ジャンケンで全てが決まる世界〜The World's Strongest King of Janken〜

チドリ正明

第1話 TWSKJ

 世界最強ジャンケン王決定戦~The World's Strongest King of Janken~


 通称TWSKJの決勝戦の直前。


 日本代表として一億人超の頂点に立った俺は、着実に駒を進めて、遂に世界大会の決勝の舞台に立とうとしていた。


 今はその控え室。残り十分もしないうちに試合が始まる。

 しかし、どうにも気分が上がらない。

 予選リーグを含めた九十九連戦のせいで、確実にコンディションが低下しているからだ。


「ぐっ!」


 俺は真っ赤に腫れて麻痺してしまった右手を抑えた。

 流石に酷使しすぎたみたいだ。

 クソが! すぐ目の前には世界最強のジャンケン王の称号が見えているのに。

 どうして自由が利かないんだ!


「ジョン・K、もうやめようよ! あなたの体は既に限界よ!」


 俺専属のメディカルメンバーの一人、シオリが優しく声をかけてきた。

 身内が俺のことをプレイヤーネームで呼ぶのはやめてほしいのだが、シオリはジョン・Kという名前を気に入っているのかそのつもりはないらしい。


「俺は……俺はまだやれる! 右腕の一本くらい無くなっても構わねぇ!」


 右の肩から先は既にボロボロだった。

 連戦続きなこともそうだが、最も得意とする『グーの技』を使いすぎたせいだろう。

 データ上、パーとチョキに比べて、グーを出した時の勝率が34%と最も高いので、頻繁に使うようにしているのだ。


「だめよ、あなたには待っている家族がいる。生活に苦しんでいる幼い弟と妹たちを助けたいんでしょう? 今棄権したとしても大金を獲得できるのよ。その体で10,000戦無敗のJKMと戦っても勝ち目はないわ!」


「……そんなことは俺が一番よくわかっている。でも、あいつらを食わしていくためには、JKMを倒すしかねぇんだ」


 肩を揺さぶられながらじっと見つめられたが、俺は優しく振り解いて目を逸らした。

 TWSKJは倒した相手の資産の全てを勝者が奪うことができる。

 ここに至るまでの九十九連勝で1億円ほど稼いたが、まだ足りない。

 世界の物価は日夜上がり続けているし、インフレは止まることを知らないからだ。

 1億円なんて、二人の弟と三人の妹を養うだけですぐに消えてしまう端金だ。


 だから、俺は絶対にJKMに勝たないといけない。

 聞いたところによると、ヤツの資産は5,000兆円以上はあるという。

 一個人が国家を買えるほどの額をその手に納めているのだ。

 さすがは歴戦の猛者と言ったところか。


「……行ってくる」


 そんな会話をしているうちに、控え室の壁掛けテレビに”会場入りせよ”とメッセージが表示された。

 俺は闘技場コロシアムへと続く扉に手をかける。


「待って! これを飲んで」


「これは?」


 呼び止めたシオリの手には、怪しげな粉薬があった。

 俺は思わずシオリのことを睨みつけてしまう。


「最近入手した鎮痛剤よ。ドーピング検査にも引っかからないからあまり出回っていないんだけどね」


 鎮痛剤だったか。


「……助かる」


 俺は迷わず口に入れて水で流し込んだ。

 幼馴染にして俺のメディカルチェックを欠かさずやってくれているシオリのことだ。信用できるだろう。


「気をつけてね。私、ゆーくんが勝つのを信じてるから」


 ここで名前呼びはずるいぜ?

 JKMには悪いが勝たなきゃいけない理由が一つ増えちまったなぁ!


「任せろ!」


 俺は振り返ることなく返事をして部屋の外へ出た。

 さっきまでのブルーな気分はもう消え去った。

 今は絶対に勝つという熱い闘志だけが胸にある。

 全身を流れる血液すらも熱く感じるくらいだ。


 勝つ……絶対に勝つぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る