アノ人
鹿
第1話
カナは今日も帰りが遅い。化粧品メーカーの秘書ってそんなに忙しいのかー。
アタシは今日も一人でお茶を飲んでいる。
今日は、キャベツが安かったからロールキャベツを作ったのに、たぶんカナはご飯も済ませてくるだろう。
外は雪で真白だ。
「メリークリスマス!!」
勢いよく窓を開け、空に向かって叫んでみた。今日は、クリスマス。
もう誰かと祝う、とかそんな歳じゃないよねー。
今日の朝、カナと二人で笑い合いながら、向かい合ってご飯を食べたのを想い出す。
カナはご飯を作らない。
正確に言うと、作れないのである。
アタシは料理が好きだ。
自分の為にっていうよりも、誰か食べてくれる人の為に作るのが好き。
カナが出張で3日間いない時なんて、一度もご飯を作らなかった。
それを、カナは知らない。
「ランは、本当に料理が上手だよねー。」
カナが美味しそうに食べてくれるのが好き。
だから、料理が好きなのかもしれない。
自分の存在価値を認めてもらう為に、アタシはご飯を作り続けているのかもしれない。
二人の朝ご飯は決まっている。
カナはトースト1枚・オムレツ・コーヒー。これに、日替わりでソーセージ・ベーコン・ハムなんかの卵に合いそうな具材がアタシにお任せでついてくる。
アタシは和食。最近のお気に入りはめかぶと生卵をぐちゃぐちゃと混ぜたご飯。
でも、それにコーヒー牛乳を合わせて飲む。カナに言わせると、
「よくそんな組み合わせでご飯食べれるよね。」
らしい。
でも、アタシにとってはこれが当たり前の事。
でも、そんなアタシをカナは否定しないし、干渉もしない。一緒に住み始めて1年位になるけれど、そんなあっさりした性格だから、一緒にいても気兼ねなくいられるのだろう。後は、生活パターンが丸っ切り違う事が要因で、アタシ達の共同生活は続いていると思うのだ。
「猫でも飼えばいいだろ。」
ある日いつものように飲んでると、急に言われた。
彼とはもう15年続いている。
途中彼が結婚して、3ケ月で離婚したり、アタシに何度か彼氏が出来たりしてたけど、なんだかんだともう15年こうしてたまに飲んでいる。
「猫?」
「女の友達と住むなんて疲れるんじゃないのか?寂しいんだろ。寂しかったら猫を飼えばいい。猫が嫌なら鳥だな・・。」
ジンライムを舐めながら、彼はすごくいい事を思いついたように唐突に言った。
「アタシは寂しいからカナと住んでるんじゃないと思う。彼氏もいないし、毎日ご飯を食べてくれる人が欲しいんだと思う。もともとは、カナのおばあちゃんのマンションで、すごく良い物件だから一緒に住み始めたって感じかな。アタシが引っ越ししたかった時期にちょうどそんな話になったから、一緒に住み始めたけどね。」
彼はもう、取引先の人と1軒行っている。アタシと会うのは必ず2軒目だ。だから、必然的に酔っている。仕事の人と飲んでる時は絶対に酔わないそうだ。アタシの顔を見ると、酔いが回ってくるらしい。ジンライムは3杯目。今日はふぐを食べてきて、ひれ酒を飲んだとかで、いつになく上機嫌。
そんなあの人と飲んでいると、アタシは時折ふうわりとした気持ちになる。色々なことを抱えて、アタシで癒されるそうだ。愚痴でもなんでも言えるそうだ。彼は48歳。一人暮らし。とある上場企業の結構なエリートさん。そんな事になると、当然(?)友達とか、気のおけない人は結婚とかしてて、中々会えない。=アタシくらいしか愚痴とか言える人がいない。
それだけだ。
だって、本当にそれだけなんだもの・・。
この間、初めて
「イタリアンに行こうか。」と言われた。
アタシは嬉しくて、はにかんでしまった・・。照れくさくって、照れくさくって、笑った。
「珍しいじゃない・・・どうしたの・・・お腹減った???」
この日は、珍しく二人共酔っていなかった。
カナはこの事件を、分析する。
カナはすぐ分析する癖があった。
「多分、美味しいイタリアンの店に行って、たまには女の人とデートしたくなって、それで誘ってくれたんじゃないの?それか、なんかあった??」
「なんかあったかと言われれば、うーん・・。アタシは今年、ワインを飲める素敵な女性を目指したい。って話しをいつだったか、したかもしれないかなぁ・・・いや、したね。だからかな。」
今日は、ほうれん草の胡麻和え、鯖のアンチョビ香草仕立てのパン粉焼き、パスタ入りのミネストローネ、ピクルス(人参・大根・牛蒡)というメニュー。
