第八歩 旅立ち

 5


 食い逃げしたセシリーさんの肩代わりをし。

 ここ最近すっかり通い慣れていた屋敷の前で、あたしはノックをする態勢のままカチコチに固まっていた。

「……い、いざ挑むとなったら、やっぱり緊張するな」

 ここに来るまでの道すがら、彼をその気にさせる為の誘い文句をいくつか考えはした。

 しかしこう、ビビッと戦慄するようなセリフは脳裏に降臨してこない。

 つまりノープランだ。

 平素ならもっと慎重に行動を決め万全を期する所なんだけど。

 でもなあ、半ば無理やりとは言え、セシリーさんと約束しちゃったからな。

 それに、こういうのって時間が経つにつれてどんどん嫌な方嫌な方へと考えちゃうものだし……。

「ええい、もうなるようになっちゃえ!」

 開き直ったあたしは玄関のドアをコンコンッと叩き、

「お邪魔するよー!」

 勢いに任せて扉をバンッと開き、そのまま広間のドアノブもガチャッと回した。

 すると物音を聞きつけたのか、ソファーからだらんと頭を覗かせ、

「ああ、クリスか。ダクネスなら居ないぞ」

 あたしが何か言う前からそんな情報をくれたカズマ君は、再びソファーの陰へと隠れてしまった。

「ダクネスどっか出掛けたの?」

 言いながらソファーまで移動したあたしは背もたれの部分に腕を乗せ覗き込む。

 そこにはぐでーっと仰向けに寝そべりゲーム機をピコピコと操作するカズマ君の姿が。

 少し前のあたしなら、だらしない彼の物腰に意を呈していただろう。

 でも今ではそんな彼の姿にさえ安心感を覚え、無意識のうちに頬が緩みそうになるのが自分でも怖い。

「なんか諄い見合い相手達を撃退してやるって息巻いて何日か前に実家へ戻ったぞ。あの様子だと当分は帰ってこないだろうな」

 そう言えばこの間もそんな事を愚痴ってたっけ。

「貴族の人達も意外と諦めが悪いな。まあ今やダクネスは、魔王討伐に多大な貢献を齎した王家の懐刀って言う無駄に立派な肩書持ちだもんね。欲と権力に貪欲な貴族達が躍起になるのも無理ないか」

「おまけに、あいつ見てくれだけはいいからな。中身を知らない貴族連中が挙って群がるんだろうよ」

「他人事みたいに言ってるけど、半分ぐらいはキミのせいみたいなものなんだからね」

 責任逃れでもするかのように、カズマ君はごろんと横になって背を向けてしまった。

 ……うん、大丈夫だ。

 今のところ自然に会話が続いている……はず。

 なら決心が鈍らないうちに手早く約束を取り付けてしまおう。

 落ち着いて、変に気負ったりせずあくまで普段通り、普段通りに。

「ね、ねえ、カズマ君?」

「どした?」

 よしっ、いい調子だ。

 後は、ちょっとそこまで遊びに行こうよって感じの軽い口振で。

 自然に淀みなく、水が流れるようにサラサラと提案すれば……。


「と、ところでダクネスは分かったけど、他の二人はどうしたの⁉ キミ以外に人の気配を感じないんだけど」


 出来なかった。

 だってそうでしょ、面と向かってデートに誘うとか恥ずかしいに決まってるじゃん。

 第一、あっさり出来るぐらいならわざわざセシリーさんに相談などしていない。

 そんなあたしにいきなり本題に入る勇気などあるはずもなく、取り敢えず部屋に入った当初から気になっていた点を尋ねる作戦に移行する。

 するとカズマ君はゲーム機から目を離さないまま。

「アクアなら日本だぞ」

 …………。

「ごめん、今なんて言った?」

 ちょっと耳を疑うような事を言われた気がするけど流石に聞き間違い……。

「俺はそん時寝てたからよく知らないんだけど。めぐみんが言うには、アクアのヤツ昨日の朝になって突然、『久しぶりに日本のお菓子が食いたい』とか駄々こねたらしくてな。魔道具使うのも面倒だからって天界経由で日本に行ったんだと。ったく、あの野郎、抜け駆けしやがって。行先が日本なら俺も行きたかったのに」

