第81話 勇気
「それができるならブレスの中を突っ切って来れるよな」
「グルルッ……」
目の前の赤ベアは炎を纏っても熱そうにはしていない。こんな芸当ができるならちょっとの炎はものともしないはずだ。
ちなみに、この炎が見かけ騙しという可能性は無い。だって近くにいる俺がこんなに熱く感じているんだからな。
「ガアッ!」
「くっ…!!」
赤ベアからの爪の攻撃を俺は今までのように大鎌で受け流す。しかし、その時に燃える腕が俺の横を通り過ぎ、肌を焼かれるような感覚がする。よく見ると、俺の装備も溶けだしている。
「ガアッ…クルガッ!」
「なっ!」
次に振られた爪は俺が仰け反ったことで届かず目の前を通過すると思った。
しかし、赤ベアがもう1度鳴くと、5本全ての爪から炎の斬撃のようなものが放たれた。
「ぁっぶね!」
俺はそれを身体を無理やり回転させて大鎌を振ることで防ぐ。大鎌と炎の斬撃がぶつかり、炎が飛び散り、それがまた肌を焼く。だが、そんなことを気にしている余裕は無い。
「ガルルルッ!!」
「盾!」
赤ベアは体勢が崩れている俺にタックルをしようとしてきた。俺はそれを後ろに設置してある盾の1つを持ってきて防ごうとする。本当はもっと持ってきたかったのだが、時間が足りなかったな。
パリンっ!
「あっ…」
しかし、その盾は赤ベアが纏う炎とぶつかり、消滅する。だが、盾が無駄になったわけではない。盾のおかげで赤ベアの纏う炎が1部消えた。
「ごふっ……」
でも炎が消えただけでタックルの威力は全く殺せてなかった。そんな赤ベアのタックルを俺はまともに食らってしまった。何回地面にバウンドしたか分からないくらいに俺は吹っ飛ばされた。
「かふっ…」
そして、最終的には木か何かにぶつかって止まった。
「あ…がっ……」
赤ベアが俺の方に向かってきているのが見える。ただ、俺を警戒しているのか足取りはゆっくりだ。
この隙に立ち上がれと身体に命令をかけるが、なぜか身体は起き上がってくれない。骨は何本か折れているだろうが、それでも立ち上がらなければ死んでしまう。
「ぐっぐ…」
立ち上がろうと焦るが、どうしても身体は言うことは聞いてくれない。
「おい!お前の相手は俺だぞ!」
「先に敵対したのは私達よ!」
「相手になる!」
「ま、魔法を放つわよ!」
「私が居れば回復させちゃいますよ!」
「この馬鹿が…」
何度も立ち上がろうと足掻いて失敗する俺の心配をして刹那の伊吹達が赤ベアの気を引こうとしている。実際に気を引くことに成功してしまえば、赤ベアに殺されるというのは分かっているはずだ。それでも俺のために少しでも時間を稼ごうとしてくれている。
弟分達がそんな勇気を見せているのに俺が寝ているなんて許されない。
「ぐっ…うがっ!!」
軋み、痛む身体を問答無用で立ち上がらせる。
幸い、赤ベアは視線を刹那の伊吹に移したものの、俺のほうに向かってきてくれていた。俺をそんなに警戒してくれるとは嬉しいね。
「ふぅっ…」
俺は2種の身体強化と付与魔法を解除する。どうせ既に立っているのが限界なので、もう赤ベアと接近戦をする余裕は無いから問題ない。それに今からすることには身体強化などをしているほどの余裕もない。
俺はまず残っている無属性魔法の盾を3枚とも俺の正面に設置する。
「暗がれ!ダークランス!!」
次に少しだけ魔力を残し、その分以外の全ての魔力を込めてダークランスを2本を同時に用意する。魔力操作が上手くなると、1つの詠唱に同じ魔法なら何個も作ることができる。まあ、俺には攻撃魔法なら1つ追加するのが限界だけど。
「ガアァァァッ!!!」
「だよな」
赤ベアはダークランスを見て狂ったように俺へと走って向かってくる。そりゃあ、自分の手に穴を開けかけ、未だ痛む傷の原因の魔法が見えたら焦るよな。
俺は向かってくる赤ベアを無視して半身で腰を下げ、大鎌を引いて構える。
「ガアッ!」
「斬れ…」
赤ベアが遠くから放った炎の斬撃を1枚の盾が防ぐ。俺はそれを無視し、盾とダークランスを維持したまま無属性魔法の詠唱を始める。
盾は元々自由が利き、さらに設置して使うような維持するのが当たり前となる魔法なので維持するのにほとんど苦労は無い。それは身体強化などや付与魔法にも当てはまる。
しかし、今回はダークランスのように攻撃魔法を維持しながら、さらに攻撃魔法を準備しているのだ。まだ闘力を使う魔法だから同じく魔力を使う魔法よりは難易度は低いが、それでも集中力はかなり使う。そのため、詠唱にも時間がかかってしまう。
また、少し魔力を残したのはダークランスを維持するのにも魔力を消費するからだ。
「ガアッ!」
バリンッ!
次の近付いてきた赤ベアの攻撃で盾が2枚壊れ、盾は全てなくなった。そのおかげか、心做しか詠唱が楽になった気がする。
「スラ…」
「ガアッ!」
「兄貴!」
半身になっている俺の左肩から脇腹を通り、太ももまで赤ベアの爪に引っかかれる。その痛みと炎に直接焼かれる熱さに詠唱が止められそうになるが、意地でもやめない。
だからカラゼス。そんな大声をあげて心配しなくても大丈夫だ。
「ッシュ!!」
「ガアッ!」
俺の闘力全てをつぎ込んだスラッシュの詠唱が終わり、大鎌を横に振りながら放たれる。
焦った赤ベアは腕を突き出し、俺を刺そうとするが、爪が肌に刺さった時には俺の斬撃は放たれた。
「ガフッ!」
赤ベアは当たった衝撃でくの字に折れ曲がる。斬撃はその炎の鎧を突破し、暑い毛皮も突破して今までで1番深い傷を作る。
「ここだあっ!!!」
俺は炎を纏う時の詠唱?の時に付けたXと今回の横一線が重なった1番傷が深くなっている中心地にダークランスの1本を真っ直ぐ放つ。
「ガァァァ!!」
俺のダークランスは赤ベアの腹を貫いた。赤ベアの腹には俺の腕が楽に通るくらいの穴が空く。それでもまだ赤ベアは死んでいない。死なば諸共とばかりに腕を大きく振り上げている。
悪いが、俺はここでお前と一緒に死ぬつもりは無い。
「終わりだ!」
俺は赤ベアの腹の穴を通るようにダークランスをほぼ縦にして赤ベアの腹に放つ。そのダークランスは赤ベアの腹から首の後ろまでを貫く。
「ガアッ…」
赤ベアは腕を振り上げたまま仰向きに倒れた。さすがにこれで確実に死んだだろう。
「ぐうっ!」
俺はマジックポーチから回復ポーションを取り出そうとしたが、上手く身体が動かず前のめりに倒れた。
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