第3話 既に生命が存在する地球
●ロボットとして目覚めて3日目
昨日立てた調査計画に従って、まずカランだけがバルーンに乗って上空1000メートルからの調査に出発した。バルーンの水平移動は生身の人間では耐えられないGが掛かるが、今のカランにとっては平気である。周回軌道上からのデータより、もっと詳細なデータがどんどん送られてくる。
順番に地上の詳細を集める任務である。この距離であれば地上の生物を十分に観察可能であるが、カランの任務は、この惑星全体の地質や地形、天候や火山活動など、マッハ10というスピードで飛んでデータ収集してるので、生物がいてもじっくり観察はしない。それは生物学者のキャサリンは博士に任せるとしよう。
母船にはカランが集めたデータが続々と届いていて、船長とキャサリンが有力ポイントを探している。
「船長、この惑星には文明は無い様ですし、河川周辺を重点的に探すのが良さそうですね。」
「それじゃ、森林の多いこの地域、この川の河口から上流に向かって調査しようか。」
「ですね、了解です。じゃあは出発しますね。」
「気をつけて。」
キャサリンはバルーン2号機に乗って、目的地の高度100メートルで調査を始めた。河口付近は湿地帯で下等な生物は多数居る様である。そういった種は今は目的ではないので、ゆっくりと上流に移動しながら調査をしている。河口から30Kmほど内陸に行った所で大きな平原があり、同時に、そこで多くの動物を発見した。
「船長、見えてますか?」
「見えてるよ。四つ足でかなりデカイなあ。」
「はい、凄く大きいのが居ます、体長20mほど。故郷の地球と重力は殆ど同じなのに、驚きです。」
「重力は同じでも気圧はけっこう高いなあ、2倍近く有る。だから高い位置にある脳まで血液を送る事が出来るんじゃないかな。」
「確かにその通りですよね。」
「で、故郷の地球と異なるのは上空の分厚い水蒸気層の様だ。」
「そうなんですね。でも、こんなに大きいなんて不思議。それは後で調べるとして、このまま他を探してみます。」
「了解。任せるよ、宜しく。」
実はミカエル船長も非常に不思議に思っている。太陽系も殆ど同じ、この惑星の自転周期や公転周期も殆ど同じ。さらに大気成分もかなり近くて、既に動物が活動している。出発前には全く想像もしていなかった事が目の前に有る。カランが出発前に言ってた、地球は4次元生命体であって、いつも会話をしながら情報を共有しているという話。本当にそうかも知れない。
カランから通信が入った。
「船長、やっぱり生物は居ますね。大当たりですよ。」
「そうだね。大当たりだ。」
「以前の話覚えてますよね。地球同士はいつも会話しながら情報を共有してるから、どの地球も皆似てくるんでしょ。」
「ああ、その話今思い出してたところだよ。カラン君の言う通りだな。」
「ははは、バカにしてないですよね。」
「何で、バカになんてするものか、今目の前にカラン君の言った通りの現実が有るんだし。きっとキャサリンもそう思ってるはずだよ。」
「良かったあ、分かってもらえて。引き続きデータ収集します。帰ったらバーチャルタウンでお祝いしませんか?」
「いいね、ぜひやろう。」
次にキャサリンからの通信が入った。
「船長、モニター見てます?」
「ああ、見てるよ。」
そこに映し出されたのは、後にティラノサウルスと命名される巨大な二足歩行の生物。見るからに獰猛そうな肉食動物だろう。
「ああ、見えてるよ。二足歩行だね。」
「凄いでしょ、二足歩行が居るなんて、想像もしてなかったです。両手が自由に使えるので、文明も可能です。」
「確かにそうだね。しかしこれも大きいね。こいつが文明築いて、将来自動車に乗ったら、さぞかし大きな自動車だろうし、飛行機飛ぶかなあ。」
「ははは、エネルギー効率、凄く悪そう。まだ他にもいっぱい居る様だし、動体モニターは赤い点で真っ赤っかです。もっと探してみます。」
「了解、宜しく頼む。」
いつもは冷静で真面目なミカエル船長であるが、今はワクワク、ドキドキ、童心に戻った様な好奇心と希望に満ちている。有機体の肉体は無く、今はソリッド頭脳のロボットなのに、ワクワク、ドキドキする感触は、以前と全く同じ。さすがは世界中の優秀なエンジニアが、100年も掛けて作り上げたシステム。本当に良く出来ている。
しばらくして再びキャサリンから通信が入った。
「船長、体長が2メートルほどの小型の二足歩行を発見しました。」
後にラプトルと命名される種である。彼らは集団で狩りをするので、もしかすると言語を使っているのかも知れない。上空で停止しているキャサリンが乗ったバルーンをじっと見ている。船長はモニターを少しズームアップして、ラプトルの様子を注意深く確認している。
「ああ、確かに気付いている様だ。行動を止めてキャサリンの方をじっと見てるな。」
「そうなんです。ちゃんと認識してる様だし、とても頭の良い種だと思われます。今のところ最有力候補ですね。」
「その様だな。でも未だ全体の3%も調査してないんで、引き続き調査してくれ。」
「了解です。」
「ああ、それから、カラン君が今日はバーチャルタウンでお祝いしようと言ってたよ。」
「分かりました、楽しみです。」
夕方18時に二人が母船に戻って来た。
「二人ともお疲れさん。けっこう収穫があったね。」
船長はニコニコを笑顔を浮かべながら二人を出迎えた。
「二人の話はバーチャルタウンでゆっくり聞くとしようか。」
今日はガツガツ食うのではなく、ゆったりと話せる場所がイイかな。夜景がキレイなシーサイドホテル最上階のレストランにしよう。船長の提案でそこに決まった。
ここはミカエル船長が亡くなった奥さんとよく来ていたレストランだが、今日はその話は無しで、良い惑星に来れた事を神に感謝して、喜びを分かち合おう。
「二人とも今日はお疲れさん、まずはビールで乾杯!」
船長はビールが4杯有ることに気付いて、ちょっと不思議に思ったが、それはカランとキャサリンの配慮だとすぐに気付いた。
「そういう事だな。まあ、妻にも報告しておかなければ。」
船長は両手でグラスを持って乾杯!
