第30話 桜木玲とチームブラボーの逆襲
ドドドッ。ドドドッ。
銃声が轟いている。砂煙が舞い、どこからともなく怒号が飛び交う。
俺は身を潜めていた物陰から身長に顔を出し、周囲に様子を伺った。
……少し離れた廃墟に、人影。スナイパーか。
そう思った次の瞬間、俺の顔面すれすれに弾痕が刻まれる。
俺は慌てて顔を隠し、ぶるりと身を震わせた。
やべー、やべーよ。
隠れる場所は他にはなく、ここから出たなら、おそらくはヘッドショットを喰らうだろう。
しかし、ずっとここに隠れているわけにもいかない。そんなことで、勝てる勝負なんてない。
他の奴はどこへ行ったんだ?
俺は手許にある端末を操作して、仲間の現在位置を確認する。
俺と同じように、あちこちに点在する障害物に身を潜めているようだ。
そしてその全員が、身動きの取れない状態のようだった。
つか相手強過ぎじゃね?
こちらは二人が既にやられていた。俺を含め、生き残った奴は身動きが取れない。
この状況を作り出したのは、無論相手側だ。
手慣れた動き。相談から発射、武器の切り替えまで、俺たちはとは比べ物にならないくらいはやい。
相当な手練れだとすぐにわかった。こいつらに勝つなんて不可能だと。
どうすれば……。
俺は必死になって頭を巡らせた。どうにか、状況を打開する方法を探さないと。
このままではじり貧だ。そして相手はこちらより人数が多い。
今の状態でじっとしていても、すぐにやられてしまうだろう。
ここからどうにか、活路を見出さなくては。
そんなことを考えていると、ザザザッと通信が入った。
「こちらブラボーチーム。応援求む、応援求む」
切羽詰まった声だった。そりゃあそうだ。何せやられるかやられないかの瀬戸際だ。
けれども、俺ももう一人も、こいつを助けには行けない。
なぜなら、ここから出た途端にやられるからだ。すまん。
俺は背後にスナイパーの気配を感じつつ、心の中で謝罪する。
またもや通信が入った。
「待ってて、今から助けに……何ッ!」
驚愕に包まれた声。何だ? と思った瞬間、銃声と悲鳴がほぼ同時に響いた。
ぶつりと通信が途絶える。やられたんだ、とすぐにわかった。
これで残り二人。俺と……もう一人。
「……なあ」
俺は通信機の向こう側へと語りかけた。
何……とは返ってこなかったけれど、たぶん俺の言葉に耳を傾けているだろう。
「俺……この戦いが終わったら、結婚するんだ」
「べたべたなフラグ建設やめて!」
やっと返事が返ってきた。俺はそれににやりとする。
一、二、三……GO! と心の内で叫んだ。
勢いよく物陰から飛び出して、スナイパー目がけて一気に四発発砲する。
だが、たかだか拳銃一丁と俺のエイム力では、遠くにいる敵を倒すことはできなかった。
次の瞬間、俺のこめかみに鉛玉がぶち込まれる。
俺の体は後方に吹き飛び、身動きが取れなかった。何が起こったのか、すぐには理解できずに呆然とする。
ああ、やられたのか。
そう思えたのは、俺の視界にもう一人の仲間の姿が映ったからだ。
そいつは悲痛そうな表情で、俺を見ていた。俺はそいつに向かって、ぐっと親指を立てる。
「……諦めるなよ」
「け、健斗ーッ!」
俺の視界はブラックアウトし、やがて意識は消えてしまったのだった。
〇
ぐつぐつと煮えたぎるような熱気が室内を満たしていた。
俺こと石宮健斗は暑さからか、はたまた別の理由からか、だらだらと額から大粒の汗を流していた。
熱源が暖房器具ではなく、俺の恋人であるところの桜木玲であるのが主な原因であろう。
玲は大きな瞳を半開きにして、苛立たしげに腕を組んでいる。その姿がまた、威圧感たっぷりなのだ。……どれだけさっきの勝敗が尾を引いているのかがわかる。
「……なんで……なんで私は負けたの?」
「い、いやぁ……俺に訊かれても?」
いつもと比べ、数段階トーンの落ちた声で愚痴をこぼす玲。それに対して、俺はそう答えるのが精一杯だった。
みんなよくやったよ、だとか、次は勝てるさ、などの慰めの言葉はこの場合逆効果だと俺はよく知っている。玲の負けず嫌いは今の始まったことではないからだ。
俺は玲の機嫌を取らなくてはと考える一方、なぜこんなことになったのだろうと記憶を掘り起こす。
……昨日のことだ。俺と玲は五対五のオンライン対戦型FPSで全国の強敵たちと死闘を繰り広げていた。
他のチームメンバーは剛昌真人、四楓院梓。それに俺の妹だ。
妹と玲は普段からゲームをやり込んでいるだけあって、かなりの腕前だった。まず間違いなく、俺たちのチームの中でエースの二人だっただろう。
対して、真人と四楓院はというと、普段あまりゲームをしないのだろう。活躍こそできなかったものの、それなりに楽しんでいる様子だった。
俺はというと、まあどちらかといえば真人、四楓院よりだ。
それほどゲームの腕前はなく、かと言って二人と比べれば、まだましというレベル。
そこそこ戦えて、そこそこ生き残って。終盤に差しかかると、真っ先にやられるタイプ。
俺とて真人たちと同じように楽しめていたのだから、ゲーム自体は満足だ。
問題は玲と妹だった。
こいつらにとって、あの手のゲームは勝利こそ意味を持つらしい。
別段チームメンバーを罵ったりすることもなかったのだが。
勝てば喜び、負ければ悔しがる。妹はともかく、普段の学校での例しか知らない四楓院にとってはかなりの衝撃だったらしい。
ガッツポーズを決めたり、十分ほど再起不能に陥った玲を見て、何か得体の知れないものを見るような目をしていた。
真人もそれなりに玲のことを知っているはずだが、それでも玲のその様子に苦笑していたくらいだ。
なんというか……幻想を壊してしまった感が否めなかった。
なぜこの人選になったかというと、それは玲の交友関係の広さにあった。
桜木玲といえば、学内では知らない者などいないくらいの有名人だ。
勉強やスポーツなどをそつなくこなし、それでいて偉ぶったりお高く留まったりすることなく、誰にでも優しく親切。
おまけに顔もスタイルもすべてにおいて卓越していた。所作の一つ一つも楚々としていて、それが透き通るような白い肌と艶やかな黒髪と相まって、まさに大和撫子を体現したような奴だ。
そんな俺の恋人、桜木玲。最初はかなり現実感がなかったのだが。
今ではすっかりあの頃の面影はなく、それどころか現在、俺の前で敗北の悔しさからか悶絶していた。
「まあ、勝つこともあれば負けることもあるさ」
特にあの時は俺を始め、真人や四楓院もいなからな。あの二人に関しては普段あの手のゲームはまったくしないらしいから、猛者ぞろいのオンライン対戦で十戦中五勝できたのが不思議なくらいだ。
「……それは、わかってるけれど」
玲はもんどりうつのをやめて、悔しそうに俯いていた。
その姿が叱られた犬か猫みたいで、俺は思わず玲の頭を撫でていた。
「ま、次は俺ももっと頑張るから。今はそれで手を打ってくれ」
「……わかった。健斗がそういうのなら」
「悪いな」
少しは機嫌が直ったようだ。玲の表情が若干柔らかくなった。
それを見て、俺はほっとする。なんと言っても、俺としては玲には笑っていてほしいから。
もし次に対戦することがあったなら、今度こそ勝ち星を取ってやろう。
内心でそう決心して、玲の頭を何度か撫でた。くすぐったそうにする玲の表情が段々ほぐれてきたので、こちらもほんわかとした気分になった。
「んじゃ、この後何する?」
「えーと……じゃあゲーム」
「え? ああ、まあいいぜ。何すんだ?」
「ええとね、これ」
そう言って取り出したのは、軍人らしき男が銃を構えているパッケージのゲームだった。
タイトルにもうFPSって書いてあるし……そうとう引きずってるな。
俺は玲の負けず嫌いにふっと笑ってしまった。まったく、なんなんだこいつは。
かわいいか。
「いいぜ。ま、俺も負けっ放しじゃあれだしな」
「でしょう? せめて私たちがリードしないと」
私たち、というのは俺と玲と妹のことだろう。残りの二人はおおよそ数合わせ程度の意味しか持たないと、まあそういうわけだ。
とはいえ、あれはあれで楽しかったんだけれど。
俺は昨日のことを思い出して、苦笑する。
真人のリアクション。四楓院の苛立ちよう。あれは笑えた。俺も似たようなものだったけれど。
シンと静かだったのは、玲と妹くらいだ。二人だけは真剣に、黙々と相手をキルしていたな。
玲がディスクをゲーム機にセットする様子を眺めながら、俺はぼんやりとそんなことを思う。
「さあ、ゲームを始めよう」
何かのアニメのせりふなのだろうか。玲が妙に気取った声で言う。
何のアニメなんだ? 俺にはわからなかったが、楽しそうで何より。
それから、俺と玲はひとしきりゲームをして遊んだ。
もちろん、全部俺の敗北だったのだけれど。
〇
翌日のことだった。どことなく玲の顔色が悪いような……気がした。
「……大丈夫か?」
「え? ああ、うん……大丈夫だよ」
玲はにこっと微笑んでいたが、相変わらず顔色は悪い。全然大丈夫なようには見えなかった。
目の下にくまなんてできて……くま?