「行かせないからね! シレッと天界経由とか言ってるけど、そもそも人間が天界に行くこと自体、普通あっちゃ駄目だから!」

 先輩も先輩だ、そんなしょうもない理由で気軽に日本へ行かないで欲しい。

 この事が上層部にバレたら、この世界担当であるあたしも何を言われるやら。

 ……よし、聞かなかった事にしよう。

 あたしだってアクア先輩にばかり感けていられないのだ。

「それで、めぐみんは?」

 専ら最要注意人物であるめぐみんの所在を確かめるべく、あたしは持って回った口調で話を促した。

「っ! あいつは帰省中だ。実はこないだめぐみんの誕生日があったんだけどさ、そん時に届いた親御さんからの手紙に、一度里に帰って来るようにって書かれてたんだと」

 へー、て事はだ……。

「それじゃあ暫くの間はキミ一人で留守番する事になるんだね」

「まあ、そうなるわな。三人とも、早ければ明後日の夜には帰って来るつもりだとか言ってたっけ。あいつらに用があるんならそん時また来てくれ」

 なるほど、つまり明日から明後日の昼までカズマ君はフリーになる訳だ。

 フリーに………………。

 あれ、これってまたとないチャンスなんじゃ。

 ここ最近あたしのアプローチが失敗していたのは間が悪かった時も勿論ある。

 でも一番の理由は何だった?

 そう、少なくともめぐみんかダクネスの一方が常にカズマ君の傍にいたからだ。

 だがその二人は屋敷を離れておりしかも暫く帰って来ないという。

 おまけに何かとタイミングの悪いアクア先輩も絶賛異世界遊覧中ときた。

 それ即ち、この二日間はカズマ君の気を引く絶好の機会だという訳で……。


 違う、そうじゃない!


