7 WKO

 風に爆煙が流されていって視界がクリアになった時、月光も建御名方も何事もなかったかのように私に向かって飛び掛かってきていたので思わず笑ってしまう。


 ケーニヒスも含めて3機は高性能地雷にこんがり焼かれて煤やら塗料の焦げやらで真っ黒。

 装甲や骨格フレームの剥き出しになった部分なんかは地雷の撒き散らした破片によって節くれだってボッロボロ。


 中でも軽装甲の月光は被害が大きく、オマケにマモル君の狙撃によって右肩の損壊は著しく右腕はダラリと垂れているほどだ。


 だというのにだいじんさんもシズさんも地雷の雨を通り雨くらいにしか思っていないのか。


「たまんないわねぇ……!!」


 私は突き込まれてきた銃剣を右手で払いのけ、振り下ろされたナイフを持つ月光の左腕を掴んで引く。

 そのままケーニヒスと月光の場所を入れ替えるようにすると、そこにマモル君からの援護射撃が入って月光は胸部に被弾。


「私たちの作戦勝ちってところかしら!?」


 2対2あるいは1対1と1対1で戦うよりも1+α対2で戦おうという目論見がピシャリとハマった形。


 再び赤く熱せられ火球と化した砲弾が丘の稜線から飛んでくると月光の左の脚部を撃ち抜いて複合装甲が穿たれる鈍い重低音が鳴り響いたのとほぼ同時、私は月光の左肘を手刀で砕いていた。


