『水』をテーマにした短編集
星川蓮
水の王国の入り口で
※『ひとりぼっちの二人』の番外編(ノーラ編)です。主人公の男と少年は登場しません。
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ドアの前で青い布をヒラヒラさせながら、兄さんが不敵の笑みを浮かべて立っていた。
私は没頭して読んでいた小説から顔を上げて、歯を全部見せて笑う兄さんを見た。
「何をしに来たの?」
「明日、湖にいこう! ミラも来るよ!」
「ミラ?」
「ほら、未来の大絵本作家、エリン・コルトナー先生だよ。この前紹介しただろ?」
思い出した。ミランダ・L・エリクソン、パン屋のお姉さんだ。兄さんとは同い年で、魔法訓練学校の同級生だった人。
そして、今の兄さんの想い人。
兄さんがクラース家が代々営む魔道具の手伝いをしていた時、たまたまお客さんとして来たのがきっかけらしい。久々に会ったら髪が短くなっていて、それから気になって仕方がなくなったという。
三文小説に出てきそうな、ありきたりな恋だ。
けれど相手の方も満更ではないみたいで、二人はあっという間に仲良くなった。なんとなくだけれど、そのまま二人は結婚するんじゃないかって思うくらい。
だとしたら私も今後関わっていかなくちゃいけない。でも……。
「どうして私がエリクソンさんと湖に行かないといけないの?」
「ノーラだってたまには外に出て遊びたいだろ? いい天気なのに、ずっと家にこもって本を読んでばかりじゃないか」
「外は嫌い」
「それは知ってるけどさ……」
「だったら無理に連れ出そうとしないで」
「つれないこと言うなよ。ノーラだってミラのことは嫌いじゃないだろ?」
「よく知らないから、好きでも嫌いでもないってだけ」
「頼むよ~。兄さんがこの前ミラと付き合うことにしたって話しただろ? で、どっか特別なデートに誘ってみようかな~って思ったらなりゆきで湖に行くことになっちゃったわけ。わかる? 女の子といきなり水遊び。兄さんも何したらいいかわからないんだよ。だから一緒に来てくれ。この通りです、エレノラ様」
「様つけるのやめて」
「エレノラ姫!」
「うざい」
どうしてこの人は普通に頼むってことが出来ないんだろう? ふざけられるとイライラする。
小説に目を走らせながら、私は一番気になっていることを訊いた。
「大体、どうして湖に行くことになったの?」
「絵本の構想を練るために、レイク・カウを見に行きたいんだってさ。それならよく観察出来るように手懐けてあげるって約束したんだ」
「手懐ける? どうやって?」
「どんな動物も大空のように広い慈愛の精神で接すれば心を開いて──」
「真面目に答えて」
「誰とでも仲良しになれる魔法があるんだ。父さんの書斎にあった魔術書に書いてあった」
「精神に干渉する魔法ってこと? 危なくないの?」
「大丈夫。この前喧嘩してる友達に試したら効果覿面だった」
「人に試したの? 兄さん、怖い」
「まぁ効果が切れたらまた喧嘩してたけど。兎に角そういうわけでミラと出掛けられることになったんだ。ミラもノーラに会いたがってたし、いい機会だと思って誘いたいって思ったわけ。ほらこれ、ノーラの新しい水着! 水玉、可愛いだろー?」
兄さんが持っている布切れを私の顔の前で振る。あまりにも煩くて読書に集中出来ないので、一度本にしおりを挟み水着を受け取った。
「あ……」
水着には妖精の刺繍がしてあった。私の好きな水の精で綺麗な虹色をしている。青や赤に光る不思議な石も散りばめられていて、まるで美しい湖から飛び出してきたようだった。
これを着たい。
その想いが外に出る気怠さも他人に会う億劫な気持ちも拭い去った。
「買ったの?」
「そう。気に入った?」
「気に入ったけど、いくら使ったの?」
「二個」
「嘘。三個でしょう?」
「残念! 本当は四個だ」
「また母さんに借金?」
「ノーラを外に連れ出すためって言ったら特別に援助してくれた」
母さんまで。そりゃあそうだよね。
生まれつき魔力を持たない出来損ないの私が脱税の罪で〈
普通の子供なら好きな物を買うために使える魔石を、兄さんはお荷物でしかない私の命に替えてくれているんだ。
