。なにより、生きる為に汗水垂らしてあくせく働かないといけないのよ⁉ 一度女神の待遇を知っちゃったらそんなの戻れる訳ないじゃない!」

 やっぱり問題ない気がする。

「ですが、どうして今になってクリスの神権が剥奪されたのでしょう? 女神が恋に落ちた時に神権とやらを失うのであれば、もっと早い段階で起こっていたはずです」

「確かに。皆で魔王討伐の祝賀会をやったあの日に、クリスはカズマを好きだと私達に告げていた。恋心を抱いた時に刑が執行されるのならば時期がおかしい」

「待って、私そのやりとり知らないんですけど。と言うか、エリスの好きな人ってカズマなの⁉︎ よりにもよって、女の子のパンツ盗って振り回すのが趣味な、鬼畜で卑屈でヒキニートなこのカズマ⁉ こんなの好きになるのはめぐみんやダクネスみたいな変わった子ぐらいだと思っていひゃいいひゃい! ふはひほも、頬をひっぱらはいへ!」

 両側から頬を引っ張られ涙目になるアクア。

 自分で思うのはいいが、人に言われるのは腹が立つ。

 でもまあ……。

「ううっー、頬が伸びたらどうしてくれるのよ?」

 アクアも人の事言えないと思う。

「そ、それで話を戻すけど……ちょっとヒキニート、黙ってないで何とか言いなさいな」

「……悪い、なんか言ったか?」

 話を聞いていなかったのか、先程から会話にも参加せず心ここにあらずなカズマに。

「だから、エリスに何をしたのかって訊いてるのよ。あの子も多少の邪な感情は神気で誤魔化せちゃうから、本来なら巡邏システム如きに引っ掛かるはずないの。つまり、あの子が感情を誤魔化せない程の何かをあんたがやらかしたって事よ。ほら、サッサと白状なさいな」

 言いながら、額がくっつくぐらいの至近距離から睨みつけるアクアにカズマは、

「キスならした」

 なっ⁉

「こ、この男、私を前に言い切りましたよ。厚顔無恥にも程があるでしょう!」

「う、うむ、前々からカスマだのクズマだの呼ばれていたが、遂にこんな域にまで達してしまったか」

「あ、あんたまさか、私にも不埒な事をしようと狙ってたんじゃないでしょうね?」

 矢継ぎ早に私達はカズマを責め立てる。

 だが、この性根の捻じ曲がったクズ男がすぐ遜るはずがない。

 どうせあれこれと屁理屈をこねて煙を巻くに決まって……。

「悪かったよ」

 決まって……いまなんと?

「あ、あんた、いま悪かったって言った?」

 動揺したのは私だけではなかったらしい。

 眼をぱちくりさせるダクネスの横から、アクアが信じられない物でも見るかのように指を戦慄かせ問いかけた。

 するとカズマは机をぼんやり眺めたままボソッと。

「ああ、俺が悪かった」

 …………。

 バッとカズマに背を向け私達は顔を寄せた。

「ちょっとちょっと、カズマさんおかしいんですけど、すっごくおかしいんですけど。私あんな素直に謝るカズマさん見たことないわ。ヒール掛けてあげた方が良いのかしら?」

「落ち着いてくださいアクア、私だってまだ混乱しているんです。あの偏屈なカズマがこうもあっさり自分の非を認めるなど予想外もいい所です。一体どうしたのでしょう?」

 オロオロする私達に、ダクネスはふむと頷き。

「思ったのだが、カズマの奴なにかを悩んでるんじゃないか? どこか意気消沈しているようにも見えるし」

 言われてみれば確かに。

 クリスのことで頭が一杯でそこまで気が回っていなかった。

「その線が強そうですね。先程からほとんど発言してませんし、いつものキレもありませんでしたもんね」

「そうかしら? 単にぼーっとしてるだけだと思うのだけど」

 落ち込んでいるからこそぼーっとしているのだと思う。

「でも、だったらこれどうすんのよ。正直、今のカズマさんはなんか気持ち悪いし話し掛けたくないんですけど。私渾身の宴会芸でも披露すれば正気に戻るかしら?」

「多分、宴会を楽しめるだけの余裕はないと思います。というか、アクアって一応は女神なんですよね? 悩める子羊を導くのは専売特許なのでは?」

「無茶言わないで、確かに信者の子達を教え導くのは私が得意とする所だけど、相手は屁理屈ばっかり捏ねてすぐに人の上げ足を取るカズマなのよ。そんな人の心まで動かせる訳ないじゃない。後、めぐみんまで頭に一応ってつけないで頂戴」

