錬金術の伝道師

 どうにも挙動が不審なアルケミア=ハイレンに対して、マリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラはその包囲網を狭めていた。

 ……と言っても、当のアルケミア……アルは完全に学者肌だ。

 しかも外で魔物と戦った経験もなく、そういう意味ではサリシュよりも直接戦闘力は劣ると言って良い。

 だからジリジリと彼女を追い詰める様な真似なんてしなくても、この部屋の中に閉じ込めている時点でもはやアルに逃げ場なんて無いんだけどな。


「は……話せば分かるっス! っていうか、まだ何もしてないっスよぉ!」


 ズレる眼鏡をクイクイっと上げて、焦るアルは何とか弁明している。

 何もしてないのなら、何故にそんな挙動が不審なんだ? 

 そんな疑問がすぐに湧いてきて、そして俺には即座にその答えが浮かんでいた……んだが。


「ふぅ……ん。確かにぃ、アルがエリンに何かをしたと言う跡はぁ、ありませんわねぇ」


 逃げ道を無くしたアルを庇って……と言う訳ではないんだろうが、シャルルーは眠るエリンの額に手を当ててそう感想を述べていた。

 ベッドの反対側からエリンの容体を伺うエリシャもシャルルーの言には賛成なようで、姉の顔を覗き込みながらその顔色を窺い頷いている。


「ほ……ほらぁ! ボクは無罪っすよぉ!」


 再び眼鏡をクイッと上げて、彼女は自身の正当性を口にする。

 まぁ前科があるから疑われるんだよって気持ちもあるんだろうが、それでも彼女はエリンの現状を維持し治療を施している人物でもある。

 特に現行犯でも無ければ証拠も無いのでは、マリーシェたちもそれ以上詰め寄る事なんて出来ないだろう。

 彼女達は互いに顔を見合わせると、フッと気を抜いてアルを開放しよう……としたんだが。


「……おい、アル。さっきお前……『まだ何もしていない』って言ったな? ……『まだ』って事は、これから何かするつもりだったんじゃあないか?」


 マリーシェたち4人からの圧に開放されホッと気が緩んだその時を狙って、俺は先ほど彼女が漏らした言葉をそのまま突き付けてやったんだ。

 それを聞いた途端にアルは、ギクッと面白いように身を震わせて絶句していた。

 そしてそれと同時に、ユラリとマリーシェたち4人が再びアルへと向き直る。

 そしてアルの方はと言えば、何とかその場を取り繕おうと再びズレた眼鏡をクイッと上げて無実を訴えたんだけど。


「ち……違うんスよ。け……今朝、丁度面白いアイデアが浮かんででスねぇ……あっ!」


 その時、床の上にガラス瓶の落ちたような乾いた……澄んだ音が響いた。

 再び凄まじい圧力を受けて追い詰められた彼女は、そのブッカブカなローブの袖に隠されていた小さな試験管を落としてしまったんだ。

 どす黒い紫色の液体が入ったその試験管からは、どうにも嫌な想像しか連想出来ない。

 足元まで転がって来たそれを、マリーシェはゆっくりと拾い上げ……。


「……これは、何?」


 アルに、それはそれは優しい声音で問い掛けたんだ。

 マリーシェは笑っている。そりゃあもう、満面の笑みだ。

 一方のアルは引き攣った笑いしか浮かべられず、やはり眼鏡をクイクイと掛けなおす以外に何も出来ていない。

 しかしマリーシェの発する気勢は、戦場にいる時か命のやり取りをしている最中かと言う程に……殺気立っている!

 同じく戦場を体験した者ならば耐えれるかも知れないその気配も。


「……ひっ!」


 どうやらアルには無理だったようだ。

 如何に、戦場に出た事すらない者には耐えれるはずもない。

 直にその圧力を受けているアルは既にもう涙目でダウン寸前であり、弄っている眼鏡も掛け直していると言う行為にすらなっていない。


「……飲め」


 圧する沈黙に腰を抜かしそうなアルに、最後方より低くくぐもった声が投げ掛けられる。

 誰あろうそれは……バーバラだった。

 普段から寡黙で口数も少ない彼女がドスを聞かせた声を発すると、それはもう恐怖以外の何物でもない。


「え……と……」


「それが身体に良いなら……お前がそれを飲め」


 反論を許さないバーバラの声を受けて、もはやアルの取るべき道は1つしかなくなっていた。


「なぁに、そんな気にせんでも大丈夫やろ? あんた、自分で作ったもんなんやし、まさか毒っちゅぅ訳やぁないやろからなぁ?」


 普段はそんな顔なんてした事も無いのに、まるでアルを見下す様な視線を向け、どこか高慢な言い方をするサリシュもまた堂に入ったものだ。

 アルは震える手で、試験管の栓を何とか開ける事に成功していた。


「ふむ……。しかし、そなたも運が良い。ここは療養所で、もしもそなたが倒れてもすぐに処置をする事が出来るだろう。……良かったではないか」


 最後の一押しを告げるカミーラの声の、なんて冷たい事でしょう!

