第二章 デート編

第六歩 自覚

 1


「皆、準備はいい?」

 アクアさんが立ち上がったのを合図に、皆が各々グラスを掲げる。

「オッホン! それじゃあ、今日はジャンジャン飲むわよっ! カンパーイ‼」

「「「「カンパーイ!」」」」

「ほら、ゆんゆんもちゃんと言いなさいな。カンパーイ!」

「かっ、乾杯!」


 カズマ君のお屋敷にて。

 色とりどりのお皿が広げられた広間には見知った人達が一堂に会していた。

「今日はありがとうね、あたしの為にわざわざこんな料理まで準備して貰っちゃってさ」

 最初の一杯を飲み下したところで、あたしはカズマ君に感謝を述べた。

「気にすんなって、クリスがいなきゃ俺は目標を完遂する前に死んでただろうからな。面と向かって祝福もしてもらいたかったし。それに、祝い事ってのは何回やってもいいもんだろ?」

「カズマが珍しく良い事言ったわ。そうよクリス、宴会ってのはね、開催するのに特別な理由なんて必要ないの。今を楽しく過ごせるなら、いつ何時であろうと制限無しで発起しちゃえばいいのよ!」

 いや、流石に意味ぐらいは有った方がいいと思うが。

「とにかく、今夜は無礼講よ。折角のめでたい日なんだから、何の気兼ねもなくこの瞬間を楽しんじゃいましょう! そーれ、『花鳥風月』!」

 気分が乗じて来たらしく、アクアさん渾身の宴会芸が炸裂した。

「で、何故ゆんゆんまでこの場にいるんですか? あなたを呼んだ覚えはないのですが」

「ひどい! 今日街中を散歩してた時に偶々アクアさんと出会って、良かったら一緒にどうってちゃんと誘ってもらったのに」

 早くも涙目になったゆんゆんに、めぐみんは容赦なく切り込んでいく。

「あなたの偶々と言う言葉ほど胡散臭い物はありませんね。どうせ商店街を一人でうろついていれば、その内知り合いの方から声を掛けてくれるのではないかと期待していたのでしょう?」

「そそそんな事ないわよ! 本当に偶然、偶然だったんだから!」

 相変わらず仲が良いものだ。

 二人を見ているだけで自然と頬が緩るんでくるのが自覚出来る。

 恐らく、気持ちはあたしと同じなのだろう。

 眩しい物でも見るかのような表情を浮かべたダクネスは、

「なんにせよ、今夜は魔王討伐を祝した宴会だ。お前も気兼ねせず享楽に耽ってくれ」

 そう言って口角を緩めた――


 魔王討伐。

 それは長年に渡りこの世界に燻っていた災厄にして、神々ですら頭を悩ませた最難関問題の一つ。

 日本から数多の助っ人を呼んでもなお実現するに至らなかった、人類の悲願だ。

 そんな難題は、とある一人の勇者とその仲間達によって達成された。

 第一の幹部から魔王当人を撃退するまでに掛かった年数は、僅か三百六十六日。

 実にほぼ一年だ。

 このあまりに衝撃的な事実に、全世界が震撼したのは記憶に新しい。

 人々は皆生き延びた幸運を噛み締めながら涙を流し、共に肩を組んで慶びを分かち合ったと言う。


 ………………なんてね。


 カズマ君が魔王を退治してから今日まで、既にそこそこの日数が経過している。

 なのにどうして今更こんなパーティーを開催しているのか。

 それには勿論ちゃんとした理由がある。

 と言うのも、カズマ君達が魔王退治に出向いたのと並行して各地で勃発した、魔王軍との交戦により死者の案内が忙しく。

 諸々の事後処理を終えた頃には既に、王城とギルドでの祝勝会が終了していた。

 それを気にしてくれたのか、先日あたしの部屋へテレポートしてきたカズマ君が、今度一緒にお祝いしようと提案してくれ。

 全員が一段落ついた本日、こうして内輪だけの細やかな宴が催されたのだ。


「――さあさあ皆さんお立合い。続いて取り出したるは、何の変哲もないただの布。これを先程飲み干した酒瓶にサッとかけると。あら不思議、忽ちフィギュアに早変わり!」

 開幕の音頭をとって早一時間。

 アクアさんの芸は益々盛り上がりを見せていた。

「……なあ、それって」

「あらっ、カズマさんてばこれが気になるのね。これは四象の聖獣シリーズ第三弾、天地無双ギヤマン白虎よ! この躍動感溢れる毛並みを再現するのは、流石の私でも苦労したんだから」

