第15話 番外編1 石宮(妹)の受難
学校は嫌いだ。なぜならゲームやマンガの類いを持ち込めないから。
それらを持って来たが最期。先生に没収されるわクラスの連中のいじりの標的にされるわ。とにかくいいことがない。
だからあたしは学校には、そういった物は持ち込まないことにしている。最終的に戻ってくるならいいのだけれど、そうじゃない場合が往々にしてある。
例えば、勝手にゴミ箱に捨てられていたり。あるいは窓から放り出されていたり。
酷い時には、なぜか飼育小屋で鶏の糞まみれになっていたこともあった。
それ以来、あたしは一層学校という施設が嫌いになった。
こんなただガキを箱詰めしたような場所、そもそも好きになれる方がおかしい。
ああ、はやく帰ってゲームしたい。
と、あたしはそう考えて、下駄箱を開けた。
するとそこには、小さなゴミ箱があった。
確か……家庭科室にあった奴だったと思う。
「……斬新だ」
中身は、空のようだった。
ゴミが詰まっていたとか、そういう展開ならまだ柔軟に対応できただろう。
けど、ゴミ箱って。予想のななめ上過ぎて反応に困る。
ま、きっとただゴミに触りたくなかったとか、そんな理由だと思うけど。
全く、軟弱な連中だ。
あたしはゴミ箱を足元に置こうとして、ふとその中身を見た。
学校指定の白い通学用の靴が、ゴミ箱の中に無造作に入っていた。
それ以外に、何もない。……まだ、優しい方だ。
「……変なところで労力使うなぁ」
普通、下駄箱一杯にゴミが詰まっているのがお約束という奴だと思う。
けれど、誰がやったのかゴミ箱をあたしの下駄箱に入れた輩はそのへんを理解していないようだ。もっとギャルゲをやるといい。
あたしはゴミ箱の中から靴を取り出し、床に放る。爪先を使って足を入れる部分をこちらに向けると、そのまま履いてやった。
うん、今回は虫の死骸とか入れられてなかったらしい。あれはさすがに気味が悪かった。
さて、何事もなかったので帰ろう。
そう思い、あたしが出口へと顔を向ける。ついでに足も。
……すると、すっごく嫌なことにあたしを呼び止める声があった。
「おーい、そこの君ー」
「……何ですか? 今からあたし、帰って大事な用があるんですけれど」
「それはすまない。けれどこちらも一大事なんだ」
「……あなたは誰?」
「僕のこと、知らない?」
うん、と頷いておく。
本当は知っていた。よく……は知らないけれど。
彼の名前は猪之頭瑛太。普通はイノガシラと読むんだろうけれど、彼の場合はイノカシラだ。
だから何? という話だけれど。
「生徒会長さんがあたしに何の用?」
「ああ、ええと……実は君頼みたいことがあって」
「あたしじゃ力にはなれないと思います。他を当たってください。それでは」
「待って待って、帰らないで!」
がっし、と猪之頭会長の手があたしの肩に触れる。
全然ロマンチックな感じじゃない。すごく力が籠っていて、正直痛い。
「……離してください」
「だめだ。君が僕のお願いを聞いてくれるまでは」
「……会長、じゃんけんをしましょう」
「じゃんけん? いいよ」
あたしが体ごと会長の方を向くと、猪之頭会長はぐっと拳を握った。
「じゃあいくよ。じゃーんけーん」
ぽん、とお互いに手を差し出す。
あたしはぐーを出していた。対して猪之頭会長はぱーだ。
「……あたしが負けちゃったので、何かジュースでも勝手来ますよ。そこのコンビニで」
「ああ。何だか悪いね。使い走りをさせるみたいで」
「いえいえ、会長のためなら、お安い御用です」
言って、あたしは踵を返した。
さて、会長のためにジュースを買って来なくては。
「それじゃあ、行って来ます」
「ああ、よろしく頼んだ……ってちょっと待ってよ!」
「……なぜ止めるのですか?」
「君、そのまま帰るつもりだろう!」
「……ちっ」
「舌打ち!」
「まさか」
あたしは肩をすくめ、猪之頭会長からかけられた嫌疑を晴らした。
猪之頭会長は納得がいっていないようだった。が、今のままでは話が前に進まないと悟ったのか、こほんと咳払いをすると質問してきた。
「君、二年生の石宮さんだよね」
「人違いです」
「ええ……でも聞いてた特徴と一致しているんだけれど」
「あたし、よく人と間違われるんです」
「そ、そうなんだ……」
「はい。書記の先輩とは一昨日も間違われましたし」
「えーと、あまり似ていないような気がするんだが……まあいいや。それで、君を石宮さんだと見込んでお願いがあるんだけれど」
「石宮さんと見込まれましても」
本人じゃないと言い張っているのに頼み事をするんだ。言い張ってるだけだけれど。
「実は僕の大切な物がなくなってしまったんだ。一緒に探してくれないだろうか?」
「……あたしは石宮さんではないのでお断りします」
本当は石宮なんだけれど。ここで本人ですと言ってしまうとややこしくなりそうなので黙っておこう。
「そう言わず、手伝ってはくれないだろうか」
「嫌です、他を当たってください」
「頼むよ。君しか頼れる人がいないんだ」
「会長ほど人望の厚い人なら、手伝ってくれる人なんて五万といますよ」
「うちの全校生徒数はせいぜい四百人くらいだよ」
「そんなことを言ってるのではありませんよ」
「お願いだ。もし手伝ってくれたら、何だって言うことを聞くよ」
「……何、だって?」
ぴたっと、あたしの意思に反して足が止まる。
ギギギギギッと首が反対を向く。
「それは……あたしのほしい物を買ってくださいというお願いでも?」
「あ、ああ……僕にできることなら大丈夫だよ」
「言いましたね? 目的を達成したらからやり逃げ、なんてのはなしですよ?」
「わ、わかってるよ。大丈夫、約束は守る。男に二言はないよ」
「……でも、なぁ」
面倒臭い。すごく、すごく面倒臭い。
あたしの中で、欲望と理性とが激しく火花を散らしていた。
ほしいゲームなんて山のようにある。けれど、あたしのお小遣いなんてたかが知れている。
何せあのお父さんのやっすい給料から少しづつ出ているのだ。先月なんてなんだかんだと理由をつけて結局くれなかったし。
このチャンスを逃せば、あんなソフトやこんなコンテンツは二度と手に入らないかもしれない。
猪之頭会長は可能な範囲でならと言った。そして、男に二言はないとも。
なら、ゲームくらい買えるだろう。最悪会長の両親に打診してもらえばいいのだ。
やってやる。これはチャンスなのだから!