 往年の名レスラーが得意としていた空手チョップ。

 空手家でもあるだいじんさんに見せつけるためのもの。


 月光は右腕と左脚をマモル君の狙撃によって損傷し左腕の機能も失った今、すでに私の意識はだいじんさんのみへと向いていたのだ。


 だが、次の瞬間、私の顎から鼻の下辺りを守るチンガードが飛んだ。


「そ、そんな腕で……!?」

「お姉さん! コックピットを破壊しますか!?」

「駄目よ! シズさんはユーザー補助AIでもないただのNPCなんだから、殺したら死んでしまう。リスポーンできないのよ!?」


 月光は残った右脚とスラスターを使って機体を急旋回させ、機能を完全に失ってダラリと垂れていたハズの右腕を鞭のように振るってきたのだ。


 惜しくもその一撃は私の顔面を掠るようにしてチンガードを飛ばすのみに終わっていたが、私は再び違和感に襲われていた。


 だいじんさんとシズさん。2人が「コードナントカ」と発声して以降、急に動きが良くなってから幾度となく感じていた違和感。


 例えいくら強力でも先の震電戦では感じなかった違和感。


 まるでHuMoというよりもHuMoの形をした人間と戦っているかのような違和感が私の中で渦を巻いていたのだ。


 とはいえ今は闘争の最中、そんな事を考えている暇はない。


 スラスターで宙へ飛び上がった月光が残った脚で繰り出してきた蹴りに私も蹴りで合わせると、細い月光の右脚はフレームごと砕け散る。

 対して骨太の私の骨格は損害は軽微。狙い通りだ。


「やらせるかッ!?」

「遅ぇよ!!」


 カバーに入ろうとするだいじんさんの建御名方はマモル君の狙撃によって脚を止めさせられる。

 直撃弾はないもののナイスタイミングのナイスアシストだ。


 四肢を失った月光のスラスターの噴射口をもぎとり、あるいは潰すと月光は大地に倒れて動きを止める。


「シズさんの無力化は成功……。後はだいじんさんだけね」

「……チィ」

「マモル君も後は手を出さないで」


 マモル君の射撃が止むと私と建御名方は動きを止めて向き合い、両者の間を流れていく風によって巻き上がっていた土煙は流されていく。


「良いんですか?」

「貴方が手を出さなければ、だいじんさんだって手を出さないわ。そっちもそれでいいでしょう?」

「構わん。元より貴様と儂でどっちが“上”でどっちが“下”か決めようっちゅう話じゃろう?」

「ええ。それじゃ……」


 合図は無く、動き出したのは両者同時であった。


 だいじんさんの銃剣の突きを姿勢を落として躱そうとしながら前に出るものの、突きの軌道は不意に変わり右肩装甲を掠める。


 だが、そのまま古式ゆかしいレスリング風のタックルで倒せると思った直後、私の背は建御名方のライフルの銃床で打ち据えられた。


 そのまま大地に叩きつけられるも私は腕力と全身のバネを使って仰向けになって体を回して脚を敵へと向ける。


 そのまま敵機の膝を粉砕するつもりで放ったアリ・キックは建御名方が後ろへ飛び退いていたがために宙を切り、代わりに撃ちこまれてきたライフルの連射を躱すため私は大地を転がりながら跳ね上がる。


「ホント、知ってるだけじゃ意味なんてないわけだ。銃剣道に銃床ストックで殴る技があるだなんて……」

「ハンッ! 可哀そうじゃから教えてやるが、は銃剣道じゃない。銃剣格闘じゃ!!」


 射撃だけで有利アドを取るつもりはないというのか、建御名方は再び真っ直ぐに突っ込んできた。


 すぐ近くに落ちた雷のような凄まじい足音を立てて大地を踏みつけて繰り出された銃剣の突きは今まででもっとも速いもので、私の胸部装甲はざっくりと切り裂かれていたものの、なんとか銃を掴む事には成功。


 そのまま握力でライフルを握りつぶしてやろうと力を込めた瞬間、私に腹部に建御名方の足裏が叩きつけられていて、蹴りの威力で私はそのまま十数メートルほど大地を滑っていた。


「蹴りもあるのね。銃剣格闘ってヤツは……」

「ふん、一瞬でライフルの銃としての機能は持ってかれたわい」


 ケーニヒスの大きな足裏でもけっこうな距離を滑らされた事に驚いていると、同じようにだいじんさんも驚き半分、呆れたのが半分といった声を上げてライフルから弾倉が脱落する。


 私としてはライフルをそのまま圧し折ってやるくらいのつもりであったのだが、蹴りによる妨害でそれは果たされなかったが、それでも射撃能力を失ったがために少しでも軽くしようと弾倉を投棄したのだろう。


 それだけではない。

 建御名方の全身の増加スラスターやCIWS、ライフル用の予備弾倉が次々と脱落していく。


「へぇ……、機体を軽くして運動性を上げようって?」

「増加スラスターまで捨てたら意味が無いって声じゃな?」


 当たり前だ。

 だいじんさんの建御名方もケーニヒスと同じくトヨトミ製の機体なのである。

 つまりランク10の機体とはいえ、機体性能はそこそこで必要な性能は追加装備で補うといった設計思想のもの。


 装備を捨てて機体重量を軽くしようと、スラスターまで捨ててしまったら推力も落ちてしまう。


 何をしようというのか?