「まさか、昨日夜遅くまでやってたんじゃ……」
「うん……なかなか寝かせてくれなくて」
そのせりふだけ聞くとなんかエロいことしていたんじゃないかと思うが、玲に限ってそれはないだろう。
現実的なのは、夜遅くまでゲームをしていたことだ。
「夜はちゃんと寝ないとだめだろ」
「わかってるんだけれど……」
言いながら、くあ……、とあくびをする玲。本当にわかってるのか?
俺から視線を外し、はあと溜息を吐いた。
「それで、一体何のゲームをしていたんだ?」
「ええと……この間みんなでやったの覚えてる?」
「ああ、覚えてるぞ。あのFPSゲームな」
「あれ」
眠そうに目許を擦りながら、玲が答えてくる。なるほど。
あれのことなら、よく覚えている。何せ俺たちが敗北を喫したゲームだ。
ま、あの場で悔しがっていたのは玲と妹だけなのだが。
俺も真人も四楓院も、それほどあのゲームに対して真剣に打ち込んでいたいわけではないから、それほど精神的なダメージもない。
「確かあれ、五対五のチーム戦だったよな?」
「うん。マッチング昨日つきで、オンラインでランダムにチームが組まれるモードがあるから」
それをずっとやっていたというわけか。どんだけ根に持ってんだって話だ。
俺は呆れ半分、尊敬の念半分といった心持ちだった。
「……えっと、呆れちゃった?」
「いいや。……ただまあ、すげーと思っただけだ」
いい意味にしろ、悪い意味にしろ、な。
たぶん俺だったら、そんなふうには思えないだろうから。
「だからってまあ、夜更かしは感心しねぇけれどな」
「わ、わかってるよぉ……」
なんて眠そうに言われたところで、説得力なんてないけれど。
「それで、どうだったんだ?」
「え? ええと、何が?」
「何がって戦績に決まってんだろ?」
「ああ……うん。まあ……」
「……玲?」
ずいぶんと歯切れの悪い言い方だった。
どうしたんだろう? 負け越したのか?
「ま、あんまり芳しくなかったからって落ち込むなよ」
「べ、別に落ち込んでなんか……だた」
ただ……、その後のせりふはなんとなくわかった。
どうせ、このままでは終われないとでも思ったのだろう。それからずっと、勝ち越すまで続けたに違いない。
「まったく……しょうがねぇ奴だな」
「だ、だって……しょうがないじゃん」
「……まあそうだな」
俺は玲の頭にポンと手を置いた。玲は嫌がる素振りもなく、俺の成すがままだ。
「あの日から……ずっとだめだめなんだよ、私」
「ああ、わかってる」
なんだかすごく深刻そうに言っているが、あの日とはつまり俺、玲、真人、四楓院、妹の五人で対戦した時のことだ。
見事にやられたものだな、あの時は。やられた直後はそりゃあ悔しかった。
それでも、時間が経てばなんてことはない。俺は玲や妹と違ってゲーマーではないからな。
そういえば、妹もあの日以来、FPSを割合多くやっている気がする。もうちょっと勉強しろよとか、年頃の娘がずっと家の中で過ごしているのはどうなんだ? とか思わなくもなかったけれど、言っても無駄なので言わないでおいている。
お陰であいつも寝不足気味だ。覚束ない足取りで学校へ行っているのを何度も見た。
……ったく、玲も妹も、ゲーマーって奴はなんでそうしょうがねぇんだろうな、本当。
俺はくすりと苦笑していた。
「なあ、玲……ちょっといいか?」
「何? どうしたの?」
「いや……放課後はちょっと寄り道して帰ろうぜ」
「え? あっ……でも私帰って用事が」
「用事っておまえ……」
どうせ一発で相手を倒せるよう練習するんだろ? わかってるぜ、俺は。
「何にだって気晴らしは必要だ。ずっと根詰めてやってたって仕方がないだろう?」
「うっ……それはそうだけれど」
ビンゴだ。桜木玲検定があったら、俺は余裕で百点を取る自信がある。
「決まりだな。さて、どこへ行こうか」
「もう……強引なんだからぁ……」
ぶつくさと呟く玲は、しかし言葉とは裏腹にどことなく顔が綻んでいた。
なら、別にいいや。
俺は玲の言葉を半分以上聞き流して、上靴へと履き替える。
玲と別れ、自分の教室へと向かう。と、そこにはいつもと同じメンツが揃っていた。
〇
そして放課後。俺と玲は約束通り、真っ直ぐ家に帰ったりせず、ぶらぶらと街中を歩いていた。
さて、どこへ行こうか。そう考える。
完全に無計画のノープランだった。だからだろうか、見えるものすべてに興味が移る。
「……玲、どこか行きたいところはあるか?」
「んー、どこでもいいよ?」
「どこでもいい……か」
しかし、俺は知っている。女子の言うどこでもいい、はどこでもいいではないと。
あれは何だっただろうか。玲から借りたゲームにそんなシーンがあった気がするのだけれど。
俺は過去の記憶を思い出そうと、苦戦した。
ひとしきり唸った後、ハッとする。
思い出した。……ここは選択肢をミスってはいけない部分だ。
「ええと、じゃあ映画でも見ていくか?」
「映画……いいよ」
ふと目の前にあった映画館を指差して訊いてみた。すると、玲はすんなりと了承してくれた。
よかった。……次だ。
次は何を見ようかということになる。
今上映されているのは五作品。
恋愛映画。アクション映画。ホラー映画。香港映画。アニメ映画。
この中で玲が喜びそうなのといえば……全部だな。
俺はちらりと玲を見やった。玲はといえば、じっと眼前を見つめている。
真剣な眼差しだった。果たして何を見たいと言うのだろうか。
