向日葵に顔をうずめて

292ki

サキちゃん

サキちゃんはうちに向日葵を持ってくる女の子だ。

夏の、今日が一番暑いなって日にふと窓の外を眺めると大量の向日葵を花束にして抱えたサキちゃんがえっちらおっちら坂を下ってやってくる。

何でかサキちゃんを見つけるのはいつもあたしであたしは大声で1階にいるお母さんにサキちゃんが来たよーと呼びかけながら階段をかけ下りる。お母さんはあら大変と言いながらバタバタと台所に走っていく。

あたしがサンダルをひっかけて玄関に手をかけると、お母さんがキンキンに冷えたラムネを2本、こちらに差し出した。

「はい、キョーコ。これ、サキちゃんに持ってってあげて」

「はーい」

受け取って外に飛び出すと、もうすぐ近くにサキちゃんの姿が見える。

「サキちゃーん!」

ぴょんぴょん飛び跳ねて手を振ると、向日葵の花束の向こう側でサキちゃんがニッコリ微笑んだ。



「ふーっ、これこれ!」

「ラムネ、美味しいですねぇ。ありがとうございます。キョーコちゃん、キョーコちゃんママ」

縁側で2人、サキちゃんと足をブラブラさせながらラムネを飲む。ガラス瓶に照りつける日差しが反射してキラキラと光るのをサキちゃんはいつも楽しそうに眺める。

今日もサキちゃんは変わらず真っ白いワンピースに大きなリボン付きの麦わら帽子を被っている。これは昔からのサキちゃん夏のお気に入りコーデだ。

「あ、忘れるところでした!はい、キョーコちゃん、今年の向日葵です!」

ラムネを飲み干し、瓶を逆さに振ってビー玉を取り出そうとしていたサキちゃんは唐突に傍らに置いてあった向日葵の花束を差し出した。大ぶりで色も良くて満開に咲き誇る向日葵たち。それをひとつに纏めた花束は結構な重量をしている。あたしは落とさない様に受け取ってそのまま向日葵に顔をうずめた。

「…うん、夏の香りがする」

「そうですとも!なんたって、わたしの自慢の向日葵なんですから!」

えっへんと胸を張るサキちゃんは得意げで去年もそういえばこんな感じだったなぁと懐かしく思い出す。

サキちゃんは変わらないな。サキちゃんは。

「もちろん来年も見事な向日葵を持ってきます!楽しみにしててくださいね!」

そうキラキラした笑顔で宣言するサキちゃんを見てあたしは思わず泣きそうになった。



サキちゃんと存分に話して、じゃれて少し昼寝もして。夕方になったので2人揃ってお母さんに起こされた。

「サキちゃん、トマト!トマト持っていきなさい!あ、あとキュウリも!スイカは重すぎるかしらねぇ」

「もー、お母さん。あたしが途中まで持ってくんだから大丈夫だって」

もうサキちゃんは帰る時間だ。お母さんはビニール袋にぎゅうぎゅうに野菜を詰め込んで、トドメとばかりに大きなスイカまでお土産に用意した。流石にこれはサキちゃんには重すぎるだろうとあたしが引き受ける。

「何から何までお世話になってしまって恐縮です。本当にありがとうございます」

サキちゃんはトマトとキュウリが詰まった袋を嬉しそうに受け取りお礼を言う。あたしたちは一緒にえっちらおっちら長い坂を上り、サキちゃんは家に帰る。

「今年もキョーコちゃんたちにはお世話になりました。わたしの向日葵を一番嬉しそうに受け取ってくれるのはやっぱりキョーコちゃんです」

「うん、向日葵大好き。特にサキちゃんが持ってきてくれる向日葵が」

「嬉しいことを言ってくれますね!もうっ!」

サキちゃんと話していると坂の頂上にはすぐ着いてしまう。サキちゃんとはここでお別れをしなきゃいけない。あたしはその場にドサリとスイカを置いた。

「じゃあ、キョーコちゃん、また来年です」

少し寂しそうなサキちゃんに、あたしは言わなきゃいけないことがある。ぐっと喉奥から込み上げるものを我慢して、あたしはサキちゃんに向き合った。

「?キョーコちゃん?」

「来年はないの。あたし、来年はここを出て、先生になるために都会の大学に通うから」

サキちゃんの目がまんまるに見開かれる。あたしはとうとう泣いてしまった。

「来年は会えないの。来年はもう、向日葵受け取れないの…ねえ、サキちゃんどうして?どうしてなの?」

夕暮れがあたしたちを真っ赤に染め上げる。地面に影が伸びる。あたしの影は大きい。もう大人になるから。サキちゃんの影は小さい。サキちゃんはずっとずっと変わらないから。サキちゃんは年なんて取らないから。

サキちゃんは変わらないな。サキちゃんは。だからあたし、サキちゃんのこと置いていってしまうの。

「どうしてあたしたち、一緒に大人になれないの?」

昔はこうじゃなかったのにな。サキちゃんはあたしと同い年で、一緒に年を重ねてた。でも、小学五年生の時、近くの用水でサキちゃんの靴が片っぽ見つかってから、それからずっとずっと。サキちゃんはうちに向日葵を持ってくる女の子だ。


ぎゅっとサキちゃんに抱きしめられる。嗅いだことのあるいい香りがした。あたしの好きな香り。

「…大丈夫だよ、キョーコちゃん。また会えます。また向日葵を持ってきます。キョーコちゃんが大人になってもキョーコちゃんの大好きな夏の香りがする向日葵をわたしはずっと持ってきます」

夕日が落ちていく。夏の夜は長いのにサキちゃんといるとすっごく短い。もうお別れしなきゃなのに、あたしの足は動かない。

「キョーコちゃん、お別れです。決してこちらを向かないでおうちに帰ってくださいね。ほら、もう泣かないで」

くるりと体を反対に向けられる。もう日が落ちるから、もう夜だからあたしはサキちゃんを見てはいけないんだ。

あたしは顔の見えないサキちゃんに何とか言葉を、思いを紡ぐ。

「サキちゃん、サキちゃん…大好き。向日葵だけじゃない。サキちゃんも大好きだよ。絶対、絶対また会おうね」

サキちゃんが驚いて息を飲む声と、微笑んだ気配がした。思わず振り向こうとした顔を冷たく小さな手が止める。

「…ありがとう。キョーコちゃん。わたしもです」



あたしは言われた通り、振り向かずに帰った。涙はずっと止まらなかった。家にたどり着くとお母さんは何にも言わずにいてくれた。

部屋にはサキちゃんがくれた向日葵を生けた花瓶が置いてあった。きっと、お母さんが気を利かせてくれたのだろう。また涙が零れる。

向日葵を一輪引き抜いて顔をうずめた。

夏の香りがする。

サキちゃんの香りだった。

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