ももいろひつじ

パラダイス農家

第1話 全身校則違反女

 人は誰しも、金の羊毛を探している。


 ***


 季節は新緑。夏を迎え入れようとする矢先、五月末の日曜日のことだった。

 休日であっても部活や補習に励む乙女で賑わう学舎、星花女子学園の廊下を少女が歩いている。

 学園指定の制服姿。そこだけ切り取れば、休日でも校則を守る真面目な学生と映らなくもないだろう。両耳たぶでピアスが銀色に輝いてなければ。そして、差し込む日差しが照らし出すキューティクルに顕われたエンジェルハイロウが、自然界ではあり得ない薄桃色でさえなければ。

 さらには第二ボタンまで開け放たれた半袖ブラウスの裾も、スカートのウエストにも校則にも縛られることなく自由を謳歌している。

 つまるところ少女は、頭のてっぺんからつま先まで校則違反。だが、そんなことはお構いなしとばかりに余罪を積み重ね始めた。

 びっしりと部活勧誘ビラが並んだ掲示スペースを眺め、文句を言ってこなさそうな部活を物色する。園芸部、家庭科部と目を滑らせて、選んだのは将棋部だ。地味そうだし、怒ってくる人はいないだろう。折りたたんでいたB5用紙を広げ、将棋部ビラの上にマステで貼り付ける。

 用紙に書かれた内容は、丸い文字でひと言。

 《マッサージ部》。


「誰かッ!」


 おそらく、こちらへ向けられたものだろう。若くハリのある大きな声に誰何され、少女は両手を上げて抵抗の意志がないことを示した。


「名を名乗れと言っている! 誰かッ!」

「いやいや、名乗るほどのモンじゃないよ〜」


 どれだけ校則を破ろうと、学園関係者に敵意は見せない。

 それが3ヶ月前に編入してきた少女の基本方針だ。お得意のヘラヘラした人好きのする笑顔でお目こぼしをもらおうとしてみたが、今日ばかりは相手が悪いらしい。おめめをこぼすどころか、まっすぐこちらを睨みつけて誰か誰かと誰何してくる。

 易々とは解放してくれないだろう。風紀委員様のお出ましだ。


「はいはい。2年の東堂です、東堂エマ。高2で星花のお友だちになった物好きなハーフって言えば分かってくれます〜?」

「東堂エマ! 貴殿は平素よりの校則違反に加え、生徒会の許可を得ずアジビラを掲示し、本学の風紀を紊乱せしめている!」

「アジ……何それ? あたしは部活の勧誘してるだけですけど?」

「その部活の届出がなされていない。掲示物も同様だ。無許可での部活設置、部活勧誘は禁止されている!」


 せっかく貼り付けた《マッサージ部》のビラは剥がされてしまった。まるで聞く耳持たない風紀委員の様子に、エマは計画を変更する。周囲に意識を飛ばして、開け放たれている窓を探す。


「ごめんごめん、あたしニホンゴワカリマセーン。まー、編入して3ヶ月だし大目に見てくんない?」

「不可だ! おとなしく同行願う!」

「しょうがないね〜……」


 後ろ手に隠し持っていたビラを丸めて、生徒たちで賑わう教室に狙いを定める。ビラとは掲示するだけが能じゃない。要は誰かの目に留まりさえすれば充分なのだ。

 願わくば、この《マッサージ部》のビラが、癒しを必要とする誰かの目に留まらんことを祈って。


「あっ! あんなところにコアラが!」

「ふざけるな! そんな古典的な手に——」


 教室へ向けて、これ見よがしにくしゃくしゃに丸めたビラを投げ込む。コアラでは騙されなかった風紀委員の視線が逸れた。

 今が好機だ。

 エマはすぐさま身を翻し、廊下の窓枠へ駆け上がった。2階だ。ゆうに3メートルはあろうかという眼下に見下ろす中庭へ向けて、勢いよく踏み切る。


「待てッ!」


 背後から声が聞こえ、宙を浮いたエマはとっさに窓枠を掴んだ。自由落下していく体を腕の一本で繋ぎ止めた瞬間、先ほどの風紀委員が窓から飛び出していく。

 横目に目が合った風紀委員は、驚愕の表情をよこしていた。なんせ、2階廊下から飛び降りた中庭にエマは居ないのだ。飛び降りたように装って、窓枠にしがみついて身を隠していたのだから。

 勝った。

 よじ登って廊下に戻り、眼下で叫んでいる風紀委員に笑いかけてやる。


「飛び降りとか危ないじゃーん? 風紀委員失格なんじゃないですかー?」

「騙したな、東堂エマ!」

「まーまー。もし今ので身体痛めたらあたしの部活、頼ってくれていいからねー」


 先ほど剥がされたビラを丸めて、風紀委員の足元目掛けて放り投げてやった。そして、階下でわめき散らす風紀委員に高みから微笑んで、何事かと集まってきた生徒たちにも聞こえるように声を張る。


「ちわーっす、星花女子学園マッサージ部でーす。コリをほぐされたい子羊ちゃん、桜花寮のあたし・東堂エマの部屋で待ってるよ〜」

「マッサージ部など不許可だ! 貴殿の行動は本学の校則に違反している!」

「カタいこと言うね〜? お客さん、コッてんじゃな〜い?」

「東堂エマ! 絶対に貴様を逮捕拘束し、規律を重んじる模範的生徒に矯正する! 覚悟しておけ!」

「あ〜ばよ〜、とっつぁ〜ん」


 ひらひらと手を振って、フランス生まれの大泥棒よろしくすたこらさっさと退散した。風紀委員を敵に回してしまったが、派手なパフォーマンスのおかげで宣伝効果は抜群だ。

 あとは、客が来るのを待てばいい。

 自分が捕まる心配など何ひとつすることなく、エマは日曜昼下がりの廊下をスキップしながら後にした。


 〜〜〜

 【人物紹介】

 ・東堂エマ キャラ設定担当:パラダイス農家

 ・須賀野守(風紀委員) キャラ設定担当:藤田大腸様より無断借用

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