裂け目を映す鬼は鏡
おくとりょう
EPiLOguE
高層ビルが建ち並ぶ都内某所。停止線にアゴを突き出すように停車した軽自動車の前を、人々が行き交うスクランブル交差点。
ある人はイヤホンを耳に突っ込み、ある人は携帯端末から目を離さず。ただ真っ直ぐに前へと歩く。
「ゴキブリみたいね。
前にしか進めないなんて」
銀色の長髪をはためかせて歩く女性が愉しげに呟いた。しかし、彼女の言葉に耳を貸す人はいない。
不意に、太陽が建物の陰から顔を出した。突き刺すような日射しの欠片。思わず目を細めて立ち止まった彼女に後ろの男がぶつかってしまう。
「あら、ごめんなさい」
日本人離れした容姿ながら、流暢な日本語で微笑む彼女。しかし、手元の端末を見つめる後ろの男は、眉ひとつ動かすことなく、何事もなかったかのように歩き去る。
彼女は小さくため息をつくと、顔をしかめつつも口元をあげる。そして、いつの間に引き抜いたのか、誰かの黒い頭髪らしきものを口に放り込み、ギュッと目を閉じる。
パチンっと音がした途端、銀髪の外国人美女は消え去り、そこには先ほどの無関心スマホ男が立ち尽くしていた。
彼は少し咳払いをすると、うなずいて歩き出す。美女の進んでいた方向とは、逆の方向へ…。もちろん、スマホはその手に無い。
「他人のことも大切にしないとな」
そう呟くと、彼が先ほど出てきた建物の中で、必死に働いている部下たちのことを思い浮かべた。彼らが休日を返上して働いている原因のひとつは、男の指示の不手際にあった。彼は今後の仕事と部下の好物について薄い頭を捻り、近くの商業施設へと足を向けた。
無関心な男の影はもうない。さりとて、誰も気づくことはないだろう。都会の夏に蜃気楼はよくあるものだ。
太陽を隠す綿雲が、街へ大きな影を落とす。
「愛ある人がいないなら、ボクが愛する人となろう」
男の瞳が一瞬、薄紫に輝いた。
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