楠木が連れてこられたのは、田舎にある古びた工場だった。いくつかの船と部品の山。その周辺で子供たちが遊んでいる姿が見える。


 自分を助けてくれた男は、工場の奥にある事務所の中へと連れていくと、中にあったパイプ椅子に楠木を座らせた。


「コーヒーでいいかな?」


 男の問いかけに楠木は頷く。


 それを確認した男は奥にあるキッチンへ入っていった。それを見送っていた楠木がふいに事務所の窓の方へと視線を向けると、子供たちがこちらをガラス越しに隠れるように見ている。


「こらこら。てめえら、あっちへ行ってろよ」


 コーヒーを入れてきた男がそれに気づいて、叱咤するが、子供達は無邪気に笑いながらガラス窓から離れていった。


「悪いなあ。ガキどもは、好奇心旺盛なもんでね」


 男はそういいながら、楠木の前にコーヒーの入ったコップを差し出した。それを戸惑いながら受けとると、香ばしい臭いが楠木の鼻を刺激する。


「毒なんて入ってないから飲みな」


そういうと、自分用に持ってきたカップの中のコーヒーを口にいれながら、楠木の前に腰かけた。楠木は躊躇いながらコーヒーを一口飲むと、ガラス窓の向こうへ消えた子供達に視線をむけた。


「あいつらは孤児だ。俺たちが引き取って育てている」


楠木が振り向くと、男はコーヒーカップをテーブルに置いてこちら側を見た。


「孤児?」


「そうだ」


楠木が再び口を開くと、なにかをいうよりも早く事務所のドアが開いた。


「ただいま。あら?」


そこから女性の声が聞こえて、楠木の視線はそちらへ向く。


「お客さんかしら?」


「えっと……」


 楠木は困惑した。


「ああ。すまねえ。これから、大事な話があるんだ」


「……」


 彼女の表情は一瞬曇るも、すぐに笑顔を浮かべた。


「わかったわ。向こうで夕飯の準備しているわ」


「ああ」


 女性はそのまま奥の台所のほうへと消えていった。


「さてと、てめえには、いろいろ聞きたいことがある」


「……」


「大丈夫。ここにやつらは来ない。万が一のための防衛もしているからな」


男は楠木の不安を読み取り、そう告げた。


「万が一?」


「ここにはいろんなやつがくるんだよ。天災、テロなんかで親亡くしたやつ。親がいるけど、一緒に暮らせなかったやつ。中には、どこからか逃げてきたやつもいる」


「どこかから?」


「ああ。そういうやつは、まだ追われている可能性があったからな。刺客に見つからないようなセキュリティをしている」


「……」


「でも、いつまでも匿ったりはしねえ。ある程度したら、出て行ってもらうこともある」


 男は楠木の胸を指さした。


「じゃあ、僕も追い出すのですか? 事情を聞いたら……」


「おれは鬼じゃねえ。おそらく、このテリトリー外に放り出した瞬間。てめえはやつらに殺される」


 楠木の顔が、青ざめる。


「てめえがどうしたいかだ。場合によっては、このテリトリーに保護してやらなくもない」


「さきほど、ある程度したら出て行ってもらうと……」


「だから、時と場合だ。いたいというやつを無理やり、追放したりはしねえよ。本人の意志にまかせてんの」


「そのせいで、心配が絶えなかったりするのよね」


「おいおい。てめえ、口出すな」


「なに言っているのよ。虎太郎くん。本当のことでしょ。何回、あの子に連絡しているのよ」


「うるせえ」


 男はそっぽを向いた。その様子を女はおかしそうに笑う。


「ああ。さっさと、夕飯の準備しろ。ガキどもが、腹好かせて入ってくるぞ」


「はいはい。本当に親ばかねえ」


 彼女は再び作業を始める。


 男は、恥ずかしそうに咳払いする。


「それよりも話の続きだ」


 真剣なまなざしを楠木に向ける。


「お前は、手引きしたのか?」


「え?」


「数か月前の事故。ハヤブサの事故だ。あれの乗客名簿を見せてもらった。あれの乗客の中に、当時の防衛大臣とその娘が乗っていた」


 楠木の目が大きく見開いた。

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