蒼穹に告白を

むにゃ枕

一話

「わたし、好きな人が出来たみたい」

勇気を出して言ったのだろうゆいの言葉は、私の心の弱い部分を突いた。

「へえ、でも、誰が好きだとかは別に無理に教えなくてもいいよ」

美沙みさは絶対に他の人に言わないって知ってるから、教えてあげる。私ね、××君のこと気になってるんだ」

「そうなんだ」

唯が言っただろう男の子の名前は、私の耳には入らなかった。防衛本能とかそういうものが働いたのだろう。私は、自分の今の表情が分からない。唯が不審に思わないように笑えているだろうか?

「ごめん、ちょっと行かなきゃ」

「あっ、うん」

私は唯に怪しまれないように家の方に向かうふりをした。唯から見えなくなっただろうところで、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。


 同じクラスで中学校が同じだったということが唯と仲良くなったきっかけだ。中学時代は、お互いのことを全く知らなかったけど、高校で私たちは普通の友達以上に仲良くなった。

 一年が終わり、私たちの学年が変わる。唯も私も文系を選択したから、同じクラスになる可能性は高かった。そして、運よく私たちは同じクラスになった。

 二年になっても唯と同じクラスになれたことが嬉しかった。自分でもこんなに唯と同じクラスになりたかったのだとは、思っていなかった。

 この時、私は考えてしまったのだ。私が唯と違うクラスになりたい理由を。普通の友達には、こんな感情を私は抱かなかった。違うクラスになったらなったでそれでよかった。

「唯って言うんだ。珍しい名前だね」

「そうかな?たまに珍しいって言われるんだよ」

 にこやかに談笑する新しいクラスメイトと唯。私はクラスメイトの彼女を馴れ馴れしいと思ってしまった。唯の一番は私であってほしいと身勝手にも思っていたのだ。私の唯への感情は友情かもしれない。私は、この時はまだそう考えていた。

「美沙って、好きな人とかいないの?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、こんな質問を唯は私にしてきた。その猫のような表情に、心臓が高鳴ったのを覚えている。

「唯が好き」

 なんて、冗談めかして言ったらどうなるだろう。恋というものを辞書的な意味では知っていたけれど、それが現実として私の身に降りかかるとは思っていなかった。私の初恋は、女の子である唯に対してだった。

 でも、この恋は叶わない可能性が高い。LGBTなんて言っても、それは私たちの現実からは遠い世界のお話だ。だから、私は微温湯のような唯との心地よい関係が半永久的に続くことを祈った。


 唯が男の子を好きになったという事実は、私の淡い夢を消し去った。もう微温湯のような関係には戻れない。

「どうしたいんだろう?」

自問自答する。

「私は唯とどうしたいんだ?」

「唯と手を繋ぎたいし、キスもしたい。私を好きになって欲しいし、セックスもしたい。私が唯の一番でありたい」

これは醜い嫉妬だ。私は唯が好きになった男の子に嫉妬している。唯の心を彼が奪ってしまったことに嫉妬している。


 家に帰った。お母さんは私がひどい顔をしていることを心配した。でも、私は何も言わなかった。私が普通ではないことをお母さんには言えない。同性を好きになったなんて、誰にも言えなかった。


「××君はね、△△が好きなんだって。だから、わたしもそれをやってみることにしたの」


「××君は、○○ちゃんのことが好きなのかもしれない。どうすればいいかな」


「××君と少し話したんだ。やっぱりわたしは××君が好きなんだって思った」


「美沙は××君のことをどう思う?」


「わたし、明日、××君に告白する」


 もうとっくに唯の一番は、私ではなくなっていた。唯の一番になりたいだとか、自分でも馬鹿馬鹿しいとは思っている。でも、私の一番は唯だ。私の心の一番多くを不法占拠しているのは唯だ。私の気持ちを唯は知らない。単に私を仲のいい友達だと考えている。親友だと思われているなら嬉しい。でも、唯の口からそんなことをきいたことはないし、私も確かめたことは無かった。唯が告白する前に、私は自分の想いを打ち明けることにした。


 抜けるような青空に、白い入道雲。湿気混じりの風と肌を焦がす夏の日差し。少しばかり自分を失うのに今日は丁度いい日だった。


「私は唯のことが、恋愛的な意味で好き。私はずっと唯のことを考えてる。どうしようもないくらい好きで、しょうがない」


「返事はいらないから。唯が私のことをそういう風に思ってないことは、痛いほどわかってる。でも、私は唯のことが好き」


「急にごめんね。でもね、私は唯の一番になりたかったんだ」


 唯は口をぱくぱくとし、呆然と私を見ている。私の言葉を咀嚼しているのだろう。唯が冷静になって、私が惨めになるのを待つことは出来なかった。私は足早に、その場から土手へ向けて走った。


「言っちゃった」


 私は荒い息を吐きながら、土手に倒れ込んだ。制服が汚れることは考えなかった。多分、明日から唯とは友達でいられない。でも、一番になった。私は唯の一番になったんだ。恋を知らないあの子の一番初めの告白は私になった。唯が、誰かと恋をする時には絶対に私を思い出す。誰かとの結婚式でも私を思い出すだろう。私は唯の心に居座ることができた。

 恋はきっと乱暴で、どうしようもないことなんだろう。目頭が熱くなって涙が零れる。頬を涙が伝う。

 泣きながら、私は空を眺めた。今日、私は、蒼穹の下で告白をした。このことを私は一生忘れないだろう。

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