 彼女達がいない間に彼に取り入ろうだなんて、そんなの場外乱闘戦みたいでズルいではないか。

 女神の癖になんて卑劣な方法を考えてるんだあたしはあれでも待てよ。

 あたしは既に全力で盗りに行くって二人に宣言している。

 その上であの二人はあたしと言う不安因子を放置したまま、カズマ君を置いて屋敷を開けたんだ。

 ならその間隙を突くのは果たして悪なのだろうか悪じゃないよね、寧ろ手心を加えた方が相手への侮辱となるよね。

 だったら四の五の言わずにとっとと打って出るべきなんじゃ…………。

 いやいや、ちょっと待って。

 もしかしたらあたしは抜け駆けなんかしないだろうって信頼の下この場を去ったのかもしれない。

 だとしたらそれを一方的に破るのはあまりに非道ではないか。

 本当にそんな行いが許されるのだろうか。

「キミならどうする?」

「なにがだよ。てか、さっきから頭抱えてソファー周りをグルグル回ってると思ったらいきなりどうした? 疲れてんのか?」

 真顔で心配されるのって結構心に来るんだね、初めて知ったよ。

 だけど自分でも不可解すぎる行動に及んでいたのは理解しているので、あたしは大きく深呼吸をし冷静さを取り戻した。

「ごめん、あたしもちょっと混乱してて。因みに、ダクネスやめぐみんは家を空ける前に何か言い残さなかった? 何かに気を付けろとか忘れるなとかそんな感じの」

 二人が何の対策もなしにこの、ちょっと言い寄られれば簡単について行きそうな男の子を放置しているとはどうしても考えにくく。

 警告染みたメッセージでも受け取っていないかと思い念の為確認をとってみたのだ。

 まあ、ここまで何も言ってこなかったのだから無用な心配なんだろうけど……。

「い、いや、特に何にもなかったぞ⁉ ああ、めぐみんには何も頼まれてないからな‼」

 …………。

「声裏返ってるけどどうしたの? それになんか顔も赤いけど」

「そそ、そんな事ないぞ⁉ おお俺はいたって通常通りだ何処もおかしくないぞ……ないからな!」

 明らかに挙動不審じゃないか。

 二人からじゃなくめぐみんからと言い直したのも怪しすぎるし。

 これだけ動揺しておきながら、それでもコマンドを打つ指の動きが止まらないのは最早感心するしかない。

 しかしなんだろう。

 以前なら気にせず流していたと思うのだけど。

 あたしに秘密で何かを誤魔化すその態度がなんだか面白く無い。

「ねえ、めぐみんと何かあったの、隠してないで聞かせてよ」

「こ、断る! プライバシーの保護を主張する!」

 その一言にあたしの不機嫌さが加速する。

「いいじゃない、教えてよ! 一緒に盗賊団をやった仲でしょ、今更あたし達の間に隠し事なんか野暮ってものじゃんか」

「や、やめろー! 身体を揺らすなよ、アクアが大事に育てたチューリングがお亡くなりになるだろ。てか、今のお頭はアクア並に面倒臭いですよっ!」

「失敬な、いくら何でも先輩並は言い過ぎでしょ!」

 身体を縮こまらせ防御姿勢を取るカズマ君にむっとなり、ソファーの前に回り込んでいたあたしは腕を組んで頬を膨らませた。

 急に静かになったあたしを不審に思ったのか、恐る恐るこちら側に首を回してきたカズマ君だったが尚もあたしはそっぽを向き続ける。

 と、漸くゲーム機を傍らに置いたカズマ君は頭の後ろをガシガシとかき乱し。


「一緒に付いて来て欲しいって頼まれました」

「っ!」


 一拍、心臓の刻む音が途絶える。

「…………それって……」

 零れ出た言葉は、これまで発したことが無い程にか細く掠れきっていた。

 だが全身を駆け巡る感情とは裏腹に頭は恐ろしい程冴えており、自分が置かれた状況を冷静に、客観的に分析している。

 こんな状況に陥れた張本人はと言うと、これでもかってぐらい顔を赤く火照らせ物凄く決まりが悪そうだ。

 すっと、あたしは目を伏せてしまう。

「まあ……あいつも真剣な顔で言って来てたし、そういう意味合いも含まれてたんじゃないかな……と。だ、だけど俺はまだ十七だしめぐみんだってこないだ十五になったばかりだし俺達にはまだ早いんじゃないかと思いましてね⁉ やっぱりこういうのはもっと時間をかけてゆっくり結論を出した方が良いと俺は思う訳ですよ、お互いをもっと知って仲を深め合った後でも遅くはないんじゃないかってごめんなさい言い訳です土壇場で怖くなってヘタレましたすいません‼」

 黙り込むあたしが怒っているとでも思ったのかカズマ君は必死になって捲し立て、終いには床に頭を付け、それはそれは美しい土下座を敢行した。

 お世辞にも格好いいとは呼べないその姿を前に、あたしはポカンと口を開き。

「は、ははっ、あはははは」

「……あ、あの、クリスさん?」

 乾き果てた笑いを溢すあたしを、カズマ君は訳が分からないと言いたげな表情で恐々と上目遣いをしてきた。

 彼が動揺するのも当然だ。

 あたし自身、自分の中にこんな感情が存在した事実を目の当たりにし理性が追い付いていないのだから。

 同時にあたしの肩に並々ならぬ罪悪感が圧し掛かる。

 ああ、あたしってこんなに薄汚い存在だったんだ。

 めぐみんの事を思えば、彼に糾弾の一つでもしてやるべきなのに。


 ――絶望の淵に舞い降りて来た一縷の糸に、悦びを抱かずにはいられない。


「どどど、どうしたんだよクリス⁉ おお俺なんか悪い事したか? いや、確かに悪い事した自覚はあるけどそれはめぐみんに対してであってお前を傷つけたつもりは……っ! てかなんか喋ってくれよ急に笑い出したかと思ったら泣くは黙るはでめちゃ怖いんですけど!」

「へ?」

 慌てて手で触れると確かに、目尻には涙が溜まっていた。

 や、やだなあ、なんか無性に恥ずかしい。

 こんな情けない姿を彼の前で晒すだなんて不覚だ。

 指で涙を拭い去ったあたしはふっとはにかみ、

「ご、ごめん、キミのせいじゃないから、ちょっと自己嫌悪に陥っちゃってね。とにかく、キミの事情は把握したよ。めぐみんが帰って来たら改めて謝るんだよ」

「は、はい、そうします」

 あたしの言葉にカズマ君は返答しつつも、どこか怪訝そうに小首を傾げた。

 ……………………。

「……な、なあ、なんでさっきから俺の顔をジッと見てくるんだ? あんまり熱心に見られると恥ずかしいんですけど……。あのー……」

 …………。


 決めた。


「キミってさ、明日と明後日って時間ある?」

「は? まあ、暫く外泊でもしようかと思ってたけど基本的には空いてるな」

 よしよし、ちゃんと暇してくれてるようで安心し外泊?