「……わかりました。お手伝いしましょう」
「おお、やってくれるんだね!」
「ええ。見つけられた暁には、あたしが今もっともほしいと思っているゲームを買ってくださいね」
「……善処するよ」
ようし、これで約束は取りつけた。あとは会長の探し物を見つけるだけだ。
「それで? 会長の大切な物というのはどんな物なんですか?」
「ええと、これくらいの大きさの物なんだけれど」
そう言って、猪之頭会長は右手の人差し指と親指でその物体のサイズを表した。
それはよく土産物屋で売っているキーホルダーほどのサイズだと推定された。
「いつなくしたとか、わかりますか?」
「えーと、確か今日の朝、生徒会室に行くまではあったと思うんだけれど」
「朝?」
「ああ、生徒会の仕事が少し残っていて、朝早くに来て片づけていたんだ」
「一人で?」
「違うよ」
猪之頭会長はふるふると手を振ると、記憶を探るようにむっと唇を捻る。
「最近物忘れが多くて。……思い出した、確か副会長と一緒だったよ」
「副会長、というと?」
「あれ? 知らない? よく僕と一緒に色々と行事を取り仕切ったりしてたはずなんだけれど」
「……まあ」
学校行事の類いは参加しないことにしているから。保健室で休んでいたり、仮病を使ったりして。だから、知らないのも無理はない。うん。
「そっか。副会長の名前は……」
「あんた、副会長の名前も知らないの?」
突如として放たれた頭の中がキーンとするような甲高い声に、あたしと猪之頭会長はさっと声のした方を振り返った。
すると、そこには仁王立ちをして得意げな笑みを浮かべる女生徒が一人。あとおまけが一人。
「……誰?」
「なっ……あんた、あたしのこと知らない訳!」
「えー、誰?」
「むきー、何なのよ、あんた!」
こちらからすればそっちこそなんだという話だ。あとおまけはへらへらし過ぎ。
「いい、あたしは二年の衿沢美々。こっちでへらへらしてるのが兵藤絢」
「どーも」
ぺこっとお辞儀をするえり……何とかさんとおまけ。
「それでえーと、所沢さんは一体何の用?」
「衿沢よ! 何その日本トップユーチューバーの部屋に置かれているぬいぐるみみたいな名前は!」
「とするとそちらがダークネス……」
「兵藤絢よ、あたしの親友に変なあだ名つけないで! というか絢、なんであんたは何も言わない訳!」
「えー、だって……ねえ」
いや、あたしに謎の同意を求められましても。
それにしても元気な人たちだ。あたしとは根本的に趣味が合わなさそう。
「まあいいわ。話は聞かせてもらった」
「会長、勝手に盗み聞きしていたことは許してください。悪気はなかったんです」
「ちょっと絢、何を人聞きの悪いことを」
「はは、別に構わないよ。むしろ手伝ってくれるというのなら願ったりだからね」
「うう……すみません」
「大丈夫だよ。それじゃあ、三人にお願いしてもいいかな?」
「はい、任せてください」
「まあ美々がやるって言うんだったらやるよ」
「……帰りたい」
あたしはぽつりと呟いた。
いくらゲームのためとはいえ、何でこんな連中と一緒に探し物なんかしなくてはならないのか。全く理由がわからない。
あたしが憮然としていると、えり何がしさんがすっと、あたしの前に手を差し出してきた。
「今日は一日よろしくね」
あたしはその手を見つめる。じーっと。
じとーっと、見つめ続ける。
「ど、どうしたのよ?」
「ん、よろしくしたくないなーって」
「な、なんでよ!」
「だって、ねえ」
「ま、そうだよねえ」
おまけさんに同意を求めると、彼女はすんなりと頷いてくれた。
案外、話のわかる人なのかもしれない。
「な、どうしてよ! ちょっと絢、なんで!」
「えー、だって普段いじめてるような人と協力なんて無理でしょ?」
「いじめ? あたしそんなことしてないわよ」
訳がわからない、というように、首を傾げるえり何がしさん。
それはそうだ。いじめの主体は彼女ではない。むしろ彼女とあたしは普段、全くかかわらないタイプの人間同士なのだ。
けれど、あたしからしたらそれは関係のないことだ。
彼女も含め、クラスメイト全員があたしをいじめている張本人。おまけさんは除く。
「いじめ? 君たちのクラスではいじめが流行っているのかい?」
「いえ、違います、そんなことは」
「流行ってはいませんけれど、何人かはやってるみたいですよ」
「それは由々しき問題だ」
ふむ、とあごに手を当てて考え出してしまった会長。あたしたちの話を聞いていて、思うところでもあったのだろうか。
いやいや、そんなことより今は会長の探し物だ。こんな無駄話で貴重なページ数を費やす訳にはいかない。
「それで、会長の話だと生徒会室にあるかもしれないんですよね?」
「ん、そうだね。というか、そこしか心当たりがないんだ」
「では早速、生徒会室に行ってみましょう」
「おー」
えり何がしさんの甲高い声が響く。おまけさんは慣れているのか、当たり前のように拳を突き上げている。
でもあたしは慣れてないんだぞ。ちっとは気を使え。
まあそんなこんなで、生徒会室に向かうこととなったあたしたち一行だった。
◆
「……えーと、なんと言いますか、さすがは会長ですね」
「んん? それはどう言う意味だい?」
「ああいえ、何でもありません」
生徒会室に着くや、出迎えてくれてた男子生徒が苦笑いを浮かべていた。
「実はかくかくしかじかで、彼女たちには探し物を手伝ってもらっているんだ」
「ああ、なるほど」
「今のでわかったんだ。すごーい」
おまけさんが簡単の吐息を漏らす。
