第61話 狼狽

「・・・ん?姫乃・・・無事か!?ってお前!?なんて格好を!?・・・おい!?なんで俺がお前に覆いかぶさってるんだ!?俺がやったのか!?」


 健流が気づくと、至近距離には涙を流す姫乃の顔があった。

 体勢を見ると、健流が姫乃を押し倒しているように見える。

 そして、姫乃は下着姿である。


 健流は狼狽した。

 どうしてこのような状況になっているのかわからない。

 自分の意識が飛んでいる。


 しかし、更に健流を惑わす事が起きた。


「健流!?元に戻ったの!?良かった!!」


 姫乃が抱きついてくる。

 健流は、姫乃の匂いと、肌の暖かさに更に混乱した。


 パニックになりつつも、何故こうなったのかを、思い出そうとする健流。


「(確か・・・ドアを蹴破って・・・そしたら鎖に繋がれた下着姿の姫乃と、その上に覆いかぶさる前田がいて・・・)そうだ!前田は!?」


 健流は、姫乃に抱きつかれたまま、首だけできょろきょろとし、前田を探す。

 すると、床の上で血まみれの状態で、右腕と左足の千切れた前田が、泡を吹いて気絶しているのを見つけた。


 その惨状に、目を見開く健流。


「こ、これ・・・まさか俺がやったのか!?」


 健流は驚愕した。

 身体は少し震えている。

 自分が覚えていない間にこのような事をするのは、尋常ではない。

 すると、姫乃が、


「・・・覚えてないの?私を助けようとして、前田と戦ったのよ。・・・ちょっとやりすぎだけど、でも、高ランク異能者である前田なら、多分まだ生きてるわ。ほら、見て?まだ少し動いてるし、出血も止まってきてる。」

「・・・本当だ。」


 前田の顔色は、失血の為にかなり悪いが、出血は止まってきていた。

 常人であれば、まず、死んでいたであろう大怪我であるが、異能者はその習熟度によって、身体能力が向上する。


 高ランクの前田は、人の域はかなり越えていた為、かろうじてではあるが生きていたのだ。


 しかし、健流の表情は優れない。

 殺しかけた事には違いないのだ。


 健流は、姫乃に問うことにした。


「・・・なぁ。俺ってなんなんだ?ここに来るまでにも、意識が無い間に、何人も殺してる・・・俺、このままお前らの側に居て良いのかな?もしかしたら、これ以上誰かを傷つける前に・・・お前らを傷つける前に居なくなった方が・・・」


 顔を伏せてそう言いかけた健流の顔を、姫乃が掴んで目を合わせる。

 涙は既に止まり、その眼差しは力に満ち溢れていた。


「健流、よく聞いて。あなたが何であるかという問には、私には答えられない。でも、私にとって、健流は健流よ!それ以上でも、以下でもない!私にとっては、健流は居てくれなくちゃ困る存在で、居て欲しい存在で、居なきゃ駄目な存在なの!絶対に居なくなっちゃ駄目よ!一生私と一緒に居るのよ!わかった!」

「・・・姫乃・・・」


 姫乃の剣幕と言葉に、放心する健流。

 そんな健流を見て、姫乃は、微笑んだ。


「もし、あなたが辛いなら、私が一緒に居てあげる。苦しいなら、一緒に背負って上げる。悲しいなら、慰めてあげる。だから、そんな顔しないで。」

「・・・」


 健流の目から涙が溢れた。

 姫乃はそんな健流の顔を胸に抱え込む。


「大丈夫。あなたと私はずっと一緒よ。安心して・・・」


 姫乃の匂いと温もりで、不安定になっていた健流の心は落ち着きを取り戻した。

 数分間そうしていると、今度は落ち着いた健流の顔が、段々と赤く染まっていく。


「どうしたの?」


 姫乃が不思議に思って尋ねる。

 その声と表情は、慈愛に満ち溢れるものだった。

 しかし、健流はそれどころでは無かった。


「あの・・・姫乃さん?その・・・ですね?」

「ん?なあに?」


 慈愛溢れる姫乃の声に、健流は申し訳なさを感じた。


「胸が・・・顔に…そろそろ服を着たほうが・・・」

「!?」


 照れて目が泳いでいる健流と、自分の格好に気づいた姫乃。

 そして・・・一瞬で真っ赤に染まる姫乃の顔。

 手を振り上げる。


「(ああ・・・これは俺が悪い・・・のか?甘んじて受けよう・・・)」

「健流のエッチ!!」


 バチン!!


「ぐほっ!?」


 姫乃から強烈な平手打ちを貰うのだった。



 幸い、姫乃の服は部屋の中にあった。

 念の為、前田に止血を施し、ロープで縛り上げる。


「まだ、灯里が戦ってるはずだ!すぐに向かおう!」

「そうね!・・・でも、私は今、異能を封じられてるから、足手まといかも・・・」

「ここにいて、他の敵に踏み込まれるよりマシだ!俺が守るから大丈夫だ!!」


 そして、二人は駆け出す。

 灯里の元へ!

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