「二人とも、お気遣い有り難う。妻もきっと喜んでると思うよ。」
今日の会食は和やかな雰囲気で始まった。
ビールを飲みながらカランはPADのネーミングアプリを操作してる。
「ラプトルかあ、、、いいね。」
「えっ、何何?」
キャサリンはカランのPADを覗き込んだ。
「いや、新しい地球で、そこに居る動物や植物などに、いちいち名前付けるの大変やろって。友達がこのアプリ作ってくれた。けっこう便利!」
カランは船長に自分のPADを手渡した。
「なるほどね、画像や動画をここにドラッグしたら名前を付けてくれるのか、ははは、これはいいね。ラプトルかあ、気に入ったよ。」
「キャサリン、こいつを我々の後継者にする?」
「凄く優秀よ、有力候補ね。」
「僕はこいつを後継者にするのはゴメンやで、なんせ目が怖すぎるし。」
「何贅沢言ってるのよ、二足歩行の動物が既に居るなんて奇跡じゃない。」
「確かにそうやけど、これが我々みたいな人間の姿になるかな?」
「見た目はちょっと違うでしょうけど、いいんじゃないの。」
「良くないよ、トカゲ人間@@」
船長は二人の会話を聞いて笑っている。1億9000万年も旅をして笑えるなんて、何という奇跡、幸運だろうか。
今日は楽しく飲んで食って、本当に記念すべき良い日だ。店を出てロボット工場に向いて歩き始めた時、船長が突然立ち止まった。
「君ら二人は先に帰ってくれないか、私はちょっと用事を思い出したんで。」
キャサリンは瞬時に理解した。カランもキャサリンの目の合図で船長の考えが解ったので、軽く答えた。
「じゃあ、先に帰りますね。」
ミカエル船長にとっては1億9000万年も妻の墓参りに行ってなかった訳で、今回の朗報は報告しておかなければと思った訳でであるが、それをキャサリンもカランも瞬時に理解する。それほど気心の知れた家族の様なチームになっている。
バーチャルタウンは元々はコンピュータゲームであったが、ロボットになった開拓者達が人間性をキープするのに絶対に必要である。想像を絶する長い任務で常に精神を正常に保つにはこれ以外には無い。多くのコンピュータ技術者、建築技術者だけでなく、あらゆる分野のエキスパートが参加して構築された。ロボット工場から半径20Kmは特に詳細に、世界中の有名観光地などもそれに接続されている。実はカランも少しだけ関わってはいるが、実在しないホテルを作ってしまった。まあ、その時は自分が利用するとは夢にも思ってなかったので、単純にゲーム感覚で。
●ロボットとして目覚めて4日目、、、
カランの仕事は昨日の続き。キャサリンは先にドローンを使ってラプトルの血液採取をしてから、次の候補地に向かう予定である。さらに上流の森林地帯。ここにも多数の生物が生息している。血液採取は麻酔銃と同じで、ライフル銃で注射器を発射する。殆どの動物は気にしないか、気付いて無い様に見えるが、ラプトルは必ずキャサリンの乗ったバルーンを睨みつける。不愉快に思ってる事をハッキリと目が表現している。
カランの仕事は赤道から始まって南極点まで、次は赤道から北極点まで。6ヶ月掛けてほぼ全ての調査が終了した。この地球で最も繁栄しているのはは虫類であって、ほ乳類は少数、しかもほ乳類は残念ながら四つ足しかいない。海洋の調査も終えているが、人類の後継者に相応しい種は今のところは居ない。というか、居たとしても水中の文明は全く想像も出来ないので却下。やはり有力なのは陸上のは虫類しか居ない様だ。
材料は出そろって、ここからはキャサリン博士の遺伝子操作の腕の見せどころ。その間、船長は天体観測、カランは船とコンピュータのチェック。3ヶ月ほどの時が流れ、キャサリンはは虫類だけでなく、全ての動物に対して思いつく限りの遺伝子操作を行って終了とした。遺伝子操作とは言っても、それは明確な目的を持ったものでなはなく、単に表面化していないと思える遺伝子を活性化するだけで。結果的には殆どの子孫が奇形化して死ぬという過酷なものである。神に謝罪しなければならない行為であるが、辛い任務を粛々と実行する。
「船長、作業は完了しましたが、何らかの結果が出るまでには数10万年、もしくは数100万年以上掛かるでしょうね。」
「そうか、お疲れさまキャサリン。まあ、大きな変化は船のAIに任せるとして、我々が起きて情況確認するタイミングはどうセットしようか?」
「大きな変化が有れば船のAIが起こしてくれる訳ですし、最初の10万年はちょっと気になるので1万年毎、その時点で大きな変化がないのなら、以後は10万年毎で良いんじゃないでしょうか。」
「そうか、分かった。最初が気になるのは当然だし。そのプランで良いと思うね。カラン君はどうかね?」
「いや、全然問題無いと思いますよ。」
3人が1万年毎、ローテーションで起きて確認した時は、地表は平和で何の変化も無い。その後10万年毎に変更しても、特に変化は見られない。
遺伝子を操作すれば、その生物がすぐに変化する訳ではない。単に劣勢と思える遺伝子を活性化しただけの事で、どの様な変化が現れるのかは分からない。つまり、それは単なる可能性に過ぎないという程度で、環境が変化しない限り、秘められた能力が表に出る事は殆ど無いだろう。
船長もカランもその事は十分に承知している。もう、こうやって起きて確認するのは何回目だろう。地球はいつも穏やかで平和である。
この地球に来て既に1000万年。地表には殆ど変化は無い。環境が変化しない限り、遺伝子操作の結果も全く見えない。今日はちょうど1000万年、故郷の地球を旅立って2億年。そして3人が同時にに起きるタイミングである。カランは別にイライラしている訳ではないが、
「キャサリン、この先いつまで待つんやろな。」
「私が見たところでは、植物も動物も普通に進化してると見えるけど、環境が平和過ぎて、遺伝子に刺激を与えないよね。」
ミカエル船長はいつも冷静である。
「予想してた事だし、既に動物が居た事の幸いを忘れていないかな。」
カランもその事については幸運だと思っている。
「確かにその通りですねえ。生物が居ない惑星に辿り着いたチームの苦労を思えば、本当に幸運です。」
「そうだろカラン君。これでもラッキーだよ。新しい地球の動物を毎日観察してるという事実。これが凄い事だと思わないと。」
「船長、よく分かります。」
キャサリンは熱心に過去ログを検索してるが、注目すべき事は無い様だ。また10万年スリープするかなあ。
ソリッド頭脳はスリープしても人間の様な夢は見ないが、その日に思った事や体験した事を自動的に整理してアーカイブに保存したりという作業はしている。そういった動作を8時間程度の時間経過として認識する仕組みになっているので、実際の時間経過が何年であろうと、何十万年であろうとソリッド頭脳は一晩寝たという感覚を持つ訳である。
●緊急事態
突然、3人は船のAIによって起こされた。この地球に来て1020万年、初めての事態である。3人は急いで各自の席についてモニターを見ると、そこには「巨大隕石の異常接近」と表示されている。船長はすぐに船が地球の周回軌道を離脱している事に気付いて、航路を追った。それは地球の衛星である月の周回軌道である。きっと、これは大事だ!