 ドヤ顔で胸を張るアクアさんだが、そう言いたくなるのも納得だ。

 正直、少し離れた場所から眺めているあたしには本物と区別がつかない。

「か、格好いい‼ アクアアクア、それ私に譲って下さい! 毎日ぴっかぴかに磨き上げて大事に保管しますから‼」

 目をキラキラと輝かせ、アクアさんに交渉を始めためぐみん。

「アクア、俺なら高値で買ってやるぞ。最低でもめぐみんの倍は出す」

「なっ! カズマ、ズルいですよ。こういうのは先に言った者勝ちじゃないですか!」

「ね、ねえ、確かにそのガラス細工も凄いんだけど、それ以前に酒瓶が一瞬でフィギュアに代わるのには突っ込まないの⁉」

 ゆんゆんの意見に深く同意するよ。

 と、シュワシュワ入りのジョッキを片手に、ぼんやりと賑やかな面々を眺めていたあたしの下に。

「隣、いいだろうか?」

 控えめに声を上げたダクネスが、手に持ったワイングラスをくいっと持ち上げた。

「もっちろん、遠慮しないで」

 手で示した椅子にダクネスが腰かけた所で、改めてグラスを交わしあう。

「こんな風に腰を据えてお前とゆっくり話すのも、随分久しぶりな気がするな」

 そう言って、ダクネスはワインを一口含んだ。

「魔王を退治してからという物、ダクネス達は国を挙げての祝勝会だの記者会見だので、かなりバタバタしてたもんね」

 ダクネスに合わせて、あたしもジョッキのシュワシュワをグビッと飲む。

「ああ、魔王討伐は我々人類の予てからの悲願だったからな。大騒ぎしたくなる気持ちも理解出来るし、パーティーの開催にも異論はない。だがな……」

「どうかしたの?」 

 表情が露骨に暗くなってるけど、問題でもあったのだろうか。

 心配するあたしを前に、ダクネスは苦虫を噛み潰したように。

「あの止めどなく届く大量の見合い話は、本当にどうにかしてもらいたい。私にはその気など微塵たりともないし興味がないとも公言している。おまけに今回ばかりは父も協力してくれていると言うのに、それでも一向に止む気配がないんだ」

 案外ダクネスも苦労しているらしい。

「あ、あはは、なんか大変そうだね。ほら、お酒注いであげるから元気出して」

 人によっては怒髪天を突きそうな物言いだが、そう愚痴りたくなるのも無理はない。

 なにせ、ダクネスは絶賛横恋慕中なのだ。

 見ず知らずの男達に毎日の様に口説かれても迷惑以外の何物でもない。

 あたしがダクネスの立場だとしても、精神が激しく疲弊するのは容易に想像が付く。

「ううっ、ありがとう……いや、私の事はいいんだ。それよりもクリス、お前は最近何をしているんだ? 王都に魔王の軍勢が押し寄せているとの情報が入って以降、忙しくなるからと言って姿を見せなくなったが」