 敵が何かを仕掛けてこようとしているのは一目瞭然。

 だが私は待つ。


 敵の目論見を敢えて受けて潰す事が今の私にはできる。


 現実の世界の私が貧弱な肉体しか持たないが故にできなかった戦法が今の私にはできる。


 敵の攻撃を敢えて受けて、それでも敵を倒す。

 今の私にはそれができるのだ。


「……後悔しても遅いぞ?」


 追加装備の投棄が終わった後、建御名方は射撃の機能を失ってただの手槍と化したライフルを大地に突き立ててから、おもむろに両手で装甲をむしり取りはじめた。


「……は?」


 私の、ではない。

 だいじんさんの建御名方は自身の装甲をむしり取っていたのだ。


 胸部も、腹部も、腰部も。

 肩も、大腿部も、膝も。


 手が届く限りの自機の装甲を素手で毟り取る。


 その意図は分かる。

 推力が落ちたのだから、さらに機体重量を捨てようと機体本体の装甲まで排除しようというのだろう。


 だが、そんな機能がHuMoにあるとは思えない。


 先ほどの銃剣を使った格闘術もそうだ。


 いかに高ランクの機体であってもいくらなんでも不自然。

 まるでだいじんさんが操縦する建御名方と戦っているというより、だいじんさん本人と戦っているかのような……。


 だが、そんな私の困惑を振り払うようにだいじんさんが宣言する。


「あと1分で貴様はガレージ送りじゃ!」

「何をッ!?」


 装甲の排除は終わったのか、大地の突き立てていたライフルに手を伸ばす建御名方。


 銃剣の切っ先を私に突き付け、だいじんさんが決まりきった事のように告げる。

 金曜の晩がカレーだったら土曜の昼もカレーであると言うかのように。それには決意も何も無い。本当に当たり前の事を言っているかのような声色のもの。


 殴りかかった私の拳を建御名方は素早く躱して腹部へ膝蹴りを入れ、顔面に銃床を振るう。


「速いッ!? 速いけど、虚仮脅しでしょうがァッッッッッ!!!!」

「バトルアリーナの待機時間中に聞いたぞ。貴様はホワイトナイト・ノーブルに勝とうとしているんじゃろう?」

「だから何だってのよッッッ!!!!」

「試金石じゃよ。はヤツには通じんかったからの!!」


 さすがに装甲を捨てただけあって建御名方は速かった。


 ケーニヒスは速さでは完全に負けて、パワーと重量で何とか帳尻を合わせているという形。


 一撃。

 一撃だけ良いのを入れたら全てひっくり返せるハズなのにそれができない。


 大技どころか、装甲を排除された建御名方が相手ならばどんな一撃であろうと敵は何かしらの機能を損失して一気に流れは変わるだろうにそれができない。


 それが私を焦らせる。


 私は、私は私の理想の身体ケーニヒスを手に入れて、理想の勝ち方ができるというのにそれを為す事ができないのだ。


「よう、嬢ちゃん。さっき地雷をバラ撒く時に何と言っとったかな? 儂からも言わせてもらおうか? もっと熱くなれよ!!」


 幾度も拳を振るい、脚を出し、掴みかかるが建御名方は全ていなして躱していた。


 そして唐突に私の脳内で警報アラートが成り始めた。


「……は? いや、おま、熱くなれってそういう事ぉ!?」


 警報は温度以上を警告するもの。

 至近距離にいる敵機、つまりはだいじんさんの建御名方のラジエーターが動作を止めジェネレーターが異常な高温になっている事を告げるものであった。


「ほい、あと5秒できっちり1分じゃ!」

「ば、ば、ば、ば、ば、馬鹿じゃないの!? シズさんは一般NPCなのよ!?」


 してやられた。

 思えば自機の装甲を手でむしり取るという奇行もジェネレーターの温度が十分に上がるまでの時間を稼ぐためのブラフであったのだろう。


 そう考えても「あと5秒」という言葉がブラフであるとは考えなかった。


 いや、考えたとしても私はそうしていたであろう。


 私は大地に倒れたシズさんの月光の胴体に覆いかぶさるようにしていた。

 シズさんだけではない。母親を失えばヨーコちゃんがどれほど悲しむだろうか。

 例え2人がゲーム内のNPCに過ぎないとしても私にはシズさんが死亡する事が許せなかったのだ。


「ああ、言い忘れておった。シズさんな、課金アイテムの『生命保険』を渡されとるから死んでもリスポーンするぞ?」

「…………は?」


 次の瞬間、私の視界は赤とも白ともつかぬ閃光に包まれて、気が付くと私は自分のガレージに戻っていた。


「……はぁ!? マジで自爆しやがった!?」


 私は膝から崩れ落ちてコンクリートの床に両手を付いていた。


 だいじんさん、自分で「どっちが“上”でどっちが“下”か決めよう」って言っておいて、自爆でWKOダブルノックアウトは無いだろう。

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