それだけで私にとっては十分で、申し訳なさすぎるくらいなのに、兄さんは私のために何でもしてくれる。
「エリクソンさんの他には誰か来るの?」
「来ないよ」
「じゃあ、湖、行ってみる」
「よっしゃ!」
我ながら、可愛い水着につられるなんて幼稚すぎて馬鹿馬鹿しい。
でも、折角兄さんが私のために探してきてくれたんだ。私が着なかったらこれは本当にただの布切れになってしまう。
私だってまだまだ成長盛り。着られるのは今だけ。
◇
兄さんは今年で十五歳。成人したから、大抵のことは親に相談しなくても出来るようになった。馬車を呼ぶのもその一つで、翌朝、私の家の前には小型の馬車が停まっていた。
中にはもうエリクソンさんが乗っていて、私の姿を見つけるなり元気よく手を振った。
「ノーラちゃん、おはよう」
「……おはようございます」
兄さんを挟んでエリクソンさんと私の三人で並んで座る。兄さんが行き先を告げると馬車は北に向かって出発した。
ただ泳ぐだけなら家から近い西の森の湖に行けばいい。けれど今日の目的は人魚にも喩えられる水中生物レイク・カウを見ることだから、北の湖まで遠出する必要があった。
馬車に揺られながら兄さんとエリクソンさんが楽しそうに会話するのを、私は小説に集中しているふりをして聞き流した。
湖には一時間ほどで着いた。北の森は西の森より鬱蒼としていて、日の光も木の葉の屋根ですっかり遮られていた。
暑くないのは助かる。暑苦しいと歩くのさえ億劫になるから。
着いた途端、兄さんが着替えようと言って聞かないので、私はエリクソンさんと低木の影に隠れて着替えることにした。
エリクソンさんのは上下セパレートタイプのシックな緑の水着だ。金色の髪によく合っている。
朝食のロールパンくらいの大きさに膨らんだ胸が大人って感じで、少しだけ憧れる。
「ノーラちゃんの水着、可愛いね。青、似合うんだ」
「……兄さんが選んでくれました」
「よかったね。じゃあ、行こっか」
エリクソンさんは手を差し出してにっこり笑った。その笑顔がなんだか眩しくて、私は手を取らずに俯いた。逃げるようにして湖の方へ走り出す。
「んじゃ、僕はレイク・カウを手懐けてくるから、ノーラはミラと一緒に待ってて」
兄さんは一人で湖に飛び込んで、やぁやぁとレイク・カウ達に話しかけながら泳いでいた。私は兄さんに言われた通り、湖畔に座ってそんな兄さんの様子を眺めていた。
後からやってきたエリクソンさんは私の隣でイーゼルを立てて、真っ白なキャンバスに鉛筆を走らせ始めた。こんなプライベートな瞬間を見ていいのかわからなくて私は離れようとしたけど、エリクソンさんは引き止めるように私に話しかけてきた。
「この湖はね、水の王国の入り口なの」
「え?」
「私が描こうと思ってる絵本の話。ここは人間の世界と水の王国の門になってて、レイク・カウと仲良くなると背中に乗せてもらって、水の王国のお城に連れて行ってもらえるの」
「……そうなんですか」
「うふふ、想像が膨らむでしょ?」
エリクソンさんは屈託のない笑顔で鉛筆をサラサラと走らせていく。
楕円形の湖、そこから顔を出す岩礁のようなレイク・カウ。水草に止まる虫。
線が描き足される度、キャンバスの中に世界が紡がれていく様子は目が覚めるほど感動的だった。
私は魅了の魔法でもかけられてしまったように、エリクソンさんの描く絵を凝視していた。
「ごめんね。水遊びなんて趣味じゃなかったでしょ?」
「どうしてあなたが謝るんですか?」
「あれ? セオの奴、何も言ってなかった? ノーラちゃんを呼んでほしいって言ったの私なんだよ。一度じっくりお話がしたかったから」
会いたがっているとは聞いていたけれど。てっきり今日の私はおまけだと思っていた。
エリクソンさんはどうして私なんかと話したかったんだろう? 私と関わろうとするなんて、何か裏があるとしか思えない。
「密告でもするんですか?」
「え? 密告?」
「兄さんは私のために毎日気絶するまで魔石を作ってくれます。私がいる限り、兄さんは私を守ろうとする。だったらさっさと〈
「やだなぁ。こんな可愛い子を処刑場に連れてくなんてするわけないでしょ? 第一〈
「……じゃあ、なんで?」