俺はどんな映画だったとしても、玲の好みに合わせるつもりだ。だが、どうせなら恋愛映画かアクション映画にしてほしいところだ。
「何かみたいなのあったか?」
「ええと……じゃあこれ」
と、玲が指さしたのはアニメ映画だった。俺が望んでいたのとは違うが、まあホラー映画よりは怖くないだろう。
内心でほっと胸を撫で下ろす。最近知ったことだが、どうやら俺はホラーが苦手らしい。
それは玲も気がついているのだろう。俺に気をつかった結果かもしれないが、とりあえずは一安心だ。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「うん。行こう」
俺たちは連れ立って映画館へと入って行った。
平日の夕方ということもあって、俺たちの他にあまり客はいなかった。
大抵は大学生くらいのカップルが中心で、残りは俺たちと同じように放課後に映画を見ようとしている部活動もろくにしていないような暇な中高生だった。
それでも大半は学校が終わったら家に帰ったりするのだろう。二十人もいない映画館は、どこか閑散とした雰囲気だった。
俺たちは受付に行き、支払いを済ませる。チケットを受け取り、現在時刻を確認した。
まだ、上映まで十分ほどあった。……どうしよう。
「どうする、玲?」
「うーん……じゃあ飲み物でも買ってようよ」
「だな」
玲の提案通り、俺たちは飲み物を買うことにした。
飲食の列に並ぶと、案外時間がかかりそうだと思った。
何せカウンターの奥にはレジ、品物を渡す係なんかを合わせても一人しかいなかったからだ。
いくらなんでも、全部を一人でこなすのは大変なんじゃなかろうか。
俺はカウンターの奥で忙しなく動き回っている彼の様子を目で追いながら、考える。
下手をすると、飲み物は諦めなくてはならないかもしれない。
そんなことを考えながら順番を待っている。と、予想よりだいぶはやく俺たちの番が回って来た。そのことに安堵する。
俺はメロンソーダを買い、玲がアイスコーヒーを注文する。
俺たちの頼んだものは割合簡単なものだったらしく、一つ前の二人が頼んだものよりはやく出てきた。
上映五分前だ。よかった、間に合いそうだ。
俺と玲は互いに見合わせ、笑顔を向け合う。
「よかったね、健斗」
「ああ。なんとか間に合ったな」
俺たちは指定された部屋の指定された席へと向かう。
それから上映終了まで、俺たちは黙って映画を見ていた。
まあ……なかなか面白かったと思う。
〇
映画館から出ると、大きく伸びをする。二時間以上同じ体勢だと、やっぱくるな。
パキパキッと背骨が鳴る。その音を聞きながら、俺はまた別の個所を伸ばしていた。
「さて、それじゃあこれからどうするか」
本来ならここで解散がいいのだろう。けれど、玲はまだ帰りたくなさそうだった。
久しぶりのデートだからだろうか。それとも何か別の要件があったりとか?
などと考えていると、玲の視線がすぐ隣へと釘づけになっていることに気づいた。
「どうしたんだ……? ゲーセン行きたいのか?」
「え? ええと……」
玲の視線を追って、その先にあるゲーセンを見やる。と、玲は慌てて視線を逸らした。
別に逸らさなくてもいいのに。
「べ、別に私は……あーでも、健斗がどうしても行きたいっていうのなら」
「ええ……」
まさかそうくるとは思わなかった。
俺は困惑して、一瞬黙り込む。果たして、何と言ったら正解か。
数秒考えた後、俺はこくんと頷いた。
「ああ。じゃあ行こうぜ」
俺は玲の手を取って、隣でにぎやかにしているゲーセンへと入って行った。
「おお、ここは初めて来たけれど、結構広いなぁ」
「そ、そうだね……」
映画館併設のゲーセンなんて大したことないと思っていた。考えを改めなくては。
俺は施設内部をぐるんぐるんと見回し、感嘆した。
「何つーか、イメージとだいぶ違うな」
「はは、どんなイメージだったの?」
玲が笑った。ので、俺もつられて笑ってしまう。
「いや、何つーかさ、メインは映画はわけじゃん? だったらもっとしょぼいかと」
「しょぼいって……ここは結構品揃えも豊富だし、楽しいよ?」
などと、玲の口から常連みたいなせりふが飛んでくる。
俺はそのことには触れず、さてどれで遊ぼうかと台を回っていく。
「何かやってみたいのとかあるか?」
「え? ええと……そうだなぁ」
困ったような、考え込むような玲の顔。眉間に皺を寄せ、うむむと真剣に悩む姿は可愛い。
「じゃあ……これ」
「これ……よし、任せろ!」
玲が指さしたのは、二十年以上前から続く人気アニメのぬいぐるみだった。
全身をほぼ淡色で統一した、電気を発するねずみだ。
俺は腕まくりをして、筐体に硬貨を投じる。
全部で六回分だ。さあ、やってやるぜ。
気合を入れ、アームを操作する。ここぞ、という位置で離し、効果ボタンを押す。
アームが下降し、ぬいぐるみを掴んだ。よし、いけるぞ。
俺は内心でガッツポーズを取った。一発で取れるとか俺天才なんじゃね?
「ぬぁ!」
「あーあ……」
などと調子に乗っていたからだろうか。ねずみはアームから抜け落ち、元の位置に戻った。
「ま、そんな一発ではうまくいかないよ」
「くっ……大丈夫だ。まだ五回あるからな」
「がんばれー」
玲の応援が耳に届く。俺はそれを受け、がぜん操作レバーを握る手に力を込めた。
が、最初に続いて二回目、三回目もスカッといった。
む、難しい……。
もっと自分はできる奴だと根拠もなく思っていたのだが、それは間違いだったようだ。
く、くそぅ、悔しいぜ……!
