掃滅艦隊 逆襲の三将星

蒼 飛雲

掃滅艦隊 逆襲の三将星

プロローグ

第1話 無念の空

 敵の双発戦闘機、その機体のシルエットからしておそらくはP38ライトニングだろう。

 双胴の悪魔の異名を持つ高速重武装の容易ならざる相手だ。

 その機体から吐き出されるすさまじい機銃弾の奔流にさらされる中、それでも主操縦員は必死の機体操作でそれを回避し続けている。

 素人でも分かる。

 良い腕だ。

 四方八方から撃ちかけられてくる火箭に対し、これまでのところその被弾を最小限に抑え込んでくれている。

 だが、同じ双発機でも攻撃機の一式陸攻と戦闘機であるP38とではその速力や運動性能があまりにも違いすぎる。

 しかも敵は複数。

 何機いるのかさえ分からない。

 そのP38が後方からひっきりなしに撃ちかけてくる。

 頼みの綱の後部機銃はすでにその発射音が途絶えて久しい。

 たぶん、やられたのだろう。

 機体が縦に横にと揺れ続ける中、男は瞑目したまま考え続けている。


 「自分はどこで間違えたのか・・・・・・」


 後悔ならいくらでもあった。

 昨年のミッドウェー海戦の折り、敵空母が周辺海域で活動しているという兆候をつかみながら当時の第一航空艦隊司令部にそれを伝えなかったこと。

 仮に伝えたところであのとき沈んだ四隻の空母が助かったかどうかは分からない。

 それでもあのような一方的な惨敗を喫することはなかったはずだ。

 真珠湾攻撃にしたってそうだ。

 帝国海軍内では大成功だったと評価されているが、あるいはあの攻撃こそが米国に航空機が持つ絶大な威力を再認識させてしまうきっかけになったのではないか。

 男の脳裏にああすればよかった、こうすればよかったという悔悟の念が次々に押し寄せてくる。

 その最中、機体に大きな衝撃が走る。

 窓の外が赤い。

 燃料タンクか、あるいは発動機そのものが燃え上がっているのだろう。

 そのことで機体が急速に沈降していく。

 操縦によって高度を下げているのではなく、おそらく出力が上がらないのだろう。

 赤黒い炎の向こうに大地が迫ってくる。


 「もはや、これまでか・・・・・・」


 絶望的なつぶやき。

 数瞬後、大きな衝撃とともに男は意識を失った。




 猛烈な低気圧だった。

 帝国海軍最大の巨躯を誇る二式飛行艇でさえ高度を維持し、真っ直ぐに飛ぶことが困難な有り様だった。

 その影響なのか、あるいは敵機動部隊の攻撃から逃れるために十分な事前点検もせずに急いで発進したためなのか、四基ある発動機のうちの一基が完全に停止し、さらにもう一基も出力が不安定だという。

 それでもベテラン機長の腕を持ってすれば、この絶望的な状況のなかでもダバオまでもたせてくれるかもしれない。

 彼は神にすがるような真似はしなかったが、それでも友軍搭乗員の腕には期待した。

 その彼は、連合艦隊司令長官になってまだ一度として大きな海戦の作戦指導の機会を得ていない。

 だから、祈る。

 なんとかしてこの状況を切り抜け、そして戦力を蓄えつつある新編の第一機動艦隊をもって米艦隊との決戦に臨みたいと。

 だが、空の神あるいは風の神は無慈悲だった。

 機長の必死の操縦もむなしく、二式飛行艇は力尽きるようにバランスを失い、そして海面に突っ込んだ。

 米艦隊との決戦を夢想した彼は、連合艦隊司令長官になってまだ一年と経っていなかった。




 すでに玉音放送によって戦争終結が発表されていた。

 日本は敢闘むなしく敗れた。

 無念ではあるが、だがしかし今後は誰も死なずに済む。

 それでも男は自分だけがのうのうと戦後を生きる、そんなつもりはなかった。

 自分は大勢の若者を特攻に送り出した、死ねと命令した組織の幹部なのだ。

 だから、男もまた先に散っていった若者らに続く。

 それは命令違反だ。

 軍人として問題がある、批判があるのは承知のうえだ。

 出撃の時、一〇機以上あったはずの彗星の姿はすでにどこにも無かった。

 ただ、あるのは次から次へと機銃を撃ちかけてくるグラマンの機体だけだ。

 操縦士は必死の回避操作で射弾を避け続けているが、もう長くはもたないだろう。

 最後の特攻隊として死はもとより覚悟していたが、それでも本音を言えば帝国海軍軍人として海の上で、出来れば長年研究を重ね情熱を注いできた戦艦の艦上で敵戦艦と刺し違えて死にたかった。

 そんな鉄砲屋の願望とも無念ともつかない想念の中、大きな衝撃が彼の意識を吹き飛ばした。

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