「私がノーラちゃんと話したかったのは、この前の手紙のお礼を言いたかったから。あれ、すっごく嬉しかったの! あんなに一生懸命書いてくれて、ありがとね」
手紙というのは私が前にエリクソンさんの絵本を読んで、その感想をまとめたものだ。
一生懸命書いたっていうより、ただ思ったことを好き勝手書いただけ。私にとっては特別丁寧なわけでもない殴り書きのような文章だった。
「別にあれくらい、礼を言われるほどのものでは……」
「そんなことないよ。あんなに心のこもった感想をもらったのって初めてだったし、ノーラちゃんが感じたことをいっぱい書いてくれたから、ああ、そういう感じ方もあるんだって新しい発見もあった」
「……そうですか」
「褒められるの、嫌い?」
「別に、そういうわけではないです」
嫌いじゃない。ただ、苦手。
凄いことをしたわけでもないのに大袈裟に褒められると何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
多分何もないんだろうなって感じの人だから、褒められれば疑ってしまう分だけ罪悪感が膨らんでいく。
「やっぱり、手紙のお礼は手紙の方がよかったかな? でも私、手紙書くのあんまり得意じゃなくて、直接言った方がちゃんと伝えやすいから、それで」
「平気です。気にしないでください」
「そう……」
エリクソンさんは少し困惑した顔でキャンバスに向き直った。わかっている。
私が悪い。
合わせられない私が悪い。上手く笑えない私が悪い。素直にありがとうが言えない私が悪い。
兎に角私が悪い。私が悪いんだ。
だったらどうすればいい? 性格なんてそんなに簡単に変えられない。私は私で、これからも私であり続ける。
生まれ変わりってものが本当にあるのかどうかは知らないけれど、少なくとも生きている限り私は私にしかなれない。
無能の称号を与えられた、誰かに頼らなければ生きていけない、お荷物。
魔力のない〈
「……なさい」
「何か言った?」
「いいえ……」
やっぱり来るんじゃなかった。どうして私はこんな出来損ないなのか。
可愛い水着を着たところで何か変わるわけじゃない。そんなの少し考えればわかることだったのに。
話をしながらも、エリクソンさんの手は景色を写し続けていた。水面から顔を出すレイク・カウの視線の先に一人の子供の立ち姿が描かれる。
鉛筆を走らせると、丸と線だけの概形だった人間に二本のおさげが出来上がっていた。私と同じ髪型だ。
「ノーラちゃんって、ミドルネーム何?」
「シビル、ですけど」
「じゃあ、この子の名前はシビーにする」
「え? なんで……」
「『お腹を空かせたレイク・カウを助けてあげたシビー。驚いたことにそのレイク・カウは水の王国のレウス王子だったのです。レウス王子はお礼にあなたを湖の底にあるという水の王国に招待すると言いました』……。ではノーラちゃんに質問です。シビーは何て答えたでしょう?」
「そんなの、知りません」
「何でもいいの。ほらほら、シビーになりきって」
「……『水の中って苦しそうですね』」
「あー、確かに私達息出来ないし心配だよね。『ご安心なさい。王家に伝わる伝説の力でビッグバブルを作ってあげます。その中に入れば陸の住人のあなたも苦しくはありませんよ』はい、次は?」
何を考えているんだろう? 私を主人公にして絵本を書くなんて、どうかしているとしか思えない。
私みたいな暗い人間がキラキラした絵本に登場するなんて、合うわけがないじゃない。
「エリクソンさん……気を使わなくていいですから」
「気を使ってるわけじゃないよ。この前ノーラちゃんから手紙をもらった時に、次の話の主人公はノーラちゃんをモデルにしてみようかなって思っただけだから」
「どうして私なんか……」
「私ね、人を不幸にする魔法しか使えないんだ。人を金縛りにして動けなくしたり、髪の毛が抜けたり、そんなのばっか得意で。だから、人を喜ばせられる魔法みたいな物語を描きたいなって思ってるの。それで、特別な力があるっていう証拠にジンクスを作ったら面白いなって思ってて」
「ジンクス?」
「私が描けば、その人は幸せになるっていうジンクス。ノーラちゃんの手紙を受け取った時、こんないい子が魔力がないのを気にして外に出られないなんておかしいって思った。ううん、優しい子が辛い気持ちを抱え込まなきゃいけない世界なんて許しちゃ駄目だって思った」