「かなりの重大なイベントの様だ、船は地球の周回軌道から月の周回軌道に移動中だ。」
カランとキャサリンは隕石を見ている。
「ドデカイですよ!直径10Kメートル程ですよ。小惑星ですかあ!」
キャサリンはコースを確認して、
「船長、地球直撃です、たいへん!」
船長は船の装備をチェックして、何とか事態を回避出来ないかと、調べている。この船には核ミサイルが6機有るので、それで粉砕するか、軌道を変えようと考えている。しかし、何故か「アクセス権が無い」と拒否される。勿論、カランも同じ事を考えている。
「船長、ミサイルで何とかしましょうよ。このままじゃ地球直撃だし。」
普段は冷静な船長が焦っている。
「カラン、それは分かってる!しかし、発射プログラムにアクセス出来ないんだ、何故だろう、、、」
カランのアクセス権では、その発射プログラムは見えない。
「船長、僕にもやらせて下さい、一時的にアクセス権下さい。」
「分かった、緊急事態だし、xgaap926だ。」
「了解。」
カランは今まで見た事もないレベルの領域に入って重要セキュリティーを発見した。きっとここだと確信したが、船長のパスワードでも開かない。その理由は分からないが、ならば裏技でアクセスを試みたがそれも無理。何となくプログラマーの勘で理解出来た。
「船長ダメです。たぶん無理です。」
当然の事であるが核の使用は厳重に管理されている。好き勝手には発射出来ない。きっとそういう事だろう。船のAIはこれを緊急事態とは認識していない。何故なら、我々が破戒されるという危険性がないからである。キャサリンはずっと隕石の軌道を見ているが、もう絶望的。
「あああ~、隕石、大気圏に入るよ。」
三人ともただ見ているしかない。やがて致命的な事態が、、、この地球の生物が全滅するかも知れない。
カランには船長のアクセス権でも重要ファイルにアクセス出来ない理由が理解出来る。たぶん間違い無いだろう。最重要のアクセス権はきっと船のAIが握っているに違いない。核ミサイルの発射は大統領だけの権限なので、このAIは大統領の意思なのだろうと理解した。
「船長、僕の推測ですが、船のAIはきっと大統領のアクセス権になっていると思います。隕石ごときで核ミサイルなんて許されないんでしょ。」
「隕石ごときかあ、、、確かに隕石には敵意は無いだろう。まあ残念だが、仕方ない事だなあ。」
キャサリンにとっては非常に悔しいが、カランの説明には納得出来る。
「この程度という言葉には抵抗あるけど、深い海に住む魚類や、落下地点の反対側では、生命が維持されるかも知れないです。大統領の意思なら、従うしかないですね。」
2億年近くも宇宙を旅し、宇宙に漂う隕石で船を破戒されたチームもあるだろうし、目的地に着いても生命不毛の地のチームもあるだろう。この大惨事の後でも生き延びる生物はきっと居ると信ずる事だ。
しかし、船長としては、せっかく有望な惑星に辿り着いたのに、それが破戒されるのを見ているしか無いという状況は耐えがたい。
「100年掛けて各国首脳や科学者によってプログラムされたAIだから、まあ、文句を言わずに従おうではないか。きっと、この事態も想定内なんだろう。」
ちょっとネガティブに傾いていても、この様に言うことがリーダーの勤めである。
その数分後、巨大隕石は地球に激突し、そこから閃光とともに真っ黒な雲が広がって行く。甚大な被害が地球全体を覆い始めた。
何という事だ!衝突地点から直径数千キロは熱波によってすぐに死滅するだろうし、落下地点が海なので津波の高さは1000メートルを超えている。勿論、津波は地球の裏側にも到達して致命的な被害を与えるだろう。また、どんどん広がって行く黒い雲は、いずれ地球全体を覆い尽くして長い氷河期に突入する事だろう。
しばらくの間、3人は呆然と地表の様子を見ているしかない。刻々と変化する地表の情況は絶望的である。こんな過酷な情況を生き延びる生物がいるのだろうか?地表の温度はどんどん上昇し、それがピークに達した後、今度はどんどん冷却される。太陽の光が全く届かない暗黒の世界。誰でもいいから、どうか生き残ってくれ、そう願うしかない。
船長は二人に意見を求めた。
「キャサリン、どうすれば良いかな、意見を言ってくれ。」
目の前に見せ付けられた現状が余りに過酷なので、キャサリンも返答に困っている。
「普通に考えれば、この情況でも深い海に住む魚類は生き残れるかも知れないです。そうだとすればこの惑星は不可能とは言い切れないですね。」
船長もカランも、この切り替えの早さには驚いた。済んだ事は仕方ない。だから、すぐに次の事を考えているキャサリン。確かに、このミッションの初心に戻れば、まず、理想的な惑星が有って、そこに何らかの生物が居ればOKのはず。勿論魚類でも大歓迎。だとすれば、次の候補地に向かう理由は無い。
「なるほど解った。じゃあ、カラン君の意見は?」
「船のエネルギーは今後10億年でも全然問題無いです。だから、今すぐに次の候補地に向かわなくても大丈夫だと思います。この絶望的な情況を生き抜く生物が居るなら、きっと理想的だと期待は出来ますし。」
ミカエル船長は二人が感情に流されず冷静で、しかもポジティブある事にホッとしている。ソリッド頭脳がどこまで人間性をキープ出来るのか?疑問は持っていたが、現在のところ生身の人間と何ら変わらない精神力の強さは保たれている様だ。
「スリープは10万年にセットするけど、地表がが晴れて生物の活動が見えたら緊急起床する様にしておく。」
まあ、それは良いとして、実はキャサリンはかなりのショック。