「屋敷持ちのキミが何で外に泊る必要があるの?」

 あたしの質問にカズマ君は、まずったとでも言いたげに手で口を塞ぎ、

「い、いや、前からダストとかと飲みに行く時は割と外泊してるんだよ。ほら、飲んだ後に屋敷まで帰んのって面倒だろ? それに寝る場所変えるのは気分転換にもなるしな!」

「つまりキミは、ダクネス達がいないのを良い事に飲み歩くつもりだって言いたいの? それは流石にどうかと思うよ」

「そ、そうだよなっ! 俺もちょっと嵌めを外し過ぎだって気がしてきたしやっぱ自粛しておくわ! そ、それで、クリスは何で俺の予定なんか聞いてきたんだ?」

 妙に焦った態度なのが気になるけど、話が進まないしひとまず置いておこう。

 すっと息を吐き、あたしはいつも通り軽快な口調で。

「うん、ちょっと提案があってさ。明日から一泊二日、二人で出掛けない?」

 あたしの言葉にカズマ君は、暫しポカーンと呆然とし。

 面白いぐらいに狼狽え始めた。

「な、何を企んでるんだ、一緒に出掛けようってどういう意味だよ? あれか、からかってるんだろ、俺をからかってるんですよね⁉ どうせなんかの神器を集めにとかそう言うオチなんですよね?」