 こんな冷徹な声音で話し掛けられたら、ハッキリ言って自分の命の終わりを覚悟するだろうなぁ。

 まるで操られるようにアルは試験管を自分の口へと持って行き、そして……。


「んんっ!」


 中身を一気に呷ったんだ。

 全てを飲み終えたその直後、硬直したアルはそのまま試験管をその手から落とし、そして……。


「……あれ? 予想以上に美味いっス」


 その味を堪能し、眼鏡の弦をクイッと持ち上げ驚いていたのだった。

 まぁ、彼女が本当に毒となるものを作り出す訳がないからな。だからこそ、俺は彼女達を止めなかった訳だが。

 ……決して、マリーシェたちの迫力に気圧されて動けなかった訳じゃないんだからね!


「あれ? 美味しかったんだ? つっまんなぁい」


 それを見たマリーシェは、まるで玩具に飽きたかのように頭の後ろで手を組むとアルに背を向けてエリンの方へと歩き出し。


「まぁ、不味かった方が今回は面白かったけどなぁ」


 同じくサリシュも、詰まらなさそうに呟くとフイっとアルから視線を外した。


「ふふふ。ならば、今後はそれをエリンに与える様にすれば良い」


 そう口にするカミーラの声音はいつも通り柔和なもので。


「……みんな……アルに甘いんだから」


 バーバラだけはきつい視線で彼女を一瞥して、やはりエリンの方へと向かっていった。

 当のアルケミアは、美味しかったと評した試験管の中身がどうにも納得出来ていなかったのか、首を傾げながら何度も管の中身を確認している。

 ……ったく、毒じゃあないとはいえ、何をエリンに飲ませようとしていたんだってんだ。


「……こっわぁ」


 そして全てが過ぎ去った後には、俺の後ろで隠れる様にしていたセリルが、腹の底からそんな呟きを絞り出していた。


 錬金術師「アルケミア=ハイレン」。

 俺が伯爵に紹介した錬金術師の住む村「フェーグの村」からやって来た、若いが有能な錬金術師だ。

 彼女にはこれから数年間、眠るエリンの栄養を補給する為に尽力して貰う。

 今の医術では、眠っている者に栄養を与える術はない。

 水分やポーションを僅かに口へ含ませ、辛うじて延命する以外に方法は無いんだ。

 しかしそれでは、僅か十数日……ポーションを使っても、最長で1か月弱を生き長らえさせるだけで精一杯だ。

 それじゃあ、エリンは間違いなく死んじまう。

 でもそんな状況を打破出来るのが彼女……アルケミアの持つ「錬金術」の秘術だった。

 錬金術の秘薀ひうんは「ただの石を黄金に変える」や「不老不死の実現」等がある。

 どれも夢物語かと誰も真面目には考えないだろうけど、彼等錬金術師はそれを真実にしようと日夜研鑽していた。

 未だにそれは実現出来ていないんだけど、その研究過程で様々な技術が生み出されていたんだ。

 アルケミアがエリンに施す術も、そんな研究から生み出された技術の1つ。

 魔法により栄養となる食材や料理を細かくし、それを直接腹に納める……これが今回エリンに行って貰う錬金術だった。

 勿論、食材を魔法で細分化するだけで終わりじゃあない。

 彼女達の祖先から続く研究過程で生み出された、細く柔らかい筒をエリンの口から腹の奥へと差し込み、その空洞に細かくした食材をやはり魔法で送り込む。

 こうする事で、エリンは寝ながらにして栄養を摂取する事が出来る……らしい。

 更に食材には勝手に身体へと取り込まれる術も施されているので、食事の出来ない眠った状態の者も摂食させる事が出来るらしいんだ。

 ……まぁ、医術の事は良く分からないんだけどな。

 アルが用意したさっきの液体も、恐らくはエリンへの新しい栄養食の類だろう。

 もっとも、それを自分で試す事無くエリンで実践しようってのが度し難いけどな。

 それでエリンは前回、眠りながらも悶絶し嘔吐を繰り返していたんだからなぁ……。

 ただまぁ、毒の類じゃあ無かったんだから、当然エリンが衰弱する事も無かったんだが。

 研究熱心なのは良いんだが、ほんと程々にしてくれよなぁ……。

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