閑話 アンジェリカの焦燥と苦悩 sideアンジェリカ

 大和くん達からの報告で、黒瀬光という子が魔女に攫われたのが判明した。

 正確に言うのであれば、攫われたわけでは無いが・・・攫われたも同然だろう。

 

 奴は、人の心の弱い所につけ込み、思考誘導の力すらも利用し、自らの好む方向にコントロールする。

 私はそれをよく知っている。

 

 同じような目にあった者もよく知っている。

 それはエデンのSランクの一人、『賢者』のティア・ブライト。

 彼女は、過去に今回の黒瀬光と同様の目に遭っている。


 精神汚染されたティアは、親を殺し、友人を殺し、幼馴染を殺した。

 私達がなんとか正気に戻した後の彼女は、見ていられなかった。


 一時期の姫乃くんなど比べ物にならないくらいだった。


 10年程かけて、なんとか今の精神構造になり、まともな生活をおくれるようになったが、100年近くたった今になっても、根底には魔女への憎悪が眠ったままだ。


 もうあんな事を繰り返すわけにはいかない。

 

 差し違えてでも奴を止めなければ。


 だが、魔女は強い。

 今回も、戦いにすらなっていなかったと聞いた。

 黒瀬光を連れ去られ、阻止しようとした大和くんの力も及ばなかった。


 このままではまた繰り返してしまう。

 もっと強くならなければいけない。


 ティアくんの時と大きく違うのは、魔女と共に過ごす時間が短い事だろう。

 ティアくんは14歳位の時に魔女に操作され、それから10年近く共にいたらしい。


 だが、黒瀬光の場合は、あの人がおよそ一ヶ月で強制的に現界させると保証してくれた。

 後は、大和くん達の絆がどれほどのものなのか次第・・・だと、思うのだけど、なんだろうこの嫌な感じは・・・


 何かを見落としている?

 それとも私達が知らない何かがあるのだろうか?


 しかし、私達に今出来ることは少ない。

 力をつけて、来たるべき日の為に備える事が関の山だ。


 私は自分が情けない。

 永い時を生きているのにこのていたらくだ。

 若い子達を守ってやれていない。


 情けない・・・

 本当に情けない!!

 こんな事では、魔女との戦いの中で散っていった仲間たちも、浮かばれないではないか!!


 枯れた筈の涙が浮かび上がってくるのを感じる。

 今はもう居ない仲間たちの顔が思い浮かんでくる。

 

 駄目だ・・・今はエデンの頭は私なんだ。

 そんな弱った姿を見せていられない。


 ・・・私は数十年に一度、こういう気分に陥ることがある。

 自らの弱さに負けてしまいそうになる。


 永い生の中で、隣を歩む者は段々といなくなっていく。

 私は一人だ。


 ・・・誰か共に歩んで欲しい。

 誰か私を支えて欲しい!

 頼りたい!

 今ある全ての責任から逃れたい!! 

 私だって普通の子のように過ごしたかったんだ!!


 今は執務室の中に誰もいない。

 部屋の隅にうずくまる。

 涙を誰にも見られないように顔を膝に押し付ける。


 嗚咽をこらえて、ただただ気持ちが落ち着くのを待つ。


 こうやって数百年を過ごしてきた。

 いいんだ・・・わかっている。

 私の生はみんなの為にある。

 そのための永い命なんだ。


 だから・・・だから仕方がないんだ・・・


 でも・・・誰か・・・誰か私を助けて・・・











「どうしたの?」


 優しい声がした。

 恐る恐る顔をあげる。


 すると、そこには・・・三上龍馬がいた。


「・・・なんで・・・ここに・・・」


 私は驚きのあまり涙も隠さず問いかける。

 すると、彼は私の頭にそっと手を乗せ、にこりと笑った。


「ちょっと君に用事があって来たんだ・・・でも、そんなの良いや。アンジェリカちゃんに何があったか僕にはわからない。でも、君が辛い思いをして来て、一人で抱え込んでいるのはわかった。だから・・・」


