第2話 憎き異界の聖女、セイラ

※イメルダとロイクが時を遡る前の回想シーンです。



 ――アーステイル王国、首都にある王宮のダンスホールでは、生の演奏でダンスを楽しむ人で溢れている。

 白い大理石の壁と床。天井には大きなシャンデリアがいくつも並んでいる。


 容貌が美しいイメルダは、参加者でにぎわうホールで沢山の男性に声をかけられていた。


 王宮舞踏会は月に一度開催され、貴族や王族、財を成した商人が参加している。


 イメルダの目的は、自分より身分の高い者と結婚する事だ。

 しかし、先程から男爵令嬢であるイメルダに声をかけてくるものは、貴族の爵位を欲しがっていそうな賤しい商人ばかりだった。


「ああ……真っ赤なドレスに身を包む貴女。私の心は焦がれて仕方ない。どうか一曲踊っていただけないでしょうか」


 小太りで鼻の下に髭が生えた、背の低い男性がイメルダにお辞儀をしている。燕尾服のサイズが合っていないのか、少し裾が長い様に見えて、それがだらしない印象だ。


 確か、ホールに入室した際に「商人 エドワード•ウィリアム」と紹介されていたとイメルダは思い出す。


 商人の分際で、随分と安い言葉で私を誘うのね、とイメルダは鼻で笑う。そして、、お付きのロイクに断るように、目で合図をした。


「申し訳ございません、お嬢様はお断りしたいと」


 ロイクは、エドワードに丁寧にお辞儀をして言う。


「ああ! そこを何とか! 男爵御令嬢のイメルダ様!」


 そんなロイクを気にも止めずに、エドワードは無理矢理イメルダの手を取ろうと近づいた。

 優秀な執事は、その不審な行動を見逃すはずもない。ロイクは素早くエドワードの手を持って、思い切り捻った。


「うっ!」


 エドワードは手首の痛みに顔を歪ませる。


「おや? 先程お断りいたしました筈です。許可無しにお嬢様に近づこう等と、身の程を弁えてください」


 そう言ってロイクが眼鏡の奥からエドワードを睨みつけると、急いで彼はイメルダから去っていき、次は背の高い女性に話しかけていた。


「フッ……よくやりました、ロイク。わたくしの護衛を任せる者は、このぐらいでなくては」


 イメルダは機嫌良くロイクを褒める。


「とんでもございません。お嬢様」


 イメルダの機嫌か良い理由。それは兼ねてよりお付き合いを重ねてきた、アーステイル王国第四王子ザーグベルトとの、婚約発表が本日行われるからであった。


「静粛に!」


 踊りの演奏が切りよく終わり、次の曲が始まる前に低く威厳のある声がホールに響き渡る。

 談笑していた舞踏会の参加者は静まり返り、声の方へ皆が向いた。


 ホールのニ階の正面を見ると、国王とザーグベルト王子が立っている。


 計らったように、王国の使用人がイメルダを迎えにきた。ロイクもそれに一緒に着いて行くと、ホールの二階に案内された。


「これより、我が息子ザーグベルトの婚約発表を執り行う」


わっとホールにいた全ての者が湧いた。それを見て、イメルダは高揚する気持ちを抑えられない。遂にこの時が来たのね! そう扇子で口元を隠しながら忍び笑った。


「ザーグベルト、皆に婚約者を紹介しなさい」


 王がやや不満気にそう声をかけると、ザーグベルトはイメルダの手を取り、エスコートしながら前に出た。


「私、ザーグベルトは、このハワード男爵令嬢のイメルダと婚約する!」


 王子の発表で聴衆はざわめいた。

 この婚約は貴族の階級でも低い男爵と王子の婚約だ。身分差も含めて納得のいかない者も多いのだろう。


 イメルダは男爵令嬢とはいえ、その家系の歴史は浅い。元々騎士の家系であるハワード家の前当主が戦争で戦果をあげ、爵位を賜ったのだ。


 ハワード家は所謂成り上がりの家系と、周りの貴族からは言われている。

 イメルダも舞踏会では周りから不当な扱いを何度も受けた事があり、つらい目にあってきた。その度ロイクは彼女を支えてきたのだった。


「皆さま、ハワード家長女のイメルダでございます。此度は、ザーグベルト様と婚約をさせていただきました」


 イメルダは周りの聴衆の冷たい視線にも、毅然とした態度で言葉を言い、綺麗にお辞儀をする。


 立派でございますお嬢様。と後ろで見ていたロイクは気丈に振る舞うイメルダに感動していた。


 お嬢様は、私と出会ったころからは考えられないほど強くなられた。昔は泣き虫で、上手くできない事は挑戦をしない方だったのに。成長されたなぁ。


 そう目を潤ませ、ロイクがイメルダを見守っている中、国王が口を開いた。


「皆も、不思議に思っているであろう。我が息子と、この最近爵位を賜ったばかりのハワード家の娘が婚約などと」


「父上! その様な言い方おやめください!」


 嫌味ととれる国王の言い方に、ザーグベルトは怒った様に口を挟む。


「だが安心してくれ。ザーグベルトとイメルダ嬢の婚約は、この場で破棄だ」


 聴衆は王の突然の発表に更にざわめいた。

 そして、イメルダは国王の婚約を破棄という言葉に顔を凍りつかせて震え出す。


「どういう事です!? 父上!!」


 ザーグベルト王子が声を荒げる中、イメルダは足元をふらつかせてその場に崩れ落ちる。すかさずロイクがイメルダを支え、聴衆の目の届かない場所まで連れて行った。