「あー、人が死ぬと色々とね」

 いつかカズマ君に言ったのと同じような言い回しをするあたしに、

「人が死ぬと……? っ! まさか死体の身包みを剥ぐなどと言った人の道を外れた真似をしていたんじゃ⁉」

「違う違う! それだけは絶対違う‼ ダクネスってば、親友にして敬虔なエリス教徒のあたしになんてこと言うのさ」

 とんでもない曲解をしたダクネスに、あたしは机をバンバン叩いて抗議する。

「す、すまない、早まった。だが、それならもう少し具体的に説明してくれ。お前はいつも物事をはぐらかす傾向があるからな、いまいち普段の生活像が浮かばないんだ」

「え、えーっと、それは……」

 まさか天界で死者の案内をしていた、なんて答えられないし。

「そ、葬儀屋のお手伝い……みたいな?」

 頬の刀傷をポリポリと掻きながら、当り障りのない辺りで答えておく。

 これで納得してくれたらいいけど、生真面目なダクネスが素直に聞い入れてくれるとはとても……。

「……ねえ、ダクネス。あたしの顔をじっと見てどうしたの? もしかして、顔になんか付いてる?」

 ジッとあたしの顔から目を離さないでいたダクネスは徐に口を開き、

「クリス、お前に聞きたい事がある」

 なんだろう、前にも似たような状況に陥った憶えが。

 ・・・・・・ああそうか、先輩が満面の笑みを浮かべて近付いてくる時と同じ感覚なんだ。

「実は魔王討伐を達成した時、私はエリス様にお目見えする機会があったんだ。教会に描かれた通りのお姿で、とてもお美しかった」

「そ、そうなんだ⁉ まさかエリス様と会えただなんて羨ましいな。あたしもその場に立ち会わせたかったよっ!」

 きちゃった、きちゃったよ。

 助手君から、ダクネスがあれ以来あたしを探してるって聞いてから警戒はしてたけど、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは。

「鮮麗で流れる様な長い銀髪に、煌びやかな藤紫の瞳。透き通るような白い肌に端正な顔付きと人間離れした、あれぞ女神様と言った出で立ちだったな。身に纏う気品が周囲に溢れ出ていて、傍にいるだけで不思議な安心感を覚えた」

