12 羨望

 その写真の背景は暗いどこかのガレージであろうか?

 せいぜい天井の高そうな場所だからHuMo用のガレージだろうかというくらいしか想像は付かなかったが、その写真に写されて面々はいずれも満足そうな表情を浮かべていた。


 白いドレスを着た少女が分かり易かったが、それ以外の者もまた一様に薄汚れている。


 汗でツナギや戦闘服、パイロットスーツは濡れて、掻いた汗で額や頬にべったりと髪が張り付いている者もいた。


 タトゥーの少女の顔にはその直前まで泣きはらしていたかのような跡が残っていて、高齢の女性の表情にはどこか寂しそうな色が除き、2人のマサムネさんは不敵な笑顔。


 一同は笑顔を浮かべていても判を押したように同じ笑みというわけではなく、それぞれ色々な思いがあるのだろうなと思わせるように多種多様。


 それでも彼ら彼女らが何か満ち足りた思いを抱いているのだけはハッキリと分かる。


 正直、私はその写真に写されている者たちに狂おしいほどの羨望を感じていた。


 あのいつもおちゃらけて負けてもヘラヘラしている姉の事すらも羨ましく妬ましく思えるほどで、こんな思いを姉に対して抱いたのは何年ぶりだろうか?


 一同がなんでこんな満ち足りた顔をしているのかは分からない。

 ただ一つだけ分かるのは、きっと彼らは何かを成し遂げたのだろうという事。


 私もきっとホワイトナイト・ノーブルとかの機体を奪ったプレイヤーに勝てれば同じように笑えるのだろうか?


「ライオネスさん……?」

「え? ああ、ごめんなさい。姉さんも写っているからちょっと何だろうなって……」


 飢えるような渇くような羨望はとめどないものの、しばらく写真を見つめたままの私に声をかけてきた山瀬さんにはっと我を取り戻して、適当な嘘を付いてお茶を濁していた。


「えと、シートに座ってみればいいのだっけ?」


 開け放たれたままのハッチの向こうにいる山瀬さんの顔もロクに見れないまま私は彼女の言うとおりにシートに座ってみる。


 なんでもスペック表には現れない竜波タイプの良い所が分かるという事であったが……。


「うん? なんか凄い座り心地が良い……? でも……」

「ふふん。分かりますか? でも、ただ座り心地が良いだけじゃないんですよ!」


 そのシートは何とも不思議な座り心地であった。


 父さんが昔に乗っていたスポーツカーのフルバゲットシートに似ているようでまるで違う。

 体にしっかりと馴染んでくる感覚はスポーツカーのシートのようでそれを連想してしまったが、それ以外はまるで違うのだ。


 思わず声が出てしまうほどの驚きの中で私は左右の操縦桿に手を伸ばしてフットペダルに脚を伸ばすフォームを取ってみると私の身体とシートの一体感はさらに増していた。


 シートのクッション自体が人体を包み込むようになっているのにただ柔らかいというだけではなく硬さというか反発もある。

 なのに快適というわけでもない。シートに包まれた体は自由が利かずにまるで拘束されているかのようでもあった。


「王虎は……、まあ竜波もそうなんですけど格闘戦に特化した機体という事で敵機との衝突を想定してGからパイロットを上手く逃すような高級なシートになっているんですよ!!」

「なるほどね。確かに……」

「このシートだけならランク9相当ってところですね!!」


 そう言われれば納得である。

 ランク9の機体なんて乗った事がないのでその辺は分からないが、それでもニムロッドに乗っている時に機体を急激に方向転換した時などコックピットの中で自分の体が振り回されるような感覚をこれまで幾度となく味わい、その度にシートベルトが体に食い込む痛むに歯を噛みしめて耐えてきたものだが、このシートならばそれも緩和されそうだ。