何がすごいのかあたしにはわからなかったが、ぱちぱちと小さく拍手をしているからそれなりにすごいことが行われていたのだろう。あたしにはわからなかったけれど。
「それで、僕の探している物は見なかったかい?」
「すみません。ぼく、ついさっき来て仕事を始めたんで、見てないですね」
「そうかい。いやいいんだ。悪かったね」
「会長……あ、でもさっき副会長が」
「ん? 副会長の彼女がどうかしたのかい?」
「いえ、ぼくより先に生徒会室に来ていたようなんですけれど、何か拾い物をしたから職員室に預けてくるって出て行きましたよ」
「おお、それは怪しいね」
「怪しい……かしら?」
おまけさんが目を輝かせ、えり何がしさんが首を捻る。
あたしは……黙って傍観していた。
「職員室か。……よし、行ってみよう。ありがとう」
「いえ。でも会長、探し物が終わったらすぐに来てくださいよ。仕事、まだまだあるんですから」
「わかっているよ。では、ちょっと行ってくる」
◆
「副会長? いや、見てないな」
職員室に着くや、先生は開口一番、あたしたちにそう言ってくる。
「……そうですか」
「どうしたんだ? 副会長に何か用事があったのなら、生徒会室にいるんじゃないか?」
「いえ、それがいなかったんですよ。職員室に行ったと聞いて、こうして来たんですけれど」
「そうか。それは残念だったな」
先生はひらひらと手を振ると、再び仕事に戻るべくPCへと体を向ける。
「おまえが女をはべらせているのはいつものことだが、今日は一段と濃いメンツだな」
「はべらせているなんてそんな人聞きの悪いことを。彼女たちはただ、僕の探し物に協力してもらっているだけですよ」
ほとんどただ着いて回っているだけのような気もするけれど。
「そうか。ま、話は終わりだ。私は忙しい」
「はい。失礼しました」
会長が浅く一礼をする。それに習って、えり何がしさんとおまけさんも頭を下げた。
あたしは……何もしなかった。
それじゃあ職員室を出ようとしたところで、不意に先生から声がかかった。
「ああ、そうだ。先ほど別の先生が言っていたことだが、体育館への連絡通路で副会長らしい人物を目撃したそうだ。もしアテがないのなら行ってみるといい」
「はい。そうします。ありがとうございました」
会長がお礼を言い、あたしたちは職員室をあとにした。
◆
そうして、先生の助言通り連絡通路へと足を運ぶ。
「……ここには副会長はいないみたいですね」
「そりゃあそうだよ。いつまでもこんなところにいる方がおかしいんだ」
「はは、そうだね。何か手がかりでも見つかればいいんだろうけれど……」
言って、会長があたりを見回す。
つられて、あたしもきょろきょろと視線を動かした。
別に手がかりを探そうなんてつもりは毛頭ないけれど、少しは働いているところを見せておかないとゲームが手に入らなくなる可能性があるから。これは仕方のないことだ。
「それにしても雑草だらけですね」
「まあね。ここは数ヶ月前に一度、草むしりをしたんだけれど、また生えてしまったようだ」
「ま、雑草は生命力強いからねー」
「うーん……しかしこう鬱蒼としていると、除草剤を使うことも検討しなくてはならないかな」
「使えばいいんじゃないですか?」
「バカ、そんな言い方ないでしょ、絢」
「ははは、いいんだよ」
三人でバカ話を初めてしまった。
どうしてそう、無駄なことが好きなのか。
「除草剤を使うのは簡単だよ。けれど、下手に使うと他の綺麗な花なんかも傷つけてしまう可能性があるからね。できることなら使いたくはないんだけれど、有毒な虫なんかが見つかっても面倒だし、どうしたものか……」
「困りましたね、会長」
「美々だって、そんなこと思ってないくせにー」
「何を言って……思ってるわよ、そんなこと!」
ぎゃあぎゃあと喚き出す仲よし二人組。ああもう、うるさい。
「はははは、仲がいいなぁ」
「ああ、いや、会長……これは」
「うん、女の子同士の友情。素晴らしいね」
「会長がなんかおっさん臭いこと言い出した」
「こら、絢!」
「わー、美々が怒ったー」
じゃれあう二人を朗らかに見つめる会長。
何だろう、あたしってもう帰っていい? 十分手伝ったと思うんだけれど。
「えーと、探し物はもういいんですか?」
「おっと危ない。忘れるところだった」
「……忘れるなよ」
「何か言ったかい?」
「何でもないです。それで、次はどこを探すつもりですか?」
「そうだね……ここにはいない様子だし、どうしたものか」
うーん、と悩みまくる会長。帰りたいと願うあたし。
「おっと、あそこにちょうどいい具合に運動部の子たちがいるね。ちょっと話を聞いてみよう」
言うが早いか、会長が体育着姿の女子生徒の群れへと直進して行く。
あたしたちはそのあとを小走りで追い駆けた。
「ちょっと君たち、訊ねたいことがあるんだけれど、いいかな?」
「え? 会長? きゃー、どうしたんですかぁー?」
会長に気がつくや、急に色めき立つ女子運動部員ども。
おそらくテニス部だろう。何してんだ、こんなところで?
「えっと、副会長が……おや? 何をしているんだい、こんなところで?」
会長と疑問が被ってしまった。……ちっ。
「ええとですね、ちょっと子犬が迷い込んでしまったようでして」
「どこの子だろうってみんなで話していたんです」
「へぇー、それはまた……おお、かわいいじゃないか」
「ですよね、かわいいです」
「ああ。……でもこの子犬、首輪をしているな。飼い主とはぐれてしまったのかな?」
「そうみたいなんですよね。どうしたらいいかわからなくて……」
子犬の話題で盛り上がる会長とモ部員たち。いや、そんなの放っておいて今は探し物を優先すべきじゃないだろうか?
