第23話 初めての任務(1)

 健流の初任務当日、健流と姫乃は、自宅マンション前に来た車に乗り込んでいた。

 普通のワンボックスカーで、運転手はエデンのサポート要員だ。


 健流は初任務とあってか、既にそわそわしていた。

 そんな健流の様子を横目に見て、姫乃が口を開く。


「・・・今からそんな様子じゃたないわよ。」

「・・・あ〜・・・頭じゃ分かってるんだがな・・・気持ちが早って仕方がねぇ。」

「気楽・・・じゃまずいけど、そんなに緊張することは無いわ。何せ、私が一緒なんだもの。経験を積む、くらいで考えていれば良いわ。」

「・・・すっげぇ自信だな。」

「当然よ。」


 緊張の色をまったく見せない姫乃に、健流は感心する。

 

「(流石はエデンの最高戦力の一人って事か。)」


 そんな事考えていた健流に、姫乃が話しかける。


「それよりも、予定をおさらいしておきましょう。覚えているわね?」

「勿論。まずは、このまま車で、四日市まで行く。そして、エデンが手配したホテルに荷物を預け、俺とお前は夜8時頃にホテルを出て、気づかれないように、念のため電車と徒歩で廃工場のある所まで行く。決行は午後10時過ぎ。そこで、テロリスト共を排除。そして、排除後は、エデンのサポートスタッフの待つ、待ち合わせ場所まで徒歩で移動。車でホテルに戻る。」

「よく出来ました。じゃあ次、気をつけるべき事は?」

 

 姫乃は笑顔でそう言った後、続けて問う。


「まず、敵の能力者は『爆発』だ。あまり大きな能力を使わせると、周囲の被害が甚大になる。最優先で排除する。そして、敵の部下は確認されてるだけで20名程。だが、確定じゃない。未だ未知数だ。だから、伏兵や増援、奇襲に注意すること。」

「OK。完璧じゃない。」

「・・・そりゃ、机上はな。後は実際に体験しねぇと、どうなるかは自分でもわかんねぇよ。」

「・・・うん。じゃあ、先輩として、心構えを教えておこうかしら。」


 姫乃は、そう言って健流の目を見る。

 真剣な表情の姫乃。

 健流は、その瞳の色に吸い込まれそうになる。

 だが、姫乃が大切な何かを伝えようとしているのだ。

 余分な事を考えていてはいけない、と思い直し、居住まいを正す。


「任務に着手したら、とにかく生き残る事を第一にしなさい。決して、自らの命と引き換えになんて考えてはいけない。生き残れば次がある。その結果誰かが死んでも、次には繋がるわ。」


 姫乃の瞳には今、何が映っているのか。

 あまりにも深い何かを宿すその目に、健流は息を飲む。


「・・・それで、大量に人が死んでもか?」

「ええ。」

「・・・なんでか聞いても良いか?」

「私も通った道だけど、世の中に絶対なんて無い。それでも、なんとかしなければいけない。助けられる命には限りがあって、出来ることにも限りがある。突発的な何かが起こって、命を捨てて誰かを助けても、それはそこで終わり。生きながらえれば、後悔や屈辱を味わっても、更に多くの命を助けられる可能性がある。そういう話よ。」


 姫乃は、今まで色々経験をしてきた。

 その中には、目の前で無関係な人が殺されたり、助けられなかった事もあった。

 これは彼女の経験則だ。

 

「・・・理解は出来ても、納得したくはねぇなそりゃ。」

「私だってそうよ。でもこれは真理だと思っている。手を伸ばせる人を増やしたければ、強くなるしか無い。私はそう考えて強くなって来たわ。」


 強くなる。

 全てを助けたければ、強くなれ。

 これは姫乃からの叱咤だった。

 

「・・・上等だ!俺は強くなる!強くなって全てを助けられるようになってやる!」

「頑張って。私も頑張るから!」

「(まあ、その助ける中には姫乃も入ってるんだがな。今はまだ、俺の方がお荷物だ。だから、俺は強くならなくちゃ行けねぇ。何があっても、こいつを助けられるように!)」


 健流は改めて決意を漲らせる。

 口だけの男なんて健流が一番嫌いな人間だった。

 絶対に成し遂げて、頑張っている姫乃を助けられるよう誓うのだった。


 それから1時間半位で、目的地のホテルに着いた。

 サポートスタッフと一旦別れて、チェックインするべく、ホテルの中に向かう。


「予約していた、月光です。」


 これは姫乃の偽名だ。

 月光姫乃、そして健流は草薙健流だ。

 命名は、アンジェリカ。


「お待ちしておりました月光様。本日はご利用頂きありがとうございます。それではルームキーをお渡し致します。」


 そうして出てきた鍵は一本だった。

 健流と姫乃は首を傾げる。


「・・・あの・・・予約内容ってどうなっているのですか?友人に任せておいたので・・・」

「そうだったのですか。ツインの部屋を一部屋と伺っております。」

「「!?」」


 健流と姫乃は驚愕する。

 

「(あのロリちびっ子め!やりやがったな!!)」


 健流が狼狽しながらも憤慨していると、姫乃が焦った様子で、


「あ、あの!もう一部屋取ることは・・・」

「申し訳ございません。それ以外は満室でして・・・」

「そんな・・・」


 姫乃が愕然としている。

 健流はため息をついて、姫乃に向き直った。


「あ〜・・・姫乃。なんだったら俺は野宿でも・・・」


 そう健流が言った瞬間、姫乃はハッとして健流を見る。

 姫乃が気にすれば、優しい彼がそう言うのは目に見えていたのだ。

 姫乃は覚悟を決めた表情をする。


「そんなの駄目よ!」

「いや・・・だがな?」

「駄目ったら駄目!」

「・・・でもよ・・・」

「良い!私が良いったら良いの!健流だったら別に良い!」

「おまっ・・・言い方!」


 受け取り様によっては、”何があっても良い”とも聞こえる言い方に、健流が狼狽える。

 

「〜〜〜っ!」


 姫乃はすぐに自分の発言に気が付き、顔を赤く染めるも、すぐにキッと健流を睨んで、


「うるさい!さっさっと部屋に行くわよ!」


健流の腕を掴んで、ズルズルと健流を引きずり部屋に連れて行く。


健流達が部屋に向かった後、ホテルマンは歯ぎしりしていた。


「・・・あんな美人から積極的に・・・クソっ羨ましい!禿はげちまえ!!」


 ホテルマンは、そんな2人の様子を見て、怨嗟の叫びをあげるのだった。

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