第7話【わたしはいかにも友人を作ろうと仕込んだ。だが得られた結果は偶然に過ぎないということもまた解っている】

 『ねぇ、今度貸してよっ!』そう言われてしまった真央は瞬時に負の直感に襲われた自分を自覚した。そして自己嫌悪に襲われる。


(こうなることは覚悟の上だったじゃないっ!)


 自分がオタクであることを本当に他者に知られたくなかったら最初からそんなもの(ラノベ)など学校へ持ち込まず家の中だけで読んでいればいい。一般論としてもそうだが、入学一番でオタクと見られてしまえば、高校生活三年間を暗く過ごすことになる確率が非常に高くなってしまうことを真央自身が自覚していたのだから。


 にもかかわらずラノベなど持ち込んだのはなぜか⁉


 その答えは当然『我々が正しいからだ!』になるはずもない。


 ただ単に友だちが欲しかった。


(わたしだって現実にここにある。だから他にもわたしみたいな人がいるはず)


(本当に臆病ならSNSすらやらない。だからわたしはSNSなんてしない)


(最終的には実際に会って話しができる友だちが欲しい。だからむしろSNSでみつけようとする方が危険。学校の方がまだ安全。そういう相手は素性が容易く確実に正確に知れる場でみつけるべき)

 という独自の真央理論によって無謀にもラノベなどを高校に持ち込んだのである。なぜラノベかというとマンガだと完全にアウトだからであった。

 『ラノベなら学校に持ち込んでもいい!』と学校が言っているのは聞いたことが無いが、少なくとも小説の体をとっているのでギリギリセーフなんじゃないか、と勝手連的判断をしたからだった。


 ただ、持っていく『タイトル』だけは思考を重ねチョイスした。

 即ちメジャーなもの。


 誰かに見られることを前提に、その見た人がたまたま同好の士であることを期待しているのである。もちろんそんな都合の良い展開など訪れない確率の方が高いことくらい真央も理解している。

 その際最も自身にダメージを与えない物はメジャータイトル以外あり得ない。それだったら『普通のヒトも読んでいるよね』、という言い訳が通じると思ったのである。


 その結果選ばれたのが、かの『SAO』であった。


 何しろアニメ化されていて、それも第3期まである。その3期は第一部と第二部、さらに第三部まであり、放送話数的には事実上第5期まであるようなもの。

 しかも1期あたりの話数は13話でも12話でもなく、25話とか24話なのである。


(これの原作本を持っていても恥ずかしい目には遭わないはず)、真央はそう考えそして実行した。ちなみに、客観的には少しばかり強引な感じがしなくもない。


 理想的想定シミュレーションはこうだった。

 温和しそうで少し暗そうな女の子がおずおずと話しかけてきてくれる——

 わたしみたいなのと友だちになれるのは、やはりわたしみたいなヒトに違いない——

 わたしが本を貸す。そのコもわたしに本を貸してくれる。そうした互いの共通の趣味を通じ、

 似たもの同士ギクシャクした会話を少しずつ積み重ね徐々に心の垣根が低くなっていく——


 そんな感じになると思っていたのに、話しかけてきたのはだった。その陽キャがラノベに興味があると言っている。だが真央は生来『陽キャ』にどこか信用できないものを感じていた。


(どこまでホンキなのか? わたしをからかって笑いものにでもするつもりなのか?)


「よ、読んでる時間とかある? 部活動とかあるだろうし、」


 言った自分で(わざとらしい)と思ってしまうが、これはさりげなく所属部活を訊いたのである。何の部活もやっていない真央にとって諸刃の剣な水の向け方であったが、少なくとも〝文化系〟〔ただし除く吹奏楽部〕なら、陽キャなどではなく、『明るい女子』と、思い込もうとすればできた。

(ラノベに興味があるのなら、読書部とかであってくれ——)と願いながら。


「まあそこそこ忙しいかもだけど部活はどうにかなるから」


(ちっ、名前を教えてくれない)


「わたしは何もやってないけど、あなたは何部なの?」

 真央は自らの身と引き替え(?)に所属部活を尋ねた。いわゆる差し違える覚悟である。


「バスケ部っ」


 その〝答え〟に思考はネガティブ方面へ際限なく傾いていく。


(『バスケ部』なんて完全に陽キャじゃん。陽キャにラノベなど貸せば返ってこないかもしれない……)

 バスケットボールに特に含むところは無い真央だが、こういうイメージなのだから仕方ない。


(よしんば返ってきたとしても無事では済んでいないだろう。カバーは無くなり、表紙は折り曲げられ……あぁ、さらばSAOよ……)

 真央はおよそ口に出すのもはばかられることを思っていた。


 しかし今必要なのは〝どうするか〟という判断、そして決断であった。

 

『ねぇ、今度貸してよっ!』にどう対応するのか? 答えは二つしかない。貸すのか、貸さないのか。


(男子の陽キャにラノベを貸すよりはマシ)と、不思議な思考をする真央。


(こうなることは覚悟の上だったじゃないっ!)再度自身を奮い立たせる真央。



「……うん、いいよ……」消え入りそうな声で承諾の返事をした真央。その声からはかなりはっきり〝不安〟という感情が読み取れたが、陽キャ女子はそんなのは気にしない、というか気づいてもいないようだった。

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