篠突く雨

 友人のYから聞いた話である。

 N町の駅に、聞き馴染みのない心霊スポットがあると噂されていた。

 山間部の谷間に沿って拓けた町を大きく縦断するように通るその駅の路線は、町民にとても重宝されていた。もうすっかり車社会となってしまった現在でも、まだ免許の取れない学生を始め、足腰を悪くしてしまった高齢者など、地域の人々にとても親しまれている。

 このN町はその地域内のおよそ九割を貴重な山林に囲まれており、産業こそ盛んだが所詮は田舎である。件の駅も改札や駅員などは申し訳程度に配置されているだけで、ほぼ無人駅と言っても遜色ない。

 その小さな駅で、火の事故があったというのだ。それは後に、そこで亡くなった人の幽霊が出るという怪談へと発展した。

 しかしそれも遠い昔の話なので真偽は定かではないが、今でもまことしやかに囁かれる、この町の怪談話の一つだった。


 電車に揺られること一時間、目的の駅に到着した。

 前日より強い雨の降りしきる夏の日に、私はYに唆されてその駅へと赴くことになったのだった。

 わざわざこんなお誂え向きの日を選ぶなんて……とも思ったが、Y曰く雨の日じゃないと出現しない幽霊が出るとのことだった。「雨の日に出る幽霊は乙なものだ」とはYの談だが、酔狂とは正にこの事なのだろうと思う。

 私も同じ地域出身ではあるが、その町とは少し離れているのであまり馴染みがなかった。とはいえやはり自分の住んでいる町と同じくらい長閑な場所だった。

 合計二面三線のホームの地上駅で、降りる位置からすぐ跨線橋に登る事が出来、改札への道は都会ほど険しくも迷路でもない。

 私はYと共に、バケツを引っくり返したような豪雨の中でホームへ降り立ち、何度か周りを見渡した後、一旦改札を出ようということになった。

 いくら酔狂な物見遊山だとしても流石にもう少し雨が弱まるのを待ったほうが良いというのが第一、第二にこのままずっと改札を出ないのはいけないからである。

 田舎町ではあるが、それでも駅前は多少の賑わいを保っており、何店舗かあるお土産屋さんなどの隣にある喫茶店にとりあえず入ることにした。


 その駅で亡くなったのは、当時まだ中学生だった14歳の学生だという。

 が、何せ本当に古い話で、地元でも知っている人などほとんどいないというので、まるで都市伝説のような話であるらしく、実際に似たような事件があったのかすらも疑わしいという。

「何でも、雨の日にホームで路線を見下ろしている姿が見えるらしいよ」

 その見える姿が学生服のようだという。

 つまりそれが要因となって、先述の話が出来上がったという可能性も無くはない。卵が先か、鶏が先かの話だ。

 しかし例えば霊感のある者であれば、その姿を目撃することは珍しくないらしく、Yを始め地元の若い連中の間では見たと言う者も多いという。

 だがそれも誰々の友達がだとか先輩の誰々がだとか、更にその彼女だか彼氏だかが……というフレンドオブフレンドの領域を出ないのだが。

 しばし関係ない話も交えYとの談笑が続き、話の合間にふと窓の外に目をやると、雨脚は多少弱くなってきていた。

 そろそろいいだろうと言うことで、Yと共に再び改札を抜け、ホームへと向かった。

 先程とは違って視界は多少明瞭になり、また電車は一時間に一本しか来ないため散策の時間はあった。

 Yと二人でそう長くはないホームを歩き始めたが、それはすぐに見つかった。

 ホームには緩いY字型に出来た屋根があるのだが、風に吹かれる雨のせいで床は全て濡れている。はずなのだが、ある一箇所だけ全く濡れていない部分があるのを発見したのだ。

 それは道にあるマンホールよりは小ぶりな円形で、人一人分が立てる領域くらいだと思った。

 数メートル離れた位置から見つけたのでもう少し近くで見たい気持ちもあったが、何故かその場所は妙に近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。それはYも同じようで、二人して立ち尽くしてしまった。

 私に霊感と呼ばれるものはないのだが、それでもその一箇所に学生服を着た誰かが佇んでいるのであろう事は容易に想像が出来た。

 何故かは分からないが、気づけば私の頬には涙が伝っていた。同時に、きっと彼は自殺してしまったのだと直感した。隣のYに顔を覗かれて恥ずかしく思い、雨だと誤魔化したが、Yも泣いていたように見えた。


 数分後、訪れた帰りの電車に乗り込んで発車するまでの間に、私は車窓からその箇所を見ていた。

 電車が走り出し景色が動いていく中で、その箇所を通り過ぎようとした時、ほんの一瞬だけ、俯いて佇む人影が見えた。

 その顔はどこか悲しく物憂げで、多分涙を流していた。と思う。

 到着先や乗り換えの案内のアナウンスが響く車内でYが「だから雨の日しか出ないのかな」と呟いたのが印象的だった。

 窓の外は再び雨脚が強くなっており、それから降りるまでの間、篠突く雨が車窓をずっと叩いていた。

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