五章 信頼
森の道を歩き山道へと抜けた時に背後からひずめの音が聞こえてきて刹那は立ち止まり振り返る。
「ねえ、何か来るよ」
「え?」
彼女の言葉にアオイが驚き立ち止まると他の者達もそれに合わせて歩みを止めた。
「ちょっと待って!」
「は、はい?」
切羽詰まった男の叫び声があがると五台の馬車に取り囲まれる。アオイ達は何事かと言った顔で彼等を見た。
「いや~。追いつけて良かった」
「あの、貴方達は……」
「オレ達は旅芸人の一座であんた達が南の地を開放してくれたおかげでこうしてまた旅ができるようになったんだ」
「あそこの領主に私達も捕まえられていてね。毎日踊りを披露しろ、酒の相手をしろと言われてうんざりしていたのよ。でも貴方達がマグダムを倒してくれたおかげでこうして自由の身となり旅が続けられるようになったの」
明るい笑顔でそう言った男性へとアオイが尋ねる。それに男とその隣に座っている女がそれぞれ答えた。
(やかましい奴だね。あっちの女の方が年下だろうに年上に見えちゃうほど性格に差があるようだ。それはいいとして、旅芸人の一座との出会いも果たせた。「影」の影響もなさそうだし、ま、大丈夫だろう)
「オレは一座の団長を務めるキイチ。こっちはうちの一番の踊り子のアゲハだ」
「それでわざわざお礼を言うためだけに私達を追いかけてきたの?」
刹那が内心で言葉を呟いている間も目の前で団長とのやり取りは続く。
「違う違う。あんた達これから帝王と戦うんだろ? オレ達も手伝いたくてさ。少なくともオレ達と一緒なら怪しまれずに旅を続けられるだろう。それにこう見えてオレもアゲハも戦えるんだ。一座の奴等も獣くらいなら倒せる。だからあんた達に助けられた借りを返したいんだ」
「それに北の地まで旅するならこの馬車に乗って移動した方のが早いと思うの。ねえ、お嬢ちゃんどうかしら?」
「そうですね。帝王と戦うにしても北の地まで徒歩で行っていては時間がかかりますし、アオイもレナも足が疲れてしまうでしょう。乗せていって頂けるならとてもありがたいですね」
「旅芸人の一座って事にしておけばいろいろと面倒に巻き込まれなくてすむかもしれないし、その方が良いかもしれないな」
二人の提案にハヤトが言うとキリトも都合がいいといった感じで同意する。
(これで役者はそろった。後は運命の流れのままに帝王の下へと向かうだけ。さて、僕もそろそろ動くとしよう。定めの導きのままに……)
「そうこなくっちゃ! そうと決まれば早速乗って乗って。あ、兵士さん達は全員は乗れないから一座の護衛って形でついてきて」
刹那が内心で何事か考えていることなどつゆ知らずキイチの言葉にアオイ達は馬車へと乗り込み西の地へと向けての旅を再開した。
「今日はこの辺りで野宿かな」
「そうね。それじゃあ女の子通しあっちにいきましょうか」
キイチが馬車を停めるとそう呟く。アゲハがアオイと麗奈の肩をそっと叩くとにこやかな笑顔で促す。
「へ?」
「この辺りに何かあるんですか」
肩を叩かれ不思議そうにするアオイにやっぱりと言った顔であえて尋ねる麗奈。
「ふふ。ついてくれば分かるわよ」
「?」
「分かりました」
彼女等へと微笑み言うと二人を連れてどこかへと向かっていった。
(……他の女達も向ってるってことはお風呂か? それにしても僕に声をかけないってことは皆は僕のことを男だと思ってるようだね。まぁ、別にどうでもいいけど)
「姫様達だけでは危険なのでは? 僕達もついて行った方が良いのではないでしょうか」
「アゲハはうちの自慢の踊り子であり一番強い。何かあっても大丈夫さ。それにうちの一座の女連中もそこそこ戦えるから姫様やレナちゃんを守るくらいどうってことない。それに男共が覗けば命はないぞ」
内心で刹那が呟きを零しているとイカリが心配そうな顔で声をあげる。それにキイチが意地悪くにやりと笑い言った。
「「「「……」」」」
「? それはどういう意味でしょうか」
(やっぱりお風呂か)
その言葉に冷や汗を流すハヤトとユキ。トウヤとキリトもうすうす察した様子で納得する。一人だけ理解できていない最年少のイカリが不思議そうに首を傾げた。
キイチの言葉に刹那も考えていたことが当っていたと納得した顔をする。
「ははははっ。イカリも大人になればわかるさ」
「な、失礼な。僕はすでに大人の儀を終えております。ですからこうして武器を持ち戦えるのです」