アタシは、あんまり炭水化物を取り入れない。
だって、カロリーオーバーになるからね。
何でも美味しい!!と食べてくれるカナを太らせるのも、自分が太るのも、本望ではないのだ。
そんなわけで、この日も、二人であーでもない、こーでもない、と話しをしながらの夕食タイム。
今日は休みだからカナと一緒にゆっくりできるんだよね。
いつもは仕事仕事のキャリアウーマンのカナさんだから・・。
今日のメニューもカナは美味しいと食べてくれた。
中でも、ピクルスが気に入ったらしい。アタシもピクルスが気に入ってるけど・・・。
「サバ?もこうやって料理すると美味しいね。サバなんて、〆サバしか食べた事ないよ。本当に、ランは美味しい美味しいを沢山あたしにくれるよね。将来、小料理屋なんてどうかな?だって、今のところでずっとバイトしててもしょうがないでしょ。事務なんて誰にでもできるよ。」
鯖をぱくつきながら、カナはそんな事を言った。
アタシは、なんとなく黙ってしまった。
ぼんやりと、思っていたことをズバッと、カナに言われてしまったからだ。このままじゃ、不安。
でも、なんかしたいことってあるの??って言われたらやはり、お店をやってみたいなって思っていた。
小料理屋とは少し違うけれども、昔ながらの食堂みたいな喫茶店みたいのがいいのだ。カフェってお洒落そうなイメージがあるから、なんとなく違う気がする。
だから、「食堂」かな。
メインは、ありきたりのもの。
オムレツ・チキンライス・カレーライス・豚汁・おにぎり・サンドイッチ・こんなメニューが並ぶ中、季節の食材で日替わりを作る。
それってすごい理想。
「いいかも。」
思わずつぶやくアタシ。
「・・・何が???そうそう、次はその彼といつ会うわけ。次こそイタリアンでもフレンチでも行きなよね。でも、その日はなんか食べたの?」
「お好み焼き。」
「はぁ??なんでイタリアンがお好み焼きになるのよ。」
「だって、好きだから。アタシは好きなんだけどあの人が好きかは知らなかった。でも、たぶん好きだろーなって、聞いたらやっぱり好きだったんだよ。だから、ちょうど通りかかったお好み焼き屋さんに入って、ビール飲んだの。」
カナは信じられない!?というように、両手を挙げ、軽く目をむいた。
カナはちょっとした仕草とか、外国人めいている。
意識しているわけではないのをアタシはよく知っている。
日本語がたまに変になるのも、知っている。
ただ、彼女は生粋の日本人であって、バイリンガルでもないし、留学していたわけでもない。
ただの、日本人のはずである。それをアタシは知っている。
だから、何にも思わない。
他の友人にカナの話をすると、
「変な子だね。そのカナとかいう子。変なのといると、変になるよ。ランは変じゃないけど・・・まぁ、変わっちゃいるけど、多少だよ。」
という評価になる。
「アタシ・・・変ってないと思う。けど・・。」
「変なオーラがある。近寄りがたいような。でも、急になくなって存在感自体がなくなったりもする。何でも受け入れるけど、何にも受け入れない。どこまで入っていいのかわからなくなる時がある。」
「ふうーん・・。それって褒め言葉?に少し聞こえるよー。」
「どこが褒め言葉なのよ。完璧褒めてはいないじゃない。だから、変だって言われるの。」
こんな事を言われるのも、カナの話題がなかったら、なかったかもしれなかった。
だから、こんな話題をくれたカナという存在が私にとっては、とってもとっても有難いのだ。
「今日はね、紅茶がいいな。」
お湯を沸かし始めたアタシに甘えるようにカナが言う。食後は二人のティータイムなのだ。
アタシはコーヒーをきちんとドリップする。
紅茶も茶葉が用意されている。
日本茶・ハーブティー・中国茶(烏龍茶のみ)・ワイン・リキュール・ブランデー・瓶ビール。
何でもいつでも揃ってる。
これだけ、品切れにならぬように、美味しい品質を維持しながら蓄えておくのがどれだけ大変な芸当かは、カナは知る由もない。
カナは、自分が言えば何でも出てくると思っているのだ。
で、それがランという素晴らしい相方にだけできるマジックだということも知っている。
だから、それでいいのだ。
2人もマジック。
アタシは用意や準備をしたいのだ。
誰か、すごく好きな人の為に。
