第52話 戦力配分

 「空母二隻を基幹とする艦隊が三群、さらにその前方に戦艦一隻と巡洋艦六隻、それに十数隻の駆逐艦からなる艦隊が同じく三つか」


 偵察に出した一式艦偵からの報告を脳内でまとめていた古賀連合艦隊司令長官はその意味するところを吟味する。

 空母部隊の前方に水上打撃部隊を置くというのはオーソドックスな配置あるいは定石ともいえる。

 真っ先に狙われる空母部隊を前面に押し出し、水上打撃部隊を後方へ引っ込めて進撃するなどバカのやることだ。

 そう思った古賀長官の脳裏に、ミッドウェー海戦においてそのバカをやらかした某大臣の顔が突然浮かんでくる。

 古賀長官は慌ててそれを振り払い、現実に意識を戻す。


 一式艦偵の報告の中で、特に引っ掛かるのは空母が六隻もあるということだ。

 インド洋海戦において一機艦は六隻もの英空母を葬ったから正規空母は「イラストリアス」と「ビクトリアス」しか残っていないはずだ。

 米国から応援の空母を送ってもらおうにも「ワスプ」と「レンジャー」は西海岸からの防衛から離れることは無いはずだし、そのような情報はこちらには届いていない。

 仮に米政府が「ワスプ」と「レンジャー」を英国に派遣しようという意図を持っていたとしても、そんなことは米国民が許さないだろう。

 特に西海岸住民の日本艦隊に対する恐怖心はただならぬものがあるからだ。

 これについては、野党がルーズベルト大統領の戦争責任を追及する過程において、日本艦隊をことさら強大に、あまりにも余計な尾ひれをつけて国民に訴え過ぎてしまったのが原因だった。

 それ以外にも、伊四〇〇潜がばら撒いたビラもまた西海岸市民に対して少なからぬ精神的ダメージを与えていると古賀長官は報告を受けている。


 だが、今はそのことよりも三群の空母部隊に六隻の空母がある現実を直視しなければならない。

 その三群の空母部隊については確かに駆逐艦の数こそ揃っているが、戦艦や巡洋艦といった対空火力の大きな護衛艦の数があまりにも少なすぎた。

 しかも、そのうちの二群は空母と組ませるのにはいささか鈍足の「ネルソン」級戦艦が随伴している。

 「ネルソン」級戦艦は前部に三基の三連装砲塔を集中した世界的に例の無い砲塔配置をしているから、これを熟練の搭乗員が見間違うことはあり得ないだろう。

 それと、前衛の水上打撃部隊と空母部隊との距離が次第に開きつつあるという報告がこれもまた複数の一式艦偵からもたらされていた。

 つまりは敵の水上打撃部隊は日英の艦隊がいまだ距離がある中でも突撃を開始したことになる。


 古賀長官は「ネルソン」級戦艦の存在によって、宇垣軍令部次長から聞かされた前世におけるレイテ沖海戦のことを思い出す。

 昭和一九年一〇月、つまりは自分が死んでから半年あまり後に生起した同海戦は、フィリピンを中心に広範囲にわたって日米の死闘が繰り広げられた。

 その時の戦いで連合艦隊は巨大戦艦「武蔵」や歴戦の空母「瑞鶴」を撃沈されるなどといった壊滅的ダメージを被り、これ以降組織だった戦闘能力を喪失した。

 宇垣次長はその当時、第一戦隊司令官として同海戦に参加したのだが、その彼によれば当時の連合艦隊は四隻の空母をもって囮部隊を編成、米空母艦載機を誘引するための生贄に供したのだそうだ。

 囮部隊には機動部隊の護衛には適さない脚の遅い戦艦「伊勢」と「日向」のほかにはわずかばかりの軽巡と駆逐艦がつけられた程度だったらしい。

 そして、その貧弱な陣容で米機動部隊と対峙した囮部隊は、四隻の空母すべてを失ったという。

 そして今、四隻と六隻の違いはあるものの英艦隊の状況は当時のそれによく似ていた。


 「英海軍の正規空母は『イラストリアス』と『ビクトリアス』の二隻しか残っていません。また、同級の五、六番艦はいまだ建造中のはずで、とてもこの海戦に参加できるような状態にはありません。ですので、残りの四隻の空母に関しては護衛空母を投入してきたものと思われます」


 そう言っていた航空参謀の推測はおそらく正しい。

 英艦隊は洋上航空戦ではまったく勝ち目がないとみて、水上打撃艦艇による砲雷撃戦を仕掛けようというのだろう。

 まるでレイテ沖海戦のときの連合艦隊を見ているかのようだ。


 だが、今は完全に立場が逆転している。


 圧倒的な航空戦力を持っているのはこちらの方なのだ。

 索敵に出した一式艦偵が英艦隊発見の報告を送ってきた時点で五航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「神鶴」からそれぞれ零戦二四機、さらに「赤城」と「飛龍」、それに「隼鷹」からそれぞれ一二機の合わせて一〇八機の零戦を敵戦闘機掃討を目的としてすでに発進させていた。

 彼我の戦力差からいって、敵戦闘機隊が戦いを避けない限りは零戦隊の勝利は動かないだろう。


 問題は第二次攻撃隊の戦力配分だった。

 第二次攻撃隊は一航艦から零戦四八機に一式艦攻が一五六機、二航艦からは零戦二四機に一式艦攻が一二〇機の合わせて三四八機。

 なかでも、対艦攻撃能力を持つ一式艦攻をどの目標に割り振るかが問題だった。

 古賀長官が逡巡していた時間は短かった。

 やはり、セオリー通り空母を先に叩くべき。

 戦艦を優先して攻撃する道理は無い。

 そう考え命令を下す。


 「『翔鶴』と二航戦は左翼、『瑞鶴』と三航戦は右翼。中央の空母群は『神鶴』と一航戦がこれを撃滅せよ」


 敵の三群の空母部隊に対して、一式艦攻の数がなるべく同じ数になるように戦力配分する。

 このうち右翼と中央を叩く攻撃隊は一航艦と二航艦の混成飛行集団となるが、訓練で集散離合は繰り返し行ってきたから不安はなかった。

 このことで、左翼と右翼の空母群にはそれぞれ八四機ずつ、中央のそれには一〇八機の一式艦攻をもって攻撃にあたることになる。

 古賀長官の命令一下、第二次攻撃隊の零戦が、一式艦攻が次々に飛行甲板を蹴って大空へと舞い上がっていく。

 そんな頼もしい友軍機の姿に目を奪われる幕僚らに古賀長官は釘を刺すことを忘れない。


 「足元に気をつけろ。欧州ではUボートが有名だが、一方で英国の潜水艦もまたドイツやイタリア相手に猛威をふるっていると聞く。

 ドイツと違って英国はれっきとした海軍国、その潜水艦だ。その実力はUボート以上だと思え!」

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