「そういう意味じゃない。……まぁ、俺も後で浴びさせてもらおうかな。ずっと入れてないしたまにはゆっくり骨を休めたいからね」
大声でお腹を抱えて笑うキイチの言葉にイカリがムッとした顔で答えた。
その言葉にユキが溜息交じりに言うと、後でお風呂に入りたいと呟く。
「浴びる? 入る? ああ、川遊びですね」
「何処をどうとったらそうなるんだよ」
不思議そうな顔で彼が言った言葉の意味を考えて出てきた答えに笑う彼へとユキが頭を抱えたそうな顔で呟く。
「何か違いましたか?」
「もういい。頭痛くなる。お前もあとで一緒に来れば分かるさ」
「はい? 分かりました」
真面目に聞いてくるイカリへと彼は投げやりな態度になり言う。それに不思議そうな顔のまま頷くとこの話は終わりとなった。
それからアオイ達がお風呂から出てくるまでの間に野営の準備を終え夕飯の支度も整えると自由時間となる。
「セツナどこに行くんですか?」
「……ちょっとこの辺りに熊やなんかがいないかと思ってね」
「?」
たき火を起こし後はご飯が出来上がるのを待つだけとなった時そっと刹那がその側から離れた。
それに気づいたハヤトが声をかける。
「ま、すぐ戻って来るから」
「はい……熊ね。まさか狩りをしてくるとか? ……ははっ。まさかな」
彼女は言うとさっさと森の中へと入っていってしまう。その背を見送った彼がそっと呟きさすがにそれはないよなと思いながら笑った。
「……忍び寄る影は消し去らねばならない。彼女等は今一時の安らぎの時を過ごしているのだからね。だから邪魔なんかさせやしないよ」
そっと呟くと森の奥深くへと入っていく。そこには帝国軍の兵士達が五人ほど集まっていてこの近くにアオイ達が来ているとシェシルから知らされた帝王が放った者達であった。
「もう間もなく反徒共はこの近くを通るはずだ。そこで奇襲をかけ瑠璃王国の姫の首を狙う。いいな」
「はい隊長」
この中で一番まともな鎧を着こんだ男がそう言うと部下の一人が返事をする。
「そう上手くはいかないと思うけどね」
「!? 何者だ」
聞こえてきた声に驚き兵士達はそちらへと振り返った。そこには刹那の姿がありいつの間にか近くに来ていた怪しい人物に男達は警戒する。
「これから死にゆく者達に名乗る名などない」
「ま、まさか貴様も反徒の一味か?」
「さぁ、どうだろうね」
薄い笑みを浮かべて話す彼女へと隊長が言う。それには答えずに首を傾げてとぼけてみせた。
「かまわん。邪魔立てする奴をほってはおけん。やってしまえ」
「……」
隊長の号令と共に兵士達が剣を手にして突っ込んでくる。それを冷静にとらえると身構える。
「でやぁ」
「……」
最初に斬りかかってきた相手の剣は刹那には当たらず地面に叩きつけられる。標的が見当たらない事に上空を見やるとそこには宙へと飛びあがり短剣を構えた状態の彼女がいて兵士へと飛び込んでくると相手の急所を切り裂く。
倒れ込む兵士なぞ見向きもせずに次々と襲い掛かってくる相手を斬り倒す。
「……」
そして気が付くと立っているのは刹那ただ一人だけになっていた。
「安心して、君達が次に生まれ変わってきた時はとても恵まれた世界で血を流すことも、誰かと戦い合うこともない幸せに暮らしていけれる世界になっているからさ」
緑の光が兵士達の体を包み込みそして天へと昇っていく。空へと還る魂を見詰め彼女はそっと呟きを零す。
「この地を守りし神や精霊達よ。血で穢したことを謝る。どうか怒らずに僕のお詫びの歌を聞いてくれ……~♪」
誰もいない静かな森へと向けて刹那は言うとこの世界の言語とは違う言葉で歌を紡ぐ。優しい音色で紡がれる癒しの歌は森の中へと響いて空へと昇っていった。
「……」
そして刹那は歌い終わるとこの場を後にし、本当に熊を狩って皆の下へと戻っていく。
「セツナ。何だよその熊は」
「まさか本当に熊を狩りに行っていたのですか?」
戻ってきた彼女が自分よりも大きな熊を背負って帰ってきた様子にユキが目を丸くする。ハヤトも本当に狩って来るとは思わず驚いていた。
「これだけたくさんの人数で今の食料だけで足りるとでも? この熊一匹だって足りやしないと思うけど」
「それなら、狩りに行くなら僕達にも声をかけて下さればお手伝いいたしましたのに」
刹那の言葉にイカリが腑に落ちないといった感じで話す。
「大勢で行けば警戒されるだけだ。人の気配に敏感な獣を仕留めるには一人で狩ったほうのが確率は上がる」