 アークプリーストにして女神なのに頼りがいがない。

「ならば、他にあいつが悦びそうなことをするのはどうだ? 笑顔は人を前向きにしてくれる。きっと、いつものカズマに戻ってくれるはずだ」

「ですね。問題はどうやってあの男を元気付けるかですが」

「そんなの簡単じゃない」

 さらりと言い放ったアクアは自信満々に、

「二人が一緒にお風呂に入って色々やってあげるとか、夜のお世話を手伝ってあげるとかすれば」

「「断る」」

 私とダクネスの言葉がぴったり重なる。

 カズマと二人きりならともかく、ダクネスもいれて三人でとなれば絶対に嫌だ。

 …………でも。

 あのエッチい事大好きな男を元気付ける為だし、二人きりなら……。

 私が危ない考えに染まり始めたその時、ガタッと椅子が音を立てた。

 振り返ってみるとそこでは、ゆらーッと立ち上がったカズマがそのまま何も言わずにトボトボと扉の方へ……。

「カズマ、何処へ行くんですか?」

 私の言葉にカズマは、扉の取っ手に手を掛けて。

「しばらく、一人にしてくれ」

 なんの感情も籠っていない平坦な口調でぼそりと呟いた。

「「「……」」」

 ……動けない。

 その後ろ姿からは、私達に関わって欲しくないという分厚い壁を感じてしまい。

 広間から出ていくカズマを、私達は見守る事しか出来なかった。


【審判の日まで、あと十日】


「ただまー」

 あのお高く留まった女神に抗議してくるわと息巻き、天界に赴いていたアクアが弱弱しい声を上げて帰ってきた。

「おかえりなさい、その様子だとダメだったんですね」

「お疲れ様。紅茶を入れたからゆっくり飲むと良い」

 注がれた紅茶を飲んだアクアはそのまま机に突っ伏し、

「事態は深刻ね。エリスんとこの子から幾らか話は引っ張り出せたけど、状況証拠は完璧に揃ってるし、システムエラーも発生してない。エリスにも会ってきたけど、あの子自身が実刑を受け入れる気満々だし。この状況で判決を覆すのはまず無理ね」

 八方塞がりではないか。

「仕方ありません、これは再び悪い魔法使いの出番のようです。ふっふっふ、腕が鳴りますね」

「馬鹿を言うな、そんな罰当たりな事絶対にさせないからな!」

「ああっ、何をするんですか! はな、はなせー!」

 ダクネスからの思わぬ妨害を受け、無理やり椅子に坐らされた。

 折角の名案だというのに何が気に入らないのだろう。

「アクア、他にクリスを助けられる道はないのか? 天界の裁判がどのような形式かは知らないが、例えば情状酌量を狙うとかは?」

 ダクネスが意見を述べるも。

「システムで検挙された以上、そうそう覆る事はないし。第一、あの子にその気がないのだから、情状酌量の意味がないと思うの」

 アクアの言葉に、ダクネスは黙り込んでしまう。

「そう言えば、あれからカズマさんの様子はどう? 少しはマシになったかしら?」

 と、チョコの入った棒をポリポリ齧っていたアクアが、さも今思い出したかのように尋ねて来た。

「それなのですが……あれ以来、ずっと部屋に引き籠っています」

「飯もろくに喉を通らないようだな。何度も声を掛けてはいるんだが、生返事しか帰って来ない」

 食事を扉の前に置いておくものの、数口食べた形跡しか見られず。

 トイレやお風呂時にフラッと出てくる時もあるが、話し掛けてもやっぱり必要最小限の相槌しか打たないので、会話の体すら成り立っていない。

「まったくあいつときたら、いつまで落ち込んでいるつもりだ。ショックを受けるのは分かるが、部屋に閉じこもっているだけでは何も変わらないだろうに」

 頭に手を当てイライラしたように悪態をつくダクネス。

 気持ちは痛い程分かる。

 大した進捗もないのに時間だけが刻一刻と進んで行き、親友の身が危ぶまれるので焦燥に駆られているのだろう。

「立ち直るには時間が必要な時もあります、もう少し様子を見ましょう。幸い刑の執行まで幾何かの余裕があります。それまでにはカズマも立ち直って、また突拍子もない案を提案してくれますよ」

