優柔不断

なゆうき

1

私は優柔不断である。いわゆる物事を決められない男である。これは幼い頃からずっとである。


何かを決断する時に必ずと言っていい程悩む。いい加減こんな自分にはたはた迷惑している。こんなにも選択肢がある世の中が悪いんじゃないかと考えているふしがある。


 例えを挙げればきりがないが、はてはファミレスでの注文から移動手段の選択、欲しい物を買うか買わないか、遊びに行くか行かないか。まだまだたくさんある、あれだってそうだ…。やめよう本当にきりがなくなる。




 そんな私を最近一番悩ませているのは私の恋人である美奈子との事だ。美奈子の事はともて愛している。外見もそうだが内面的にも尊敬できる。一生添い遂げるなら彼女であろうと思っており、なぜかこれだけは優柔不断にならず決められている。


 しかし、そんな美奈子は私とは正反対の性質を持っている。決断が速いのである。私なら何時間、何日とかかってしまうような事があってもすぐに決断してしまうのだ。それだから、私たちはデートの際には美奈子が様々な事を決めてくれる。私はそれに従い行動していく、私自身はそれに対して特に不満はないし、とても楽しいのだけれども、美奈子の方は徐々に不満を募らせていたのだ。




「浩さぁ、どうしていつも私があれこれ決めなくちゃいけないの?」


美奈子は口をとがらせながらいつも以上に不満をぶちまけていた。


「僕は色々と決めていく事が苦手なんだ」


もう何回も説明した話を再び行うが美奈子の口のとんがりは治まらない。


「私ばっかり決めているのは疲れちゃうよ、ホントその優柔不断治すようにしてよね」


「ごめんね、次会う時にはいろいろ僕の方が決めるようにするからさ」


これまたお決まりのセリフを吐いたところで美奈子の口のとんがりはやや治まってきた。


「本当にもう……」


美奈子のそのセリフでこの話は一応の決着となる。


 私も今回ばかりはこの長きに渡り私の頭にこびりついている優柔不断を何とかしなくてはと思った。まずはどうするべきか、自分でどうにか出来る問題ではないではないか。そうだ病院に行ってみよう。




 あくる日、私は有休をとり仕事を休み近くの病院へ向かった。


それ程大きくない街の病院だからか待合い室は混雑していた。受付を済ませ、ぼんやりと天井からかけられているテレビを見ながら時間を潰す。そんな時足元にボールが転がり込んできた。子供の手から落ちてしまったのかなと思いボールを拾い上げ、辺りを見回すと私の方へ歩み寄る中年とも初老とも見える男が視界に入ってきた。


「すみません、そのボール私の物なんです」


「あぁそうなんですね。どうぞ」


私はそう言いながらそのボールを男に渡した。男はありがとうございますと言いながらボールを受け取ると辺りを見ながら言った。


「混んでますねぇ。なかなか順番が来なくて辟易しますよ」


その言葉を受け私達はしばらく会話を交わした。男は熱はないものの体がだるくここへ訪れたらしく、私は優柔不断を治す方法がないかと思いここへ訪れた事を話した。


「優柔不断ですか……それなら病院に来るよりも私はいい方法を知っていますよ」と男は言った。


その時受付から私を呼ぶ声が聞こえたので私は男に軽く会釈し、男が発した言葉に後ろ髪を引かれながら診察室へ向かった。




 私はため息をつきながら病院を後にする。診察室で医師に優柔不断を治す薬はないと言われてしまった。病院での収穫はなく、うつむいて歩いていると先程病院の待合室で会話を交わした男とばったり出会った。


「どうでしたか? 優柔不断は治せそうですか?」男は言った。


私は医師に言われた説明を男に話した。すると男は奇妙な事を言った。


「先ほども申し上げましたが、私優柔不断を治す方法を知っています。良かったらお試しになりませんか?」


男が言うには優柔不断を治す為の機械を貸し出しているとの事だった。どうやらその機械は判断に迷った時に使用すると決断する手助けをしてくれるらしい。


 手順はこうだった。まずは自分の頭の中に二択の選択肢をイメージする。そしてボタンがついている小型装置を握り、足元の後ろ側に先ほど病院の待合室で見たボールを置く。これで準備が完了する。イメージを保ったままボタンを押すと足元のボールが透明の人型ロボットになり背中を押してくれる。背中を押される事でイメージしていたどちらかの方へ足を踏み出すというようになっているそうだ。この機械は装置自体はレンタルで一押し毎に課金が発生する仕組みになっている。




「では何か試してみたい決断はございますか? もし思い付かないようでしたらこの機械を借りるか借りないかでお試しになってはいかがでしょうか?」


そういうと男は両手の手の平を上に向け私の方へ差し出し行動を促した。私はまず頭の中で左右に二択をイメージした、右に『機械を借りる』、左に『機械を借りない』といったようにである。そして手の中に握られている小型装置のボタンを押した。足元のボールがにょきにょきと動いている気配を感じ後ろを振り返ってみるがそこには何にもない。するとふいに背中をグッと押される感覚を得る。私は足を一歩前に踏み出した。それはイメージしていた『機械を借りる』の方だった。