「確かにセツナのいう通りですね。おれ達皆で狩りに行けば獣達は警戒して姿を隠すやもしれませんから」
彼女の言葉に何をしてきたのか知っていますよと言いたげな顔でトウヤが話す。
「それじゃあその熊を捌かなくては……誰か捌けますか?」
「俺はパス。サバイバルだってした事ない現在人だぜ。そんなのやれるかよ」
「僕も獣を捌いた事はありません」
ハヤトが言うと皆を見やった。するとそれに真っ先にユキがやらないと声をあげる。
イカリも申し訳なさそうな顔でそう答えた。
「あれを捌くだって? 無理無理無理! オレはやらないよ」
「おれもご遠慮させて頂きます」
「……なぜ皆しておれを見る? おれは料理すらしたことがないぞ」
キイチが嫌そうな顔で両手を振って拒否する。トウヤもにこやかな笑顔で答えた。
そこで一気に全員の視線がキリトへと集まる。それに気づいた彼が眉を跳ね上げ答えた。
「困りましたね。オレもさすがに熊を捌いた事はありませんし……」
「誰も君達に捌けとは言ってない。僕がやるからそこで見てて」
ハヤトが困った様子で言うと刹那は最初から期待なんかしてないって顔で言うと熊を下ろして短剣でまずは腹を裂く。
「セツナ殿は熊を捌けるのですか?」
「熊だけじゃない。他の生き物だって捌けるさ」
捌く作業を見ながらイカリが尋ねた言葉に手を止める事なく彼女は答える。
「あんたどこに住んでたんだ? まさかサバイバルな生活してたとか言わないよな」
「いろんなところを一人で旅していたからね。おのずと覚えた」
ユキの言葉に彼女は淡々とした口調で答えると慣れた手つきで処理を続けた。
「へー。ずいぶんと手際が良いな。こんなでっかい熊なのにあっという間に小さくなってく」
「ええ。セツナは凄いですね。俺も向こうで料理を覚えましたが、魚や肉をこんなに簡単に捌けたことはありません。まぁ、スーパーで売られているので殆ど処理が終わってるので捌くというほどのことではないでしょうけどね」
感心した様子で感想を述べるユキにハヤトも相槌を打ち小さく笑う。
「そういえばハヤトに初めて手料理食べさせてもらった時は黒こげの謎の物体が出てきてどうしようかと思ったな」
「隣のおばさんに料理の仕方を教わって作ってみたのですが、ガスコンロの使い方がいまいちわからなくて燃やし過ぎちゃいましてね」
「あれって直火であぶってたのか? フライパンとかナベとかの使い方が分からなかったとか言わないよな」
「はははっ。あちらに行ったばかりの頃で、こっちとは全然文化が違ってましたのでね。調理道具の使い方もよく分からなかったんですよ」
ユキとハヤトが向こうの世界での思い出話に花を咲かせる。
「よく分からんが、今物騒な会話が聞こえた気がしたんだが……」
「謎の物体とは?」
向こうの世界でのことはよく分からないが料理を黒焦げにして謎の物体を作ったという事にキリトが呟く。イカリも首を傾げてどんなものだったのだろうかと不思議そうにする。
「そこはほら、料理初心者なら誰もがとおる道という事で」
「いや、さすがに初心者でも黒こげの物体は作らないだろう?」
トウヤの言葉にキイチが苦笑して話した。
「はい、できたよ。後は綺麗に洗って調理するだけだ。言っておくけど捌くのは得意だけど僕は料理が壊滅的に下手くそだ。だから料理は上手な人に任せる」
「壊滅的にって……どんだけ苦手なんだよ」
「これほど器用にさばけるのに料理は上手ではないというのですか?」
短剣に付いた血を土で落とすと刹那はそう話す。その言葉にユキが呆れる横でイカリが怪訝そうに尋ねる。
「昔は食べられるものなら何でも食べてたからね。だから料理というものに興味はなかった。ま、昔と比べたら形が残るようになっただけまともに作れるようになったとは思うけど、美味しい料理を作る自信はない」
「まて、形が残らない料理とはそれは料理ではないだろう?」
「ま、まあ。これだけ綺麗に捌けてれば後は料理はオレ達でやれば大丈夫だろう」
彼女の不穏な言葉にキリトが眉を寄せて言うと、キイチが苦笑いして熊肉を一か所に集めた。
「人間だれしも得手不得手がありますからね」
「謎の物体を作り上げたハヤトの料理よりも形すら残らない料理を作り上げるセツナの不器用さはある意味才能だと思いますけど」
にこりと微笑み話したハヤトの言葉にトウヤが苦笑して語る。