そして五回目……もだめだった。後一回しかない。これで取れなかったら俺、また金を入れそうだ。
それがそんなことを思っていると、とんとんと肩を叩かれた。まあ当然玲しかいないけれど。
玲はにこっと微笑みつつ、自分の顔を指差していた。
「私もやっていい?」
「え? ああ、いいぜ。どうぞ」
俺は玲のために場所を開ける。とはいえ、後たったの一回だ。
それで取れるほど、このゲームは甘くない。果たしてどうするつもりなのだろうか。
俺が見守っていると、玲はレバーを手に握り、真剣な眼差しで筐体内部を凝視する。
「……なるほど」
呟くと、玲の右手が唸った。
アームを移動させ、黄色のねずみの上へと巧みに持ってくる。下降ボタンを押し、アームを下に下げる。
今度はがっしりとねずみを掴んだ。そのまま危なげなく、景品が吐き出される。
「……すげ」
「ふふん、ざっとこんなものだよ」
玲は得意げに言うと、ねずみを取り出して腕に抱いた。
胸の前にぬいぐるみを抱いて笑顔を向けてくる玲。この光景を切り取って、永遠に眺めていたいと、そう思わせてくれる一コマだった。
「なんか悪いな。俺がとってやるつもりだったんだが」
「いいっていいって。ちゃんと取れたからね。それに」
玲が一瞬言い淀む。何か言いたげにしているが、もじもじとしていてなかなか次の言葉が出てこない。
しばらくして、玲はねずみに顔を埋め、上目づかいに口を開いた。
「……私のためにがんばってくれたの、嬉しかった」
「っ……!」
うっ……、と一瞬息が詰まりそうになった。なんだこれ、可愛すぎだろ。
俺は玲に背中を向け、背後の筐体に手を吐いた。
「はぁはぁ……反則だ」
「ど、どうしたの、健斗? 大丈夫?」
玲が本気で心配してくるのがわかった。まじで可愛い。天使だ。俺の天使。
俺はダイジョブと手で制した。鼻血は……出ていないな。
よかったと安堵する。これで鼻血なんて出ていた日には、きっと二、三日は玲とまともに口を利けないだろう。
それはまずい。非常にまずい。というか嫌だった。
俺はすぅーっと息を吸い、そして吐いた。
「も、問題はねぇよ。それで、次は何をする?」
「ええと……ああ、あれは?」
玲が指さした先を見ると、そこにはガンシューティングゲームの筐体があった。
拳銃型のコントローラーを使ってゾンビを倒していく、ゲーセンにはよくある奴だ。
ただし、極めてFPSゲームに近い形なのが引っかかる。どうするべきだろうか。
俺はむむぅ、と考えた。FPSのやり過ぎだからここに来たというのに、そこでもまた同じようなゲームをする。これはあれだ、本末転倒って奴だ。
俺はちらりと玲を見やった。玲はうるうるとした瞳で俺を見ている。
いやいや、そんな顔をしないでくれよ。
俺は内心でそう思ったが、口にはしなかった。
ふぅと息を吐く。
「わかった……行こう」
「わぁい、ありがと!」
まるで幼女のように喜ぶ玲。第一、俺に本気で玲を止める術なんてないのだから、構わず行けばいいのにと思わなくもなかった。
だが、まあ玲だって俺の心づもりを察してくれていたのだろう。ここまで何も言わなかったのだから。
それに、同じFPSといっても操作方法やゲームの設定、その他もろもろ全部違う。
まったく話にならないだろう。
俺たちはガンゲーの筐体へと向かうと、それぞれに銃型のコントローラーを手に取った。
百円玉を三枚投入して、いざスタート。
「おお、結構作り込みすごいね」
玲が楽しそうに笑う。
確かに、ゲーセンの筐体にしてはなかなかの作り込みだった。
迫りくるゾンビを打ち倒して行くだけのゲームだったが、それが割合難しい。
ヘッドショットなら一撃で倒せるが、それ以外だと何発か当てなくてはならない。
当てる弾の数は部位によって異なるが、大体四、五発ほど。十二発で弾丸を打ち尽くしてしまうので、すべて出し尽くしてしまったらリロードが必要だ。
そうしたあれこれをやっている間にもどんどんと敵が迫って来る。
無数の敵をかいくぐり、建物内からの脱出を目指すというのが、このゲームのコンセプトのようだ。
「くそ……当たらねぇ」
さっきから何度も引き金を引いているが、五発中三発は外してしまう。
まるで、ゾンビが俺の攻撃をかわしているかのようだ。
俺は歯噛みしながら、何度も打つ。もはや闇雲だった。
ダンダンッダンダンッ。迫力の欠片もない銃声が轟く。このあたりはやはりゲーセンクオリティだ。
「ええい、何でだよ!」
「はははははは!」
隣で玲が哄笑を上げつつ引き金を引いていた。そしてそのすべてがことごとくゾンビの掉尾に正確にヒットする。
普段、玲がやり込んでいるゲームならそりゃあわかるが、このゲームはそれほどでもないはずだ。なのにどうして……?
俺はちらりと玲の画面を見やった。とはいえ、二人同時に同じ地点からのスタートなので俺の画面とさほど変わらない。
ゾンビの数や、やって来る方向。ロッカーの中から突然現れるという演出。
その全部で俺と同じはずだった。なのになんだ、この差は。
俺は愕然としつつ、引き金を引く。なんとなく悔しい。後腑に落ちない。
「なんでそんなに当たるんだ!」
「ふふーん、何でかなぁ?」
玲の得意げな顔が視界の端に映る。
俺は負けじと引き金を引いた。ダンダンッと銃声が響く。それでもヘッドショットにはならなかった。一体に最低三発を費やし、何度も何度もリロードを繰り返す。
だからだろう。スコアに明確な差がついていた。くそ。
「よっし、これで最後!」
ダァンッと玲が最後の一匹を打つ。奇麗な弾筋で、玲の放った弾丸はゾンビの眉間に風穴を開けていた。
そして玲が建物の外へと無事脱出する。俺はというと、あちらこちらから押し寄せてくるゾンビの群れに押され、やられてしまった。
軽快なBGMが流れる玲の画面とは裏腹に、GAMEOVERの文字が躍る俺の画面。
がっくりと項垂れる俺へ、ポンと玲が手を置いた。
「ま、どんまい」
「ぐ、ぐぬぬ……」
たかがゲームだ。なんということはない。
そう思ってはいても、悔しいものは悔しいのだった。例え相手が玲だったとしても。
「おまえ……どんだけこのゲームやり込んだんだ?」
「やり込んだ……というほどのことはないけれど、はまっていた時には大体一日四、五時間くらいやってたかな?」
「五時間だと……」
俺は急に肩の力が抜けるのを感じた。
それは勝てないわけだ。俺もそこそこゲームはする方だと思っていたが、相手が玲じゃあなおさらだな。
俺は「ははっ」と乾いた笑いを漏らして、上体を起こす。
なぜわらったのだろう、と自問する。別に勝負というわけでもないのに勝手に勝負にしていたからだろう。
俺は、いつの間にか玲の負けず嫌いが感染ってしまっていたようだ。
まあ、だからといってもう一度とは言わないけれど。またやったとして、今度こそ勝てると自信を持って言えるわけじゃないからな。
「私の勝ち」
ピース、と嬉しそうに勝ち誇る玲。素人に勝ってそんなにうれしいか、と言いたかったけれど、言わなかった。負けは負けだ。
今度から、時間がある時は自主練習に来よう。そう決心した。
「さてと……この後どうしよっか」
「そうだな……」
ひとしきり勝ち誇った後、玲がくるりと背後を見回す。
自動ドアの向こうは、そろそろ夕方も終わりを告げようとしていた。
黄昏時……というのだろうか、こういうのは。
夕日が差し込んでくるので、思わず目を細める。なんだか不思議な感じだ。
普段の俺たちなら、家の中でゲーム三昧だから、こうして外の光を浴びることはほぼない。
不思議な感じだった。なんというか、奇妙だ。
夕日を浴びながら、俺はふとそんなことを思った。奇妙……それこそ奇妙だ。
「ま、いい時間だしそろそろ……」
帰ろうか、と言おうとしたところで、俺は言葉を詰まらせた。
理由としては……目の前に変な子供が現れたからだ。
「……全然だめだな」
そいつはむすっとした表情で、俺たちの前へと立ちはだかる。
「……なんだおまえ?」
「全然だめだなって言ったんだ」
「いや、そんなことは訊いてねぇよ。何なんだおまえ?」
「あんたこそなんだ、その下手くそな腕は。馬鹿にしているのか?」
少年がぎらりと俺を睨みつけてくる。その眼光があまりに鋭かったので、俺は思わずたじろいだ。
「突然なんだ……つかおまえにとやかく言われる筋合いはねぇよ」
「悪いな。しかし俺はあんたのその腕がいたく気に入らない。まったく、こんな素人がなんでこれをやってんだか」
「ああん?」
なんなんだこいつ。見た感じ中学生か。なんとなく見たことのある制服だな。
ああ、妹と同じ中学の奴か。なるほど。
「おまえ、けんか売ってんのか?」
「あんたこそ、さっさとそこ退いてくれない?」
「んだと? 今何時だと思ってんだ。ガキはさっさと帰れや」
「お兄さんだって高校生でしょ? 似たようなもんじゃん。とやかく言われる筋合いはないよ」
「ああ言えばこう言う」
「お互い様だね」
中坊はぎらりと俺を睨みつけてきた。ので、俺も睨み返す。
けれども、こちらとしてはこういう雰囲気になるのはあまり慣れていない。できることなら、さっさとこの場から立ち去りたかった。
しかしここには玲もいる。なかなかそういうわけにもいかない。
玲の前で格好悪いところは見せられないだろう。
と、いうわけで俺は今、絶賛怖がっていた。
なんだ? 今時の中学生ってこんな感じなのか?
