第35話 決戦

 メランは真っ赤な口紅をした唇を光らせて、話を始める。


「私を殺す? ロイク、そんな夢物語の様な事は諦めな」


 メランはそう言うと腕を横に振った。すると黒い炎をまとった剣がいつの間にかメランの手に握られている。


「私はね、魔法を使う才能はそこの聖女よりもある。剣だって、魔法で強化すればその辺の騎士より強いんだからね!!」


 メランがそう叫ぶと、ロイクの目の前からメランが消えている。


「ロイク! 強化魔法をかけます!」


 イメルダが叫んだと同時に、メランがロイクの前に現れた。ロイクの視界に真っ黒な炎が横一線に映る。


 ロイクはイメルダから受け取った強化の力を自分の剣に込めて、その炎を弾こうと剣で斬り上げた。


 メランの剣がロイクの剣にぶつかり、ロイクの剣を握る手に鈍く重い衝撃が走った。


 メランの振りかざす剣とそのまま何度も打ち合い、ロイクは焦る。


 力を込めすぎてはいけない――お嬢様の身体に負担をかけてしまう。


 イメルダが牢屋に入っている間に、その精神と身体の疲労は溜まり、イメルダの身体はとうに限界を超えているだろう。

 早く決着をつけたいが、焦ればイメルダから魔力をロイクが奪いすぎて――ロイクの頭に最悪の事態の想像が過る。


「執事――死ねえ!」


「――――っ!」


 その隙を突かれたか、メランの剣はロイクの左胸部辺り――心臓めがけて飛んできた。


 メランの剣がロイクの心臓を貫くかに思われた。しかし数センチ手前で見えない壁に当たったかの様に、メランの剣は弾かれてそれ以上はロイクには近づく事はなかった。


「小賢しい! 強化魔法……か!」


 メランは顔を歪めて苛立ちを吐き捨てると、後ろに下がってロイクから距離を取った。


「はああ!」


 ロイクはメランを逃すまいと、素早く間合いを詰めて剣を振りメランを追撃する。

 ひらり、ひらりととメランはロイクの振るう剣を何度も交わして、廃教会の高い天井へと浮いて逃げた。


「私の魔法で、ロイク。今度こそ死ね!」


 メランは地上にいるロイクに向けて黒く巨大な火球を作り出した。


「メラン! お前が死ぬんだ!」


 ロイクは脚に力を込めて地面を思い切り蹴り上げた。魔法強化のお陰か、ロイクは教会の高い天井へと飛び上がる。そしてメランのすぐ間近へと近づいた。


「ロイク!! メランの魔法が当ってしまうわ、降りて!!」


 イメルダがロイクを案じて叫ぶ声が教会に鳴り響いた。


――決着をつける。


 身体中が沸騰したかのように、ロイクの身体は焼けるような痛みが駆け巡った。神経が焼けて自分の身体が朽ちていくのをロイクは感じ取る。


 しかし、最早どうでもいい。何度もイメルダお嬢様を裏切った自分に出来る事は、この悪女を殺す事だけだ。


 ロイクは自身の持てる全ての力を込めて、メランに斬りかかった。


「うおおおお!」


 メランの火球の黒い炎がロイクにまとわり付き、ロイクの身体を蝕んだ。


「捨て身か……おのれぇ!」


 メランが叫ぶ中、ロイクはメランの黒く巨大な火球ごと、剣で斬り払った。


「うわあああああ!!」


 メランの絶叫と共に、ロイクとメランは地面に叩きつけられる。


 ロイクが剣を支えに起き上がり、メランの行方を確認する。黒いローブにメランは埋もれており、もぞもぞと布の中でうごめいている。


 突然――やせ細り、皺が深く刻まれた手が黒いローブから飛び出る。黒いローブの中身は、かつての美しい姿のメランではなく、白髪の老婆になっていた。顔は皺だらけで、背も子どものように小さく縮んでいる。


老婆の姿のメランは仰向けで掠れた低い声で、呪文のように呟いている。


「まだ、諦めない。ワシは、ワシは帰るのだ。異界へ、ワシを見捨てたこの世界から帰るのだ!」


 メランはむくりと起き上がり、フラつきながら立ち上がった。


 ロイクは、最後の力を込めて老婆になったメランへ剣を突き立てようと剣を構えた。


「お嬢様の為に、死んでもらう!」


 ロイクはメランの心臓めがけて剣で貫こうとしたが、メランの魔法で薄いガラスの様な壁が現れる。剣は壁に阻まれてそれ以上は進めない。


――あと少しなのに……もう自分の力が足りない――


 ロイクの身体は悲鳴をあげているのか、ギシギシと動きが悪くなっていく。


 ロイクの意識が途絶える寸前――急に身体が柔らかい何かに包まれると同時に力が流れ込んできた。ロイクは意識を持ち直す。


「ロイク、今までわたくしの復讐に付き合わせて……ごめんね」


 気がつけばロイクの隣に、イメルダがいた。イメルダは口から血を流してロイクと共に剣を握っている。それは、イメルダが無理をしてロイクに強化魔法を使っていたのだという事。ロイクはそのイメルダの姿に身体が震えた。


――魔法をこれ以上使えばお嬢様まで――


「いけません……戻ってイメルダ……」


「いいえ」


 ロイクの懇請をイメルダは優しく拒み、そして微笑んだ。


「愛しているわ、ロイク……本当にごめんなさい」


 イメルダがそう言うと、先程まで少しも動かなかったロイクの剣はメランに向かって進んでいった。


「やめろ! 嫌じゃあああ!!」


剣が肉を貫く感触をロイクが感じたすぐ後、メランの断末魔が聞こえた。メランが床に落ち、ロイクの視界から消える。


――終わったのか。


 ロイクは立っていられずに、膝をつき倒れた。身体の感覚が何も無い。冷たい何かが身体を覆っていく。


「ロイク……ずっと一緒にいたかった。それだけなのに。ごめんね、こんな終わり方で……」


 霞む目で、正面の声の主を見た。ロイクの目の前にイメルダが横たわり、ロイクにずっと謝り続けていた。


 口から大量に血を吐いたのか、イメルダの顔の周りは血溜まりができていた。


「いいのです、私もイメルダを死の運命から救えなくて、ごめんなさい」


 ロイクは声を絞り出してイメルダに返事をした。それを聞いてイメルダは涙を目から溢れさせると、静かに目を閉じた。


 私も貴方を……愛していたから――


 そう口に出す力もなく、ロイクは瞼が重くなっていくのを受け入れる。


 目の前のイメルダの顔が白く包まれて、見えなくなっていく事がとても寂しくて。ロイクも目から熱いものが流れ落ちた。

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