「どうしようか。僕たちもちょっと今は手が離せないし」
「あ、ならわたしが飼い主探しに行きましょうか?」
「ん? おお、兵藤くん。いいのかい?」
「ええ、構いませんよ。どうせ何も部活になんて入ってませんし、まっすぐ帰っても暇なだけですし」
「ありがとう、助かるよ」
「「ありがとー、兵藤さん」」
「いえいえ、これしきのこと。お役に立てるのなら本望です」
おまけさんが照れたように頭を掻く。
うわ、なんだこいつ。そんな面倒なこと、自分から言い出すなんて。
「では、お願いしようかな」
「ちょっと待ちなさい、絢」
「んん? どうしたのさ、美々?」
「ちょっとあんた、あたしとあの女を二人にするつもり?」
こそこそと小声で言ってるつもりだろうが聞こえてるぞ。会長はモ部員たちと子犬を愛でることに忙しくて聞いていないようだけれど。
「つーか、何を緊張することがあるって言うのさ?」
「き、緊張なんて……ただ、少し気まずいというか」
「気まずい、ねえ。じゃあこれをきっかけに仲よくなったらいいんじゃない?」
「む、無理よ、あたしこう見えて人見知りなの。あんたなら知ってるでしょ」
ほう、それは初耳だし、意外だ。
てっきりあたしは、あたしみたいな奴以外となら誰とでもすぐに打ち解けれるんだと思ってた。……どうでもいいけれど。
「それじゃあ兵藤くん。お願いするよ」
「わかりました。あ、荷物取ってくるんで、ちょっと待っててくださいね」
「「はーい」」
モ部員たちの元気な返事を聞いて、おまけさんが小走りに校舎へと戻って行く。
その後ろ姿を不安げに見つめるえり何がしさん。……なんか悪いことしている気分になってくるから不思議だ。
「さて、それでは僕たちは探し物を再開しよう」
「ええー、会長もう行っちゃうんですかぁー?」
「もっとわたしたちとお喋りしましょうよぉー」
「ああ、すまない。けれど、少しやることがあるんだ。お喋りはまたの機会に」
「……わかりました。では、頑張ってください」
「ああ、ありがとう」
会長がモ部員たちと手を触り合っている。
ちらと横を見ると、ぎりぎりと悔しそうに歯を鳴らすえり何がしさんの姿があった。
ふと目が合う。
「……ハッ!」
「……大丈夫、見てないから」
「くっ……誰かに言ったらただじゃおかないから」
「そういう台詞は言う相手がいる奴に言って」
「……ごめん」
謝んなよ、こっちが惨めみたいじゃない。
あたしはえり何がしさんから目をそらすと、こちらに歩いてくる会長へと視線を移した。
「いやー、ごめんごめん。子犬がかわいくてつい」
「会長、犬好きなんですか?」
「え? ああ、犬というか動物全般が好きかな。とは言っても、うちじゃあ飼えないのがなぁ」
「会長の家ってペット禁止なんですか?」
「そうだよ。マンションだからね」
「どんなマンションですか! お家賃は!」
「おお? どうしたんだい、石宮さん。そんなに喰いついて」
「……いいえ、何でもありません」
会長を攻略したら、もしかすると一生ゲームして暮らせるかもと思ったけれど。
実際問題、あたしが会長にアピールできるところなんてないし。
「じゃあ、子犬のことは兵藤くんに任せて、僕たちは探し物を再開しよう」
「はい、会長」
るんたったー、とえり何がしさんが会長のあとをついて行く。
あたしは、その更に後ろをついて行った。
◆
次にあたしたちが向かったのは、屋上だった。
とはいえ、屋上自体は立ち入り禁止になっているので、その手前の階段部分までだけれど。
「んー、いないなぁ」
しかし、予想通り副会長らしき人物の姿は見当たらなかった。
「これは、二手に別れた方がいいかな」
「そうですね。その方が効率的かもしれません」
確かにそれは一理ある。
となると、会長とえり何がしさんが一緒に回って、あたしが一人で副会長を探すことになる訳だ。
「じゃあ僕は一人で探すから、君たちは二人でお願いしてもいいかな?」
「ええ! どうしてあたしたち二人で、なんて」
「ええと、だって石宮さんって副会長のこと知らないでしょ? 僕のことも知らなかったくらいだし」
ね? と同意を求めてくる会長。
まあ知らないのは本当だ。顔はおろか、男か女かも判然としない。
なぜなら学校行事には積極的に不参加を決め込んできたから!
「……わかりました」
「うん、いい子だね」
なでなで、とえり何がしさんの頭を撫でる会長。
あたしにも同じようにしようとしてきたので、軽く払い除けておいた。
どういう訳かえり何がしさんに睨まれた。
「じゃ、二人とも仲よくねー」
言って、会長が階段を駆け下りて行く。
普段は走るなと言う立場だというのに、全く自分勝手なことだ。
「いい、足を引っ張ったら承知しないんだから」
「……さっさと終わらせて帰ろ」
「くっ……わかってるわよ!」
あたしの態度がそれほど気に喰わなかったのだろうか。
えり何がしさんはぶすっと頬を膨らませて、どすどすと足音を響かせつつ階段を降りて行く。
あたしはといえば、その後ろを黙ってついて行った。
◆
……とはいえ、探すアテなんて当然なかった。
あたしたちはただ思いつく限り、校庭をぼんやりと歩いていた。
副会長の行きそうな場所になど、全く心当たりはない。ので、手当たり次第に探すしか方法がなかったのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
あたしたちの間には、ただただ無言が続いていた。
別にあたしはそれでよかった。けれど、えり何がしさんは違うようだ。
どことなく気まずそうに、きょろきょろと周囲を見回している。
「……何か喋りなさいよ」
「何か、とは?」
「な、何でもいいわよ。こう沈黙が続くと、あたしの精神が持たないわ」
「あたしの知ったことではないけれど。……でもどうしてもというのなら、仕方がない」
「何でそんなに偉そうなのよ、ムカつくわね」
言葉の通り、えり何がしさんは不満げに唇を噛んでいた。
あたしは話題を探して、虚空を見つめる。
何か……あたしと彼女の間を取り持つような話題。
話題……話題?