俺は最近の中坊に対して苦手意識を持ち始めた。何だろう……前にあった妹のクラスメイトって奴はそれほどでもなかったのに。
……ってな感じで俺が内心ビビりつつ、バチバチとそいつと睨み合っていると、ごほんと玲が咳払いを一つした。
「あー、ちょっと待って」
言いかけて、玲が言葉を詰まらせる。俺はともかく中坊に睨まれたからだろう。
が、玲はぐっと堪えて、また小さく咳払いを一つ。
「君は一体何を言っているのかな?」
にこっと微笑む玲。相手が中坊だからか、言い方がかなり柔らかい。
それでも、どことなく怒っているなという印象はあった。
「君、今の言い方はちょっと失礼じゃないかな?」
「何? 年上だから敬えとか敬語使えとか、そういうこと言うの?」
「まあそれが常識なんだけれど」
「はっ」
中坊は玲の言葉を鼻で笑った。軽く肩をすくめ、明らかに小馬鹿にした様子だった。
「今時そんなことでマウント取ろうなんて」
「ま、マウントなんて……ただ私は」
「僕はあんたたちを敬う気持ちなんて全然ないんだけれど。どうして僕より腕の劣る奴を敬えって言うんだ。わけがわからないよ」
QBみたいなことを言うガキだな。一体どんな教育を受けてきたんだ。
「おまえのゲームの腕がどれほどかは知らんが、友達いないだろ?」
「友達なんていらないさ。人間強度が下がるからね」
これまたどこかで聞いたようなせりふだ。だいぶこじらせてるな、こいつ。
俺はここまでの会話でなんとなく、こいつはそれほど悪い奴じゃないような気がしていた。
まあ、思春期にはよくあることだ。そして脱した時に苦労する。
俺にはまったく覚えがなかったけれど、しかしアニメなんかでこの手のキャラは存在する。
可哀想だと思う。……強く生きろよ。
それはそれとして、だ。
「おまえの言い分はわかった。だが、玲に言った数々の無礼な発言、そいつは謝ってもらう」「まさか。だって僕は間違ったことなんて言っていないからね。謝罪する理由がない」
「本気で言ってるの、君」
さすがに玲も苛立ってきたのか、言葉の端々に棘が混じり始める。
それでも相手はたかだか中坊だ。穏便に済ませたい。
今は大抵のことが問題になる世の中だ。高校生が中学生を相手にけんかしたなんてことになったらそれだけで大問題になる。
俺だけならまだいいが、玲もいるからな。
俺は苛立ちを堪えつつ、はーっと息を吐いた。
「別にいいさ。俺たちはおまえとけんかなんてするつりもは「だったら!」
ファッ!
俺は思わず中坊から視線を外し、玲を振り返った。
俺の言葉を遮るようにして放たれた玲の声。それが、意外なせりふを続ける。
「私と君が勝負して、私が買ったら謝ってもらうと言うのはどうかな?」
「へぇ……僕とお姉さんが?」
中坊の瞳が興味深そうに細められた。何がおかしいのか、頬が若干つり上がっている。
「いいよ。ま、勝つのは僕だけれど」
「……まあ、それはやってみてのお楽しみってことで」
バチバチバチィッと、今度は玲と中坊の間で火花が散った。俺の時とは比べものにならないほどだ。
俺は玲の促され、ガンコンを中坊に渡す。中坊は俺から乱暴にガンコンを受け取ると、わざとらしく構えて見せた。
「勝負は一回勝負でいいね。どちらが先に脱出できるか、そのタイムで競う」
「いいよ。……あっ、ハンデとかいる?」
「くく……いらないよ。なぜなら勝利の方程式は既にそろっているからね」
「…………」
うわー、痛い痛い痛い。俺だって中学時代ここまで痛い奴じゃなかったぞ?
中坊と玲が同時にコインを投じる。ほぼ同時にカウントダウンが始まった。
ワン。
ツー。
スリー。
バキュンッという合図とともに、二人が一斉にスタートする。
奇しくも、先刻まで俺と玲がやっていた場所からのスタートではなかった。
というかこのゲーム、スタート地点って毎回変わるんだよな。ゴールの位置は変わらないけれど。そのお陰で、その時々によってゴールから近かったり遠かったりするから大変だ。
そしてこの場合、中坊のスタート地点はゴールから近い位置にあった。
こればかりはゲームの仕様上のことだから、仕方がないと諦める他になかった。
だけれど、これで勝った負けたを判断するのにはいささか無理があるように思う。もし仮に玲が脅威のスピードで中坊に勝ったとしたら、それは文句なく玲の勝利なのだが。
などと、俺が一人勝手にハラハラしている間にも、玲と中坊双方ともに確実に敵に対してヘッドショットを決めていく。タイムは今の時点で俺の倍以上はやい。
だからこそ、スタート地点がものを言う。玲と中坊のスピードはほとんど互角だ。なら、単純にゴールまでの距離が短い方が有利に決まっていた。
「くくく」
中坊が不敵に笑う。こんなことで買った気になれるのか。何なんだこいつは。
俺は中坊に対してまた苛立ちを覚えていた。とはいえ、俺が変わったところで負けは確実だ。
例えこんなことがなかったとしても、だ。
「ははは、お姉さんどうしたの? 遅いよ?」
バンバンバンッ。ガンコンの引き金を引きながら、高笑いを上げる中坊。
だけれど、玲はそんな中坊の煽りに乗ることはなく、冷静に敵を一体ずつ驚異的なスピードで屠っていく。
……と、次の瞬間だった。
「んなにぃ!」
中坊が驚きの声を漏らした。何だ? とそちらの画面を見ると、道が塞がっていた。
何があったんだ? と思うまでもなく、次の瞬間に画面全体が揺れる。それにより、中坊の操作キャラが足を止める。
「何が……」
「あれれ? 知らなかったの?」
その様子を横目に見ながら、玲は勝負が始まって初めて口を開いた。
「このゲーム、一定の確率で地震が起きるんだよ。つまり、敵はゾンビだけじゃないってこと」
「な、何……! そんなのってあるか!」
中坊が叫ぶ。が、そんなことをしたところで画面内の揺れは収まらない。
「確かに、普通ならゴールの近い君の方が圧倒的に有利だけれど。でもそれは当然製作段階でわかり切っていたことだった。だから、運営としては公平性を出すためにゾンビの強化やそうした外部要因を付与したんだよ」
「なんでそんなことを知って……」
と、中坊が絶望したような表情で玲を見つめる。その間にも、玲は次々とゾンビを蹴散らし、屋上のヘリポートへと向かって行く。
やがて、中坊と同じエリアへと到着した。けれども、玲の画面では地震や建物の倒壊は起こっていない。ただゾンビを駆逐していくだけでいい。
「こんなこと、公式のHPを見ればすぐにわかることだよ」
なんてことないことのように、玲が言う。中坊は悔しげ歯噛みした。
やっとのことで、中坊の画面の揺れが収まった。が、玲は既にヘリポートまで後一息のところまで差しかかっていた。
ここからの逆転は難しいだろう。
そして案の定、勝負は玲の勝利で幕を閉じた。
「……あ、ああ……僕が負けるなんて」
負けたことがよほどショックだったのか、中坊は画面を凝視したまま、がっくりとその場で膝を突いた。大きく口を開け、魂が半分抜けたようになっている。
「さてと、約束通り」
にぃっと、玲の表情が歪んだ。あまりお目にかかることのない、レアな玲の表情だ。
「ああ……わかって……わかってます」
おおう、急に敬語になるなよ、気持ち悪い。
「僕が悪かったです。……ごめんなさい」
中坊が俺たち……というより玲に対して謝った。たぶん俺に対する謝罪はないんだろうなぁ。
「ま、いっか」
俺はとりあえずそれでよしとすることにした。相手はたかが中坊だ。
玲はといえば、何か言いたそうだったけれど、俺の意思を尊重してか、何もいわなかった。
以心伝心とは、このことだろう。
とりあえずはそれで、その場は収まった。一応、めでたしめでたしだ。
〇
「……ええと、何だこりゃ?」
俺は目の前の光景に、思わず首を傾げた。
「え? 何ってそりゃあ私たちの新しいチームメイトだよ」
「チームメイト……」
「何だよ……」
俺が視線を玲からそいつへと向ける。そいつは睨むようにして、俺を見返してきた。
大体二日前くらいに会った、あの中坊だった。玲の部屋にどっかと居座る姿は、俺にとってあまり心地いいものじゃなかった。
例え中坊といえども、玲の部屋に別の男がいる。これを許容できるほど、俺はできた人間ではない。
とはいえ、こいつは玲が招いたのだ。いわば客というわけで。
ということはあまり無碍にもできない。それにまあ、玲のことだからどうせ大したこともないだろう。
「それで、何でこいつがいるんだ?」
「……僕に聞くな。お姉さんに訊ねればいいだろ」
「それはそうだ。……なぜなんだ、玲?」
「ふふーん、それはねぇ」
玲が得意そうに鼻を高くした。ええと、なぜ?