「私は優しくなんかありません」
「優しいんだよ。セオもいつも言ってる」
それは、二人の方が優しいっていう証拠だ。私は本当に生きている価値がないのだから。
「セオってさ、訓練校ではシスコン星人って呼ばれてたくらいノーラちゃんの話ばっかだったんだけど、正直最初は大袈裟に表現して煩い奴だなって思って、好きじゃなかったんだ。でもノーラちゃんの手紙を見て気が変わった。本当に優しいから優しいって言ってるんだってわかった」
「……そうですか」
「任せてよ。悪いようにはしないから。友達の妹すら笑顔に出来ないようじゃ、絵本作家志望として失格だと思うし」
エリクソンさんの手によって絵の中の私に命が吹き込まれていく。
皆笑っていた。
レイク・カウのレウス王子も、その従者も、私の名前を持った女の子も。
エリクソンさんの絵本はとても温かいんだ。木漏れ日みたいに柔らかい光のような温もりに包まれるようで、読んでいるとフワッと心が軽くなる。
そんな風に誰かの幸せを願ったことってなかった。私が笑顔で日々を送る未来なんて想像が出来なかった。
けれど、不思議とエリクソンさんと話していると想像出来る。
きっと私はこれからエリクソンさんが描いてくれる絵本を読んで、温かい気持ちになる。どんな小説よりも、少し下手くそで、愛情のこもった物語に心が洗われて、また手紙を書きたくなる。
この話がとても好き。わくわくした。あの子のこんなところが可愛くて格好いいと思った。
そんな言葉を好き勝手書いて、兄さんづてに渡してもらう。エリクソンさんは笑ってくれて、きっと私も嬉しいんだ。
「ちょっと大人しくしろって! おい!」
レイク・カウに跨りながら兄さんがワーワー騒いでいる。その様子を見ながらエリクソンさんは呆れた様子で溜め息をついた。
「セオったら、私がレイク・カウの乗り心地ってどんなんだろうって呟いたら乗せてやるって意気込んでたけど、危なっかしいったらありゃしない。そろそろ行ってあげようか」
「もう少し待っていてください。十分くらいで終わると思うので」
「終わるって?」
「兄さんはレイク・カウに術式を描いているんです。少しの間、敵意を抑えて遊べるようにするための」
「術式って魔道具とかに使う?」
「はい」
兄さんとエリクソンさんと私、三人分のレイク・カウに処置をしないといけないとなると、それなりに時間はかかる。けれど兄さんは上手いこと二頭には術式を描き終えていた。
あと一頭で兄さんは目的を達成出来る。まだ止めてはいけない。
「兄さんはああ見えて魔法理論に対する理解がかなり深いんです。兄さんが描くと父さんが描いた魔道具よりも効果が高くて、贔屓にしてくれているお客さんからも評判になっています」
「セオってそんな特技があったの? 魔法の制御が下手すぎて問題児だった印象しかないんだけど」
確かに兄さんは魔法の制御が苦手だ。周囲より魔力が強いせいもあるけれど、火を起こせばもれなく爆発するし、水を産めば水流で窓を壊すし、結晶を作れば溶けたロウみたいな形にしかならないし、問題児扱いされるのも無理はない。
けれど兄さんには七百年前すら見通せる魔眼がある。術式を描くのが上手なのは、七百年前の偉大な〈
「仕上げーーー!!」
暫くすると最後の一頭にも術式を描き終えたみたいで、兄さんは目を閉じて右手を上げた。そこに高まった魔力が集まってきて、緑色に発光し始める。
目を開いた瞬間、その手を湖の中に沈めた。
「これで……!」
溢れたアルコールの上を炎が這うように、魔力の光が湖の水面に広がる。
すると首元に描かれた術式も緑色に発光し始めて、レイク・カウ達が驚いたような声を上げた。
術式から発せられた魔力が煙のようにレイク・カウ達を包み込んでいく。
すると今まで威嚇していた三頭が互いに顔を見合わせ、一頭が兄さんを鼻先ですくい上げ、背中に乗せた。
「あははは! 大成功! ノーラとミラも来ていいぞ!」
「へぇ、大したもんね」
エリクソンさんは感心した様子で頬杖をつくように拳を顎につけた。さすが、兄さんだと思う。
