夏の日の雨宿りは、魔法の時間

かずみやゆうき

第一章 (東京都稲城市)

第1話 裏山へ

 今年の夏はとにかく暑い。夏だから当たり前だとは思うがそれにしても暑い。


 僕は、春から借りているアパートで、見てもいないテレビをつけたまま、ソファーに寝転がり暇を持て余していた。

 クーラーを二十三度に設定した部屋は凄く冷えている。そもそも、今年の夏季休暇は九日間もあったのだ。気ままな一人旅で、涼しい北海道にでも行こうかと思ったこともあったが、結局は部屋でだらだらと過ごしている。


 時計の針が午後四時を回った頃、僕はおもむろに立ち上がった。明日からは仕事だ。余り気は乗らないが、少し歩いてなまった身体を元にもどさないと駄目だと考えたのだ。

 僕は、寝間着代わりのTシャツを脱ぎ、黒のポロシャツに腕を通すと小さな手提げカバンをさげ外に向かう。


 東京都稲城市百村。僕が越してきた町は、梨や高尾ブドウの産地として有名らしい。確かに所々に梨畑やブドウ園が広がっている。

 長閑な雰囲気を見ると、とても新宿まで約三十分で行けるとは思えない。


 僕は、アパートの階段を降りながら、これから何処に行こうかと考えていた。そもそもよく考えるとこの町のことは全く知らないのだ。


 春に越して来た際、手続きで訪れた市役所の前を流れる三沢川沿いに咲く桜がとても綺麗で感動したのだが、それ以降は仕事が忙しく、休みの多くはただ家で寝て過ごしていた。


 僕はアパートの前で、さて、右、左のどちらにいこうかと考える。その時、アパートの小さなベランダから見えるこんもりとした森のような裏山があったなとふと思い、急にそこに行ってみたいという気持ちになったのだ。


 スマホの地図アプリを見るとその山には三箇所の出入り口があるようだ。僕は一番分かりやすそうな入り口を目指し、アパート前の道を右に歩き出した。微妙な坂道が続く。


 午後四時を過ぎてもまだ三十度近くあるのではないだろうか?やっぱり涼しい部屋にいるべきだったと僕はもう後悔し始めていた。ただ、今日の僕はいつもとは違った。何故だか、足が勝手に動いていく感じなのだ。すると視線に赤い看板が見えてきた。どうやら、お菓子店かケーキ店のようだ。甘い物にはめっぽう目がない僕は、誘われるようにして、この「ホイップ」という店へ入って行った。


 ショーケースの中には、美味しそうなケーキが沢山並んでいる。特産の梨をふんだんに使った梨ケーキやオーソドックスなイチゴのケーキに目がいったが、今日はこれから少し歩くので、とてもケーキは買えない。そうだ、おやつ代わりに、シュークリームを買うことにしよう。見るとここのシュークリームは外がカリカリで中はしっとりとした感じで僕好みだ。僕は、会計を済ませると、小さな袋を手に提げ、裏山の入り口へ向かって行った。


 僕の名前は、髙戸裕樹。年齢は二十七歳。よく年齢より老けていると言われるが、まだ髪の毛もふさふさしているし、服のセンスも悪く無いと思っている。だから、自分では年相応と思っているのだが…。


 恋愛については、これまで、何度か付き合ったことはあるものの、身を焦がすような熱い経験は未だ無かった。それは、お互いを信頼出来るような出逢いが無かったと言うことも理由の一つではあるけれど、社内表彰を受けたこともある僕は、会社が東京に支店を出す際に、オープニングスタッフに選ばれていたし、そもそも忙しくて恋愛などする余裕も無かったのだ。

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