俺と中坊が玲の言葉を待っていると、そのタイミングでインターホンが鳴った。
「え? 誰だ……?」
とはいえ、玲が家に招くメンツなんて知れている。学校内で知り合いは多いが、家に招くとなれば話は別だ。
大体の顔ぶれを想像する。と、俺たちへの説明もそこそこに玲がたたたーっと玄関の方へと駆けて行った。
「……なんなんだ、ありゃあ?」
「僕が知るはずがないだろう。それよりあれ、お兄さんの彼女じゃないの?」
「あれとはなんだあれとは。口を慎め」
「はいはい。僕が悪かったよ。それより……」
中坊は肩をすくめ、相変わらず痛々しい動作でもいって俺を制した。
「どうして僕はここに連れて来られたんだろう? ……なんてお兄さんに言っても無駄か」
「残念ながらな。とはいえ、大方の想像はつく」
「そうなの?」
「ああ」
などと俺と中坊が話していると、玲が来客を伴って戻ってきた。
来客の顔ぶれは、俺の予想通りだった。
真人、四楓院、妹。先頭に玲が立ち、三人を招き入れている。
「おお、健斗、おまえも来てたのか」
「ああ。つかおまえら……特におまえも来たんだな」
「残念ながらね。桜木さんが玲のゲームで逸材を見つけたって言うから」
「逸材……」
俺は中坊を振り返った。
逸材……ねぇ。まあこの前のあれに関してはすごかったけれど。
と、俺が勝手に回想していると、ふとした違和感を覚えた。
「……どうしたんだ?」
「な、なんでもない」
ふいっと中坊が俺から顔を逸らす。というか、三人の方を見ようとしなかった。
三人、というより、誰か一人を、と言った方が正解か?
俺は中坊と妹、二人を交互に見比べた。……そういや、二人は同じ中学だったな。
え? ええと……まさか。
「え? おまえまさか妹のこと……?」
「ち、ちち違う!」
俺が中坊に顔を近づけ、こそこそと訊ねると、中坊は大声で即時否定した。
いや、そこまで言わんでも。
俺はちらりと妹を見やった。けれども、妹はうるさそうにこそしていたが、中坊に対して興味はなさそうだった。
「別におまえが誰を好きでもいいが、妹だけはやめておけ」
「だから違うって言ってるだろ!」
中坊がきっと睨みつけてくる。その顔は恋い焦がれるというよりは恐怖に近かった。
なんだか、本気で違うようだ。なら、あまりいろいろと言うものではないな。
俺はそれ以上茶化すのをやめ、妹と中坊を交互に見やる。
「わかったから。なんでそんなにぶるぶる震えてるんだ?」
「ふ、震えてなんかないやい! これはその……ええと」
うまい言い訳が思いつかないのだろう。それとも、思考がうまく働いていないのか。
どちらしても、それほど俺からしたらそれほど変わらない。
中坊は妹へと畏怖の視線を向けたまま、震える唇を開いた。
「……お兄さん、石宮さんのお兄さんだったの?」
「え? ああ、まあな」
「くっ……兄妹揃ってなんて卑怯な」
「は? ええと、話が見えないんだが」
「僕は……彼女に味わわされたあの屈辱を忘れない」
中坊は下唇を噛むようにして、何かに耐えていた。ええ……一体何をしたんだ、妹の奴。
俺はかなりに気になって、突っ込んで訊ねようとした。が、ポンと肩に手が置かれたので振り返る。
「こそこそとどうしたの? 健斗たち、仲いいね」
それはこちらのせりふなのだが、今はいいや。
それより、この集会の理由……は大体想像がつくけれど。
「またあのゲームか?」
「もちろん。だってやられたままじゃ悔しいじゃない」
とは玲の言。妹や真人たちへと水を向けると、三人はうんと頷いた。
「当たり前だろ。どんな勝負だって、やられっぱなしじゃいられねぇよ」
バシンッと真人が拳を手の平に打ちつける。こいつに関しては、今回も役に立たないだろうな。
まあ、大体みんな事情はわかってるようだ。なら、話ははやい。
「……よーし、それじゃあ始めよう」
という玲の号令一過、俺たちは個々にコントローラーを持った。
メンバーはもちろん、玲、妹、俺、真人……それに中坊だ。
中坊はおずおずといった様子でコントローラーを受け取り、何度か握る。
それから俺たちを見ていた。どうしたらいいのかわからないのだろう。
「おまえ、このゲーム初めてか?」
「えっと……やったことはある」
「ハイスコアでどのくらい?」
「七百だけれど……」
「ななっ……すご」
玲が明らかに驚いていた。そして妹も、わかりにくいが驚いている様子だった。
ちなみに俺と真人、四楓院はそれがすごいことなのかわからなかった。まあ、二人の驚きようからしてすごいことなんだろうけれど。
ロード画面に入り、俺たちは各々コントローラーを持つ。本来ならオンラインでチームが組めるので、こうして集まる必要はないのだが、そこはそれ。大勢の方が楽しいだろう、という真人と四楓院に押された形だ。
まったく、こいつらまるでわかってねぇな。……俺もだけれど。
「おっと、始まるな」
余計な考えごとはやめて、俺はコントローラーを握り直す。さて、どんな相手が来たって蹴散らしてやる。
根拠もなく自信を漲らせ、俺は画面を食い入るように見た。
五分割された画面はかなり見にくく、あちこちから音が聞こえるので戦況把握がしずらい。
だから本当なら、ヘッドフォンをつけ、一人でやるものだろうに。
ちらりと玲を見やった。それから中坊だ。
二人とも、おそらく俺と同じことを思っているのだろう。顔中に不満な様子がありありと現れている。
「うお、まじかよ!」
ロード画面が終わり、俺たちは戦場のただ中へと放り込まれる。
五人全員じゃあない。それぞれに別の地点からのスタートだ。
他の四人はどこに行ったのだろう。などと考える暇はなかった。
なぜなら、俺は戦場のど真ん中。弾丸の飛び交うど真ん中に落とされたのだから。
「ひえええええ!」
俺はすぐさま、後退した。急いで物陰に隠れ、一息つく。
「つってもしょっぱなからだいぶやられたな」
HPゲージを見ると、おおよそ五分の一が削られていた。開始早々これは痛い。
つーかなんだ今の開始位置は。ふざけんなよ。
運営を呪いつつ、ハンドガンからライフルへと装備を切り替える。段数は満タンだった。
よし、自分を鼓舞する。視界の端でちろちろと動き回るいくつもの影。
「ああ、やられた!」
真っ先にやられたのは真人だった。まあだろうなと思う。
この状況を作ったのは他ならぬ真人だ。当然といえば当然だろう。
こいつはゲームをやり慣れていないのだから。
俺は真人の奮戦を讃えるように、ポンとその肩に手を置いた。後は任せろ。
ライフルを構える。引き金を引く。が、キルには至らなかった。
それでも俺の行動は相手にとって面倒らしく、うまく身動きが取れないようだ。
そしてその間にも、他の三人が着々とキル数を稼いでいた。
「こっち、一人やったよ」
「僕も一人」
「……あたしも」
玄人三人の頼もしい声が聞こえてくる。この分じゃこのゲームは楽勝だな。
と、俺はほっと安堵していた。……それがよくなかった。
一瞬、コントローラーを持つ手から力が抜けた。と同時に、俺が抑え込んでいた相手に向かっていた弾幕が途切れる。
その刹那の間に生じた隙を見逃さず、相手は連射してくる。
今度はこちらが釘づけになる番だった。油断した。
「ちくしょ、ぬかった」
「待って健斗、すぐに向かうから」
玲たちの画面をちらりと見ると、だいぶ遠くにいるようだった。この分だと、たどり着くまで結構時間がかかる。
その間にあいつが俺にだけ注意を向けているというのは考えづらい。
というか、普通ならさっさと後退する。それか降参か。
既に仲間が三人やられたこの状態で降伏をしないということは、まだ相手側は諦めていないということだ。
などと考えていると、ふとあることに気づいた。
……あいつ、一人か?