色々あったが料理に熊肉を使い汁物を作り上げるとアオイ達が温泉から戻ってきて皆で夕飯を食べた。
それからユキが宣言通りにイカリを連れて温泉へと入りに行くと、他の皆も思い思いに夜の一時を過ごす。
刹那も人々の喧騒から離れる様に少し静かな場所へと移り木の下へと座り込む。
「……何か言いたそうな顔だね」
近付いてきた気配の主へと彼女は顔を見る事無く声をかける。
「……その昼間はアオイを助けてくれたこと感謝している。お前がいなかったらアオイは今頃怪我を負い旅どころではなかっただろう。お前は怪我をする事もかえりみずアオイを助けてくれた。それに先ほど帝国の刺客をたった一人で倒してくれた。帝国側の人間ならいくら演技とはいえ何のためらいもなく仲間を斬り捨てる事なんぞしないだろう。お前は敵ではない……そんなお前の事を疑い警戒していたことを謝る」
「……」
あの時一人で森の中へと入った彼女の後を彼がひそかについてきていたことは知っていたが、まさかそれのおかげでキリトの警戒心を解くことができようとは思っていなくて刹那は驚く。
「お前が追っている「影」という存在がどういうものなのか今度教えて欲しい。もし手伝えることがあったらおれも力になる。言いたかったことはそれだけだ……」
「……」
困ったような顔で話してはいるがそれがただたんに照れ隠しであることを見抜いている彼女は彼の言葉を黙って聞き立ち去っていくその背中を見詰めた。
「……キリトって意外に信頼を得れば後略しやすいキャラなんだね」
そこに行くまでの道のりは大変ではあったが、キリトからの信頼を勝ち取った事に小さく微笑む。
「あいつと何話してたんだよ」
「……ゆっくり骨を休めるんじゃなかったの」
誰かの気配に気づき一瞬で無表情に戻った時に声をかけられ刹那は尋ねる。
「イカリのやつが温泉に興奮してゆっくり浸かるどころじゃなかったからな。面倒な展開になる前に逃げ出したんだ」
「それで、僕に何か用事」
彼の言葉に彼女は特に言葉を返さずに自分に声をかけた理由を聞いた。
「……その昼間はアオイの事庇ってくれてあ、有り難う。俺達じゃすぐに助けに動けなかった。正直に言うと得体のしれない「影」って言うやつを追いかけているお前が一緒にいる事でアオイになにかあったらとか面倒な事に巻き込まれたりしたらと考えたら気が気じゃなかった。だからお前が仲間になることを強く反対したんだ。だけど「影」ってやつはセツナの言う通り知識がないと危険な存在だって見てわかった。あの時もし俺達だけでどくろの化物に憑りついた「影」と出会っていたらアオイは酷い怪我を負っていたかもしれない。だから、セツナがいてくれてよかった。「影」ってやつはお前にしか倒せないって言ってたけど、憑りついた相手と戦うことぐらいなら俺達にだってできるんだろ? ならこれからは「影」に憑りつかれたモノとの戦いの際はおれ達も協力したい。ダメだっていったて俺は勝手にお前の手助けをするからそのつもりで……用件はそれだけだ。それじゃ、お前もあとで温泉に入れよ。見たところ怪我はほんとにしてないみたいだけど痛むと良くないからな」
「……ユキってアオイの事に関して選択すれば後略が簡単なキャラなんだね」
照れ臭そうな顔でユキが語ると立ち去っていく。その気配が完全に消えたところで刹那はそっと呟きを零した。
「仲間にずっと警戒されているのはやはり少し悲しいからね。でもキリトもユキも僕のこともう警戒してないみたいだし、これからは仲良くできるかな」
そっと微笑みを浮かべた彼女の顔をアオイ達が見れば驚いたかもしれない。しかし彼女が誰かの前でこんなにも穏やかに微笑むことは絶対にないだろう。一定の距離を置かなくてはならないのだ。いつか来る二度と出会えない別れの時のために。
懐に入り込ませてはいけないのだ。別れがつらくなるだけなのだから……。
「僕のやらなくてはいけないことは「影」をこの世界から消し去ることだ。だからあんまりこの世界の人達と仲良くなりすぎてはいけないのだ」
自分のいるべき場所はここではないのだと理解しているからこそそう言い聞かせるとそっと夜空へと視線を向ける。近くても遠すぎる彼女との距離にアオイ達はこれ以上踏み込んではいけないのだと教えることもできないまま時はまた巡るのだった。
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