「へ、へー、そうなんだ。へー」

 な、なんかそんな風に褒められるとこそばゆいな。

 あまりの気恥ずかしさに、視線を合わせられない。

「お前の髪も銀色だな」

 っ⁉

「瞳は趣のある紫色だし姿形も整っている。普段の素行は多少荒っぽいが、根は優しくて誰よりも人を気遣う奴なのを私はよく知っている」

「そそそっかそっか、褒めてくれてありがとね⁉」

 これはいけない。

 非常に良くない流れだ。

 さっきから変な動悸と冷や汗が止まらない。

 ほんのりと入っていたアルコールも既に抜けきってしまった。

「なあ、クリス」

 真剣な顔付きでダクネスはこちらを見据え。


「お前は……いえ、貴方は……」


「あああああっと! あたしもちょっと飲みすぎたかな、頭がよく回らないや。ごめん、ダクネス、ちょっと頭冷やしてくるよ! 話の続きはそれからでっ‼」

「お、おいっ、クリス?」

 ガラッと椅子を引き立ち上がって早口にそれだけ伝え、広間の外に逃げ出した。


 2


「はー、思わず逃げちゃったけど、これ絶対に不味いよね」

 顔を洗い終わったあたしは、広間に続く廊下でグルグルと思考を回していた。

 ダクネスに真実を教える訳にはいかないとは言え、逃走を図ったのは悪手だった気がしてならない。

 あれではダクネスの神経を逆撫でするばかりではないか。

 でも、あの場を切り抜ける方法を他に思い付かなかったし、誤魔化すにしても言い訳の一つすら浮かんでこない。

 こういう口先で人を煙に巻くのは本当に苦手だ。

 助手君やカーラ先輩なら上手くやるんだろうけど。

 だが泣き言ばかり言っていられない、広間に着く前に何とか打開案を模索しなければ。

 ダクネスの発言からして、現状では髪や瞳の色と言った状況証拠しかなく、決定的な証拠はないと推測される。

 だとしたら、やはりすっ呆け続けるのが一番確実だろうか。

 でもなあ、普段は結構抜けてるダクネスだけど、あの表情をしてる時は割と……。


 唐突にあたしはピタッと足を止めた。


 一瞬過った先程のダクネスの顔が、脳裏から離れなくなったのだ。

 期待と不安が入り混じり、一匙の寂しさを含んだ複雑な表情で。

 だけど、その目は何処までも純粋で真剣だった。

 そんな彼女からの必死な問い掛けに、あたしは曖昧な対応をとって良いのだろうか。

 ……………………。


「……参ったな。親友にあんな顔されたら、反故にも出来ないじゃん」


 結論が出た所で、あたしは再び歩き出した。

 腹を括ったら、急に体が軽くなった気がする。

 前々からいつかは話そうと思っていたんだ、それが偶々今になっただけ。

 平和が訪れ、女神の力に縋る必要もなくなった今なら何の障害もない。

 それにダクネスはあたしの正体を吹聴する様な人ではないのはよく知っている。

 だから白状したって何の問題もない…………はず、なんだけど。

 なんで。


 どうしてこんなにも、胸の奥が締め付けられるように痛むんだろう。


「って、もう広間に着いちゃったか」

 決戦の時は来たのだ。

 うじうじしていても仕方がない。

 ぶんぶんと頭を振るい気を引き締め直したあたしは、勢いよく扉を押し開けた。

「お待たせダクネス、さっきの話だけど……」

「邪魔しないでダクネス、私はまだまだ飲めるわよー!」

「それぐらいで止めて置けアクア、すっかり千鳥足になってるじゃないか!」

 え、えーっと……。

「ははははっ! ゆんゆんコップが空だぜ、注いでやるからこっち出せよ!」

「い、いえ、私はもう十分に頂いたので」

「そんなっ、ゆんゆんは友達である俺の酒が飲めないって言うのか?」

「何十杯でも頂きます」

「ゆんゆんを巻き込まないで下さい! あなたもあなたです。そんなホイホイ乗っからないで下さい、どれだけチョロいんですか⁉」

 これは酷い。

 あたしが席を立っている間にアルコールが加速したらしく、アクアさんとカズマ君が完全に出来上がっている。

「あっ、クリス戻ってきたのか。アクアを止めるのを手伝ってくれ、私だけでは抑えられない!」

「こっちもお願いします! ゆんゆんが手遅れになる前に!」

 入口で唖然と立ち尽くしていたあたしに、二人がうんざりした顔で助けを求めて来た。

 本当に、あの二人はどうしていっつもこうなんだろう。

 溜息を吐いたあたしは、とりあえずダクネスの加勢から始める事にした。

「アクアさん、あたしの声が分かりますか?」

 床にへたり込んでいるアクアさんの近くにしゃがみ込み、肩を軽く揺すってみる。

「クリス、何処行ってたのよ? あんたはもっと飲まなきゃ!」

「はいはい、あたしは後で頂きますから。取り敢えずお水でも飲んでソファーで横になって下さい」

 何時にも増して酔い方が酷いな。

 お酒のペースも早かったし、度数も強いせいだろうか。

 強引にお水を飲ませた後、ダクネスと協力してソファーに腰かけさせると、アクアさんは転がる勢いで横になり、

「私はまだ飲み足りな……い…………ぐー」

「寝ちゃったか」

 一升瓶を抱えたまま、だらしなくお腹を出すアクアさんに思わず笑みが零れてしまう。

 こうして機嫌よく寝てる先輩は可愛いんだけどな。

「さてと、次は……」

 アクアさんの着崩れた服を整えてから、あたしはもう一つの案件に取り掛かる。

「いい加減にしてくださいカズマ、ゆんゆんにどれだけ飲ませるつもりなんですか⁉ というか、後数日もすれば私は十五です。なのにどうしてゆんゆんには薦めて私には飲ませてくれないのですか‼」