「今年六月に異界より現れた聖女セイラ。彼女を紹介しよう。来なさい、セイラ」


 国王がそう言うと、侍女と思わしき女性と一緒に変わった風貌の少女がやってきた。


 少女は茶色の髪色、白い服に大きな黒い襟、そして襟と襟の間の胸元にリボンの飾りが付いた服を着ている。更にその下に黒の短いスカートを着ていた。


 少女は周りをキョロキョロと見渡しながら、先程イメルダがいたザーグベルトの隣に立つ。

 そして、とても混乱しながらぶつぶつと何か呟いている。


「はわわ!! あたしがどうしてこんな事に……っていうか、いきなり王子と婚約なんてどういう事ぉ!?」


 目を回しながら慌てふためくセイラを、国王は気にもせず話し続ける。


「異界より召喚された聖女は、特別な聖女の魔法、通称白魔法を使えるのだ。我が王国の一層の繁栄を願い、彼女との血縁を結びたい」


「あたし、そんなファンタジーな事できないわよ! ふええ!」


 国王の発表に、会場の来客者は少し驚いたが、聖女と聞いてすぐに祝福の拍手を贈る。

 その様子を見て、イメルダは声を荒げた。


「どうして!? わたくしが、婚約破棄などされなくてはいけないの!? なぜ?」


 取り乱したイメルダを侍女が数人やってきて取り押さえようとしている。


 ロイクはやめてください! と声を荒げてイメルダを自分で抑え込む。

 侍女はそんな二人を冷たく見下ろし、手のひらを横に突き出して言い放った。


「別室にご案内いたします。執事の方連れて行ってくださいまし」


 なんと酷い扱いだと、お嬢様を案内部屋にお連れした後、ロイクは腹を立てた。これではイメルダお嬢様があまりに可哀想でならない。


「婚約破棄? 聖女セイラ……? お父様、ごめんなさい……お家の為に何もできないわたくしをお許しください……」


 そう口にしながら、ソファで青白い顔をして横になっているイメルダ。それを見てロイクは思いっきり床を蹴った。

 執事として、常に冷静にお嬢様をサポートする事をしてきたロイクでも、怒りを抑えられない。


 不意に、部屋のドアがノックされる。

 ロイクは、イメルダお嬢様に今は誰も会わせない方がいいと判断した。断りを入れようとロイクはドアに出向いたが、すぐにドアは開く。


 ドアの先には国王とザーグベルト王子、そして聖女セイラがいた。

 その三人が部屋の中に入って来る所を見て、イメルダは飛び起きる。


「イメルダ嬢よ、婚約破棄という恥をかかせてすまなかった」


 国王はイメルダの前まで歩き、静かに先程の非礼を謝罪した。

 そして、神によってこの国に聖女が召喚されるのは、100年ぶりの事、その力が国にとって力をつけるのに必要な事を説明される。


 ザーグベルトも国王に続き、諦めた様にイメルダに謝罪した。


「イメルダ、すまない。父に他の婚約者を紹介すると言われていたのに、君との婚約を強行しようとしてこんな事になった。僕が悪いんだ……」


 ザーグベルトは口ではそう言っているが、先程から部屋をうろうろするセイラを目で追っていた。


「お詫びと言ってはなんだが、ケロベロス伯爵公と縁談をとり持とう。イメルダ嬢の名誉も来月の舞踏会で伯爵との婚約発表する際に、きちんと弁明する。勿論、父君のハワード男爵にも話は通してある」


 イメルダは、国王の言い分も不本意ながら納得する。そしてザーグベルトが自分から心が離れてしまった事も理解した。

 わたくし、ちゃんとハワード家の為に然るべき所にお嫁にいけますのね、と安堵したのだが――


「はわわ、本物の執事さんですぅ!!」


「あの、聖女様、燕尾服の裾をつままないで頂けますか……」


 イメルダの話の横で、聖女セイラと、ロイクが戯れ合っていた。


「執事さーん! セイラって呼んでくださいよー! あたしとは堅っ苦しいのはナシです!」


「は、はぁ。面白いお方でございますね……」


 困惑するロイクに、セイラは腕を上げて、人差し指をロイクの顔に持っていく。そしてロイクの鼻をつんっと弾いた。すると、みるみるうちにロイクの顔は赤く染まる。


 その一部始終を見て、イメルダは激昂して叫んだ。


「ロイク! 何をしている? 話は終わりました、帰りますよ!」


 イメルダは、ずかずかと早歩きをしてロイクの腕をつかむ。その後、セイラを睨みつけてイメルダは踵を返した。


 イメルダに睨みつけられたセイラは顔を青くして、涙目で怯える。


「きゃあ大変! イメルダさん……怒らせちゃいました……」


 イメルダはセイラを無視して、ロイクと共に部屋から出た。



「わたくしから婚約者をとり、ロイクまで奪おうとするなど……」


 ロイクが新しいお茶を準備する為に、退室し、自室でイメルダは一人でソファに座っていた。

 時を遡る前の自分の人生を思い返し、腸を煮えくり返している。


「セイラ……絶対に殺してやるわ……」


 婚約破棄に加えて、聖女セイラの存在。イメルダの精神の崩壊はこの二つのきっかけで起こったのだった。


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