「……じゃあ、しりとりでもする?」
「待って、ストップ。早くない?」
「そう? そうは思わないけれど」
「いいえ、早いわよ。何よしりとりって」
「知らない? 最初はしりとりから初めて、一番最期の言葉を……」
「やり方を訊いてるんじゃないわよ。どうして最初っからしりとりをしよう、なんて言い出すのって訊いてるの」
「どうして、と言われても困る」
あたしとえり何がしさんの間にはその程度の関係性しかないということだ。
あたしはそれほど気にしていないが、あたしをいじめる奴らと同類と楽しくお喋りなんて、普通はできないだろう。
「……いいわ。あたしから話題を提供してあげる」
「……ちっ」
「な、舌打ちしたわね、今!」
「別に。恩着せがましいとか思ってないよ。それで、何を話すの?」
「なんか納得いかないわね。まあいいわ」
えり何がしさんはこほんと咳払いを一つする。
脳みそを回転させるがごとく、人差し指を一本立ててくるくると回す。
「そうね。……まずは自己紹介から始めましょう」
「春頃にやったと思うのだけれど」
「あたし、あなたの名前とか実は覚えていないの」
「覚える必要、ある?」
「特別ないけれど、知ってるに越したことはないと思うわ」
「……ま、いいけれど」
えり何がしさんの強引さに押し負ける形で、あたしは自分の名前を口にした。
「……石宮さん、ね。たぶん覚えたわ」
「ずいぶんと曖昧だね。別にいいけれど」
「じゃあ次はあたしの番」
「必要ない」
「それを言ってしまったら、会話が続かないわ。沈黙ってあたし、嫌いなの」
「あたしの知ったことじゃない」
「聞かないなら聞かないでいいけれど、勝手に言うわよ」
勝手に自己紹介を始めるえり何がしさん。
あたしは軽く聞き流し、彼女の隣を歩く。
名前は……わからない。好きな食べ物はクッキーらしいけれど。
校庭に出た。あたしには副会長の背格好はわからないから、えり何がしさんと一緒に来たのは正解だと言える。さすがは生徒会長といったところだろうか。
「……副会長、いる?」
「いないわね。というか、あんたも探しなさいよ」
「あたしは副会長がどんな人か知らないし」
「……ああ、そうだったわね」
えり何がしさんがどんよりと肩を落とす。いや、そんなふうにされてもわからないものはわからないのだから仕方がない。
「それじゃあ、次に行くわよ」
「わかってる」
あたしを連れ立って、えり何がしさんが踵を返した。
あたしは彼女のあとに続き、校舎内へと戻る。
「それにしても、どこに行ったのかしら? そう広くはないはずなんだけれど」
「……何だか実体が掴めない。幽霊みたい」
「こ、怖いこと言うんじゃないわよ……」
「……もしかして幽霊とか嫌い?」
「別にそれほど苦手って訳でもないけれど。でも、怖いじゃない」
「……ふーん」
「何よ」
「何でもない」
これは意外だ。まさかこのえり何がしさんは幽霊がお嫌いだとな。
なんだか特をした気分だった。これで、えり何がしさんを自由に操れ……ない。
「……何を勝手にがっかりしているのよ? 訳がわからないわね」
「気にしないで」
ひらひらと手を振るあたし。そう、気にしてはいけない。気にしたら負けなのだ。
「それで、次はどこへ?」
「そうね。……次は音楽室を見てみましょう」
「? どうして音楽室に?」
「あんた、ほんとに何も知らないのね」
あきれたと言わんばかりに嘆息するえり何がしさん。
何その態度。別に一般常識の範疇ではないと思うのだけれど。
「副会長はピアノの名手なのよ。コンクールだって何度も入賞経験があるんだから」
「へぇー、そうなんだ。……よく知ってる」
「ま、まあ小学校時代から有名人だったし」
「ふーん……副会長とは親しかったの?」
「それほどではないわ。そもそもそんなに交流はなかったし。学校の表彰式なんかで壇上に立つことが多かったから、一方的に知ってたって感じかしら」
「それはそれは」
つまりアイドルとファンみたいな関係性ということなんだろうか。
まあえり何がしさんは副会長のファンという訳ではないんだろうけれどね。
「でもあたしは、会長の方がすごいと思っていたけれどね」
「……副会長と会長って小学校から知り合いだった?」
「ええ。二人は幼稚園から一緒だったそうよ」
「幼馴染って奴だ。……ん? ということは」
会長と副会長が幼馴染で、そのことを知ってるえり何がしさんは副会長のことを小学校の頃から知っていた。
ということは、会長とえり何がしさんは小学校からの知り合いだった可能性が大?
「む……何よ、じっと見たりして」
「……ううん、ちょっとかわいそうだと思って」
「あんた、あたしのことほんとは嫌いなんでしょ?」
「まあ好きではないけれど。嫌いというほどでも」
「きぃー、何なのよ、もう!」
そして会長の探し物を手伝おうと言い出した時のえり何がしさんの態度。
間違いない。この人は会長を好きだ。絶対に。
「ま、何とかなるって」
「むきー、何なのよほんと!」
だんだん、と地団駄を激しく地団駄を踏むえり何がしさん。
そっかそっか。そんなに悔しいか。
「じゃあ次は音楽室に行こう」
「じゃあって何よじゃあって。あんたが仕切らないでよ」
ぷんぷん、と肩をいからせて少し早足にあたしの前を行くえり何がしさん。
何というか、単純というかわかりやすいというか。
たぶん、素直な人なんだろうなと思う。あたしと違って。
校舎に入り、階段を昇る。音楽室は三階にあるので、一段ごとに体力をかないり使うのであたしとしては重労働だ。
やっとのことで二階部分の踊り場まで昇り切り、そこで膝に手を突く。
「どうしたのよ? まさかこれくらいで疲れたとか言い出すんじゃないわよね?」
「……その、まさかに決まってる。あたしは、繊細なんだ、から」
「ちょっと何よその言い方! まるであたしが繊細じゃないみたいじゃない!」
「別に……そうは言ってない、けれど」
「言ってるのよ、確実に」
「とにかく、ちょっと休もう」
「……ったく、仕方ないわね」
先行していたえり何がしさんが戻って来る。
あたしの隣に立ち、腕を組んだ。
「さっさとしてよね。こんなところでもたもたしていたら、会長に迷惑がかかっちゃう」
「……まだ、無理」
「はあ……全く、これだからあんたはだめだめなのよ」
えり何がしさんは肩をすくめ、ため息を吐いた。
あたしはそれについて特に思うところはなかったのだが、えり何がしさんの方にはあったらしい。ハッと目を見張り、早口でまくし立てる。
「べ、別にあんたがだめって訳じゃないのよ、ただそこまで体力がないと、きっとこの先色々と困ると思うわ。だから、ちょっとは運動した方がいいという意味であって」
「ん、大丈夫。別にあたしは今のままでいい」
「いい訳ないじゃない。階段も昇れない分際で、偉そうなこと言わないの」
ようやく呼吸も整ってきた。
喋りつつだったせいか、時間がかかった気もするけれど。ともかく、ようやくあたしたちは三階へと辿り着く。
「音楽室はこの廊下をまっすぐ行った突き当たりね」
「知ってる……わざわざ言わなくていい」
「何よ、知らないだろうと思って教えてあげたのに」
「他人のこと、バカにし過ぎだと思う」
「バカになんかしていないわ。ただ、同じ学校の会長と副会長を知らないという時点で、もしかすると学校施設を知らないかもしれないという推測は実に的を射た論理的なものよ」
「……さっさと行こう」
「ちょっ……待ちなさいよ」
長々と講釈を垂れ始めたえり何がしさんを置いて、あたしは突き当たりの音楽室を目指した。
あたしのあとに、とことことえり何がしさんがついて来る。
どこか機嫌が悪い。どうして?
「さて、着いたわ」
サッとドアを開く。と、音楽室内の風景が異様なことに、あたしは気づいた。
風景……というより、匂い、香りと言った方が的確だろうか。
とにかく、誰もいない音楽室。誰もいないはずのその部屋には、なぜか甘い匂いが漂っていた。
ぽろろん、と軽い音が鳴る。ピアノの音だ。
「……あの人が副会長?」
「ええ、ピアノの前に座っているあの人こそ、副会長の張間翼彩よ」
「衿沢美々さん……だったかしら? だめよ、先輩を呼び捨てにしては」
「……すいません」
「ふふ、まあいいわ。そちらの彼女は初めてお会いするわ」
「……彼女は石宮……」
「まあ、あなたが石宮さん!」
副会長――張間翼彩は興奮したように椅子から立ち上がり、ずんずんとあたしに詰め寄って来た。え? 何で?