「ゆんゆんおっきい、お前ちっさい」

「おい、何が小さいかはっきり言ってもらおうか」

 めぐみんはドスの利いた声を響かせるも。

「あははははっ! めぐみんはちっさいちっさい!」

「ちっさい! ちっさい!」

「上等ですっ! 日頃あなたが望んでいる様に、今ここで勝負してあげようじゃありませんか! ほらっ、表に出ろ!」

 こっちも随分エスカレートしてるな。

 めぐみんはゆんゆんを引っ張って部屋の隅に行ったし、あたしはカズマ君の相手をしておくか。

「助手君、そろそろ部屋に戻りなよ。片付けならあたし達がしておくからさ」

 機嫌良さげにシュワシュワをグビグビ飲み下していたカズマ君は、あたしが隣に来たのに気付いたようで。

「お頭ってば大胆ですね、自分から俺の部屋に来ようだなんて誘ってるんですか? いいですよ、彼の店でテクニシャンと謳われた俺の手管でお頭を骨抜きにしてやりますよ!」

「助手君、それセクハラだよ。しかも規制ライン思いっきり踏み越える勢いの」

 酔ってる人に言っても無駄だと理解しつつも言わずにはいられない。

 あたしが冷たい視線を送っていると、カズマ君は理解してかしていないのか、ゆらっと椅子から立ち上がった。

「俺は魔王すらも打倒したカズマさんだぞ。後の事はぜーんぶ俺に任せてくれていいですから、クリスはもっと力抜いて。さあ、俺と一緒に天国まで旅立とうぜ~!」

 肩に腕を回してきたカズマ君はグイッとあたしを引き寄せ、そんな最低な文言を平然と叫んだ。

 まったく、この人はどうしてこうも欲望に忠実なんだろう。

 普段から自制出来てない部分も多いけど、今は全くと言っていいほど歯止めが効いてないじゃん。

 お酒が入ってるこの状況での発言は、逆に考えれば普段から奥底ではこんな事ばっかり考えているって訳だし。

「クリス、もう我慢の限界だ。俺、早くいきたい!」

「いちいち紛らわしい表現しないでくれるかな? ていうか、この右手は何をしようとしてるのかな?」

「ちょっとクリスさんと愛し合おうかいでででででっ!」

 何食わぬ顔で胸に迫っていた魔手を思い切り抓ってやった。

 やれやれ、油断も隙もあったもんじゃない。

 おいたをする彼から離れようと、あたしは彼の腕を振り払……。


 ドキッ‼


 ……………………。

 ……あれ。

 なに……今の?