「今日はバーチャルタウンに行ってやけ酒でも食らおうかなあ。船長、カラン、付き合ってくれない?」
「解るよ、キャサリンは悔しいよなあ、期待してたラプトルもダメかも知れないしなあ。」
船長も頷いた。
「まあ、人間性はキープしておかないとなあ、だんだん感情の無いロボットになってしまうのは良くないだろう。飲みに行くか。」
いつもの様にロボット工場前の公園に現れた3人。今日はキャサリン姫の従者になった雰囲気で、カランは低姿勢でキャサリンに尋ねた。
「姫!今日はどちらへお供いたしましょうか?」
「そっだな~、今日はテキーラ!ブルー・ボッサにしましょ。」
カランと同様、今日は船長も、
「はは~、お姫様、お供いたします。」
いや、こういう会話は冗談ではなくて、今日だけはけっこう真面目な会話。
いつものキャサリンと違って、テキーラをグイグイ煽ってる。本心はよほど悔しいんだろうな。けっこう酔っ払ってきた様子。
「ねえ、そんな同情の目つきで見ないでよ。アタシそんなヤワじゃないし、何度でもやるよ。カラン!飲んでる?船長も・・・」
「飲んでるで~、もうベロベロやけどな。」
カランはキャサリンに合わせたたつもりだったが。
「ば~か!あんたにゃ分からんよなあ、******。」
かなり酔っ払ってる。
「船長、ぼちぼちお開きにしますか。」
「そうだな。」
まあ、今日はキャサリンのホンネを見た気がする。こうやって3人の信頼関係が深まり、強い絆になっていくのは良い事だ。
それから10万年眠る事にした。前にも言った通り。例え10万年でも、ソリッド頭脳にとっては1日の時間経過しか感じない。
●またもや緊急起床
今回もまた予定より早い7万年で緊急起床した。船のAIが地上に生物を見つけたからである。前回とは逆の朗報である。
3人はそれぞれの席についてログを検索している。
最初に船長がそれらしき情報を見つけた。
「ああ、きっとこれかな?、、、今情報送ったよ。」
カランとキャサリンのモニターにも同じ画像が見えた。
「何だこりゃ、以前と違ってめちゃ小さいなあ。体長30cmほどやで。」
キャサリンもその動物を確認した。
「小さい四つ足だけど、ほ乳類っぽいかも。」
船長もホッとしている。あれだけの壊滅的な事があったのに、それを生き抜いた動物が居ることは驚きだ。
「早速調査に行くか。」
「船長、行ってきます。こいつらの正体、早く知りたいですね。」
カランとキャサリンはそれぞれのバルーンに乗って飛び立った。
結果は良好である。ほ乳類が生存していて、今のところ驚異となる肉食恐竜の様な動物は居ない様である、特に警戒心はなく平和に暮らしている。
「キャサリン、こいつら理想的やないかなあ。」
「う~~ん、いい感じね。ラプトルの子孫じゃないけど、ほ乳類は大歓迎。」
「やっぱりそうやろ、トカゲ人間より、この可愛い目がいいね。」
先に船に戻ったキャサリンは、いつもと同じ様にドローンが採取した血液サンプルを調査しているが、この動物は以前の恐竜時代から生き抜いた種である事が判明した。
「船長、彼らはあの隕石による破滅的事態から生き抜いた種ですよ。遺伝子操作の痕跡もハッキリと残っています。」
「なるほど、そうなのか、凄い生命力だな。理想的じゃないか。」
「ですね。どうやって生き抜いたのか、それを調べるのは後にして、今回も彼らの潜在遺伝子活性化の処置をしておきます。」
しばらくしてカランが戻って来て船長が出迎えた。
「カラン君、お疲れさん、何か収穫はあったか?」
「前回の支配者、は虫類は激減してる様ですが、その子孫らしき生物は居ますね。しかし、どの地域でも小型のほ乳類が優勢ですよ。イイ傾向じゃないですかね。」
「まあ、核ミサイルで隕石を撃退しなくて良かったのかも知れんな。大きく環境が変化して、理想的な方向に向かっている気がする。」
「船長、それって結果論でしょ。」
「まあ、そういう事かなあ。」
二人はあの時の緊迫した事態を思い出して苦笑い。
以前と同様に、キャサリンが遺伝子操作を行っている間、ミカエル船長は天体観測、カランは船のメンテナンス。やがてキャサリンが作業を終え、今回は少し短い7万年の眠りに就く事にした。目覚まし時計を何時にセットするか、それはその時の情況によって変わる。今回は遺伝子操作の細かい変化を見たいので短くセットした。
●希望を繋いでくれたほ乳類
それから何日が経過しただろう、今の三人にとっての1日とはローテーションを考慮して実際の7万年x3で21万年なので、さほど大きな変化は見られない。その後また10万年のローテーションを10回(実質221万年)行ったが、特に変化はないので、次からは100万年に変更した。
この100万年のローテーションも10回(実質3000万年)行ったが、各動物に特筆すべき大きな変化は無い。少し大きくなった事と、数が増えたという変化はあるが。植物もどんどん増えているが、動物と同様に小型のものが多い。植物に対しては全く手を付けていないが、大規模な災害や気候変動に対しては小型の方が有利という事だろう。
それにしても、現在の地表は平和そのもの。命に満ち溢れて、皆活力に満ち溢れている様に見える。これで良いのじゃないかな。ここに人類が現れて文明を築く必要があるのだろうか?カランの話にもあった。人間が登場する事によって地球くんが苦しむのではないだろうか。
遺伝子操作は、環境に大きな変化が無ければ何の変化も現れない。AIのログを検索しながら、カランがぼそっと言った。
「またデッカイ隕石でも落ちてくれないかなあ。」
