第5話 貴族の妻として


 私の実家は子爵家で、私も貴族の生まれなの。

 でも伯爵家に嫁いできて、爵位は違うとはいえ、随分と我が家と違っているのにびっくりしたわ。

 結婚したての時は、特に驚きの連続で。

 旦那様が教えてくださった貴族の心得は、色々と矛盾が多くて、理解するのがなかなか難しかったの。


「貴族の妻は、夫を立ててよく働き、支えなければいけない」

「しかし、夫は男だから、好きにしてよい」


 貴族の男と女では、心得が違うなんて混乱しちゃう。


「貴族の妻は貞淑でいなくてはいけない」

「しかし、貴族の夫はそうしなくていい」


 1つ1つ覚えなくてはならなくて。


「へえ、そうなのですか」


 そう頷きながら、旦那様の教えを体にしみこませていった。


「それならば旦那様、妻が家政も事業もしていたとしたら、夫はその間、何をするのでしょう?」と、質問をしたら怒鳴られてしまった。それくらい自分で考えろ、と。

 考えてもわからないから聴いたのだけれど。

 貴族の夫は自由にしてあげなくてはいけないのかしら、と考えた結果にそう理解した。

 貴族の妻は忙しいのね。そのために頑張らなくちゃ、と気合いが入ったわ。



 旦那様からお仕事を教わっていた時に、帳簿の辻褄が合わないことに気づいたの。

 旦那様の仕事を手伝っている仲間が、ずっと横領をしているらしくて。それを誤魔化そうとあり得ない買い物や贈り物を買ったように見せかけていたみたいで。

 これは貴族的なやり方では、どうやって解決したらいいのかしら、と私は悩んだ。

 このまま見て見ぬふりをするのが、このおうちの貴族的な流儀かしら?

 皆さん気づいていて放置しているの? って。

 でも、そうなると、この伯爵領のお金も、おうちのお金もなくなって、私たちが困ってしまうし。


 旦那様に聴いてみたら「そんなわけない」とお笑いになって聞いて下さらないの。

 困ったわ。それでは上手く進まない。

 稼いでも稼いでも、お金がどんどん盗られていくんですもの。


 だから「もうお金を盗るのはやめてくださらない?」

 と、直接お願いすることにしたわ。


 一人だと旦那様に叱られちゃうから、当家の護衛に一緒にきてもらったけれど。

 だって旦那様に、貴族の妻は常に貞淑であれと言われているものね。

 従業員といえど、旦那様以外の男性と二人きりになったりしたらダメでしょう?

 護衛の子は大きくて目つきが悪いけれど、とても性格のいい子よ。もちろん女性だしね。


 不思議だわ。

 泥棒をしてた従業員の人は、私がお願いしているのに、護衛の方ばかり見てガタガタ震えて、突然何度も謝ったかと思うと出ていってしまったの。そのままその方はこなくなってしまったわ。

 泥棒がいなくなったのだから、事業は上向きになっていったのは当然よね。

 でも、旦那様はそれは私がお仕事のお手伝いをしたせいだと勘違いされて、お喜びになったの。

 あら、この方法でよかったのね。


「ローデリアに任せておけば安心だ」


 そうおっしゃられるようになって。


「これを君に預けるから、よろしく」


 そう言って、家長の証である印璽をお預けくださったのよ。



 だからそれからはなおさら張り切っちゃった。


「ローデリア、家を主人好みに整えるのは、妻である君の役目だよ」


 そう旦那様はおっしゃっていたの。確かに家政を取り仕切るのは、私の役割。

 家の不要なものもどんどんと処分していかないと。旦那様のためにね。


「このゴミはなにかしら?」


 倉庫の中にたくさんの物が詰まっている。執事とそこを覗いて聞いたら、答えてくれた。


「それは伯爵様が大旦那様や他の貴族などから賜った美術品です」と。


「倉庫に眠っているということは、不用品ということよ。きっと伯爵様は気にいってないわね。全部骨董屋に引き取らせましょう」

「それは奥様、おやめになった方が」

「いいえ、これも全部旦那様のためだから」


 結構、いい金額が手に入ったので、これはありがたくいただいて事業に回しましょう。

 それも全部旦那様のため。

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