第51話 英艦隊
英海軍には、もっと言えば英国には後が無かった。
もし仮に、日本の艦隊が地中海を抜けて北大西洋に侵入すれば、本国艦隊の戦力では撃滅はもちろんのこと、その捕捉すらも困難だった。
特に空母を分散されて同時多発テロのようなまねをされたら目も当てられない。
機動部隊による海上交通線破壊の威力は潜水艦の比ではないからだ。
一週間は大げさかもしれないが、一カ月もあれば日本の第一機動艦隊ならば大西洋にある英商船のあらかたを食い尽くしてしまうだろう。
だからこそ、連中が地中海から出てきた時点でどんな手段を講じてでも潰す必要があった。
そして、戦力的劣勢下にある英海軍の出した結論は刺し違えだった。
U部隊
護衛空母「アーチャー」「アヴェンジャー」
戦艦「ネルソン」
護衛駆逐艦一二
V部隊
護衛空母「チャージャー」「バトラー」
戦艦「ロドネー」
護衛駆逐艦一二
W部隊
空母「イラストリアス」「ビクトリアス」
軽巡二、駆逐艦一二
X部隊
巡洋戦艦「レナウン」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
Y部隊
戦艦「デューク・オブ・ヨーク」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
Z部隊
戦艦「キングジョージV」
重巡二、軽巡四、駆逐艦一六
空母二、戦艦四、巡洋戦艦一、重巡六、軽巡一四、駆逐艦六〇、護衛空母四、護衛駆逐艦二四の合わせて一一五隻からなる英国最後の艦隊戦力だった。
英海軍には他にも最新鋭戦艦の「アンソン」と「ハウ」、それに旧式戦艦の「クイーンエリザベス」と「ヴァリアント」があったが、「アンソン」と「ハウ」は竣工したばかりで慣熟訓練が終わっておらず、「クイーンエリザベス」と「ヴァリアント」は修理あるいは改装中でこちらも参陣はかなわなかった。
英艦隊は艦艇の数だけなら一機艦を大きくしのぐが、その内実はお寒い限りだった。
近代海戦に欠かせない航空優勢を獲得するための要となる戦闘機は四隻の護衛空母にそれぞれ一二機、さらに「イラストリアス」と「ビクトリアス」にそれぞれ三六機の合わせて一二〇機にしかすぎない。
戦艦ならびに巡洋戦艦は合わせて五隻あるものの、新型なのは「キングジョージV」と「デューク・オブ・ヨーク」の二隻だけで、これら二隻が装備する三六センチ砲では四六センチ砲を搭載する「大和」型に対しては明らかに見劣りがした。
戦艦だけでなく、全体を見ても数以外はあきらかに一機艦に対して劣勢だ。
だから、英艦隊の戦い方はシンプルだった。
三群の空母部隊が囮役となり敵艦上機を引きつける。
その間に残り三群の戦艦あるいは巡洋戦艦部隊が一機艦に突撃して砲雷撃戦を仕掛ける。
日本の一機艦は強力な機動部隊だが、それでも空母を守る戦艦と巡洋艦が合わせて一〇隻あまり、それに駆逐艦が三〇隻ほどだから、水上打撃艦艇の数に関していえば英側が有利だ。
だから、そこに付け込む。
X部隊とY部隊、それにZ部隊のすべての戦艦と巡洋艦、それに駆逐艦の半数をもって一機艦の水上打撃部隊を抑え、その間に脚の早い残り半数の駆逐艦が敵空母に肉薄して魚雷をぶち込む。
もちろん、それまでの間に友軍の空母部隊は壊滅的ダメージを被るはずだ。
太平洋艦隊や東洋艦隊を鎧袖一触で葬った日本の艦上機群の攻撃に正規空母二隻に護衛空母四隻のU部隊とV部隊、それにW部隊がもつはずがない。
英本国にある戦闘機隊の支援は期待できない。
当該戦闘海域と英本土の間にはいささかばかり距離がありすぎた。
それに、英空軍は本土を守ることに手一杯だ。
これまで英国と対峙してきたドイツの西部方面航空戦力に東部方面のそれが加わったことから、とてもではないが英空軍には余裕が無かった。
ソ連に対する夏季攻勢に備えていたはずのドイツ航空戦力が英国の面前に大挙して押し寄せてきたのは英空軍にとっては誤算もいいところだった。
一方、海に目をやれば北海ではドイツ戦艦「ティルピッツ」が蠢動の動きを見せ、イタリアの「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」に至ってはこともあろうに行方をくらませていた。
おそらく、英艦隊と一機艦との戦いで一機艦が勝利した場合にはこれら戦艦はこれまでの引きこもりから一転して打って出るつもりなのだろう。
だからこそ、英艦隊は刺し違えてでも負けるわけにはいかなかった。
まさに王国の興廃をかけた一戦だった。
それゆえ、英海軍はノブレス・オブリージュを体現すべく指揮官先頭で戦いに望む。
そうでもしなければ将兵がついてこないのではないかと心配になるくらいに過酷な戦いが予想されたからだ。
Z部隊の戦艦「キングジョージV」に将旗を掲げ全体の指揮を執るのはパウンド第一海軍卿。
健康にいささかの懸念があったが、それでもパウンド提督は自ら志願しての前線復帰だった。
そして、Y部隊の戦艦「デューク・オブ・ヨーク」にはカニンガム提督、X部隊の巡洋戦艦「レナウン」にはトーヴィー提督が座乗し、一機艦との対決を見据えている。
一機艦が夜明けと同時に大西洋に侵入したという情報は、パウンド提督以下すべての英艦隊将兵の知るところだった。
斜陽と言われて久しい英国も諜報をはじめとした情報収集に関してはいまだ世界の最先端を行く。
だが、一方の一機艦もまた、Uボートやドイツ空軍からの情報によってこちらが地中海の出口に展開していることはつかんでいるはずだ。
そして、一機艦を率いる古賀という人物はとにもかくにも情報を重視する人物だとパウンド提督は聞いている。
その古賀が放ったのであろう敵の艦上偵察機が英艦隊の上空に現れる。
早ければあと一時間半、遅くとも二時間後には日本の艦上機が大挙して来襲してくるだろう。
パウンド提督はレーダー解析をもとに偵察機が現れた方向へ向けて増速するよう命じる。
英国の、欧州の運命をかけた戦いが欧州の空で、そして海で始まろうとしていた。
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