第100話 剣豪

 レーアと渋谷は移動中言葉少なめだった。

 何故なら、渋谷が難しい顔をしたまま、目を閉じていたからだ。


「(渋谷さん・・・ティアさんの事が心配でたまらないのね・・・)」


 レーアは正確に渋谷の心情を読み取る。


 渋谷とティアは、親子のような関係だ。

 エデンの高ランクのベテランは皆知っている。


 孤児だった渋谷を育て、鍛えたのはティアだった。

 そして、渋谷もそんなティアに答えようと、努力を重ね任務をこなし、今や、どの組織からも恐れられる『剣豪』としての地位を確立していた。


 口ではいつもティアに対して憎まれ口を叩く渋谷だが、それはおそら、照れなどもあるのだろう。


 ティアもそれがわかっているのか、軽口としてつきあっているように思えた。


「(そんなティアさんが魔女に連れ去られた可能性がある・・・気が気じゃ無いでしょうね・・・)」


 渋谷は今も黙したままだ。

 いつもの渋谷はもっと飄々としていて、軽口もよく叩き、セクハラ気味の言動も多い。

 だが、レーアは知っていた。

 

 それは、場を和ませようとしていたり、必要以上に力まないようにさせる渋谷なりの気遣いだという事を。


 当然、エデンの女性には人気があった。

 大人の男な上、実力も気遣いも出来る渋谷だ。

 人気が出ないわけがない。


 しかし、不思議と浮いた話の一つも聞いたことが無いし、特定のパートナーを作ったという事も聞いたことがない。


「(おそらく、渋谷さんは・・・)」


 レーアは渋谷の真実の一旦に触れていた。

 血の繋がらない母であり、姉であり、家族のようなティアを、渋谷は愛しているのだと。


「(絶対助けないと・・・)」


 ティアもまた、アンジェリカに次ぐ古株という事もあり、慕っているものは多い。

 かくいうレーアも世話になった一人だ。

 決意を新たに現場に向かった。


 


 到着すると、サポートスタッフの運転で、現場に向かう二人。

 既に、夕方、逢魔が時と呼ばれる時間帯だ。


「ここか・・・」


 渋谷は、現場を見回した。

 

「レーアの嬢ちゃん。早速で悪いが・・・」

「良いのよ渋谷さん。ちょっと待ってね。」


 レーアが集中して、異能を発動する。

 そして・・・


「長と姫乃ちゃんの懸念は的中したわね。ここで光ちゃんと戦闘になり、逃走を図っているわ。」

「・・・報告にあった黒瀬光か・・・しかし、あの見た目詐欺の年増を逃走に追い込むとは・・・まだ、魔女と行動しはじめてそんなに時間がたって無い筈だが・・・」

「よっぽど適性があったのでしょうね。押されている所もあるみたいだけど、消耗していたティアさんでは分が悪かったみたい。ティアさんの逃走の判断は的確だったと思うわ。それでは、逃走した方に向かいましょう。こっちよ。」


 二人は、ティアが逃走した方に移動する。

 そして、戦闘の痕跡が少し残っている開けた場所に出た。


「ここかしら。もう一度確認してみるわね。」

「頼む。」


 そして、レーアがもう一度異能を発動すると、表情が固まった。

 それを渋谷は厳しい目で見ている。

 

 発動が終わり、レーアが重々しく口を開いた。


「・・・的中、ね。行動不能になり意識を失ったティアさんを、魔女が現れて連れて行ったわ。何か別の空間に移動したみたい。これ以上は追えないわ。」

「・・・そうか。」


 渋谷は表情を変えなかった。

 しかし、握り込んだ拳は凄まじい力が入れられている事がわかる。

 そんな渋谷の拳にちらりと視線を送った後、レーアは、


「取り敢えず結果を長に連絡するわね。」

「・・・ああ、頼むよ。」


 と、携帯電話を取り出し、連絡し始めた。


 その時だった。

 言いようのない気配を渋谷は感じて振り返る。


「レーア!!逃げろ!!」

「えっ!?何急に!?」

「良いから逃げろ!!何かいる!!」


 そんな渋谷に、レーアはすぐに電話を切って、戦闘しようと意識を切り替える。


「私も戦うわ!!」

「駄目だ!万が一があった場合に、『過去視』が出来るお前がいなくなるのは危険だ!!それに、俺だけなら逃げる事も出来る!だから、離れろ!こいつは俺が相手をする!!」


 レーアは歯噛みする。

 実際、戦闘能力はレーアと渋谷では雲泥の差がある。

 相手によっては、足手まといになる可能性が充分に考えられた。


「良いから行け!それに俺はそう簡単にやられない!俺はエデンの『剣豪』だぞ?」


 エデンに強さの序列があるのであれば、トップは間違いなくアンジェリカであるが、次点は姫乃と渋谷だろう。

 そして、その後にティアと『渦』のセシリアが続く。


 そこにはほとんど力に差がないが、ただ、生き残る強さで考えれば、渋谷は姫乃をも上回るだろう。


「渋谷さん・・・絶対生きて帰ってよ!!」

「任せろ・・・そうだなぁ。無事帰ったら、そのエロボディでサービスしてもらおうかね。」

「お生憎様!私の好みは年上よりも年下なのよ!おじさんは論外!でも、お酒くらいなら奢ってあげわ!」

「厳しいねぇ・・・まぁ、それも良いか。・・・行け!!」


 レーアは走り出す。


 そして、渋谷は刀を取り出した。


「・・・魔女の手下か?誰だか知らんが、俺は今虫の居所が悪い。八つ当たりさせて貰おう・・・あの見た目詐欺に手を出しやがって・・・絶対に許さん!!」


 凄まじい殺気を出す渋谷。

 鬼気迫る表情で気配のある方向を見る。


 すると、そこから一人の少年が姿を表した。


「(・・・こいつはたしか・・・)」


 少年は、渋谷に一礼する。


「俺は瀬川充と言います。申し訳ありませんが、一緒に来て貰うことは出来ないでしょうか?」

「・・・これは礼儀正しい奴が来たもんだ。だが、詳しいことも聞かずに行けるわけがないだろう?」

「ですよね・・・でも、俺には説明してあげられないんです。俺が受けた命令は一つ。あなたを瀕死にしてでも連れてこい、これだけなんです。」


 申し訳なさそうにそう告げる充。

 その様子に、少し引っかかりを覚えた渋谷は、充に質問をした。


「・・・お前みたいな奴が、なんで魔女に協力する?なんならエデンで保護してやっても良いぞ?実際お前の友達も、お前とその連れの女の子を探し回ってたぞ?」

 

 その質問に、充は苦しそうな表情をした。


「・・・俺は・・・行けません。俺が行ったら、操られている光が一人になっちまう・・・すみません・・・」

「それが理由か・・・」


 その充の答えに全てを察した渋谷は瞑目した。


「(魔女め!こんなまともで男らしい奴を、なんて事に巻き込みやがる!!あのクソ女め!八つ裂きにしてやる!!)」


 魔女の行いに怒りをたぎらせる渋谷。

 そして・・・


「・・・わかった。だが、それが目的なら手加減はしてやれん。悪いな。」

「・・・良いんです。それに、俺ももう普通では無いですから・・・死なないで下さいね?」

「言うじゃねーか。じゃあ、見せてもらおうか!!」


 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。

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