《休載中》幼獣と皇女様〜獣に姿を変えられた美貌の王太子が毎夜のごとく迫ってきます〜

七瀬みお@『雲隠れ王女』他配信中

—— Prologue




*エリスティナの呟き*




「姫様っっ!! お待ちください、もう幼子ではないのですよ? 十八にもなる女性がそんな格好のままお庭に出られては——」

「だって暑いんだもの。平気よマイラ、誰も見ていないから」

「そういう事ではございません!」


シュミーズ姿の私を追いかけて来るのは、メイドのマイラ。

もともとお母様付きのメイドだった彼女が、一体いつから私に仕えているのか——もはや思い出せない。

マイラは物心つくずっと前から私のそばにいて、私の事を誰よりも一番に理解してくれている。


「皇子様方々とお茶の時間なのです、そろそろ着替えてお支度を……」


双子のお兄様たちとの、週に三度のお茶時間。

言い出しっぺは穏やかな笑顔がすてきなラエルお兄様。アルベルトお兄様はちょっとクールなところがあるのだけど、一度も欠かさずサロンに来てくださっている…… おふたりは自称、『妹を溺愛する兄弟』なのだそう。


ラエルお兄様とアルベルトお兄様は、カッコよくてお優しくて、とてもとてもステキ。


だけど……の方が——。


「エリスティナ様、いい加減になさってください。もうお時間ですよ! それに……」


花壇に座り込んだわたしの膝に、白い被毛をふわふわさせた妖獣が飛び乗ってくる。

その様子を見て顔をしかめるマイラ。


「そんな、もうお手放しになっては?! 姫様……幼獣は今は愛らしくても、成長すれば妖魔になるのですよ? 可愛い皇女様が妖魔の子を飼われているだなんて、陛下と皇后様のお耳に入ったら」


昨年、往生なさったお祖父じい様が崩御され、若い頃から数十にものぼる属国を統べてきたお父様が現皇帝に即位された。

皇后になられたお母様はたいそう美しい方。なにしろ——天界人てんかいびとの御心まで奪うと謳われる美貌持ちの——碧目ろくもく種族』の血を引いているのですもの。


(ということは、必然的に私もそうなります……ね?)


私たち兄弟妹が心から敬愛するお父様は、そんなお母様が大切で仕方がないみたい。毎日何度も抱きしめて、優しくキスをして。

大恋愛の末に結ばれたそうですけれど、そんなお二人を見ていると、私も『簡単ではない恋』にちょっと憧れてしまいます。


それにしても……。

が妖魔になるだなんて! マイラってば、何を言うのかしら。


こんなに可愛いぃのに。


「ねっ、リヒト?」


首を傾げて見てみれば、私の膝の上で丸くなっているリヒトがチラリと上目遣いで見上げてくる。もなんとなく機嫌を損ねているようだ。







夜の帷はすっかり降りて。

眠りの床に就く私の枕元に、もふもふが丸くなって眠っている。


「リヒト……」


おかしい。


「寝てるの?」


この妖獣——リヒトが、私よりも先に眠ってしまうなんて。

小さくとぐろを巻く白い被毛に、そうっと鼻を埋めてみる。


——反応がない。


こちょこちょ……


——反応がない。


「……ほんとに寝てるっ」


だって、私がこうして床に就こうとすれば、いつもなら——。


私は少しホッとして目を閉じる。

だけど、穏やかに眠れやしない。

なぜかしら……自分でも、理解できないもどかしさ。


被毛に半分埋もれた幼獣の目が、薄く開いた。


———グルン!!!


「きゃあっ」


ずしっとのしかかる

驚いて目を開けると、私の身体を両腕で囲むように組み敷いたリヒトの、澄んだ青い瞳が視界に飛び込んだ。

ぬっ、と、姿リヒトの、きれいな顔が私の鼻先に近づいて……彼のはしばみ色の前髪が私の額に触れる。


「ティナ」

「リヒトだめっ、やめて……」


厚い胸板を力一杯両手で押しのけるけれど、リヒトの力には敵わない。


「ちょっと! 重いからっ。離れ……て?!」

「君のほうから声をかけて来たというのは」


リヒトは形のいい唇を私の耳元に近づけて、甘い吐息とともに言葉を放つ。


「今夜こそ私と交わり、この呪詛を解いてくれるのか?」



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