カナは、自分の為に色んな準備をしておいて欲しいのだ。
誰か、すごく信用のおける人に。
だから、2人が出会ったのもマジックだし、こうして喧嘩もせずに仲良くお互い我慢せず、生活してるのは凄い巡り合わせだと思う。
目覚ましが鳴る。
カーテンを開ける。
まだまだ、外は薄暗い。
キッチンから何か音がする。
ヤカンとか、フライパンとかを火にかける音がする。
じゅわーっという音がいつもと違うかな。
布団はまだまだ暖かくて、私をいつまでも包んでくれる。
でも、ランはそろそろ来るだろう。
美味しい香りと共に・・。
「おっはよー。今日はパンケーキ焼いてみたよ。朝から甘いのダメ?なら甘くない風に仕上げるけど?」
「甘いの大好き。ウエルカム!」
「んっ。起きなよ。」
だからって・・・朝からあんこはないでしょうに・・・珍しくカナは口に出さなかった。あんことバターと蜂蜜がちょうど良い具合にからまり、とっても美味しかったからだ。
なんでランはこんなに私のツボをつくんだろう・・・
「口から蜂蜜出てますよ!!」
なんで、ランはこんなに今日は元気なのかな。
今日はってよりも、最近すごく元気。
それは、メニューからわかる。
今まで作ったことのないメニューを沢山私にくれる。
そして、どれも美味しい。
しかも、最近はランチョンマットとか、食器にも拘り出してランチに使う会社の近くのカフェレストランみたいな雰囲気の料理を出してきたりする。
お陰で私は下手なものを食べられなくなった。
飲み会で行く居酒屋のメニューはどれもありきたりで、全く健康とかを考えていないのが一目瞭然過ぎて、こんなものにお金を払うくらいなら、ランにお金を払いたいと思うほど、ランの料理には中毒性がある。
この気持ちは誰にもわからないであろう。
そして、わからなくていいのだ。
だって、ランのルームメイトはこの私なのだから。
誰かにばれたら、ランをとられちゃう!!って程に中毒性があるのだ。
今日もカチカチ、パソコンに向かい、アタシは夕食のメニューを考えている。
アタシは建材メーカーの営業事務をしている。
納期の管理とか、営業さんの代わりに得意先に見積書を流したり、時には電話口でお客さんに怒鳴られることもある。
前の会社が倒産して、やっと見付けたこの仕事。
気に入ってるのは定時で帰れるところ。
気に入らないのは・・・・・隣の課長が毎日アタシのお弁当を覗き込んで、いちいち感想を言うこと。
「芹沢さん。今日のお弁当は茶色が多いね。お醤油に頼った味付けだと、体に悪いんじゃない?そもそも若い女性なら綺麗な色どりの食事にしないとテンションっていうの?あがらないんじゃないかなあー。」
「テンション・・・??・・はああ・・・。そうですね・・。」
アタシはいつも以上に返答に困った。
本当に回答に困る。
茶色っぽい・・・確かにそうかもしれない。
でも、牛蒡のピクルスや玄米ご飯は醤油の色じゃない。素材の色だ。確かに、すき焼きの色は醤油の色ではある。でも、うちは減塩だからそこまで体に悪いわけではない。というか・・テンション???まあ、いちいち気にしてもしょうがない。小さくため息をつき、さっさとご飯を食べちゃうことにする。その後は、ほうじ茶を入れてゆっくり飲む。12時~13時の1時間がうちの会社の昼休み。その間、電話が鳴れば、アタシか経理の同僚が出る。今日は月末月初では無い為か、電話は鳴らない。久しぶりに、少しゆっくり出来る。今日は、茄子があるから、茄子のカレー炒め・もやしのナムル・カレイの煮付にしよっかな・・・。大体のメニューは決定。家にあるもので出来るので、今日はそのまま帰ることにするよって、カナにメールをいれようと携帯を見ると、あの人からメールアリ。
慌てて確認する
「今日、会えるか?」
「何時?」
俊足で返信。
珍しくすぐ返信。
「接待後。8時くらいかな。」
「了解。どこ?」
「Rio」
「らじゃ」
というわけで、今日のメニューは明日へ持ち越し。
カナーごめんねっ。
「えーーーーー!!!」
カナは会社近くの和食屋でランチ中。今日は専務の会食にお付き合い・・・よって茶色のお弁当は持ってない。
本当言うと、今日のお弁当は茶色っぽいから、何か年寄りが食べるものばかりに見えて、持って来たくなかったから丁度良かった・・・ランごめん!でも、だから茶色っぽかったのかな??