 やけに警戒心が強いな。

 以前誰かに似たような事を言われて騙された経験でもあるのだろうか。

「心外だな、神器集めなら神器集めってハッキリ言うよ。素直にそのままの意味で取ってくれればいいのに」

 拗ねた体を装いながら、あたしは足をプラプラさせた。

 疑心暗鬼を生じているのか、カズマ君は再び自分の中の何かと葛藤を始めたらしい。

 頭を抱えた状態で数秒後、ふっと若干赤くなった顔を上げ。

「……じゃ、じゃあ、それって…………?」

 期待が込もったカズマ君の眼差しに観られながら、あたしはこくりと頷き。

「魔王を倒してくれたって言うのにまだ何にもお祝いを渡してなかったでしょう? だからこの機会に、世界を救ってくれたキミに恩返しをしようと思ってさ」

 ビシッと、彼の口元が引き攣った。

 予想通りなカズマ君の反応に思わずクスリと笑ってしまう。

「あれ、どうしたの固まっちゃって? もしかして別の理由だと思った?」

「お、おお思ってないから。どうせこうなるって最初から分かってたから‼」

 正座から胡坐に坐り直したカズマ君は怒気を交えて叫ぶも、気恥ずかしそうに言われたんじゃちっとも怖くない。

 いつもはやられっぱなしのあたしだが、今回は彼に一矢報いてやれただろうか。

 まあ、あたしも結構一杯一杯なんだけどね。

「あはは。ごめんごめん、今のは意地悪が過ぎたね。ちゃんと言い直すからもう一回こっちを向いてくれないかな?」

「いいよ別に、わざわざお礼なんか。俺はこのまま屋敷で……」

 不貞腐れて投げやりに言うカズマ君はすっと立ち上がるとソファーに寝ころび直す。

 でも内心では気になるらしく、こちらにチラッと視線を送っているのがバレバレだ。

 やっぱり、彼と一緒にいると退屈しないな。

「ねえ、カズマ君」

 手を後ろに組み直し、緊張と羞恥で頬を赤らめながらも。


「あたしとデートに行かない?」


 そう言って、ニカッと笑いかけた。


 6


 翌朝。

 雲一つない抜ける様な蒼穹の下で。

「うーん、いい天気。昨日は雲行きが怪しかったから心配したけど晴れてよかった」

 手を大きく広げて胸一杯に空気を吸い込む。

 冬ならではのキンと張り詰められた冷気が鼻腔を通るが、期待と興奮で身体が暖かい今のあたしにはむしろ心地よい。

 何処からか奏でられる小鳥の囀りは周囲の静けさをより一層際立たせ、この場の雰囲気をこれ以上に無い程まで情緒深く染め上げている。

 街が活発化するには少し早い時間帯。

 日中は人で賑わうこの商店街も、今はまだ開店準備をする店主以外には通行人がチラホラいるだけだ。

 すれ違う人々に挨拶を交わしながら商店街を通り抜け、あたしは待ち合わせ場所であるテレポート屋へと向かっていた。

 約束の時間まではまだ結構余裕がある。

 だけど恥ずかしい話、今日が楽しみ過ぎていつもりより早く起きてしまい、時間を持て余してしまったのだ。

 かと言って、自室で待つというのはどうにも落ち着かない。

 ならいっそ街の散策を楽しんでから時間までは気長に待っておこうと思い至り、こうして早めに出立したのだ。

 と、何時の間にかテレポート屋が見えて来た。

 まだ開店してないはずなので、お客さんは誰もいないだろうと思っていたのだがどうやら外れたようだ。

「あれ、入口の所に誰かいる?」

 千里眼スキルを持ち合わせていないあたしでは、この距離から顔の判別は出来ない。

 テレポート屋の店主が一日に転送できる人数には限度があるので、集合時間を早めに設定したのだが大丈夫だろうか。

 幾何かの懸念を抱きながら通りを一つ越えた辺りで、漸くその正体が判明した。

「……もう、本当にそういうところなんだよね」

 遠眼でもソワソワした様子が明白だ。

 テレポート屋の前で落ち着きなくウロウロ動き回っている、とても見覚えのあるその人影に、自然とあたしの口角が緩むのを感じる。

 と、あちらもあたしの存在に気が付いたらしい。

 ビクッと一瞬固まったかと思うと、ぎこちない動きでこちらに手を振ってくる。

 それが何だか無性に嬉しくて、あたしは手を振り返し駆け足で近付いた。

「やあ、おはよう! 約束の時間まで大分あるのに来てたんだね、結構待った?」

 流行る鼓動を押さえて普段通りの挨拶をしたのだが、テレポート屋の前を行ったり来たりしていた人物、カズマ君は眼を大きく開き息を呑んでいた。

「ど、どうしたの? あたしどっか変?」

 言いながらあたしは自分の服装をざっと確認する。

 上は襟幅が小さい群青色のPコートにマフラーとミトン。

 下は厚手の短パンとハイソックス、ブーツは革製の物を身に付けている。

 これから赴く土地の気候に合わせて、あたしなりに着飾ったつもりだったんだけど。

 少し不安になりながら尋ねるとカズマ君ははっとしたらしく、あからさまに挙動がおかしくなった。

「い、いや、なんでもない! おお俺もさっき来たばかりだからな気にすんな!」

 上擦った声を上げるカズマ君は顔を伏せながらもこちらをチラチラと伺ってきた。

 その様子でピンときたあたしはにんまりと笑い。

