第6話 知らない、懐かしい人

 それから、充分に時間をかけてパフェを賞味し、飲み物をゆっくりと飲んで、お互い、に触れるのを避けたまま、たっぷりと無駄な時間を過ごした。

 近くに居て、待っているかもしれない『ハルキ』を避ける為だった。どうやら、朔也も『ハルキ』に会いたくないようだった。こんなにぎこちなく会話をする朔也を見るのは初めてだった。

 速くなった脈はすっかり落ち着いていた。寧ろ私の方から、「そろそろ行こうか」と席を立ってしまった。

 普段頑固に、奢らせてくれないどころか折半もしてくれない朔也なのに、余程動揺する名前だったのか、会計も折半で通った。

 外に出て、駅の方向に向かって少し歩くと、急に空が轟いた。


「えっ、雷?」


 何処かの女性の声と私の声が被ると、突然、物凄い勢いの雨が、本当に『バケツをひっくり返したように』降り出した。


「あああああ、洗濯物っ…!」

「安心して下さい。瞬殺です。それより、傘を買わないと」

「それ、『安心』の使い方、間違えてない?」


 不覚にもその憎らしい突然の豪雨に助けられる。やっと普段通りの会話が出来たことに、心の中で息を吐く。

 幸い、私達はアーケード内に居て無事だった。近くに百円ショップがあり、丁度良く店頭に傘が売られていた。


「ちょっと買ってきます。待ってて下さい」


 商品棚が密集するその店内が、普通に人がすれ違うのもやっとであることを知っていたので、素直にその言葉に従った。

 もうすっかり、私は『ハルキ』に恐怖していなかった。足元に蛙が跳ねていて、「こんなところに蛙が!あ、でも、踏まれちゃうかも!」とそっちの方が専らの心配事だった。

 『ハルキ』に対するその感情が、朔也のものに刷り変わっていたのだ。

 それが、「油断」と言われればそうだったし、「運命」と言われれば、やはり、そうだったのかもしれない。




「咲桜」




 懐かしい声が聞こえた気がして、顔を上げる。


「…………あ、」


 そこには、が立っていた。








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