6 地雷爆破デスマッチ

「なっ…………!?」


 たった今までニムロッドが立っていた場所を駆け抜けていった影。


 それはシズさんの虎瞻月光であった。

 ではあったのだが、私にはそれを信じるのには幾らか時間を必要とした。


「は、速い!? マモル君、そのまま倒れたままでいいから離れてッ!!」

「は、はいぃ……」


 それは私の知る月光とはまるで別物の動きで、それどころかHuMoという兵器の枠に収まるものであるのかすら疑わしく思えるほど。


 もし私がマモル君のニムロッドを転倒させていなければ、先の一閃で撃破されていたと確信してしまうほどに素早く、鋭く、そして力強かった。


 私が機転を利かせたために目標を失ってただ通り過ぎていった月光であったが、巧みな足捌きで瞬時に旋回してこちらを振り返った時、その手にはサブマシンガンが握られていた。


 ニムロッドはまだ転倒したまま、これではいい的だと私は月光とニムロッドとの間にケーニヒスを入らせてライフルを向ける。


 視界の端で土煙が移り、コックピットの立体音響システムが後方からのスラスターの轟音を再現して伝えてくる。


 マモル君は指示通りに距離を取ろうとしているようだ。

 それを援護するために私は操縦桿のトリガーを引くが、2、3発の射撃を行なったかどうかという所で真横から入ってきた刃によってライフルは動作不全に陥ってしまった。


「ライフルが……!?」

「おっと、こっちも忘れてもらっちゃ困るぞ!!」


 ライフルの機関部に深々と突き刺さっていたのは建御名方のライフルの先端に取り付けられていた銃剣であった。


 いつの間にか左腕を機体本体に戻してライフルを両手で構えた建御名方が割って入ってきたのだ。


 それは惚れ惚れするほど綺麗なフォームで放たれた突きで、建御名方のプラモデルが販売されるならば私が今見ている光景をパケ画像にしてほしいくらいのものである。


 だが、それほどに美しい突きも私にはただ見惚れているわけにもいかない。


「これは槍術? ……いや、銃剣道かッ!?」

「ハッ! 若いのに物知りさんじゃな! じゃが知っとるだけではの!!」


 至近距離に雷鳴が轟いた。

 絶え間ない轟雷。


 砲声ではない。


 だいじんさんの建御名方はライフルから銃剣を引き抜くと目にも止まらぬ速さで連続突きを繰り出してきて、その際に大地を蹴りつける音が野太い雷鳴のように轟いていたのだ。


 どうせ使えないならと私はライフルを盾に突きを受け止めようとしてみるも、幾重にも連なって襲いかかる突きに防戦一方。


 足捌きに加えて、機体各所のスラスターで前進しながら繰り出される突きに私は後退しながら受けざるをえない。


「腕部のスラスターで余計に突きが加速されるってわけ!?」

「それに気付いただけでも大したモンじゃよ!!」


 だいじんさんは本来、建御名方の腕部を分離飛行させる際に用いるスラスターを使って突きを加速させていた。


 まるで竜巻に巻き上げられた物が飛んでくるかのような絶え間ない突きの連続。


 銃剣が突いてくる先を1度でも読み違えてしまえばそれだけで終わってしまう実感。

 それが私の額に汗をかかせ、玉となった汗が額を伝ってきて眉に触れた感触に私は歯噛みした。


 読み違えるまでもない。私の目まで汗が流れてきて、それで目が開けられなくなったらそれでおしまいなのである。


 もったいない。


 初めて見るタイプの強敵にもっともっと戦っていたいのにタイムリミットが迫ってきているというのがたまらなく悔しい。


 なんとか汗を振り払えないかと軽く顔を振ってみると、同士討ちを避けるためにサブマシンガンを納めてナイフを取り出した月光がこちらに駆けこんできているのが視界の端に移った。


 そうだ。

 だいじんさんだけではない。シズさんだって不可思議な動きをやってのける凄腕のパイロットなのだ。


 もったいない。

 まだまだ私はもっと遊んでいたいのだ。


 どうする?