「ねえねえ、助手君。何かあたしに言いたい事があるんじゃないかな?」

「へっ⁉ い、いや別にそんな事は……」

 分かりやすく狼狽する彼に詰め寄ったあたしは手を後ろで組み、上半身を前のめりにして彼の顔を下から覗き込んだ。

「本当に何もないの? 本当の本当に?」

「…………すごい似合ってると思いますです」

 ボソッと、耳まで赤くなった助手君は早口にそんな事を……。

「そ、そう。あ、ありがとう」

 なんだろう。

 なんだろうこの甘酸っぱい気持ちは。

 予想はしてたはずなのに、彼に褒めてもらえて思わずガッツポーズしたくなるぐらい嬉しいしすっごい照れ臭い。

 そ、そうだ、折角素直じゃないカズマ君が褒めてくれたんだ。

 ここはあたしも褒め返してムードを作らなきゃ。

「そ、そういう助手君こそ格好いい服を……かっこい…………かっこ……ざ、斬新なデザインだね⁉」

「無理して褒めてくれなくてもいいですよ、自分でもある程度自覚してますから」 

 肩を落とす助手君をなんとか励ましてあげたかったけど、これは……。

 いつもの冒険者服の上に葡萄色の毛皮仕立てケープを羽織り、厚手の手拭いを頬被りしているカズマ君。

 その姿はまるで……。

「パッと見コソ泥みたい」

「本当に思った通り言わないでくれ、俺だって傷つく時もあるんだぞ」

「ご、ごめん!」

 一応謝ってはみるものの、これは仕方ないんじゃなかろうか。

「言っとくけど、これはまだ金が無かった頃に買った安物なだけで普段はこんなの着ないからな。お頭が急に寒い地域に行くって言うから新しい防寒具を買いに行く時間が無かっただけで、俺のファッションセンスは人並みだからな!」

 何も言ってないのに、カズマ君が言い訳染みたことを言ってくる。

 確かにああは言ったけど、あたしとしては……。

「それはそれで似合ってるとは思うけどな」

 ボソッとそう呟いた。

「……こんなのが見合うぐらい俺の見た目が悪いって言いたいのか?」

「ち、違うよ! 本当に、純粋に似合ってると思ってるから! 容貌だって、キミはそこそこイケメンの部類に入ると思うし、そんなに自分を卑下しないで」

「や、やめろよ、そんな優しく接しないでください。お頭みたいな本物の美少女に同情されたら猶更惨めになってくる」

 駄目だ、これは重傷だ。

 何処までも落ち込んでいくカズマ君をどうにか慰めようと声を掛け……。


「あー、お客さん。いちゃつくなら他所でやって頂けませんかね。店前でおっぱじめられると他のお客さんが寄り付かなくなりますので」


 バッとそちらを振り向くとそこには、テレポート屋の店主さんが気まずそうに頭をガシガシと掻いていて。

 あたしは両手で顔を覆いその場に座り込んだ。


「――お頭、いつまでうじうじしてるんですか。見られたもんはしょうがないでしょう。ここはいっそ逆転の発想でもっとイチャコラするってのはどうです?」

「やらないよ‼」

 ううっ、盗賊ともあろうものが、まさか周囲の警戒を怠たるだなんて。

 お陰で大恥をかいてしまった。

 未だに赤面するあたしを気遣ってか、店主さんが何も触れないでいてくれるのがせめてもの救いだ。

「えーと、それで今日は何方まで行かれるんですか?」

「俺もまだ知らないんだよ。寒い所に行くとは聞いてるけど、それ以上は着いてからのお楽しみだって言い張ってて。なあ、クリス。一体どこに連れてってくれるんだ?」

 あたしが答えるより早く、店主さんはピンと来たらしく。

「ああ、だったら“アンドール”だな。この季節になると毎年期間限定で登録先に追加してるんですよ。そこで間違いないですか、お嬢さん?」

「は、はい、お願いします」

 漸く持ち直してきたあたしは懐から財布を取り出し料金を……。

「あっ」

 掴み損ねてしまった財布が床へと落下してしまった。

 慌てて拾おうとしたのを、それより早くカズマ君がしゃがみ込み。

「おいおい、まだ立ち直ってないのか? 折角旅行に行くんだからもっとリラックスしないと勿体ないぞ。ほら」

「あ、あはは、そうだね、いい加減切り替えていかないと。よしっ、財布ありがとう」

 パチッと顔を張り気合を入れ直したあたしは改めて料金を支払った。

 お金を渡す時に店主さんが、カズマ君に冷たい目を向けていたが何か問題でもあったのだろうか。

 と、あたし達が魔法陣の中心に立った処で、カズマ君が店主さんに向き直った。

「よし、おっさん。やってくれ!」

 その言葉を合図に、店主さんが詠唱を開始した。

 さあ、ここからが本番だ。

 あたしが挑むは未知なる世界。

 人々の想いや策略が複雑に絡み合う、この世で最も煩雑で玲瓏な戦場だ。

 ここまで来たらもう後戻りは出来ない。

 それにきっと、これを逃せばあたしの勝機は完全に費えるだろう。

 だからこれがラストチャンス。

 あたしは絶対にこの旅を成功させて……。

「それではお二人さん、良い週末を」

 転送に備えてあたしはすっと目を閉じ、強く念じた。


 ――カズマ君に告白する。


「『テレポート』!」

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