「あなたのことはよーく知っているわ」
「えーと……どうして? あたしみたいな地味な奴を……?」
「ふふふ、地味だなんて。謙遜ね」
何がそんなにおかしいのか、張間副会長はニッコリとほほ笑み、あたしの手を握った。
「どんなにいじめられても決してふて腐れず、学校に通い続ける孤高の女生徒。わたしはあなたを尊敬しているのよ?」
「はあ……それは変わった趣味で」
「ええ、よく言われるわ」
張間副会長はあたしの手を離すと、今度は腰の後ろあたりで組み直した。
「あなたとはぜひお話したいと思っていたの。こんな形で願いが叶うなんて思ってもみなかったのだけれど」
「あたしは別に副会長に会いたいなんて思ってませんでしたよ。ましてお話なんて」
「ふふ、正直なのね」
副会長は品定めをするように目を細め、じっとあたしを見る。
それこそ、頭のてっぺんからつま先まで。まるで、値踏みされている気分だった。
ぞくりとする。嫌な感じだ。
「それで張間……副会長、あたしから少しおうかがいしたいことがあります」
「あら、何かしら? わたしに答えられることなら喜んで」
副会長はピアノの前に座り直すと、再び何事かを引き始めた。
それはあたしでも知っている。有名な曲。よくゲームのBGMなんかで使われているような曲だった。
その音色をバックに、軽い尋問が始まった。
「会長の持ち物を拾ったそうですね」
「ええ、それが? わたしと瑛太の問題よ」
「瑛太?」
「会長の名前よ」
「……あー」
そう言えば最初に会った時にそう名乗っていた気がする。
「どうして会長の持ち物を返さないのよ!」
「瑛太の物はわたしの物よ」
「違うわよ、会長の物よ!」
「いいえ、わたしの物。幼稚園の頃から決まっていることよ」
うわ、酷いジャイアニズムを見た。
「ああそう。どうあっても本人に返すつもりはないと」
「ええそうよ。だってそれがわたしの生きがいだから」
「生きがい? 何言ってんのよ」
はん、とえり何がしさんが鼻で笑った。
それを聞いてか、副会長もくすっとのどを鳴らした。
「実はわたし、みんなに内緒にしていたことがあって」
「む……何よ、それ」
「わたし、瑛太のことが昔から大好きなの」
「……な、何ぃぃー!」
ビシャーン、とかみなりに打たれたようになるえり何がしさん。
いやいや、そんなダメージ受けるようなことですか、あーた。
「それはもう、抱きしめてぎゅーってしてチュパチュパしたいくらい好きよ」
「な、なななななな」
ああもう、止めて止めて。えり何がしさん顔真っ赤だから。話についていけてないから。
「だからこれは仕方のないことなのよ」
「そ、それが会長の持ち物を集めるのが生きがいっていうのとどう繋がって来るのよ!」
「まだわからない? 本人の口から言わせなでちょうだい。恥ずかしい」
ポッとほほを赤らめる副会長。うーん、あまり恥ずかしそうには見えないんだけれど。
「いいわ。教えてあげる。わたしの趣味、それは」
「それは……」
「それは」
ごくり、とのどを鳴らすえり何がしさん。
あー、いやあたしにはこのあとの展開予想がついてるんだけれど、言っちゃだめかな?
「それは、瑛太の持ち物、身につけている物を集めることよ!」
「…………」
満を持してカミングアウトした副会長。そして開いた口が塞がらないえり何がしさん。
遅れて理解が追いついたのだろう。しばらくして、みるみる内に耳の先まで顔を赤くさせてしまった。
「何言ってんの、バカじゃないあんた! そんなの……そんなの!」
「ま、他人にわからなくてもいいわ。わたしとは孤独な女なのね」
中学三年生が何悟ったようなことを言ってるんだ。
「しかし、これでわかってでしょう? わたしの方が瑛太を好きだということが」
「べ、べべ別にあたしは会長のことなんて特別好きって訳じゃ……まあいい人だとは思うけれど、好きって訳じゃあ」
「なるほど。では石宮さん。あなたは瑛太のことどう思ってるのかしら?」
「……雇用主?」
「……んん? 今なんて?」
「雇用主」
「えーと、もう一度」
「雇用主」
「ワンモア」
「雇用主」
「も、もっかい」
「もう嫌」
ぽかーん、とするえり何がしさんと副会長。
え? 何? あたしなんか変なこと言った?