 どうすればもっと戦っていられる?


 どうする?

 手はあるハズなのだ。

 どんな強敵だって殺せば殺せるハズなのだ。


 どうする?


 私の全神経は研ぎ澄まされていき、操縦桿を握る両手が、フットペダルを操作する両脚が、敵と敵の刃を見据える両目が、そしてGに耐える全身そのものが熱く燃え盛る闘争心に突き動かされていた。


 そして張りつめた糸が切れる。

 もう何度目か分からない突きを受け止めたライフルがついに真っ二つに分断されたのを見た時、私の集中力は最高潮に達していた。


「何ッ!? や、やはり……!?」


 ケーニヒスはライフルであった物を放り捨てていた。


 次の瞬間、建御名方の銃剣は私の両の掌の間にあった。


 その切っ先は私の顔面スレスレまで来ていて、止める事ができなければ頭部は串刺しにされていたのであろう。


 真剣白刃取り。


 ぶっつけ本番の荒業の成功に私は思わず目の前の銃剣にキスしてやりたくなるほどに昂っていた。


「フンッッッ!! ハッッッ!!」


 そのまま私は銃剣を横へ押しやり、これまでのお返しとばかりに建御名方の顔面に拳を叩き込む。


 当然、これだけでは終わらない。

 私自身、そのまま建御名方の頭部を粉砕するつもりで拳を叩き込んだのだが、敵のさるもの。


 だいじんさんは仰向けになるくらいの勢いで機体を倒して、私の拳は掠っただけに終わる。


 追撃はできない。

 そのタイミングで左からきたシズさんの月光のナイフをスウェーで躱した頃には建御名方は立ち上がって再び銃剣付きライフルを構えて突っ込んできていた。


「シズさん! 此奴こやつは儂らと同じじゃ!! 気を付けい!!」

「この動き!? あの時のニムロッドのパイロットは貴女だったってわけね!?」


 2人が何を言っているのかは分からないが、それでも彼らは私をある程度の強敵と認めてくれているのが嬉しくて、つい子供が自慢のオモチャを見せびらかすような心境になってしまう。


 身を捻って突きを躱し、迫る斬撃はその手前の手首を払っていなしながら私は背部に搭載していたランチャーの仰角を最大限に上げていた。


「2人とも、こういうのはどうかしら!? ファイヤアアアアアァァァァァァァァっっっ!!!!」


 ランチャーから直上に撃ちあげられたロケット弾は高度を上げると内部に収められていた小型地雷を周囲へと撒き散らす。


「これはッ!?」

「ま、まさか!? 馬鹿なのかッ!?」

「地雷爆破デスマッチ。電流有刺鉄線は用意できなくてゴメンなさいね!!」


 スマート・マインレイヤー

 スマートだなんて名付けられている通り、散布した小型地雷は自機や友軍機には反応しないようにできている。


 だが切った張ったの距離で戦っているのであるから当然ながら私も爆発に巻き込まれるが、関係無い。


 少なくとも私の骨格フレームはそんなにヤワじゃない。


「…………!! …………!?」

「………………!!!!」

「あはははははははは!!!!」


 私を中心として周囲で連続して起きる爆音にシズさんとだいじんさんの声は掻き消され、私自身の笑い声ばかりが聞こえていた。


 小型地雷の爆発は私には致命的な損害は無いのだろうが、2人はどうであろうか?

 特に細身の月光に乗るシズさんは。


 そして爆炎が晴れるその前に1発の砲声が奔った。


「うぇ~~~い!!!!」

「おっ、やるじゃない?」


 私の背後を通り過ぎていった砲弾は何かに命中して甲高い金属音を上げる。


 マモル君である。


 いつの間にかマモル君は先ほど私たちが越えてきた丘に戻って、稜線から機体の上半身とライフルだけを出して狙撃する事にしていたようだ。

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