俺は目の前の敵の姿を視界に捉え、むむぅと唸った。
玲が一人、中坊が一人、妹が一人。合計三人をキルした。
しかしこのゲームは五人ひとチーム。つまり後二人残っているはずだ。
そして、その内の一人は俺と睨み合うような形で目の前にいる。
なら、もう一人は……?
ぐるりと視界を巡らせる。どこだ……? ともう一人を探す。
そして、見つけた。
「あんなところに、どうやって……!」
つい今しがた到着したばかりなのだろう。ひょこっと人影が一つ、顔を出した。
俺は咄嗟に構える。が、相手の方が何枚も上手だったのだろう。
俺よりはやくアサルトライフルを構え、コンマ数秒で照準を合わせた。
かと思うと、俺はそいつに頭蓋を撃ち抜かれ、どさっと地面に倒れ伏した。
「……ちくしょう、やられた!」
俺が叫ぶと、玲たちは悔しげに呻いた。いやー、申し訳ない。
画面が切り替わり、まるでハイライトを見るかのように、玲たちが縦横無尽に駆け巡る様子が見れた。
何が起こったのか、正直わからない。でも、悔しいという気持ちはある。
それは玲の役に立てなかったからなのか、それとも無様な死に方をした不甲斐なさからか。
ともかく、次こそはもっと活躍したいと思った。
はたして、この気持ちは次の試合まで残ってるかわからないけれど。
「よくも、健斗を殺したなぁぁぁ!」
「その言い方だと俺が死んだみたいになるんだが」
死んだのはあくまで操作キャラだ。俺自身は生きている。
そんなことは玲にはわかっているだろうが、なんとなく言わずにはいられなかった。
その後は、敵軍の数と相手の数の差から、玲たちの圧勝だった。
俺と真人は反省しろ、と妹に睨みつけられ、しゅんとなる。
まったく活躍できなかったのだから、仕方がない。
そうして、ロード画面へと移行する。
「んじゃ、四楓院パス」
「へいへい。わかったよ」
四楓院が真人からコントローラーを受け取っていた。
正直俺も誰かと変わりたかったが、誰も変わってくれる奴はいなかった。
真人に頼んだところで、嫌がられるだろう。仕方がない、ここは大人しく始めるか。
俺は再びコントローラーを握って画面を見やった。
ロード画面。ガチ勢のベテランが半数を占める俺たちのチームで、素人組の俺と四楓院はつらい。下手なことをしたら、妹が起こるからだ。
玲は目に見えていらいらしたりはしないだろうけれど、それでもいい気分ではないだろう。
中坊は……知らん。
俺はふぅと吐息して、カウントを待った。
マッチングが終了する。……ん? このチーム名は。
「おい、まさかこの人たちって……」
「うん、そうだね。この間の……」
「あたしたちがやられた相手……」
ゴゴゴゴゴゴッと玲と妹の背後から闘気が燃え上がっていた。
中坊は二人が何を言っているのかわかなかったらしいが、それでも玲たちの言動から相手が強敵だと察したらしい。舌なめずりをして、顔をにやつかせている。
こいつ……相手が強ければ強いほど燃えるタイプか。
俺はこの勝負師三人を前にして、小さく肩をすくめた。
……ったく、何だってんだ本当に。
とはいうものの、俺だって内心では舌なめずりをしていた。
何せ、前回やられた相手だ。再戦の機会が巡ってきたことは僥倖だろう。
俺はコントローラーを握る手に更に力を込めた。やってやる、という気概でいっぱいだ。
「……よし」
ロード画面が終わる。視界が明るくなり、俺たちは戦場へと放り出された。
砂と瓦礫のステージだった。世紀末を思わせる、荒廃した世界。
生き物が死に絶え、それにより人の心も死んでしまったのではと思わせるような、そんな雰囲気だ。
と、俺が周囲を見回していると、不意に銃声が聞こえてきた。
「目の前にいたのか……!」
などと思った次の瞬間には、右腕に被弾した。HPゲージが容赦なく削られる。
けれど、前回同様すぐにやられてやるとは思うなよ。
俺はくるりと振り返ると、素早く瓦礫の陰に隠れた。ふぅーっと呼吸を整える。
しかし、すぐに相手はやって来るだろう。いつまでもうかうかしてはいられない。
俺は中腰の姿勢のまま、すぐさま移動する。なるべく足音を立てないように。
そういえば、他のメンバーはどうなっただろう。無事だろうか。
特に気になるのは四楓院だ。あいつが今回のメンバーの中で一番下手くそだからな。
この手のゲームはある程度の熟練度が必要だ。楽しんでくれればいいのだが。
そんな感じで移動しつつ、他のメンバーのことを考える。が、すぐにそんなことをしている暇はないことに気がついた。
パパパパパッと、軽い銃声が何度も聞こえてきた。それも、さっきとは違う音だ。
つまり誰かが打たれているということ。もしくは味方が誰かと交戦中だということだ。
どちらにしても援護に行った方がいいのは明白だ。けれども。
俺はちらりと瓦礫の陰から顔を覗かせる。と、顔面すれすれを弾丸がかすめた。
HPこそ減らなかったものの、俺は実際に背筋を凍らせるのには十分だった。
くそ、下手に走り回れば、あいつに見つかる。いや、それだけじゃあない。
あいつの仲間に見つかって袋叩きにあった日には、きっとものの数秒で片がついてしまうだろう。それはすなわち、俺の死だ。
俺はごくりと喉を鳴らした。どうする、考えろ。
こうしている間にも、誰かがやられている。まだ画面右下に仲間の死を知らせる表示がないから大丈夫だとは思うけれど。
瓦礫の陰から再び様子を見る。今度は発砲はなかった。
が、すぐに顔を引っ込めた。いつまでも出している場合じゃない。
どこからくるかわからない発砲を警戒して、ぐるりと周囲を見渡す。と、再び銃声が聞こえてきた。
今度は死亡通知が出た。案の定、四楓院だ。
「ちくしょう! やられた!」
バシンッと四楓院が自分の太もも当たりを叩いていた。本気で悔しそうだ。
さすがはヤンキーだけあって、負けん気だけは強いらしい。
さて、どうしたものか。
まだ、こちらのチームは一人も倒していない。数的にはあちらが有利だ。
このまま俺がやられたら、一方的なワンサイドゲームになりかねない。
なんとか、ここはなんとか生き残らないと。
「……そのために、じっとしているのは望ましくない、か」
俺はぺろっと乾いた下唇を舐めた。思い切って、瓦礫の陰から出てみる。
発砲は……なかった。それどころか、人影一つ見当たらない。
なんで……? と思っていたが、すぐに答えは知れた。
「こっちは二人!」
「こっち一人!」
「こちらも一人だよ!」
玲、妹、中坊の三人の方へ、敵が全員行ってしまっていた。