例の巨大隕石の後にも、数万の隕石は落ちている、しかし、環境を変える程のものは無かった様だ。船長が腰を上げた。
「次からは1000万年にするか。カランの期待通り巨大隕石が落ちるかも知れないが、彼らが変化する要因はそれだけじゃないだろう。ゆっくり待とうじゃないか。」
3人はバーチャルタウンで食事を済ませた後、今度は1000万年の眠りに就いた。
●変化は確実に起こっている。
1000万年という、とてつもない時間経過。さすがにこれだけのスパンでは変化が見られる。以前はたった数種だったほ乳類は明らかに数十種に分岐している。中には恐竜時代と同様に大型化している種もあるし、どうも恐竜の生き残りではないかと思える鳥類も出現している。キャサリン教授はその要因を探っていて、気圧や気温等の気象の変化に気付いた。
「隕石衝突後、気圧がどんどん下がって、今は故郷の地球とほぼ同じ1気圧になってますね。哺乳量が優勢なのはそれと関係が有るかも知れません。それと気温に周期的な変化がありますよ。これが遺伝子を刺激する要因になっているかも・」
船長とカランもキャサリンが指摘するグラフを確認している。ミカエル船長はキャサリンが指摘するポイントをすぐに見つけた。
「つまり、南北両極の寒気が蛇行しているんだな。各ポイントでの温度差は10度以上もある。」
「船長、10度は動物にとってはかなり大きな温度差で、致命的な場合もあります。だから生息地を移動したり、動物自身が変化したり、これで種の分岐が始まったのかも知れません。」
カランもなるほど、と納得している。
「隕石だけと違うんやね。気象に波が生じた。やっぱり宇宙や生命の根本はこれやないかなあ。」
意外にも、この意見に対しては船長が反応した。
「カラン君、言いたい事は私にもよく分かるよ。例えば交流電源、平均すればゼロなのに、そこからエネルギーを取り出せる。まあ、宇宙の起源ビッグバンと同じだね。本来ゼロなのにそこに波が生じた事で物質が生まれて、現在の宇宙が存在する。仮に別次元だとしても、その原理は同じかも知れんなあ。」
「はい、恐れ入りました。同じ宇宙の法則下にありますね。」
キャサリンは分岐の原因ではなく、単純にその動物を見ている。
「大型化する種もいますが、それは一部ですね。多くは体長1~2mか4m以下ですね。良い傾向だと思います。」
いつの間にかカランの「地球同士の会話」が3人の会話の中によく登場する様になってきた。基本的な考え方という程ではないが、その考えに沿って考える事が多くなった様な気はする。地球は皆同じ様なプロセスによって進化する。まあ、地球そのものと言うより、主に地表の生物であるが、カランの説では、これは地球の意思なんだ。という事である。
まあ、その議論は後にして。船長は次のスリープの時間を考えている。
「どうかな、次も1000万年が良いだろうかな?」
キャサリンは反対である。これだけ種が増えたなら、きっと何かトラブルが起こると予想出来るし、細かい変化を観察したいと考えている。
「船長、100万年にしませんか?」
「いや、別にそれでも良いとは思うが、、、」
「種が増えた事で、縄張り争いとか、食糧や水の奪い合いとか、起こる確率は高いと思いますが、船のAIが感知したとしても緊急起床には至らないのではないでしょうか?」
カランも同感である。
「確かに、船のAIは以前の隕石の様な重大なイベントか、予め予約しておいた事態を発見した時に限られますね。」
「なるほど、確かに重要な変化を見過ごすかも知れんなあ。じゃあ100万年にするか。キャサリン、気になるんだったらそれ以下でもいいが、どうする?」
キャサリンはしばらく考えて、、、
「ホンネ言うなら10万年です。現在でも生息地は重複してるので、何が起こるのか、、、生物学者のエゴかも知れませんが。」
船長もカランもキャサリンのこの意見には同感である。
「分かった10万年にセットするよ。」
また短い10万年ルーティーンが繰り返され、確かにキャサリンが思った通り、縄張り争いや、水と食糧に関するトラブルは多数確認された。3人は各地で頻繁に起こるこれらの事例を確認している。
しかし、それによって即変化が起こる程ではない、遺伝子に変化が起こるとすれば、それはもっと深刻な死とか絶滅とかという様な事態に遭遇した時だけだろう。おそらく、現状の些細なトラブル程度では大きな変化は期待出来ない。しかし、キャサリンの主張する様に、10万年ルーティーンで何ら問題は無いだろう。
●退屈な日々
10万年ルーティーンを何度も繰り返しているが、特筆すべき変化は起こらない。ほ乳類の種はさらに増え、加えて鳥類の種まで増えているのに、とにかく平和そのものである。以前にも思ったが、3人ともこのままの平和で良いんじゃないかと、本気で考え始めている。
一番そう思っているのはカランである。
「僕ら何の為にここへ来たんやろね。目の前に理想的な平和な世界が有るのに、これでエエんと違うかなあ。」
そういう言葉を聞くと、船長もキャサリンも、かなりモチベイションが下がってしまう。言って欲しくないが、残念ながら今は現実。キャサリンは先ほどから鳥類を調べている。つまり、過去の恐竜の子孫なら先祖返りもあり得ると思っているからである。
「キャサリン、何か名案無いの?」
キャサリンのモニターを見ながらカランが言った。
しばらくキャサリンは無言で検索していたが、考えてる事をポロッと言った。
「先祖返りって操作も出来るかもな~。」
カランと船長、ちょっとビックリ!キャサリンは何考えてるんだろう?
