第62話 『硬化』のベンジャミン

「はぁ・・・はぁ・・・」

「中々やるな小娘。しかし、お前の異能では俺は殺せまい。」


 灯里は苦戦していた。

 ベンジャミンの能力は『硬化』だ。

 その強度は、灯里が持つ逆刃刀の刃を返したとしても、到底傷つける事は出来なかった。

 そして、ベンジャミンの硬化した拳や蹴撃は、一撃で灯里を戦闘不能・・・下手したらあやめる可能性すら充分にあった。

 

 神経をすり減らしながらも食らいつく灯里。

 ジリ貧。

 今、灯里を苦しめているものはそれだった。


「異能には相性がある。貴様の目は・・・信じがたいが未来を見通していようだ。だが、どれだけカウンター食らおうが、その武器では俺に傷をつけることはできん。」


 ベンジャミンがそう語り始める。


「(そんな事はわかってるっての!・・・でも、こいつの急所や目を狙おうにも、そこはガードが硬い・・・)」


 ベンジャミンも、組織の幹部にまでなった、歴戦の戦士である。

 当然、その辺りの防御は優れていた。


「(残念だけど、あたしではこいつを倒し切ることは難しい。だからあたしの役割は時間稼ぎ。健流かヒメノがくれば、多分打開できる・・・)」


 灯里は、持ち前の勘をいかんなく発揮し、その事実に至る。

 もっとも、今の姫乃は未だ異能を封じられているので、主戦力となるのは健流ではあるが。


 しかし、そんな事はベンジャミンも看破していた。


「お前に出来ることは時間稼ぎ・・・あの、常軌を逸した力を見せた奴を待っているのだろう?しかし、俺はそんな事に付き合う義理は無い。悪いが、このまま撤退させて貰う。」


 ベンジャミンは、そのまま出入口に突っ込んで行く。


「くっ!?」


 灯里はベンジャミンの背後から斬りつけるも、ベンジャミンにはダメージはほぼ無い。


「(く〜っ!このままじゃ逃げられちゃう!どうしたらいいの!?)」


 こちらの攻撃は効かない、向こうの攻撃は致死のもの、灯里は攻めあぐねていた。

 

「(桜花ちゃんなら・・・あの人なら・・・)」


 灯里は攻撃を繰り出しながら思い返す。

 打開の一手を見つけるために。


「(そう言えば・・・)」


 灯里は、過去に憧れていた桜花の彼氏と話した事を思い出した。




『は〜・・・今日も負けた・・・龍馬さん、なんで素手で武器に勝てるんですか?』


 模擬戦の後、灯里は尋ねる。

 その相手は、灯里の憧れていた人・・・名前を龍馬と言う。

 龍馬は、その言葉に苦笑しながら答えた。


『そうだね・・・確かに武器は間合いも広がるし、素手で攻撃しない分、痛みも無い。だから素手で相対するのは分が悪い、こう考えるんだろうけど、僕の考えは少し違うんだ。』

『どう違うんですか?』

『あのね?例えば木刀を持っていたとする。その間合いは、蹴りでも届かない。圧倒的に有利だよね?でも、ガードでは無く、体捌たいさばきで懐に入ってしまえば、どう頑張ったって木刀側は一手遅れる。そこを狙えばいい。だから、体捌きさえしっかりと修練すれば、そこまで怖いものでも無くなるんだ。』

『でも・・・攻撃する時に、相手が・・・例えば甲冑かっちゅうとか、それこそ西洋鎧なんかを着ていたとして、素手じゃ厳しく無いですか?』

『まぁ・・・そこは、浸透勁なんかの、衝撃を内部に伝える技もあるから。それに、そういう技が無くても、対処可能だよ?』

『えっ!?どうやってです!?』

『例えば、鎧の構造は人体に模するでしょ?だから、関節は変わらない。関節を極める、折るなんかは有効だし、衝撃に弱い人体の器官だってある。どれだけ頭部を固めても、叩きつければ、脳にダメージが行く筈だ。他にも、顎を掠めれば、脳が揺れて立っていられなくなるよ。足の関節を折るために、膝を正面から蹴り抜いても良いしね。』

『なるほど・・・』

『だから、僕には素手で充分なんだよ・・・と言っても、士元先生のおかげで、刀も使えるようになったから、無理に素手に拘る必要もないんだけどね。』

『・・・流石龍馬さんです!素敵!!』

『うわぁ!?灯里ちゃんなんで飛びついて来るの!?』

『あっ!こら!灯里!離れなさい!!龍馬もちゃんと避けなさい!その為の体捌きでしょ!!』

『ええ〜!?そんな訳ないでしょ!?』



 灯里はそこに天啓を得た。


「(そっか!斬るのに拘る必要は無いんだ!要は、時間さえ稼げればいい!だったら・・・)」


 灯里は、ベンジャミンの足を狙い、思い切り刈り取るように刀を奮った。

 

「無駄だ!」

「甘いわ!!」


 直撃してもベンジャミンにはダメージは無い。

 だが、灯里はそのまま引っ掛ける様に自分の体ごと後方に行き、相手の重心を崩す。


「むぅ!?」


 ベンジャミンは転倒を防ぐため、大きく足を広げバランスを取った。

 そのせいで体勢が崩れる。


「っ!!ここ!!」


 灯里はその瞬間、ベンジャミンの正面に移動し、


「廻里流剣術 双蛇!」


「無駄・・・くっ!?」


 顎先を掠める様に高速の2連撃を左右から当てる。

 ベンジャミンの顎そのものに、痛みは走るも、ダメージは無い。

 だが・・・横に揺さぶられた直後に逆側からも衝撃を受け、脳を大きく揺らされる。


 カクンっとベンジャミンの膝が落ちた。

 その隙を灯里は見逃さない。


「食らいなさい!廻里流剣術 鎧通し!!」


 若干の溜めの後、体ごとぶつかるように、全身の力を乗せて突きを放つ灯里。


「うぉぉ!?」


 ベンジャミンの身体に直撃し、そのまま部屋の中央付近まで押し戻した。


「ふぅ〜・・・」


 灯里は、未だ脳が揺れて行動できないベンジャミンを見て、気を練る。

 そして・・・


「廻里流剣術 烈!!!」

「うがぁ!?」


 上段から大きく振りかぶって面を放った。

 廻里流の業の技。

 頭頂部から股間まで一気に切り裂く技だ。


 当然、ベンジャミンの硬化した身体を切り裂くことは出来ない。

 それでも、頭上から股間までの衝撃は、さすがのベンジャミンでもダメージを受けた。


「ふぅ・・・」


 そんなベンジャミンの様子に、灯里はホッとするも、一瞬膝を突きそうになる。

 初任務、連戦に次ぐ連戦、色々重なり、騙し騙ししていた疲労が限界を迎えようとしていた。


「ぐぅ〜〜〜!小娘!今のは効いたぞ!お返しに殺してやる!!」


 ベンジャミンが怒りの形相で一歩踏み出す。

 足取りを見るに、脳のダメージは収まりつつあると、灯里は判断した。


「(まずいわね・・・私も限界だわ・・・健流!まだ!?)」

「どうやら貴様も限界のようだな!今殺して・・・」


 灯里が一歩一歩後退する毎にベンジャミンが距離を詰める。

 まもなく部屋の端だ。

 灯里が追い詰められそうになったその時だった。


 扉が開けられ、


「灯里!無事か!?」

「灯里!大丈夫!」


 健流と姫乃が飛び込んできた。

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