 慌てて左手を胸に当ててみるも、心音には全く異常が見られない。

 前触れなく発生した原因不明の鼓動にあたしは首を傾げる。

「カズマ、クリスに迷惑掛けちゃ駄目ですよ。部屋に行くのが面倒ならせめてこっちに来て下さい」

 どうやらゆんゆんを椅子に寝かしつけて来たらしい、優しい微笑みを携えためぐみんは彼の服の裾をクイクイと引っ張った。

 意識が移ったようで、あたしから離れたカズマ君はめぐみんにガバッと抱き着き。

「めぐみーん、お前も俺と一緒に寝たいのか? しょうがないな、この欲しがりめ。だったらお頭と一緒にお前も相手してやるよ! ついでにダクネスもどうだ?」

 最低な発言を堂々とするクズ男に、

「私も一緒に寝たいのは山々ですし、あなたが望むならその先まで進むのも吝かではありません。が、言って良い事と良けない事がありますよ‼」

「ああそうだな、今の発言は度を超えていた。相手が酔っ払いだろうと関係あるか、ぶっ殺してやる!」

「あっはは、そう急かすなって俺の体は一つしかないんだからさ!」

 一瞬で沸点を超えたらしく、二人掛かりで強襲するめぐみんとダクネス。

 対してカズマ君はこれまで見た事が無いぐらいの俊敏さで身を翻し、隙あればスティールを仕掛け煽り倒している。

 本当に、ここのパーティーメンバーは見ていて飽きないね。

 突如勃発した戦闘に、あたしは呆れ気味に苦笑いを浮か……。


 ズキッ‼


 ……まただ、また変な鼓動の仕方だ。

 さっきはすぐに引いたけど、今度はそうじゃない。

 締め付けられるような、体の芯にまで響くような鈍い感触があたしに襲い掛かり、その痛みは時間が経つにつれ増している。

 左胸に当てた手は、何時の間にか服をぎゅっと握り絞めていた。

 分からない。

 何が起こっているのか全く分からない。

 こんな感覚、生まれて初めてだ。

 一体、あたしの身体はどうしちゃったんだろう。

 俯いていたあたしはふと、喧騒が止んでいるのに気付いた。

 顔を上げてみると、めぐみんの膝を枕にカズマ君はぐっすり眠りこけており。

 傍には寝顔を愛おしそうに眺めるダクネス、そして慈しみの籠った眼差しで彼のサラサラとした髪を梳くめぐみんの姿が。


 ズキンッ‼


 …………。

 三回目、か。

 ……………………。

 これは……もう、どうしようもないな。

 眼を閉じたまま、あたしはぐっと顔を上に向けた。

 今までこんな経験、一度だってしたことがない。

 当たり前だ。本来なら決して芽生えさせてはいけない事柄なのだから。

 こんなもの、抱くつもりはなかった。

 全て過去に置いてきたつもりだった。

 だから理解するのを必死で拒んでいたし、極力距離を置くようにもしていた。

 気付かないよう努めてもきた。

 けれど、それでもあたしは――


 ――この気持ちを何と呼ぶか知っている。


 …………あーあ。

 あたしは……私は…………。


 女神失格だ。


「ねえ、ダクネス、めぐみん」

 ポツリと、囁くような声量で呟いた。

 しかし、それでもしっかり声は届いたらしい。

 二人は不思議そうな顔であたしの表情を伺ってきた。

 注目が集まる中、チラッとめぐみんの膝元に視線をやる。

 初対面の時にしろ、指輪の件にしろ、事ある毎にあたしのパンツを盗んでくれて、多くの女性冒険者達に煙たがられていた、何処にでもいる平凡な冒険者。

 それが今では、世界中から憧憬の眼差しを向けられる勇者様か。

 きっと余程寝心地が良いのだろう。

 当の勇者様は、口を開けば暴言ばかりの日中からは想像も付かない程幼い顔で、時々めぐみんの膝に頬擦りしながら静かに寝息を立てていた。

 ほんと、気楽なもんだね。

「ごめん。以前二人に言った事、あれ撤回するよ」

 視線を二人に戻し、あたしはハッキリと口にした。


「あたし、カズマ君の事好きみたい」


 あたしの眼と、ダクネスとめぐみんの眼が交差する。

 二人共特に驚いた節は見せず、真剣な眼差しでジッとこちらを見つめたままだ。

 対するあたしも決して目を離さない。

 否、ここで少しでも外したら、二度とこの子達と向き合えなくなる。

 なんとなくそんな気がした。

 しばらく沈黙が続き。

「そうか。正直に話してくれてありがとう」

 最初に声を上げたダクネスは、ふっと口角を緩ませた。

「まあ、今更あなたが参戦して来た所で、私の絶対的優位さは揺るぎませんし。好きにすればいいんじゃないですか」

 続いてめぐみんも、勝者の余裕を振りかざし腕を組んで胸を張った。

 そこには嫌悪や猜疑心など欠片も存在しない。

 二人から迸るのは、相対する競争者へ向けられる闘志だけだ。

 あたしは、本当にいい友達を持ったものだ。

 二人に向けてあたしはニカッと笑いかけ、突き出した掌をぎゅっと握った。

「余裕ぶってていいのかな? 油断してたら、あたしがカズマ君の心をスティールしちゃうからね!」

 あたしの言葉に、二人は不敵な笑みを浮かべ、

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を極めし者! 返り討ちにしてあげますから全力でかかってくると良いです!」

「ああ、誰が勝とうと恨みっこなしだ。正々堂々、公正にいこう」

 立ち上がってあたしの拳に自分の拳を突き付けて来た。

 めぐみんの言う様に、あたしはこのレースに置いて一番出遅れている。

 ダクネスにめぐみん、アクアさんは外しても良さそうだが、この場にはいないだけで、この国の王女様だって今やあたしのライバルだ。

 どの人をとっても強敵なのは言うまでもない。

 それ以外にもあたしには大きな問題がある。

 だが、三人ともが三者三様のやり方でド直球に彼の心を掴みにかかっているのだ。

 あたし一人だけ生半可な気持ちで挑むのはカズマ君にだけじゃない、彼を好きな彼女達にも失礼というもの。

 だから、あたしも手を抜いたりしない。

 彼を好きな女の子の一人として、全力で彼の心を盗りに行く。

 不敵な笑みを浮かべたまま、あたし達は再度拳をこつんと小突かせた。


「まあ見てて、すぐにキミ達の下まで追い付いてみせるからさ!」


 自分自身への誓いと共に、あたしは二人に向かって宣戦布告してやった――!


 この後、めぐみんが急に立ち上がったせいで後頭部を強く打ちのたうち回っていたカズマ君が、涙目で抗議して来た。

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