こんなあたしの意地悪な気持ちを読んで、
「今日の夕食は自分でどうぞ!!」
っていうわけ!!ランのご飯がないとあたしは生きていけないのだよーーーー!!
「了解。」
仕方がない。おデートなのだから。地味な生活のラン様にたまに訪れるデートの日なのだから・・・我慢しよう。
「川崎君、どうしたのかね?」
専務はちょっと不満そう。そりゃあ、そうだ。お客さんが目の前にいるのにこそこそメールしながらご飯食べてるんだから。
「すみません。ちょっと急用のやり取りです。申し訳ございません。」
ああー。最近ランの夕飯食べてないんだよ。今日は残業も飲み会も無いから一目散に帰ろうとしてたのに。
8時。
きっかりに、アタシはRioへ入る。
アタシ達はBAR好きだ。
大体BARで待ち合わせる。
あの人は、ジントニックが好きで、アタシはシャンパンもしくはシャンパンカクテル。
その後は、スコッチとかハイボールとかこないだなんかカルバドスをロックで沢山飲んじゃった。
思い出して、一人、笑みを浮かべる。
あの人はまだ来てない。
だからアタシはシャンパンを先にオーダーする。
チョコレートも頼んでおこうか。
あの人はチョコレートが好きだ。チョコレートとか、チーズケーキとか、美味しいものを少しずつ食べる。
だから、アタシがジャンクフードをたまに食べたくなって、フライドポテトなんかを口いっぱいに頬張ると、不機嫌になる。
「少しだ。少し食べろ。色々な物を少しづつ食べろ。ひとつの物をたくさん食べるのはみっともない。」
「んー。わかるけど、そしたらいっぱい残さなきゃいけないよ?」
「残せばいい。」\\\\\\\\\\\\\\
「食材に悪いよ。料理した人にも悪いよ。」
「そっか。」
大体ここらへんで、あの人は面倒になる。
今日はご機嫌どうかなー。
ちょうど、あの人の好きな曲がかかる。
扉が開いたと思ったら、あの人が入って来た。
「よう。」
いつも大袈裟に手をあげる。
格好つけて外人みたい。
馬鹿みたい。
でも、照れずにそういうことをするあの人がとても好ましい。
静かだった空気に活気が注入されて、BGMとともに店内の空気が変わったかのようにさえ思う。
こんな話をしたら、カナは絶対
「ラン、いかれてるね!」と首をかしげるであろう。
それでもいい。
アタシはこの人にいかれてると思う。
「ジントニック、飲みますか?」
「いいね。お前は俺のこと、良くわかってくれてるよな。おっ、チョコレートじゃないか。嬉しいね。」
「ジントニック、お願いします・・・・・だって、好きでしょ?」
店内はアタシ達しかいなくって、顔なじみのマスターはすぐにジントニックを差し出してくる。
そっと、優しく差し出してくれる。
アタシ達は、目で乾杯をした。
ポツリポツリ・・・最近の事を話す。
あの人は、仕事は順調のようだ。
忙しいのが自慢なのだから、忙しい忙しい、は機嫌のいい証拠である。
あの人の話が一段落したようだ。
なぜならアタシの話に切り替わったから。
「お前は最近どうなんだ。」
「何も変わらないよ。月から金まで定時で仕事して、帰ってご飯作ってカナと食べる。カナがいなければ1人で食べる。そしたら次の日の準備して・・。」
「もういいよ。お前、そんなんで楽しいのかよ。どうなんだ。」
いつになく、機嫌が悪い。
「え??楽しいけど。」
「男はいないのか。」
酔っ払ってます。
スイッチ入ってるなー。
「いないよ。」
「俺と付き合うか。」
「・・・!!!」
「どうなんだ。」
そんな急に言われても・・・。
「今更何言ってるの?」一応、照れて言ってみる。
「そうだよ、今更だけどな。でも、そういうのもいいんじゃないか。」
「えーーーーーーー!!!!!何、それで、店飛び出してきたの?子供じゃないんだからさ。ランランラン!!一体どうしたのよ。」
やっぱりカナはこう言った。
「だって、恥ずかしかった。あの人は酔っ払ってるし、マスターは素知らぬ顔してるし。」
「そんなんで店に置いてきたら、振られた男みたいで可哀そうじゃない!」
「あ、そうだ!!ね・・・。」
酔いが冷めて来た・・・確かにそうだ。
このまんまじゃ、あの人が振られた間抜けな男みたい。
アタシはあの人の事好きなんだから、振られた間抜けな男のまんまにする訳にはいかない。
でも、どうすればいいの?