二人が驚いているのを見てキャサリンは慌てて訂正。
「いや、昔の様な巨大なは虫類に戻すって事じゃなくて、大昔に持っていた能力が何か再生出来ないかなあ、と思っただけです。」
カランはピンと来て自分のライブラリーから、ある画像を見せた。
「キャサリン、これは魚かな?淡水に住むサメかと思ってたけど、、、」
キャサリンは食い入る様にその画像を観て、、、少々興奮気味。
「カラン、何でもっと早く見せないのよ。どこが魚?手があるじゃない。」
もう一度巻き戻して、船長もじっくり観ている。
「驚いた!この手と爪は昔見た恐竜と同じじゃないか?」
3人はこれまでの調査を大いに反省する事になった。水が澄んでいる大海での調査はしてきたが、濁った淡水の調査を疎かにしていた。今回、その中に恐竜時代の生き残りが居る事に初めて気付いた訳で有る。例の命名アプリでは「ワニ」と名付けられた。地球上の生命活動は我々が推測するほど単純では無いと思い知らされた。
「カラン、今からこのワニの調査に行きましょ。」
「ああ、勿論。キャサリン、僕の不注意やった、ごめん。手が有るって今初めて気付いたんや。船長、二人で行ってきます。」
「ああ、私はここで見ているから宜しく頼む。」
母船から2機のバルーンが飛び立ち、ワニの生息地へと向かった。
数時間後、調査を終えた二人が帰還したが、何か冴えない表情。
「カラン、キャサリンお帰り・・・んん、何か暗いなあ、どうしたんだキャサリン?」
「船長、確かに以前の恐竜時代の生き残りだと思いますし、生存本能は極めて優秀です。しかし知能は全然発展してないので、人類の後継者じゃないです。」
船長もその説明を聞いてちょっとがっかり。
「そうか、残念だな。まあ、一個目のバッテリーもまだビンビンだし、挫けずにやって行こうや。」
「船長、今日は飲みに行きましょうよ、ホンマ疲れたし、冷たいビールでもキューっと!」
「分かった、付き合うよ。ドイツ系のビアホールかな。」
キャサリンも大賛成。
「だったら、今日はいきなりミュンヘンにセットしません?」
船長もカランも待ちきれないという感じで、
「いいね!」
●ほ乳類に変化が
また10万年のスリープから目覚めて、3人はいつもの様に船のAIが記録したデータを確認している。勿論最も興味の有る最新のデータから観るのが常である。主に天体観測をしている船長が異変に気付いた。
「ちょっとこのデータを見てくれないかな。」
二人は船長のモニターを覗き込んだが、、、キョトンとしている。
「あっそうか、ちょっと専門的過ぎたかな、失礼。これは超新星爆発のデータなんだ。これまでも数十回観測してるが、これは非常に近い。45万光年。」
キャサリンはすぐにピンと来て、表情が明るくなった。
「なるほどお・・・」
「おいおい、キャサリン何やねん、意味解らん。」
「あのね、超新星爆発では大量のニュートリノが放出されるんだけど、これだけ近いと、この地球にもかなりの量が降り注いだはず。」
「つまり、そいつが動物の遺伝子に影響与えると?」
「ピンポーン!まあ、その可能性は有るかも。」
「だったら僕も動物の変化から確認しようか?」
「いや、やっぱりカランはいつも通りに地質学、気候のデータから始めて。動物の変化と照らし合わせないといけないし。」
「了解!先に終わったら手伝うわ。」
船長は引き続き天体、特に今回の爆発は地球から近いので、それによる影響を詳しく調査しなければならない。以前のデータと違っている点はないか、慎重に検証している。一方カランの調査には特に大きな変化は見られない。強いて言うなら海底火山の活動が少し活発にはなっているが、陸地には全く影響は無いし、気候も以前とほぼ同じである。
「キャサリン、僕の仕事は終わったんで手伝おうか?」
「有り難うカラン、お願い。殆どの動物に大なり小なり、確実に変化が起こってるんで、全部見るだけでも大変。」
観測器が、おそらくその星からと思われるニュートリノを感知したのは今から1万年前なので、動物達はその後の数百世代に渡って確実に影響を受けている。
「キャサリン、何か見た事ないヤツがいっぱいおるなあ。白と黒の模様のある馬とか首の長いのとか。」
その言葉を聞いて船長もキャサリンのデスクに歩み寄った。
「そうなのかあ、それはイイ傾向じゃないか。」
チェアーに座ってキャサリンと会話していたカランが、歩み寄った船長の顔を見上げた。
「あれっ、船長聞いてんですか?もしかしてセパレートタスクモード、ONですね。」
「いや、普段はOFFなんだけど、このマルチCPU/セパレートタスクって便利だね。何か自分が二人いるみたいだよ。」
キャサリンは何の事か良く解らない。
「ええっ、それって何?私にも付いてるの?」
「勿論でっせキャサリン。バイザー下ろして2ページ目めくって。そこにON/OFFとタスク数の選択あるやろ。それで設定するんや。」
キャサリンはバイザーを下ろし、ヘルメットの左ボタンで2ページ目を見た。
「ああ、これね。何だろうとは思ってたけど。」
「キャサリン、機能説明の時、居眠りしてたやろ(笑)」
「うん、そうかも;;なるほど、だから船長は自分の作業に集中しながらでも、私達の会話も正確に聞いていたんですね。」
船長はいつもの優しい笑顔でキャサリンに答えた。
「私の立場上の事情もあるしなあ。」
「カラン!なんでこんな便利な機能、教えてくれないのよ!」
「ちょっと待ってや、キャサリンいつも真剣に作業してるから、ONにしてると思ってたんや。そんな怒らんでや~。」
笑いながら船長は自分のデスクに戻り作業を続けた。
キャサリンの調査で、まず最初に気付いた事は体長3~4メートルの大型のほ乳類が増えている事。そして驚くべき事は、彼らは同じほ乳類を食糧としている事。ほ乳類の数が増え過ぎて共食いが始まったのか!