「ど、どういう意味かしら、それは?」
「え? えーと、そのままの意味、です」
会長がゲーム買ってくれるって言ったから手伝っている。ただそれだけのこと。
「雇用主……ふふ、つまり高度なプレイの最中ということかしら?」
「どうしたらそんな解釈になるんですか?」
「……石宮さん、あんた」
「待って、二人してあたしを変態みたいな目で見るの止めて」
少なくとも副会長からそんな目で見られるいわれはないはずだ。
「……そのあたりのことは今はいいわ。張間翼彩副会長」
「ふふ、他人行儀なのね。昔のように翼彩ちゃんと呼んでくれて構わないのに」
「そんなふうに呼んだことなんて一度もないわ。それに、あんたとはろくに会話をした覚えはない」
「そう? ずいぶんと寂しいことを言うのね」
全然そんなふうには見えない。というか……、
「知り合い? 直接顔を合わせたことはないと言っていたけれど?」
「違うわよ、誰がこんな奴と!」
「あらあら、これはまた嫌われたものね」
「当然よ。自分の行いを鑑みて発言しなさい!」
ぎろり、とえり何がしさんが副会長を睨みつける。
副会長はどこ吹く風とばかりに笑い、嘆息した。
「全く、あなたにはあきれるわ。ねえ、石宮さん」
「全くです」
「ちょっと、あんたはどっちの味方なのよ」
「どっちの……味方」
そう訊ねられると困った。
別にあたしはどちらかの味方をするためにこの場所にいるのではない。ので、一体どちらの味方なのかと問われても困る。
だから、当然返答なんてできるはずがない。
「そのへんにしておきなさい。見苦しいわよ」
「ぐ……ごめん」
「別に気にしてないから」
えり何がしさんがなぜ謝るのかわからず、あたしは首を傾げた。
……まあいい。今は会長の持ち物を回収することが先決だ。
「……副会長、あなたが持っている会長の物を返してください」
「だめよ。これは既にわたしの物だから」
「あなたに所有権はないはずです」
「ふふ、ではどうする? まさか、窃盗で警察に突き出す?」
「それは最期の手段です」
「では、どうするつもりかしら?」
「…………」
どうするつもり、と訊かれてもこれまた困る。
無理矢理力づくで……というのはうまくいかないだろう。
なぜならあたしでは、おそらく単純な腕力勝負では勝てない。それに、怪我をする恐れがある。
怪我はよくない。ゲームがしづらくなる。
何かいいアイデアはないだろうか、えり何がしさんを見やった。
が、えり何がしさんは目を瞬かせるだけで、有益な作戦を立案してくれる気配はない。
「……何よ」
「別に何でも」
役たたずめ。
あたしは心の中で毒づき、はてどうしたものかと途方に暮れる。
「ふふ、だいぶ困っている様子ね。そんなにこれがほしいのかしら?」
副会長は立ち上がり制服のスカートのポケットを二度叩いた。
あの中にあたしたちが探している品が入っているのだろう。
「こっちは二人。あんたは一人。どちらが優勢かわかり切ってるでしょ?」
「ええ。つまりわたしはここから逃げおおせ、あなたたちは二人がかりでわたしを襲ったしつけの行き届いていない豚として校内の晒し者にされる」
「なんですってえ……!」
「ふふ、だめよ、女の子がそんな顔をしちゃ。かわいい顔が台なしだわ」
「誰のせいだと……」
「何でもかんでもわたしのせいにするのは止めてほしいわ」
「だったら、会長の大事な物を返して」
「大事な……物?」
二ィィ……、と副会長の顔が楽しげに歪む。
副会長こそそれ、女子のする顔じゃあないと思うんだけれど。
「へえ、これって瑛太の大事な物だったんだ。それは知らなかったわ」
「ええそうよ、だから……」
「だったら、ますます返せないわね」
「何でよ!」
すぐに金切声をあげる。これだから女って奴は。
あたしは思わず顔をしかめ、えり何がしさんに非難の目を向ける。けれど、えり何がしさんはあたしの視線に気づいた様子もなく、副会長に対して怒号を飛ばしていた。
「……ぜえぜえ」
「終わったかしら? なら、仕事があるのでわたしはもう行くわ」
副会長はあたしたちの脇を通り抜け、音楽室を出て行く。
その間際、あたしに一瞥をくれた。けれど、あたしにはその視線の語るところがわからなかった。
◆
「きぃー、何なのよ、あの女!」
だんだんだん! とえり何がしさんが地団駄を踏んだ。その度に音楽室全体が揺れたような気がしたけれど、たぶん気のせいだと思う。
「これじゃあ会長に大切な物をお返しできないじゃない!」
「それは困った。あたしもあなたも」
「ええ、困ったわ。どうしてくれよう」
ぎりり、と奥歯を噛み合わせるえり何がしさん。
あたしとしてはさほどではないのだけれど、しかしこのチャンス逃すのは惜しい。
どうにかして、彼女から会長の大切な物を取り返せないだろうか。
「……いっそのこと、本当の警察に」
「それはだめだと思う」
「どうして? 警察は市民の味方でしょ?」
「こんな小さな、事件にすらなりえないことに相手をしてくれるとは思えない」
「それは……そうね」
「それに、あたしたちが怒られる可能性の方が大きい」
あの女のためにそこまでするのは、嫌だ。
「……なら、どうするのよ?」
「それが思いつかないから困ってる」
むむう……、と二人して唸り声をあげるあたしとえり何がしさん。
会長の大切な物。それは副会長が持っている。けれど力づくで取り返すことはできない。
なら、何か交渉材料があればいけるのでは? ……だめだ、あたしじゃ用意できない。
「そうだ、あいつが会長の大切な物を手放す時を狙えば」
「そんなこと言ってたら、家にまで行ってストーカーしないといけなくなる。それは面倒臭いし、そんなことで奪えるとは思えないから」
「むむ……確かに」
「それに、やるなら早くしないと。家に持ち帰られたら手も足もでなくなる」
「じゃあどうしろって言うのよー! このままじゃ会長に合わせる顔がなくなっちゃう」
ぐしゃぐしゃと髪をかき乱すえり何とかさん。
どうしたらいいか。……何となくその方法はわかっている。
今、副会長が持っている会長の大切な物。それより彼女にとって更に価値のある物を目の前に置いてやったなら、おそらく彼女はそれを欲しがるだろう。
問題は、それが何かだ。
副会長が持つ彼女の価値観は、彼女自身にしかわからない。
会長に話を聞けば、たぶんある程度の推測はできるだろうけれど。
「……一旦会長のところへ引き返そう」
「ええ……でも、会長の大切な物、取り返せなかったし」
「……そのくらいで怒るような器の小さな人なら、関わらない方がいいと思うのだけれど」
「誰にだって触れられたくないことの一つや二つはあるでしょ、会長にだってきっとそれはあるはずよ。だから、そのくらいでめそめそしちゃいけないの」
あー、なるほど。さいですか。
あたしは目の前の同級生の異様な熱意に、それ以上何か言うのを止めた。
かわりに、一つの提案をする。
「会長に副会長のことを話そう」
「それで副会長が素直に返してくれるという保証はないわよ」
「大丈夫。きっとそれで返してもらえるはず」
「どうしてわかるのよ?」
「……ま、色々とね」
ゲームやアニメでは、このあたりの事情は言わないのがお約束だ。
その方が主人公の悪人ぶりが際立って、より観ている人を引き込めるからだ。
……あたしの個人的な見解なんだけれど。
「それじゃあ、会長のところへ行こう」
「あっと、ちょと待ちなさい」
かくしてあたしたちは、音楽室をあとにした。
鍵は開きっぱなしだけれど……まあいいか。あたしは悪くないし。
◆
「ふむ……なるほど。事情はよくわかった」
「すみません、会長」
「何、仕方がないさ。それにしても、彼女の癖には困ったものだ」
「会長は知っていたんですか?」
「まあね。長いつきあいだし」
会長は困ったというように吐息し、肩をすくめた。
「しかしこれでは、僕の大切な物は戻ってきそうにないね。なにせ彼女は一度言い出したら決して聞かない人だから」
「そうですね。……何かいい方法はないものでしょうか」
二人してうーん、と困ったように唸っている。
唸りたいのはあたしの方だというのに。
「それにしても、どうして彼女はあんな物を持ち去ったのだろう?」
「うっ……それは」
「それは、副会長が会長のことを」
「ちょっと待て!」
ガッと、えり何がしさんによって口を塞がれてしまった。
女の子の柔らかい手の感触とか、いい匂いとかを堪能する以前に、普通に痛い。
「うん? 彼女が僕のことを……何だって?」
「な、何でもありませんよ、ははは」
えり何がしさんが笑って誤魔化した。
「ちょっとあんた、何口走ろうとしてる訳」
「……だめ?」
小声でえり何がしさんが責めてくる。ので、あたしも小声で応じた。
「だめに決まってるじゃない。これで会長があの女のことを意識しだしたらどうするつもり」
「それはどういう……ああ」
なるほど、ようやくわかった。つまり、自身の好意を知られたくないと。
全く、乙女だなぁ。
「どうしたんだい、二人とも?」
「な、何でもありませんよ、会長」
えり何がしさんはバッと振り返り、慌てたように手を振った。
「……そうかい。しかし困ったねえ。一体どうしたものか」
「ええ、全くです」
二人は頭を抱え、考え込んでしまう。
そんなに難しいことなのだろうか?