「エリクソンさん、行きましょう。あれの効果は三十分ほどしか持ちませんので」
「うん、わかった」
泳ぐのは苦手じゃない。すいすいと水をかいてレイク・カウの所まで行った。
レイク・カウは私を見るなりブッブッと友好の声を上げて、私を背中に乗せてくれた。
「うわぁ~、背中プルプルしてて気持ち悪いー。おもしろーい!」
エリクソンさんも私と同じように最後の一頭の背中に乗って、楽しそうにはしゃいでいた。
そんなエリクソンさんの笑顔を見て兄さんも満足そうだ。
「よーし、それじゃあ向こう岸までしゅっぱーつ!」
「りょーかい!」
二人が競うようにレイク・カウを泳がせて行ってしまう。寂しくなったのか私が跨っていた子も勝手に泳ぎ出した。
私が泳ぐより何倍も速いし、ヒレ状の尾を振る度に体が水の中に沈んで、正直怖かった。
「ノーラ、顔を上げてごらんよ。気持ちいいぞ」
「振り落とされちゃうよ……」
「大丈夫。勇気を出して!」
兄さんがそう言うなら……。
雀の涙ほどの勇気を振り絞って、首元に抱きついていた腕を解いて、思い切って体を起こしてみた。
湿った風が私の頬の水滴を拭っていった。滑るように進む水面にはキラキラした波紋の扇が広がっていて、驚いた虫達が一斉に空へ舞い上がっていった。
「凄い……」
「ほら、出来た」
いつの間にか兄さんが隣にいて、私の額を親指でグリグリと撫でた。
兄さんにそうやってもらうと訳もなく頬が緩む。
「あ、いい笑顔! やっぱりノーラちゃんって笑うと可愛いじゃん」
「あったり前だろ? ノーラは世界一可愛い妹だ」
兄さんが恥ずかしげもなく私のことを自慢するのはいつものことだけれど、目の前でやられたらさすがの私も恥ずかしい。
けれど、もう少しだけ頑張ってみようかなと思った。また出来たねって褒めてもらいたいから。
「二人とも慣れてきたんなら、競争でもするか?」
「いいねー! セオなんかに負けないから」
「ノーラは?」
「うん、やる」
「よーし、じゃああそこのでっかい水草の所がゴールな。位置について、よーい!」
三十分、私達は心ゆくまでレイク・カウとの戯れを楽しんだ。
兄さんは妙にアクロバティックな技に挑戦しようとして何度も水の中に落下して、エリクソンさんがしょうがないなぁって言いながら助けてあげていた。
こうして見ると、二人はかなりお似合いだと思う。
私は兄さんのドジなところも、本当は頼もしいところも知っている。兄さんが特別な才能を持った人だってことも、時々無茶をして危なっかしいってことも知っている。
そんな兄さんを受け止めて、エリクソンさんが思い描く幸せな日常を二人で作っていくんだと思う。兄さんが笑っているなら、私は嬉しい。
◇
兄さんがかけた魔法も切れて、レイク・カウ達は水底へ潜っていった。
私達は暫く湖を泳いで遊んでから、帰りの馬車に乗って家に戻った。先にうちの前に馬車が止まって、兄さんと二人で降りる。
中からエリクソンさんが顔を出して手を振った。
「じゃあ、またね。ノーラちゃんも今日はありがとう」
「こちらこそ」
兄さんが私の手を引いて家に戻ろうとする。ここで別れれば、次いつエリクソンさんに会えるかわからない。
今のうちに伝えておかないと。
「エリクソンさん」
「どうかした?」
「あの……さっきのレウス王子に対するシビーの返事を考えたんですけど、いいですか?」
エリクソンさんは綺麗な青い目を輝かせて、うんと頷いた。
「『水の王国、見てみたいです。お城に連れて行ってください』、で……」
「いい返事だね。じゃあ今度、水の王国の絵を描いてくるから、また話し合お!」
「……はい!」
エリクソンさんは帰っていった。角を曲がって見えなくなるまで、私は馬車を見送った。
「仲良く出来そうか?」
「うん」
「よかった。ノーラが認めてくれる人の方が兄さんも胸張って仲良く出来るからな」
「うん」
未来がどうなるかなんてわからない。私は永遠に魔法の使えない〈
人と同じように出来ない劣等感を抱えて、家に引きこもっているのが私の宿命だと思っていたけれど、兄さんとエリクソンさんのお陰で少しだけ変わっていきそうだ。
〈終わり〉
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