帰省
(1)
お盆の帰省ラッシュの真っ只中、八月十四日の午後二時、君枝は列車のボックス席の窓側に座っていた。ボーッとしながら車窓から流れる風景を眺める。高いビルが少なくなり、代わりに住宅以外は畑がちらほらと見え始めた。もう後三十分ほどで実家のある駅に着く予定だ。
ここ二年、コロナの影響で帰省を控えていたから久しぶりの里帰りだ。駅に着いたらまず亜紀ちゃんの家に行く。実家はそれからだ。
亜紀ちゃんは君枝の高校時代の同級生で大の仲良しだった。だが三年生の卒業まじかの頃、亜紀ちゃんは君枝の目の前で死んだ。
見覚えのある風景を見ながら君枝の脳裏に様々な記憶がフラッシュバックしていく。
“「亜紀ちゃん!亜紀ちゃん!しっかりして。亜紀ちゃん、聞こえる?」
胸から溢れる血。瞳孔が開き小刻みに痙攣しているセーラー服姿の亜紀。その亜紀を介抱する手や腕が、みるみる血に染まる。周りにも何人かの人が血を流して倒れている。そして、ナイフを持って突っ立っている放心状態の若い男。”
“目を覚ますと病院のベットに寝ている自分。その自分に顔をのぞかせて安堵の表情をしている両親の顔。”
“霊安室。泣きじゃくりながら亜紀の亡骸にすがりつく亜紀の両親の姿。”
“看護師同士の会話。
「人を殺せるなら誰でもよかったんだって。」
「ひどいねぇ。可哀そうに。たまたまあそこを歩いていただけでしょう?運が悪いとしかいいようがないわね。」“
“亡霊となった亜紀が泣きながら君枝に訴える。
「ねぇ、なんで?なんで私なの?まだ死にたくないよ。」
必死に訴える亜紀の顔。
「うん。・・うん。そうだよね、そうだよね!」
亜紀を抱きしめ、泣きながら頷く自分。
「これからやりたい事いっぱいあったんだよ?大学にも受かっていたし。将来、恋愛や結婚もしてみたかったよ。
「うん。うん。無念だよね、悔しいよね。」
亜紀の顔を見れない自分。
「このまま死にたくないよ!お父さん、お母さんがこんなに泣いていて苦しいよ。せめて最後に会いたいよ。」
「辛いよね。苦しいよね。でも、お願い。
お願いだから死を受け入れて。そうでなきゃ成仏できないよ。できなかったら亜紀ちゃん、地縛霊になってこのまま、さまよいつづけなきゃなんないよ。だからお願い!死を受け入れて。お願い!」
号泣する亜紀。そして自分。”
“亜紀の告別式。クラスメイトと共に参列する自分。すすり泣く声。祭壇の遺影。その横に茫然自失で立っている亜紀の虚ろの顔。”
“「お願い。天に昇って。」
「嫌よ。絶対。なんなら悪霊になって犯人を呪い殺してやるわ!」
吐き捨てるように言い放つ凄い形相の亜紀の顔。
「そんな事したら、そいつと一緒になっちゃうよ!お願い、亜紀!天に召されて!」”
「あなた!あなた大丈夫?」
君枝は隣に座った年配の女性から声をかけられてハッとした。
「あなた、さっきから震えているし顔色悪いし、大丈夫?乗り物酔い?」
いつの間にか手足がしびれ小刻みに震えている。呼吸も浅い。過呼吸を起こしたらしい。
しびれる手でなんとかカバンからペットボトルを出し、中の冷たい麦茶をゴクゴクと飲むと徐々に気持ちが落ち着いてきた。
「すみません。ご心配かけて。もう大丈夫です。たまにあるんです。こういう事。」
隣の女性に礼を言い、なるたけ何も考えないようにしようと思いながら君枝は背もたれに身体を預けた。
(2)
亜紀の家は駅から歩いてほどなくの住宅地にある。見覚えのある家のチャイムをならすと亜紀の母親が出迎えた。
「いらっしゃい。君枝ちゃん。お久しぶり。元気でやってる?」
「ええ。おばさんも元気そうで。」
「おばさんじゃなくて、もう、おばあちゃんよ。」
笑いながらそう言って秋の母は君枝を中に通した。明るそうなのでホッとした。あの事件から二十年ほど経つ。その時間が大分、ご遺族を癒したのだろう。
通された居間の隅にあるお仏壇にお供えをおいて君枝は亜紀の遺影に手を合わせた。写真の亜紀の笑顔が懐かしい。君枝は心の中で言った。
「亜紀ちゃん。久しぶり。ごめんね。なかなか来れなくてね。亜紀ちゃんの好きなチョコのスイーツを持ってきたからね。」
懐かしい亜紀の気配を感じた。そして君枝に語り掛けたようだった。
「さすが君枝ちゃん。アタシの好みを良くわかってる。ありがとうね、忙しいところ、来てくれて。」
「あちらの生活はどう?」
「うん。変わりない。本当にいい所。」
「先程、ご挨拶したけどお母さん、元気そうね。」
「うん。妹が妊娠してね。孫ができるんで、父も母も、もう大はしゃぎみたい。」
「そう。それは良かった。」
かつての沈んだ様子を知っているだけに君枝は心底嬉しかった。
「でもあれよね。何度もいっているけど君枝の言う通りにして成仏して良かったよ。でなきゃ今頃、地縛霊になって未だに苦しんでいたかも。」
「うん。亜紀ちゃんが無事に天国に召されたといったらご両親も喜んでいたものね。」
「ホントにありがとうね。」
「いえいえ。こちらも言うの何度目かになるけど亜紀ちゃんのアドバイス通り副業で成仏屋をやって良かったよ。」
「そう。良かった。せっかくそんな得意分野があるんだもの。活かさない手はないものね。」
「でもホント、世の中には成仏できない人が多いんだよ。しかも、けっこう真面目な人生を送っていながらできない人が多くて気の毒になってくる。・・・」
「そうなんだ。君枝はそういう人たちの成仏の手助けをしているんだね。偉いよ。」
「偉かないよ。タダじゃないもの。本当に偉い人というのは無償で行う人、アタシャ、けっこうお布施と経費をしっかり頂いているからね。」
君枝は意地悪ばばぁのような物言いで言うと
亜紀は
「じゃあ、次回はもっと高価なスイーツが頂けそうね?」
そう言いながら亜紀がニヤリと笑った。
「フフフ。おぬしも悪よのう。」
「お代官様ほどでは。フフフ。」
ベタな小芝居をして二人で笑った。
どうやら、この様子からすると君枝が実家に帰省するにはもう少し時間がかかりそうです。
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