ここは魔王…じゃなくて真央結界! 〜冴えなくても彼女になりたいおんなのこ〜
齋藤 龍彦
第1章 わたし、〝真央結界〟の中にいる——
第1話(本文〝西木 草成氏〟作)【目が……ぁ、目がぁ……】
『紹介文』(799文字)
本作の主人公柊真央は中の下の公立高校へと通うラノベ・アニメ大好きな女子高生。この手の嗜好を持つ人間には割とありがちではあるが性格は陰キャの方であり、スタートを切ったばかりの高校生活もボッチ状態。
だが当人には(このままではマズイ)という認識はあり、この状態をなんとしても脱しなければという決意を胸に秘めていた。
そこで考えたのが〝類友作戦〟。(趣味が合えば友だちになれるはず)と大胆にもラノベを学校へと持ち込み、休み時間に堂々と読書を始めてしまう。趣味の合うコが話し掛けてきてくれるであろうことを期待して。
そんな真央に話し掛けてくる女子が現れた。しかし話し掛けてきたのはいかにもな〝陽キャ〟な葉山忍。思いっきり苦手意識を感じる真央だったが、そんな忍は真央の内心などどこ吹く風、「ラノベを貸して」と真央は求められてしまう。
今さら後に引けない真央は泣く泣く(?)ラノベを貸し、貸したラノベがどういう状態で戻ってくるかを儚んだ。
ところがそんな思いは杞憂でしかなかった。貸したときと同じくキレイな状態で戻ってくる真央のラノベ。しかも読まずに返したのではなく中身の話しもしっかり通じる。こうして真央は高校生活という場において一つの達成を得た。
それから何ヶ月か経ち真央は二つ目の達成を得た。現役女子高生ラノベ作家としてデビューできたのである。だがその内容は性的妄想満載のあまり人に言えないような代物。ただ忍だけには自慢したく、それをびくびくながらも実行してしまう。
かくして高校生活が順風満帆となった真央に残された目標はただ一つ。『高校生のうちに恋人をつくること』。
意中の男子を恋人にしたいと願う真央、どういうわけかこれを忍が手伝ってくれるがどうしても挨拶程度が限度で終わってしまう。そうして時間だけが流れ続ける中真央の書いたラノベが真央自身も思いもよらない方向性へと真央を連れて行く。柊真央の最後の願いは叶うのか?
(『紹介文』部は〝齋藤 龍彦〟による)
===============(以下本編)===============
「ふふ……ふひひひ」
暗闇の中、部屋の一部だけ灯ったデスクトップの前で、伸びきった髪の毛をボサボサに流している姿はホラー映画の貞子を彷彿させる。その髪の隙間から薄気味悪い女の笑い声が漏れ出て、時折キーボードを叩く音が響く部屋に散らばるのは読み捨てられた大量の漫画、小説、ラノベ。壁一面に貼られた男性アイドルキャラクターの描かれたポスター。そして、蝉の抜け殻のように放り投げられた高校生の制服。
突如、キーボードの音と、薄ら笑いしか聞こえなかった部屋に大音量のベルが鳴り響く。怯えたかのように大きく体を震わせた女はゆっくりポキポキと首を動かすと、デスクトップ前の椅子から溢れるスライムのごとくヌルリとベットに近づき、部屋を震わせる勢いで鳴っているその元凶の頭を思いっきり叩いた。
「……もう……朝……?」
女の手にしている目覚まし時計はしっかりと朝の七時を指し示している。気だるそうな動きでゆっくりと体を起き上がらせ、締め切ったカーテンを開けると溜めに溜め込まれた桶の水が如く朝の爽やかな陽光が淀んだ部屋の中へ一気に雪崩れ込んできた。
「ぎゃ……っ! 目が……ぁ、目がぁ……」
いくら爽やかであろうとも、徹夜明けで、パソコンの画面を見て疲れた眼にそれは劇物以外の何物でもなかった。しばらく、目から入った劇物に床の上でのたうち回っていた女の動きが止まった。
『真央っ! 朝ごはんっ!』
下の階から聞こえる、女性の声。真央と呼ばれた女はその声で動きを止め、のそりと起き上がると安物のパジャマを脱ぎ捨て、床に散らばった制服を一つ一つ拾い集める。それを持って部屋に備え付けの姿鏡の前で、
「うわ……自分でも引くわ……」
今現在の自分の姿に対して、上擦った声で軽蔑の言葉を向ける。鏡に写っているのは、生えているというよりか頭の上に乗っているという表現の方が正しいと思えるくらいにばさばさに広がった髪の毛、そして何の色気も感じない布の上下の下着。とてもではないが、彼女の現在の身分を示す服を着ている人間とは思えないほど、真央という人間は女性としての魅力に欠けていた。
「……どうせインキャだし。ていうか、胸小さ……」
自己嫌悪か、はたまた自虐か。一つ服を身につけるたびに口から呪詛とも言い難いボソボソとした言葉が真央の口から溢れる。
しわくちゃになったワイシャツを身につけた後。先ほどまで、向かい合っていたデスクトップの前に立ち、画面に表示されたものを見て。彼女は初めて満足げな表情で頷いた。
「……よし、今日もノルマ達成」
マウスを画面、上の『ファイル』をクリックし、表示された『保存』の表示をクリックした後。デスクトップの電源を落とした。
しばらく、腰を下ろしたこともないベットの下から高校の指定カバンを取り出し、部屋を後にする。そのままふらつく足で一階まで降りる階段を下ってゆくと、一階には優しい匂いが漂っていた。
「……おはよ」
「また徹夜したわね。あんた」
「今日……ご飯いらない……」
「話を逸らさない」
リビングに入るやいなや、母親の鋭い視線が真央に突き刺さった。それを回避するかのように、目線を合わせないよう、テーブルに並ばれた健康的な食事をぼんやりと眺めた後、イスを動かして席に着いた。
「あんた、約束覚えてるよね」
「……いや、マジで勘弁してください」
「次徹夜したら、ネット切るって言ったよね」
「すみませんでした、本当にすみませんでした。もう徹夜しません」
テーブルに穴が開く勢いで頭を擦り付ける真央の姿をしばらく冷たい目で眺めていた母親の顔が、呆れたというべきが、諦めたというべきか複雑な表情へと戻る。
「真央、両立ができないのなら。いまの仕事は考え直しなさい。あなたの本分はあくまで学生なのよ?」
「……はい」
「わかったら、しっかりご飯は食べる。徹夜はしない、いいね?」
「はい……、でもご飯は本当にいらない……」
「なら、せめて味噌汁だけでも飲んで行きなさい。後、ちゃんと髪の毛直して行くのよ」
黙ったまま頷いた真央の目の前から白米とおかずの切干大根と卵焼きが消え、ナスの味噌汁だけが目の前に残った。
「……いただきます」
しっかりと両手を合わせ、真央は一口すする。徹夜明けの胃袋に、慣れ親しんだ母親の味噌汁が染み込む。味噌汁の具も残さず食べ終わり『ごちそうさま』と言った後、リビングを抜け洗面台へと進む。
「……今度髪切ろ」
そんなことを言いながら、痛みに痛みきった髪を適当に透かし。人様に見せられる程度に纏まったところで、リビングで朝食を食べている母親のところへと向かった。
「行ってきます……」
「気をつけなさいね。行ってらっしゃい」
すでにスーツに着替え終わり、凛々しく朝食の席に座っている母親はそのまま廊下の奥の玄関へともっさり歩く自分の娘を心配そうに見つめながら見送って行った。
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