「いかがですか? 決断は出来ましたでしょうか?」男は不敵な笑みをたたえなかがら言った。


「そうですね、確かに何かに背中を押された感覚がありました。不思議な感覚です。」


「皆さんそういう反応をなさるんですよ。ただ紛れもなく背中は押されましたでしょう?これで決断に迫られるストレスからも解放されるんです。一押し毎に課金されますが安いものでしょう?」


男は両手を上にあげ、この機械の凄さをアピールするかのように言った。私は選ばれた結果でどうなるかはあまり気にせず、決断する事が少しでも易しくなるなら借りてみようと思い、男に申し出る事にした。


「では一押しの料金はクレジットカード払いになりますのでこちらから決済情報を入力しておいて下さい」


そういうと男は取り扱い説明書とボタンの小型装置、ボールを私によこしてその場から立ち去って行った。




 それから私は幾度かこの機械を使ってみた。初めの内は課金が発生する事に気が回らず、雨の日の交通手段や昼食の選択、テレビ番組の選択などどうでもいい事にも使っていた。そのうち課金額がかさんでいる事に気付きある程度分別をつけるようにして使用する事にした。


 この機械は美奈子との関係も良好にしてくれた。元来優柔不断である私に不満を抱いていた美奈子だったが、この機械を活用してからは私が様々な決断を行うものだから不満が徐々に無くなっていったのである。お互い結婚に向けて気持ちが動き出していたそんなある日の事だった。




 その日は機械を使ってディナーの場所やメニューも悩む事なくサクサク決断していた。特に問題らしい問題もなく順調にデートが進んでいた。ディナーも終わり帰路につく頃、街灯の下を二人で並んで歩き、横断歩道を赤信号で足をとめた時ふいに美奈子が私に言った。


「私たちも付き合って長くなったよね。私はそろそろ今後の事も考えているんだけど浩はどうかな?」


私は美奈子からこのような話が出てきた事に喜びを覚えた。私自身も美奈子との今後は当然考えていた。そうなればいいなとさえ思っていた。そこへきてようやく美奈子からのこのセリフだった。


「そうだね。僕もそうなればいいなと思っているよ」


「ちゃんと言葉で聞きたいな」


美奈子は確信を得たいのか私のプロポーズを待っているように感じた。


「じゃちょっと目を閉じていてくれる?」




 私はあの機械で今プロポーズすべきかどうかの決断の背中を押してもらおうと考えた。美奈子が目を閉じると私はイメージの右に『プロポーズする』、左に『プロポーズしない』と置いてボールを足元にセットし、息を飲みながら小型装置のボタンを押した。背後で何かが動き出す気配がして背中を押される。


「えっ……」僕は思わず口走っていた。当然足は右側の『プロポーズする』の方へ動くと思っていた。しかし私の足は左側の『プロポーズしない』の方へ向いている。一気に私は動揺した。今までこの機械を信頼しきっていた分その動揺は大きかった。以前の優柔不断ぶりがとめどなく出てくる。


「え……あぁ……えーと。なんというか。えー」


とめどなく出る焦りとは裏腹に言葉は全く出てこない。明らかに弱々しい言葉を発している私に業を煮やした美奈子は目を開けた。


「ちょっと! なんなのよ! プロポーズしてくれないの? 浩の私に対する気持ちはそんなものなの?」


美奈子は人目も気にせず声を荒げて言った。それでも私がおろおろとうろたえていると、美奈子は目に怒りとも悲しみともとれる色を滲ませ横断歩道を一人足早に進んで行った。私は治まりきらない動揺の中、あるイメージを頭の中で作り上げていた。右に『美奈子を追いかける』、左に『美奈子を追いかけない』。イメージが出来上がると焦りで手や足はガタガタ震えさせながらも小型装置のボタンを押した。


「追いかけるの方へ押してくれ!美奈子を追いかけさせてくれ!」私は心の中で叫んだ。


するといつものように背中を押させる感覚が伝わってきた。動揺、焦り、様々な気持ちに頭を錯綜させながら、押された方向へ視線を動かすと『美奈子を追いかける』の方だと分かった。


「やった! これで美奈子を追いかける事が出来る!」


私は背中を押された勢いと、先程までの錯綜とした感情から喜びの感情への変化が加速をつけさせ、そのまま横断歩道に美奈子を追いかけるように足を踏み入れていた。




次の瞬間私の視界は反転していた。そのまま反転した視界からは景色が消えていった。




 横断歩道には人だかりが出来ている。その雑踏の中に一人の男がいた。男は足元に転がっているボールを拾い上げ一人つぶやいた。


「結局大事な事は自分で決めないとダメなんですよね。人に頼りっぱなしでは何も解決できないんですよ……」男はどこか寂しさを滲ませた顔で横断歩道を後にした。


「あぁこの仕事もそろそろ引退しようかな、ある程度の貯えも出来たし。さてどうしたものか……」




そういうと男はポケットの手の中に握った小型装置のボタンをゆっくりと押した。


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