「キャサリン、これって昔の恐竜と同じ進化のプロセスと違う?」
「んんん、否定出来ないなあ。」
「また、バカみたいにデッカイのが現れたりとか、、、」
「地球の重力は以前と同じだし、空気中の酸素濃度は増えてるし。しかし、気圧が下がってるから、デッカイのは無理だろうね。」
「でも、大きいだけが能やなくて、小さくてもラプトルみたいな賢いヤツが現れる可能性もあるよな。」
「うん、きっとそうだと思う。」
セパレートタスクモードONで、黙々と天体観測していた船長は重大な変化を多数発見したが、今後1億年以内にこの地球に影響を及ぼす驚異は、特には無い様である。作業を終えてキャサリンのモニターとリンクした。
「こっちの作業は終わったんで、今キャサリンのモニターを見てるよ。さっきカラン君が指摘していた、昔の恐竜の進化と異なる点について詳しく説明してくれないか。」
「はい船長。恐竜時代は肉食動物同士が互いに食い合う事が多かったですが、それは餌となる草食動物が極端に大きくて手が出せないとか、小さな動物を食ってもお腹の足しにならなかったからです。一方現在は餌となる草食動物が圧倒的に多数で、その繁殖力も驚異的です。わざわざリスクを冒して同じ肉食動物を狙う必要は無いです。」
船長もカランもその説明には納得したものの、この先のネガティブなビジョンについて考えてみた。先にカランが質問した。
「草を食うより肉を食う方が、エネルギー摂取の観点からも圧倒的に有利。だったら、今後は肉食動物が爆発的に増えて食糧難になるのでは?」
しばらく3人は無言で考え込んでいる。確かに現実的な問題である。キャサリンは少し自信無さげに返答した。
「現在餌となっている草食動物も、ただただ食われるのはイヤなはず。だから、何とか逃れようと進化するとは思うけど、、、」
船長も意見を述べた。
「恐竜時代と同様に身体が大きくなるとか、走るスピードで優るとか、そもそもそういう地域以外で生活するとか、色々考えられるとは思うなあ。」
カランはキャサリンのデータから面白い映像をブックマークしている。
「これ見て下さいよ。肉食獣に追われた動物が木に登ろうとしてますよ。この調子で進化したら手が発達するかも知れません。」
この話題はさっきキャサリンと話し合った事であるが、今、船長もその映像を観て可能性を確信した。これだけ大きな変化が有ったので、当然また短めの1万年ルーティーン。
●カランの予想は的中した
木に登るなら、きっと手が発達するだろう。さすがは手の専門家カランらしい注目点。全くその予想通りの展開となった。
10万年ローテーションを何度も行ってきたが、その進歩は確実で、ついに理想的な動物へと進化した。
あれから長い年月、彼らは木から殆ど下りて来なくなった。なぜなら、木から木へ移動するまでに手が発達したからである。食糧は木の上に豊富にあるし、水分を多く含んだ果実もある。わざわざ危険な地上に降りなくても、殆ど木の上で生活出来る訳である。ここで彼らを新たな種として登録する事とななった。例の命名アプリは「サル」と名付けた。
カランはドローンが集めてきた映像から、特に手の働きに注目して見ている。
「キャサリン、彼らの手の機能はもう十分と違う?ぼちぼち次のステップに進めた方がエエんとちゃうかな。」
「直立歩行の事?何かプランが有るの?」
「木の無い平原に移動させたら、仕方なく歩き始めるとか。」
「なるほど、それは名案かも知れないけど、、、船長、どう思います?」
「簡単に成功するかどうかは別として、実験する価値は有るだろうね。」
キャサリンがこれまで行ってきた事は、自然の環境変化に対して潜在遺伝子の能力が発揮される事を待つという方法であったが、この案は逆で、人工的に環境を変化させるという事である。若干抵抗は有るが、あくまでも少数の個体を使った実験という事で了承する事にした。
「じゃあカラン、具体的なプランを作って。私も考えてみるし、船長もお願いします。」
3人それぞれプランを考えたが、共通するポイントは3つある。まず、直立歩行は時間の問題であって、さほど重視する必要は無いだろう。次に、水や食糧をどう確保するか?水は多少の危険はあっても川や湖には豊富に有る。しかし、今まで食べて来た様な美味しい果物などは草原には殆ど無い。多くの場合食糧はイモ類で、それは目に見えない地下にある。はたして飢える前にそれに気付くだろうか?
