第2話 沈む青年

 青年は座り込んでいた。

 壁に背をつけ、体育すわりをした膝の上に腕を載せて、頭をうなだれて座っていた。


 部屋の中では、オルゴールのような音の混じった音楽が流れ、床には食べ終わったお菓子の袋とペットボトルが無造作に落ちていた。しかしながら部屋には埃などはなく、普段は綺麗好きであろう事が伺えた。


『珍しいですね。勇進くん』

「こんにちは、ハザマさん」


 うなだれたまま彼は答えた。


『今日は沈む日ですか』

「そうです。疲れたので、沈む日です」

『何か嫌なことでもありましたか』

「いいえ、そんなに大きなことはありません。ただ、小さなものが溜まってしまったんです。疲れました。ネガティブなことを考えるんです。時々来る発作みたいなものです。ハザマさんも、何度か見たことあるでしょう」

『ええ。今回はいったいどんな考えに沈んでいるんですか』


 そう聞く声に、彼は小さく笑った。


 部屋の中に流れる音楽が変わり、叫び声の混じったロックが流れ出した。

 彼は新しいコーラの蓋を開けて一気に半分近く飲み干した。



「俺ね、ふと今の自分が不安になるんです。……大学生に入ったら、本をたくさん読んで、サークル入って、バイトもして、自分がらしく生きれるように力を貯めようって、思ってたんです」

『はい』

「でも、全然違うなあって。このご時世だから、オンラインばっかで、人と合わないからわざわざ出向いてサークル見学に行くのがめんどくさい。じゃあ本を読んでるのかと言えば、読んでいない。ただ二度寝、三度寝を繰り返して、授業開始ギリギリに起きて、ぼーっとしながら一日が終わるんです。

 バイトだって、親が『自分のためにやりたいならやればいいけど、暇だから、なんて理由でやらなくていい。どうせ四年後には働くのだから、無理に働かなくていい。仕送りで過ごしているこの環境を享受することに負い目を感じる必要はない』……そう言ってくれます」

『素敵な両親ですね』

「でも、だからこそ、何もせずに一日を消費する自分が憎い」


 彼はふと立ち上がった。しかしすぐに立ち眩みのように頭を押さえ、フラフラと数歩歩いて、その場にしゃがみ込んだ。そのまま倒れこみ、床に頬をつけた彼は、行き倒れた人間のようにも見えた。しかしその表情は心地よさそうに目が閉じられていた。


「知っていますかハザマさん、人はずっと寝ていると、金縛りにあって起きれなくなるんですよ。怖いのに、起きれないんです。……指先がじんじんして、頭に風が吹いて、息苦しくなって、息が浅くなるのを感じるんです。脳だけが起きているから、省エネモードの体にビックリしてるんですかね。分からないけど。

 最初のころは、金縛りにあって、息ができなくなって、パニックになったりしました。今では、浅い呼吸でも大丈夫だ、って深呼吸することで慣れてきたけど。それでも、まだ、怖い……起きなければ、と思う。なのに意識は沈むんです。遠のいていってしまう。視界がぐらぐらと揺らぐ。このまま寝たら、まずいことになるかもしれないと怖くなる。から、頑張って起きようとする。指先を必死に動かして、必死にもがいて、力が戻ったら、チャンスとばかりに体を起こす。

 心臓が激しく跳ねて、立ち上がるとクラりとする。くらくら。素直に従って床に頽れる。地面に頬をつける。冷たかったり、ぬるかったりする床を感じる。深呼吸をする……これが多いですね。19歳になってからずっとこうだ。大学生になったからですか、それとも19歳だからですか。大人はこんなことにはならないんですか?」


・・・


『両方かもしれません。でも、大人でも同じことになるときはありますよ。ただ、まっすぐそれと直面する時間と勇気がないだけです。勇進くんは、勇敢に、困難に立ち向かうから、より顕著なだけですよ』

 

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