「会長は副会長と幼馴染なんですよね?」
「ああ、そうだが……それがどうかしたかい?」
「なら、彼女の人となりをそれなりに把握しているはずです」
「うん、まあそうだね。しかし返さないと言っている物を取り返す手段なんて僕には思いつかないよ」
「いえ、彼女はあなたのことを好きで、あなたの品を収集するのが趣味だと言っていました」
「それは……照れるというものだ」
テレテレと顔を赤くする会長。……今はそんな場合ではないのではないだろうか。
「そこでです。副会長にとって、会長の大切な物よりずっと価値のある物を差し出せばいいのではないでしょうか?」
「価値のあるの物……?」
「それって何よ?」
「あたしに聞かれても困る。けれど、きっとそれで会長の大切な物は戻ってくると思う」
「つまり、交換材料という訳だ」
そうです、とあたしは頷いた。
「なるほど。ではそれで行こう。とはいえ、何を渡せばいいのかさっぱりわからない。君たちは何かアテはあるかい?」
「そうですね。あたしだったら、会長のまくらとかほしいです」
「まくら……そんな物でいいのだろうか?」
「ああいえ、例えばの話ですよ、例えば」
「……下着、とか」
「したっ……ええ!」
あたしの発言に、会長が咳き込んでしまった。
「ごほごほ……どうして僕の下着なんかほしいと思うんだ」
「変ですか? 意外とメジャーな選択肢だと思ったんですけれど」
「いやー、そんな話は初めて聞いた」
「そうですか」
では、下着という線はなしになるだろう。
ならば、どんな選択肢なら副会長は会長の大切な物を返してくれるだろうか。
「……何? じっと見て」
「えっと……やっぱ変態だなと思って」
「……ふん」
もういい。どうせこの一件が終わったら、このえり何がしさんとは話す機会もなくなるだろう。だから、今の内にせいぜい言いたい放題言っておいたらいい。
「まくらとか言ってた人に言われたくはない。……じゃあ他の案を出してみたら?」
「ええと、だったらここは会長の制服とかいいんじゃないですか?」
「制服……? しかしまた買わなくてはならなくなってしまうのはちょっとな」
「あー、ですよね。安い物じゃないですし」
「ふーむ……困った」
困った、じゃなくて。もう下着でいいんじゃね? 制服よりずっと安いし、何より会長の使用した下着とか本気で喜びそうだけれど、あの人。
「……仕方がないね。今日のところはこれで解散しよう」
「いいんですか?」
「ああ。彼女が持っているということは、そう手荒な扱い方はしないだろう。とりあえず今日は帰って、何を渡すか考えてみるよ」
「えっと……わかりました」
「……それではこれで」
「うん、すまなかったね」
会長が本当に申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
あたしは別段気にしていなかった。ゲームが手に入るし。
けれど、えり何がしさんは違ったようだ。
どこなか納得がいかない部分があったのか、憮然としていた。
◆
そして翌日。放課後に生徒会室に呼び出されたあたしとえり何がしさん。
そこには、猪之頭会長がいた。彼は机に腰かける形で、あたしたちの到着を待っていた。
「やあ、すまないね、呼び出して」
「だ、大丈夫です」
「それで、何の用ですか? あたし、これでも忙しいんですけれど」
「それは大変だ。では手短にすまそう」
会長はニッコリとほほ笑むと、あたしたち二人の前に冷たい麦茶を差し出してきた。
「昨日の件、ちょっと報告があってね」
「解決したんですか!」
「ああ、解決したとも」
「下着を渡したんですか?」
「いいや、さすがにそれはちょっと。僕も恥ずかしいし」
「で、では何を渡したんですか……?」
「それはね」
会長はあからさまに恥ずかしがるように、ほほを染めた。うーん、男の赤面はやっぱり気持ちが悪い。
「僕自身……なんだ」
「へ? えーと……それはどいういう意味、なんですか?」
「はは、まあそうだよね。つまりね、僕と彼女は……恋人同士になったんだよ」
「え……えええええ!」
えり何がしさんの絶叫が生徒会室に響き渡る。
あたしはそれをうるさいなと思いつつ、麦茶をすすった。
「あの、えっと……どどどどうして?」
「どうして……と言われると困るけれど。まあ彼女は僕のことが好きだったみたいだし、僕も彼女を憎からず思っているからね。お互いにとって不利益はないし、いいかなーっと」
「そんな理由で……」
「それで会長。例の大切な物は戻ってきたんですか?」
そこが重要だ。最終的にはどうであれ、そこさえきちんと達成できたのなら、あたしの受けた依頼は果たしたことになるだろう。
つまりあのゲームが手に入るか否かはその部分にかかっている。
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと戻ってきたから」
「それは……よかったです」
会長の嬉しそうな顔に、あたしも思わず笑んでしまう。
よかったよかった。全てが一件落着だ。
「……どうして、そんなことに」
「まだ言ってる」
会長と副会長が交際を始めたことによりショックを受けたのは、えり何がしさんだ。
彼女は机に突っ伏して、ぶつぶつと呪詛めいた一人言を呟いていた。
「それで、報酬の件なんですが」
「ああ、わかっているとも。何が望みだい? 僕に可能なことなら、何でも言ってくれ」
「……では、ほしい物があります」
「遠慮なく言ってくれ」
そして、あたしは約束通り報酬を要求した。
その内容に会長は苦笑いを浮かべていたが、当然嫌だとは言わなかった。
かくしてあたしは、新ハードと話題のVRゲームを手に入れたのだった。
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