 三上さんは私の頭を慈しむように撫でる。


「僕で良ければ話しを聞いてあげるよ。何かあるなら助ける。僕の力はそういう誰かを助ける為にあるんだ。僕がしたいことを貫き通す為につけた力なんだ。だから僕を頼ると良いよ。」


 三上さんは笑顔でそう言った。

 そして、


『サイレントフィールド』


 何かを呟いた。

 

「今、この部屋の音は外に漏れないようにしたよ。だから、辛いなら辛いと言い、泣きたいなら泣けばいい。僕が受け止めてあげるから。」


 次の瞬間、私の感情は決壊した。


「う、う、う、うわぁぁぁぁぁぁん!!辛かった!悲しかった!!誰も私と一緒の時を過ごせない!みんな置いてっちゃう!!誰も頼れなかった!魔女にも何度も負けた!!私は・・・私が組織を立ち上げたせいで、魔女に殺される人がたくさんいた!!今度も大和くんや姫乃くん達が狙われている!!どうすればいいの!?どうすれば!?私のせいなの!?私が魔女を倒せないから!?」


 涙が溢れてくる。

 どうにもならない感情を三上さんにぶつける。

 何度も三上さんの胸に拳をぶつけた。

 三上さんは黙って受け止めてくれている。


「なんで!?なんで私なの!?好きでこんな身体に・・・不老になったんじゃないのに!!これだって魔女のせいなのに!!魔女の実験のせいで、私は私の時を止められた!!お父さんもお母さんも妹も魔女に殺された!!私の前で!!壊れたおもちゃを捨てるように!!あいつは言ったんだ!!家族を殺された悲しみや苦しみ、恨みを一生引きずって生きていけって!!どうしてこんなに辛い目にあわなきゃいけないの!?・・・うぅぅ・・・辛い・・・辛いよぅ・・・」


 ・・・なんだろう・・・暖かい・・・

 気づけば三上さんに抱きしめられ、頭を撫でられていた。


「そっか・・・大変だったんだね。アンジェリカちゃんよく頑張ったね。君は凄いよ。誰でも出来ることじゃない。僕にだって出来るかわからない。君は誇って良いんだよ?君の今までの努力を。」


 ・・・安心する・・・

 誰かに抱きしめられるのなんて、どれくらいぶりなんだろう・・・


「でも、私は魔女をまだ倒して無いよ・・・?」

「うん、そうだね。だから僕が手を貸してあげる。君が強くあれるように。仲間に胸をはれるように。だから頑張ろう?大丈夫!君は強いんだ!!」

「・・・本当?」

「勿論だよ。」


 三上さんの胸に顔を押し付ける。

 穏やかな時が流れる。

 私はそのまま眠りについた。







 目を覚ますと、備え付けのソファに寝かされて、毛布代わりに三上さんの上着がかけられていた。


「あ、目が覚めたね。もう落ち着いたかな?」


 すぐ側で手を握っていてくれていた三上さんがそう言う。


 ・・・ずっと握っててくれたんだ・・・


 三上さんは私の目をじっと見る。

 ・・・なんだか顔が熱い。


「ちょっと顔色が赤いけど、泣き疲れたからかな?でも、もう大丈夫そうだね。」


 三上さんがそう言って離れた。


「あっ…」


 ・・・もうちょっと手を繋いでて欲しかったのに・・・

 三上さんは鈍感らしい。


「さあ、落ち込むのはおしまいだよ。これから、君はまた頑張る日々が始まるんだ。でも、辛くなったらいつでも言いなよ?一人は辛いからね。大丈夫!僕の寿命も実は無いに等しいんだ。だから、ずっと付き合ってあげられるよ?」


 そう言ってまた私の頭を撫でる。

 されるがままの私。


 ・・・ああ、駄目だ。

 これは完全に・・・

 どうしよう・・・

 

 困ったなぁ・・・まさか数百年越しにこんな気持ちになるなんて・・・


 ・・・今度桜花さんに相談しよう。


 黒瀬光や瀬川充を助け出した後にでも、ね。

 

 私は、撫でられる心地良さに見をまかせるのだった。

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