3つ目はもし、凶暴な肉食獣と遭遇した時に、どうやって身を守るのか?それには道具を作るとか知能の発達が不可欠であるが、短期間で可能なのだろうか。そもそも彼らはそういった驚異から身を守る為に木の上に住んだ訳で、今回、無理矢理に木から引きずり下ろす。
3人とも話し合いの結果、何となく暗い表情になった。考えれば考えるほど無謀で無意味な計画に思えてくるが、地表の状況をよく知るカランには別のプランもある。
「この大陸だけを候補地にするのではなく、例えば地球の裏側とか、」
キャサリンは動物が繁殖する条件を熟知している。
「肉食獣が住んでいない地域は、彼らの餌となる草食動物も少ない。それは食糧確保が難しいからだと思うんだけど。」
船長の本心としては、この機会に大いに前進したいところである。
「私は多数の不確実な実験をするより、1カ所に定めて徹底的なサポートを行いながら進めてはどうかと思っている。候補地は地球のほぼ反対側で、奇しくも恐竜絶滅の隕石が落ちた付近だが、どうだろう?」
カランその地域を確認して、船長の意図は何となく理解した。
「なるほど、東側の密林地帯ではなく、中央部の平原地帯ですね。」
「ああ、その通りだ。」
「雨が少ない石灰岩質の土壌で、背の低い草原に樹木が疎らに生えている。川は少なくても湖が多いので、まず水には困らない。・・・で食糧は。」
船長はカランが調査したデータをモニターに映しながら説明した。
「地表は乾燥しているが地下水はまあまあ有って、網の目の様な地下水脈になっている。遠い山岳地帯から流れて来る水が川とはならず地下にある様だ。それが地表に現れたのが湖だ。」
キャサリンも船長の説明を熱心に聞いている。
「湖の周りだけ樹木も多いけど、少し離れると乾燥地帯なんだ、それは地下水脈から外れた地域ですね。で、そこでは身を隠す程の草も無いし、肉食獣の活動には不向き。加えて美味しい木の実や果物は木の上に有るので草食動物も少ない。んんん、これ素晴らしいんじゃないですか。」
キャサリンはほぼ船長のこの案に同意。勿論カランも納得。船長はもう一つ面白いプランを考えていた。
「いや、これだけじゃないんだ。もう一つ言わせてくれ。湖を取り巻く樹木と乾燥地帯の間の植物。これらは地下に栄養を貯め込むイモ類なんだ。つまり、これらの炭水化物も摂取する事で、彼らの活動がもっとエネルギッシュになるのではないかと考えている。」
素晴らしいプランである。この後これを超えるプランが無ければ、船長のこのプランで実行する事になる。懸念される3つの問題はクリアーされているし、さらにプラスα。まあ、ベストだろう。
いつもの様にバーチャルタウンでの食事。ロボットに食事なんて不要だ。まあ、ロボットに成った事の無い人の意見でしょうね。勿論、ロボットモードに切り替えるSWは有るし。腕力は100倍、思考能力も100倍。しかし、それはプログラマーが想定した範囲でしか機能しない。未知の惑星で未知な事態が起こる事に対応出来るのはやはりヒューマンモード。省エネという観点からもこちらが優る。
カランは自分のバッテリー残量を見た。
「あ~あ、僕のバッテリー、寿命が50%切ったなあ。」
船長とキャサリンも確認したが、キャサリンは51%、船長は58%.。
「ああ、悪いなあ、私だけ少し多い様だ。でも、あと2つは残ってるし、今悲観的にならんでも;;」
カランは自分のPADをパラパラッとめくって船長に渡した。
「船長、僕はこのバッテリー替わる重要な物質の宝庫を見つけてますよ、この惑星では、何と簡単に採取出来るところに有るんですよ。だからアウトになっても大丈夫。」
「カラン、それホント!」
「はいなあ;;任しといて。残り1個になったらやるから。心配せんでエエよ。」
船長も笑顔で二人の会話を見ている。
●実験スタート
移住実験の前に、実際に3人で現地の調査を行った。付近に住む動物、植物、水質、気候の周期など、多岐に渡り慎重な調査を行ったが、その結果、船長が予測していた通りの理想的な場所と判明した。
次に移住させるサルの選別と数。最初は100家族ほど。その後は100年毎に10家族を追加する。これは最も重要な事で、後から来た者を排除したり戦ったりするのかを知りたい訳で有る。結果は明白で、後から来た者も同類であるとすぐに理解した後は、食糧や水を与え、さらには住む場所まで与えて暖かく歓迎した。
3人はこういった平和な状況を何度も目の当たりにして、自分達の地球での過去の戦争と照らし合わせて考えている。人間は過去に資源を奪い合って人間同士が殺し合った。
船長は人類学や歴史にはさほど詳しくはないが、もしここで食糧不足の状況になった時に猿達がどの様に行動するのか、是非知りたいと思った。
「キャサリン、次は200家族ほど送ってみないか?」
「ええっ、船長マジですか?せっかくイイ感じなのに、、、」
「サル達の問題解決能力が知りたいんだ。もちろん食糧不足になるが、それをどう解決するのか見たいんだ。」
船長のこの提案にはカランもビックリ!
「船長、食糧が不足すれば奪い合いの戦いになるに決まってますよ。」
「決まってるかなあ、カラン君?」
「ええ~~?」
カランは船長の言ってる意味が解らない、キャサリンもよく分からない。
「どんな計画なんですか、船長。」
「突然戸惑うような事を言って申し訳ない、今、ふと思いついた事なんだが、ここで簡単に殺し合う様な野蛮な人間を作る為に、はるばる来たんじゃないだろう、と思ったもので。」
キャサリンは少し理解した。
「つまり、食糧不足に対して、どう対処するのか見たい。という訳ですね。」
船長はキャサリンに対して大きくうなずいた。そしてカランの方を見ながら少し言葉を選んで整理した。
「我々人類は資源の奪い合いで人間同士が殺し合い、地球滅亡の危機に遭遇した時、ようやく平和になったが、その過程は必要だったのだろうかと考える事が多いな。資源が奪われるから相手を殺す。その考え方は知能が低過ぎると思わないか?オアシスの周辺には豊富なイモ類もあり、決して食糧難では無い。彼らサル達が我々人類の後継者となるなら。その潜在意識に戦争は排除して欲しいと願う。知恵を出して欲しい。我々にはこの上空から解決方法が見えているんだからなあ。」
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