しゅん、しゅん、しゅん、お湯が沸く音がキッチンからする。
ごそごそ、何かを探す音。
カナが慣れない台所で何かしてるみたい。
「ラン。お茶っ葉ってどこ?」
「何茶?」
「なんでもいいよ。」
「なんでもいいなら、探せばあるよ。」
「わかんないから聞いてるの!」
「レンジの下の棚の中。」
「サンクス。」
消えるカナ。
ごそごそ・・・パタン・・・とぽとぽとぽとぽとぽ・・・。
「ラン。お茶飲もう。」
「うん・・・シャワーする。ありがと。」
カナがこんなことするの、かなり珍しい。
ていうか、初めて見た。
励ましてくれようとしてる?
嬉しい。
誰かと暮らしてて嬉しいのって、こういう瞬間なのかな?
単純に嬉しくて、ポタリと涙が出た。
そしたら、どんどんどんどん涙が出てきて、止まらなくなった。
しまいには、おいおい声をあげて泣き出してしまった。
カチカチカチカチカチカチ、今日は専務が出張でいないから、仕事がはかどる。
それにしても、昨日のランは変だった。
本当に変だった。
酔って帰って来るのはいい。
告白されて、そのまま帰って来るのもいい。
でも、泣き出すのは困る。
泣きやまないのも困る。
お茶をひっくり返したのにも気付かないのも困る。
でも、今日はいつも通り、朝ご飯にトーストとか卵とか、今日はウィンナーね、なんて用意してくれて、お弁当も持たせてくれ\\\\\\\\\\\た。
ちなみに今日のお弁当は、可愛い3色そぼろご飯!!これなら玄米の茶色も見えないから・・・だって。
ラン、会社で何か言われたのか??
そんなこんなでもうお昼。
いつもなら、専務の食事を考え、お弁当の手配だったり、レストランの予約だったりで忙しいのに、今日はそれらが無いのに雑用が多すぎて忙しい午前中だった。
お弁当をあける。
そぼろ・桜でんぶ・いり卵の可愛い三色のお弁当。
椎茸とオクラの炒め物にミニトマト、鮭の切り身。
美味しい。
本当に美味しい。
アタシは幸せだ。
幸せを噛みしめながら、カナは誓う。
ランを幸せにしないと!!!
だから今日は真っすぐ家に帰り、ランと話し合うのだ。
やたらと闘士を燃やし、お弁当を食べるカナ。
エヴィアンを飲みながら携帯をチエック・・・んん。
「今日も夕食ご自分でどうぞ」
何――――!!
気が抜けます。
「今日もデート?」
「何かフレンチらしいよ。」
「ちゃんと好きって言いなよ」
「はい。」
子供だ。
ランは子供だ。
かわいいかわいい子供だ。
それでもいいじゃないか。
よし、こうなったら溜まってる資料を片づける為に、ガッツリ残業する事とするか!
