第4話 あと半年

「シロが最近ご飯を残すし具合がわるそうだから病院に行く。次の土日、一度帰ってきて」


 母親からのラインに僕は「シロは大丈夫なの?」と何度も同じ言葉を繰り返し送信した。



 病院で見てもらった結果、シロは、癌だった。血液検査の数値がかなりはねており、先生からは「あと半年もたないだろう」と言われてしまった。



 僕の名古屋勤務が終わるまで、まだ四ヶ月もあった。

 それからの僕は、平日は全力で仕事をこなし、毎週金曜日の遅くに鎌倉に戻り、日曜日の最終の新幹線で名古屋に戻るというこを繰り返した。せめて週末だけでもシロと一緒にいたかったのだ。


 シロは元気な時とそうでない時の差がとても大きく、辛い時は縁側に敷いた毛布の上でただぐったりと寝ているだけだった。勿論、元気があったとしても、小さな庭を少しだけ歩くくらいで、ほとんど横たわっているという感じだった。


「シロ、、 アカネちゃんもシロのことを心配しているよ。あおいさんもシロ頑張れって毎日応援してくれているよ」


 シロは力なく僕の方を見つめている。

 僕は堪らなくなってまた話はじめる。


「シロ、、稲村ヶ崎で会ったあのおチビちゃんのブルドックって覚えてる?僕らに向かってむちゃくちゃ吠えてるんだけど自分はジリジリと後ろに下がっていたよな。あれ、面白かったよな〜」


 シロとの散歩であったことを思い出しながら、僕はずっとシロの身体を優しくさすっていた。シロは僕が撫でていると少しは安心しているようだった。



 日曜日の朝、僕がいつものように五時に起きると、シロが立ち上がって強い視線で僕を見ている。


「シロ、お前、大丈夫なのか? そうか、行きたいんだな。あそこに」


 僕は、いつものように赤い取っ手のリードを見せると、「ワン」と鳴いた。そう、それだよということなんだろうと僕は思った。


 僕は、リードを片手で持ち自転車にまたがる。


「さあ、行こう。でも、今日はゆっくりいこうな」


 シロにこれ以上の無理はさせたくない。

しかし、シロは元気だった時と全く同じように信じられないスピードで走っていくのだった。


 まずは、坂を上り極楽寺駅を通り過ぎると今度は下り坂になる。

 長谷ではとても有名な和菓子屋である力餅家の角を左にまがると、御霊神社への細い参道に入る。


「ワンワンワン!!」


 踏切の向こうから「久しぶり!大丈夫!?」というようなアカネの鳴き声が聞こえる。シロも負けじと「ワンワンワン!!!」と返している。とても力強い声に僕は驚いていた。


「おはよう。本当に久しぶりだよね。あっ、電話ありがとう。シロが、散歩できるなんて今日は調子いいんだね!? 実は、この前、シロの病気のことお母さんに聞いて…。ねぇ、大丈夫!?」


 あおいさんは、全く変わってなかった。

 そして、僕に優しく話しかけてくれた。


「うん。ありがとう。少しでも長くシロと一緒にいたいと思ってるけど、この先はどうなるのか全くわからないんだ」


 僕は話を続ける。


「そして、、色々とお礼も遅くなってしまって…。いつもラインありがとう。あのラインがあるから僕は名古屋でも頑張れてるんだと思ってる。本当にありがとう」


「ううん。私が勝手にやってるだけだし。でも、そう思ってもらえたらとっても嬉しいよ」


 二人とも頬が赤くなっていて、お互いの顔をまともに見ることが出来ない。


「あのさ、今日は休みだし、これから海沿いを歩いて、稲村ヶ崎行かない?」

「うん、行きたい!」


 僕は、自転車を押しながら、シロと歩く。その横をアカネとあおいさんが並んで歩く。左側は湘南の海だ。頭上には、多くのトビがゆったりと円を描くようにして飛んでいる。


 僕らは以前よりは近い距離で並んで歩いている。何か話をして盛り上げなければと思いもしたが、シロのことあるから無理しなくていいよという表情のあおいさんを見て、ただ、海を眺めて静かに歩いた。

緩やかな坂を越えるともう稲村ヶ崎だ。シロはまだ力強く足を踏み出している。


 稲村ヶ崎に着くと僕は、いつものように自転車を止め、チェーンをかける。

そして、砂で半分埋まった階段で砂浜へ降りていった。


 波打ち際を二人と二匹でゆっくりとゆっくりと歩く。時たま大きな波が急に僕らの足を飲み込んでいく。


「うぁ〜、靴下びしょびしょ!」


あおいさんが走り出す。

すると二匹も一緒に走り出した。

シロはとても楽しそうだ。


「また波が来るぞ〜〜。逃げろ〜〜!」


 僕は、シロの病気の事を忘れてこの時間を楽しんでいた。


 そして、二匹と一緒にはしゃぐあおいさんの姿をただずっと目で追っていた。

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