 言って、私は安心させるように笑いかけた。

 その様子にダクネスも少しだけ力を緩め、

「そうだな。もう少しだけ待ってやるか。あいつの事だ、ひょんなことがきっかけで元気を取り戻すかもしれんしな」

 そんな私達をぼんやり眺めていたアクアはすっと視線を外し。

「あれはそう簡単に立ち直れないと思うけどね」

 咥えていた棒をポキッと齧った。


【審判まで、あと六日】


 ……違う。

 これでもない……これも違う。

 アクセルの図書館より格段に本の冊数が多いのに手掛かりすら掴めないとは。

 一心不乱に文面に目を走らせ、読み終わったらすぐに次へ移る。

 そんな作業を繰り返していると、図書室の扉がゆっくりと開かれた。

「めぐみん、頼まれていた資料本を持ってきたよ」

「ああ、あるえ。わざわざありがとうございます。その辺に置いておいてください」

「その辺って……この短い期間によくここまで散らかせたわね」

 あるえに続いて入ってきたゆんゆんが呆れ顔で苦言を呈してくる。

 つられて私も見渡してみるが。

 机だけでなく床にまで本が積み重ねられ、本当に物を置く隙間が何処にもない。

「仕方がありません、先に部屋の整理をしましょうか」

「……いや、片付けは私達がやっておくから。君は一度休憩を取るべきだよ」

 どうやら、あるえなりに気を遣ってくれているらしい。

「ありがとうございます。でも今は一刻を争うので調査の手を止める訳にはいきません。では、片付けはお願いしますね」

 会話をして少し気分も紛れた事だし、作業を再開……。

「そうは言うけど。そんな様子じゃあ、クリスさんを助ける前にめぐみんの方が先に体調を崩しちゃうわよ」

 そういうゆんゆんこそ、普段しない化粧までして目元を隠している癖に。

 ここの所ろくに眠っていないのだから、疲労が溜まっていて当然だ。

 だがダクネスやアクアは今も懸命に動いているはず。

 私だけ休む訳にはいかない。

「大丈夫です、この程度の事で音を上げる私ではありません。まだまだ頑張れますから」

 安心させようと口角を上げてみたが、二人は渋い顔のままお互いに顔を見合わせ。

「どうしてそこまで身を粉にするのか理解出来ないな。そのクリスと言う人はそんなに仲がいい友達なのかい?」

 きっと本気で心配してくれているのだろう。

 あるえだけでなくゆんゆんもじっとこちらを伺って来た。

「勿論、クリスは大事な友人ですよ。同じ志を持つ団体に所属し、共に世界を救済している仲間ですから。それに……」

 窓の外では、遠くの空にどんよりとした雲が浮かんでいた。

 基本的に毎日晴れなこの場所で、珍しい事もあるものだ。

「……これ以上、カズマに負担を掛けたくありませんから」

 それだけ告げた私は、再び目の前に摘まれた本を手に取りページを開く。

 今度こそ何か手掛かりになり得る情報があればいいのだが。

「……あるえ、悪いんだけ片付けは任せてもいい?」

「ああ。他ならぬ友の頼み、この血の盟約を持って汝の望みを受諾しよう」

 チラッと視線を上げた先では、ゆんゆんが何も言わずに向かいの椅子に座り手近な本をパラパラと捲り始めていた。

 …………本当にこの子は、なんというかお人よしだ。

 口元を緩めた私は、再び文面へと視線を落とした。

「……これが女の友情か」

「「!?」」


 それからも毎日、私達は調査を続けた。

 しかし、思うような成果を上げる事も出来ず。

 気付いた時には審判の日まで、あと三日に差し迫っていた――

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