でも、少し寂しい。
ランをあいつに盗られたから・・。
BAR PB。
今日のPBは静か。
アタシは、モエを啜る。
あの人が一滴も飲まずにやって来た。
「ビール」
「お疲れ様でした」
「さ、行くぞ。予約してるから飲んだら行くぞ」
アタシは恥ずかしくて恥ずかしくて、うつむいてしまった。
ダッテコンナノハジメテダカラ。
フレンチくらい結構行ってるし、デートなんて山ほどしてる。
でも、あの人とこういうのは何かすごく恥ずかしい。
前菜はアスパラのテリーヌ
魚は白身のフリット
お肉は鴨のオレンジソース添え
間にレバーペーストがバゲットに無造作に添えられてるものとか。
あんまり赤ワインは飲まないのに、今日は渋い赤ワインがよくすすむ。
ワインばっか飲んでると、小さなチーズの盛合わせが出てきたり、中々粋なお店だ。
「もう食べられない」
「そうか」
「付き合います」
「お前さ、なんで唐突なの」
あの人はハニカンデ笑った。
ハニカム。
うふふふふふ。
声に出してみると、アタシのほっぺはくいっと上がって、顔がきゅっと小さくなったような気がした。
そしたらあの人が、ぎゅっとクロスの下でアタシの手を握って、小声で言った。
「今日は一緒にねるか」
一緒にねるって、ねるってねるって。
「はい」
カナの朝食はどこに行くのかな?
そんなこんなで、今アタシはあの人の家にいる。
今日はゴルフに行ったから、車の中で食べれるように、小結を3個とあの人が好きなウィンナーと卵焼きを持たせた。
アタシはあの人を見送って、にゃんこのお守。
にゃんこはメスだからアタシに焼き餅を焼いている。
でも、ご飯をあげたら、すぐに同盟を組んでくれた。
可愛い可愛いアタシの見方。
アタシは一体どうしたいんだろう。
ふわふわふわふわ浮いている。
地上にふわふわ浮いている。
「危なっかしい」
カナは言う。
「地味な振りして危なっかしい」
うふふふふふふふ。
地味な振り なんてしてない。
他人が勝手に評価してるだけ。
アタシは地味でも派手でもない。
アタシはアタシなだけ。
ただそれだけなのです。
カチカチカチカチ、今日もパソコンに向かう。
今日のメニューは・・・アスパラのサラダ・ささみの胡麻和え・南瓜のそぼろあんかけ。
アスパラがそろそろ食べられなくなるから、今日は食べ収め。
カナは今日は残業ないって言ってたはず。
アノ人とは、2ヶ月会ってない。
「仕事が忙しいんだって」
「それって、信じてるの?」
「信じてるっていうか。何をどうやって疑うの?」
「だって、1日位休みあるのでしょうよ」
ご飯をぱくつきながら、カナはいつもの話しをまた持ち出す。
ここのところ、毎日、夕食にはこの話題。
「電話してもまず出ないし、出たら忙しいって怒ってるよ」
アタシは笑う。
「なんで笑ってられるわけ?女いるんじゃないの?」
「うーん。遊んでるかもしれないけど、付き合ったりはしてないと思うよ。そういうところは義理固いからさ」
「遊んでるんならいいんだ」
「うん。女ではアタシが一番ならいい。アノ人の中で女は優先順位低いし、もうあんまり興味ないと思うけどなあ」
「そんな訳ないじゃん。まだまだモテモテの年齢じゃない?仕事出来るし、お金あるしさ」
「どうなんだろ。面倒だと思うタイプだと思うよ。ここ何年か見てるとさ。」
「余裕ねえー!!とは言いつつも、私はランが毎日ご飯作ってくれるから嬉しいのだ。でも、嬉しいと言うのも気がひける・・。美味しいけど・・特にこのアスパラのビネグレットソース!最高です。」
もぐもぐ食べるカナを見ていて、ものすごく好ましいと思う。
アノ人と会うより、こっちの方が楽しいかも。
楽しいの種類が違うのかな。
じゃあ、アタシは2種類の楽しいを持っていて、すごく恵まれている。
神様にありがとうって、後で言おう。
食後のお茶を飲みながら。
晴天。
お散歩日和。
今日はカナとオフを楽しむ日。
お弁当持って、公園に行く。
だから、今日は早起きした。
ポットにコーヒーをそそいだ。
昨日買って来ておいた、ふわふわの食パンでサンドイッチを作る。
ホットサンドにしてみる。
チーズとハムを挟んでサンドの機械に投入。
ツナとピクルスのサンド。
トマトとモッツアレラのバジルソースのサンド。
これに、リンゴを2個。
お弁当ってほどでもないけどね。
こんなアタシの日常は、詳しく話すと理解されがたいかもしれない。
でも、割と楽しくやっている。
税金は払ってるし、労働の義務も果たしてる。
借金もしてないし・・。
これで十分なんじゃない?って思う。
生きるって、結構大変なんだから、十分なんじゃない?
これ以上、何を求めるの???
でも、わからない。
アノ人 鹿 @chi-sable
★で称える
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