所詮、俺はあの場から動けないだろうと判断されてしまったらしい。まあ、今の今までずっとそうだったのだから、その推測事態は概ね正しい。
思わず舌打ちしそうになった。舐められていたこともそうだし、三人に全部を押し付ける形になってしまった自分の不甲斐なさにも呆れていた。
まったく……自分のこういうところが嫌いなんだよな。
俺はすぐさま、銃声の轟く戦地へと向かった。とはいえ、相手に気づかれるわけにはいかない。足音を殺して、ゆっくりと向かう。
だんだんと銃声が近づいてくる。近くまで来たらしい。
そこで俺は瓦礫の陰に再び身を隠し、あたりを伺った。
足元は砂だ。多少走ったところで飛び交う銃声と合わさって足音を消してくれるだろう。
そして、敵はマップを見ることができていないらしい。何せ相手は手練れ三人だ。
そう簡単にやられるとは思えない。いくら相手がプロ級の腕を持って取り囲んでいようが、あいつらには関係のないことだろう。
そして、敵側は玲たちに対して釘づけ状態だ。なら、この機会を生かさないわけにはいかない。
「……俺を舐めてくれやがったこと、後悔させてやる」
俺はサッと頭の中で作戦を考えると、すぐに瓦礫から出た。
まずは一番手前の奴だ、と再び手近な瓦礫へと身を隠す。それから、アサルトライフルに持ち替え、銃口を相手に向け、スコープを除いた。
自慢じゃないが、俺はエイム力に自信がない。うまい奴はもっと遠くからでも狙えるのだろうが、俺には無理だ。
敵の一人は俺の目と鼻の先にいた。この至近距離でも、当てられるかは疑問だ。
ハンドガンやマシンガンでは、例え当てたとしても一撃では死なない。その点、亜sるとライフルならすぐに屠ることができる。
俺はじっと、照準を定める。幸いにして、まだ相手はこちらの存在に気づいていない。
ふぅーっと息を吐き、揺れる視界をぴたりと抑え込んだ。そうして、ゆっくりと引き金を引き絞る。
……音もなく、弾丸が放たれた。弾は高速で回転し、体感でコンマ数秒で敵の頭部へと着弾する。
ゲームのシステム上、グロテスクに血が飛び散ることはない。そこは、俺としてはありがたい部分だった。
敵は横合いに倒れ込むと、ぱったりと動かなくなった。と思ったら、次の瞬間には水に溶ける泡みたいにパッと消えてしまった。
たぶん、何が起こったのか理解できなかったのだろう。
俺はよし、とガッツポーズを決め、すぐのその場を離れた。
仲間の一人がキルされたことは、相手も即座に理解できただろう。なら、今度はそれも踏まえて立ち回りをするはずだ。
思った通りだった。敵の銃撃が一瞬だけ止んだ。何が起こったのか、戦況を把握するためだろう。
「……今のって、健斗?」
隣で玲が俺を見やる。俺はこくんと頷いて、笑った。
どうだ。俺だってやる時はやるだろう? と言外に語った。つもりだ。
「すごいじゃないか、お兄さん!」
「石宮、おまえゲームうまかったんだな」
「ははははは、よせやい」
みんなからの賛辞に照れる俺。そんな俺をじとーっと軽蔑の眼差しで見つける妹。
こいつからは何の賞賛もなかったな。まあいいけど。
俺は再び画面へと視線を移した。
「それで、これからどうする?」
「……この一瞬を突く」
俺の作った隙を見逃さず、玲が指示を飛ばす。
三人が固まっていた場所から出た。すぐさま敵側の銃撃が開始される。
そこへ、俺は再び三人を守るべく、アサルトライフルで牽制していく。
敵側は俺と手練れ三人、どちらを相手にしていいのかわからない様子だった。
二、三発撃ったらすぐに移動する。そしてまた二、三発撃つを繰り返す。
そうして、固まらされていた玲たちの自由を確保する。
「はははははは! 残念だったなぁ、今度はこっちの番だぁ!」
中坊の哄笑がうるさいくらいに響いた。妹がだいぶ顔をしかめていたが、それだけだ。
俺は撃っては動き、動いては撃つを何度も繰り返していた。
それまで有利だった陣形が崩れ、敵の優勢は一気に瓦解していった。
〇
結果として、俺が敵を倒したのは最初の一回だけだった。後は玲や妹、中坊の活躍が大きい。
そうして、こちらは四楓院と、最終的に試合終了間際にやられてしまった俺の二人という大健闘に終わった。
勝負は……まあ勝ちだ。中坊はHPをかなり削られていたが、何とか最後まで生き残っていた。
玲と妹は、多少かすり傷を負ったようなものだった。何の問題もなく、冷静かつ緻密に敵をなぎ倒してた。
やはり手練れは違った。まったく、この調子じゃあ俺の活躍なんてなかったみたいだ。
俺ははあと吐息して、画面から視線を外した。……疲れた。
天井を仰ぎ、まぶたを閉じる。
「……つ、疲れた」
隣で四楓院が呟く。それを聞いて、おまえは何もしてないだろう、と言いたくなった。
口にしたところでまた面倒になるだけだから言わないけれど。
「お疲れ様。みんなのお陰で勝てたよ」
にこーっと、玲が満面の笑みで言ってくる。まあ、それでいいか、と思ってしまう。
「……またいつでも呼んでくれ」
ついつい、そんなことを口走ってしまっていた。とはいえ、こんなに疲れるのはごめんだ。
俺は真人を見やった。真人は肩をすくめ、にやにやと笑っている。
「……なんだよ」
「いいや。何でもねぇよ」
何でもねぇって顔じゃねぇだろ、おまえ。
よほどそう思ったが、言っても無駄だなと思ったので言わなかった。
それにしても、最後はやけにあっさりしていたな。実のところ、勝負ってのはあんなものかもしれねぇな。
俺は真人から視線を玲に移す。
勝利の喜びからか、はたまた別の理由からか。
どちらにしても、玲は嬉しそうだった。だからまあ、何でもいいやという気分になる。
それにま、俺も勝てて嬉しかったしな。
「ねぇ、健斗」
「ん? 何だ?」
「健斗のお陰で勝てたよ。ありがと」
そう言って、満面の笑みを浮かべる玲は可愛かった。たぶん、ここ最近で一番の笑顔だ。
だからだろう。つられるようにして、俺も笑ってしまう。
「そうか。……俺も」
「ん? なぁに?」
「……いや、何でもねぇよ」
言いかけた言葉を抑え込んで、俺はごろんと寝転がった。
俺も楽しかった。その言葉を飲み込んで、俺は心地のいい疲労感に包まれ、目を閉じる。
次に目が覚めた時は、また玲にたくさん今日の話を聞かせられるんだろうな、と思いながら。
それも、悪くはないな。
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