【義妹視点】 王国から逃げ出す
一方その頃。義妹であるカレンの事であった。カレンは大ハズレ職業だと蔑まれ、追い出された兄アトラスとは異なり、『職業選定の儀』で大当たり職業と言われている【剣聖】の職業に選ばれていたのだ。
その結果、カレンはアトラスが受け継ぐはずだった責務を引き受ける事になる。王国の騎士として仕える事になったのだ。
それは王国の演習場で行われる、模擬戦だった。【剣聖】のスキルを得たカレンは瞬く間にその剣技を向上させていった。
そして、ついには王国の騎士団長との模擬戦を行えるようになるまで成長したのである。
その様子は多くの観客達に見守られていた。王国の騎士達にとどまらない。王子であるルーネス。その上に、アルカディア家の当主である義父レオンまでもが観戦していたのである。
皆が見守る中、王国騎士団長と【剣聖】カレンとの闘いが始まるのであった。
カン! 開始の合図となる鐘が鳴らされた。
「参るぞ! カレン殿! 王国騎士団の剣術を見るがよいっ!」
騎士団長は巧な剣術を披露する。一瞬で無数の剣を放つ。技術の高い、見事な剣であった。
――だが、【剣聖】の天職に選ばれたカレンの剣はその剣すらも遥かに凌駕する。
カレンの剣は力任せの剣ではない。剛の剣ではない。柔の剣だ。騎士団長の剣を巧みにいなした。無駄な力を使う事なく、受け流したのだ。
「ぬ、ぬおっ!」
自らの剣の力に流され、騎士団長は体勢を崩す。
その瞬間。カレンの剣が喉元に突き付けられたのだ。勝敗がどうなったのか、誰の目から見ても実に明らかな事であった。
「まだ続けますか?」
カレンは聞いた。
「い、いや。遠慮しよう。わ、私の負けだ!」
「すげー……あの娘、勝っちまったぜ」
「流石はあの名門騎士の家系、アルカディア家の娘、【剣聖】の天職を授かった娘だ」
「ああ……逃げ出していった、どっかの無能兄貴とは大違いだぜ」
王国の騎士達から賞賛の言葉が送られる。それと同時に義兄アトラスに対する侮蔑の言葉も送られるのであった。兄を慕うカレンからすれば許しがたい言葉ではあったが、いちいち揉めるのも問題だった。カレンは憤りの感情を抑え込む。
「素晴らしいぞ。カレン。流石は我がアトラス家の娘だ。お前をあの時引き取って誠に良かったと。父は思うぞ」
「お義父様」
カレンは讃える。
パチパチパチ。拍手が響いた。ルーネス王子の拍手だ。
「実に素晴らしい。何と美しい剣だ。そして、剣を振るう騎士の見た目もそれにふさわしく美しい」
誰もがカレンの剣の美しさに心惹かれたが、それ以上にカレンの見た目の美しさにも心惹かれていた。美しい剣に美しい見た目。
それらが相まって、皆がカレンの虜になっていたのだ。ただ、周囲の熱気とは裏腹にカレンの心は冷めていたが。
今のカレンの頭には、あの『職業選定の儀』の際に追い出された、義兄アトラスの事でいっぱいだった。
今、アトラスはどこで何をしているのだろうか。考えても仕方ないその事で頭の中を満たしていた。
「カレン・アルカディア。貴公は我が栄誉ある王国イスカンダルに仕える騎士として、実にふさわしい」
「……ありがとうございます」
カレンは心にもない礼の言葉を返す。
「カレン・アルカディアよ。貴公に大事な用件がある。この後、私の部屋に来なさい」
「大事な用事ですか?」
「ああ……二人っきりで話がしたいんだ」
王子は舌なめずりをした。その目は性的な厭らしさで満ちていた。カレンは本能的に身の毛がよだつような寒気がした。
――だが、王子の命令に背くわけにもいかない。カレンはその後、渋々ではあるが王子の部屋を訪れる事になる。
◇
コンコン。
「王子……参りました。カレン・アルカディアです」
鎧を脱ぎ、平服に着替えたカレンは王子の部屋を訪れる。
ガチャ。
王子が姿を現す。風呂上りだろうか、ガウンを着ただけの偉く、薄手の恰好であった。
「入りたまえ」
「はい。お邪魔します」
カレンは渋々、王子の部屋に入るのであった。
◇
カレンはルーネスの部屋に入った。豪勢な部屋だった。身なりと同じく、金ぴかな装飾が施され、高価そうなアンティークが所狭しと並んでいる。
「よくぞ来てくれた。どうする、先にシャワーを浴びるか?」
「いえ。着替える時に水浴びは済ませたものでして」
「そうか……だったら何か飲むか? 極上のワインがあるんだよ。きっと、君も気に入ると思うよ」
「いえ。私はお酒を嗜みませんので」
「ふむ……そうか。残念だ」
「それで王子、大事な用件とは一体なんでしょうか?」
カレンは本題に入った。
「ああ……カレンよ。貴公の闘いぶりは実に見事であった。それだけではない。貴公は実に美しい」
王子はカレンの栗色の髪を撫でた。寒気がした。今すぐ跳ね飛ばしたいのを、立場故にカレンは必死に我慢する。
「私は君の事が実に気に入ったよ。君にはこれから私の夜を相手をしてもらいたい」
予想通りだった。ゲスな王子の考えそうな事だった。
「そ……それは」
「何だったら、君を妾にしてやってもいい。良い暮らしを保証してやるぞ。それだけではない。君の心がけ次第で、妻にしてやってもいい。ゆくゆくは王国の妃になれるのだぞ。夢のような話ではないか?」
「い、いや……」
王子はカレンをベッドに押し倒す。
「さあ……全てを私に委ねるがいい……カレンよ」
王子は舌なめずりをした。目が完全に狩猟動物の目だった。完璧にスイッチが入ってしまっているような怖い目。こうなってしまったら言葉では決して止まるものではない。
「い、いやっ!」
カレンは我慢の限界だった。バシィ! カレンは王子に平手打ちをかました。そして王子をはねのける。
「ぐ、ほおっ! き、貴様! 自分が何をしたのかわかっているのか! 私は王国の王子なのだぞっ!」
「もう我慢できません……育ててもらった恩もあり、騎士として仕えようともしましたが、もう、我慢の限界です。騎士の務めを辞めさせて貰います」
カレンは逃げ出した。
「ま、待て! 貴様どこに行く! どうするつもりだ!」
カレンは着の身着のまま逃げ出していく。
目的はひとつだ。カレンは義兄アトラスのところへ向かうつもりだ。
何の手がかりもない。だが、これ以上王国にいる事はできない。
カレンはアトラスを探して、王国イスカンダルから逃げ出していったのである。
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