 シートに体がピッタリと収まってしまって身動きが取れないかのような不快さもそう言われてみれば頼もしいくらいだ。


 だがシートがどうとか確かにスペック表にはないのだ。

 なるほど確かにこれはスペック表には現れない長所であろう。


 私が感心して山瀬さんの顔を見ると、彼女もしてやったりといった良い笑みを浮かべていた。


 ……ああ、またあの満ち足りた顔だ。


 きっと彼女はゲームの世界で客に感動を届ける事を、満足してもらう事が目的でプレイしているのだろう。


 王虎のシートの高性能ぶりに一度は収まっていた羨望が再び胸の中で湧き上がってきたその時、不意にけたたましい警報が鳴り響きだす。


「え? なに、なに? 何か変かとこ触っちゃった!?」

「落ち着いてくださいコックピット内からじゃなくて館内放送です!!」


 私たちが慌ててコックピットから降りてみると博物館の館内では至るところで赤い回転警告灯が点滅し、職員さんたちが怒号を発しながら走り回っていた。


「て、敵襲~~~!! 敵襲~~~!!!!」

「お客様はただちに地下シェルターへと退避してくださ~い!!」


 状況を確認するために走る者や客の非難誘導をするものなど職員さんたちの動きは様々であるが、皆一様に表情は強張っていて事態が避難訓練のようなものではなく実際の非常事態だという事は明らか。


「なるほどねぇ。運営がただ素直に体験試乗会なんてやるわけないか……」

「ええ……。マジですか……。体験試乗会ってこれから1週間続くんですよ? もしかして毎日、敵襲が続くんですかね?」

「ご愁傷様。ウチの姉さんに代わってお詫び申し上げるわ」


 職員さんたちや他の一般客のようなNPCとは違い、この世界がゲームだと知っている私たちは周囲に飛び交う悲鳴や怒号の中でも冷静である。


 いや、冷静というか今日一日だけここに来た私とは違い、体験試乗会の間はここに出向しているという山瀬さんに至ってはげんなりとした顔をしているくらいだ。


「……とりあえずヤマガタさんのところに戻りましょうか」

「そうね。私もマモル君やサンタモニカさんたちと合流しないと」


 それから私たちは展示場へと走って戻ることにした。


 博物館から外に出ると周辺の雰囲気は一転。

 ビルの屋上には対空機銃やミサイルランチャーが展開し、道路上にもミサイルを牽引した車両やら装甲車が配置をしつつある。

 さらに幾つかの格納庫から飛び出してどこかへと向かっていく細身のグレーの機体はジャギュア。難民キャンプでも見たトクシカさんとこの私兵部隊であろう。


 シェルターへと向かう人の群れに逆流するように私たちは展示場内に飛び込むとあれだけ賑わっていた場内に残されていた人の姿は少なく、騒然とした雰囲気だけが残されていた。


「ヤマガタさん!! 状況はッ!?」

「おお! 2人とも無事だったか!? 現在、当試験場はハイエナの襲撃を受けている……」


 まあ、状況は私たちの想像通り。


「トクシカ商会の防衛部隊と来場していた傭兵さんたちによって敵部隊を迎撃してはいるが奇襲により被害は甚大で、しかも敵の数も多い」


 うんうん。

 そりゃ多数のプレイヤーたちを招待して、そのプレイヤーたちも他にフレンドを一緒に連れて来ているんだからそれなりに敵の数もいるよね。


「しかも試乗会の実施中という事もあり、演習場に出ていた傭兵さんたちの機体は演習弾しか持っていない機体も多く、圧倒的に不利な状況だ」


 ……いや、それはさすがに汚すぎないか?


「え、演習弾って……?」

「分かり易く言えばペイント弾とかですかね」

「それって戦えるの?」

「そんな危険な物で友達と模擬戦とかしたいですか?」

「そらそうよねぇ……」


 何をしたいんだ? 姉さんたちは!?

 敵が強いとか、敵が多いとかそういうのは分かるけど、せめてマトモに戦わせてやってくれよ……。


 半ば呆れ気味の私に気付かないままヤマガタさんはノートパソコンの画面を見せてくれるが、そこに表示されていたのは周辺のマップといくつもの赤と青の点。


 赤が敵、青が味方だとすると確かに圧倒的に不利な状況というヤマガタさんの言葉は正しいように思える。


 赤点で表示される敵は北西、北、北東の3方面から試験場内に侵入し、青い点は近場の機体と連携しながら後退しているもののジリジリと撃破されて少しずつ青点は少なくなっていた。


 さらに北西と北東の敵部隊はそれぞれ青点に回り込むように動き退路を塞ぐ構え。


 だが青点はそれを察してか、ある一点を目指しているように思える。


「……ここは?」

「ここは第3休憩所ですね。ほら試験場の敷地は広大なのでいちいちこっちに戻らなくても補給やパイロットの休憩ができるように設けられた施設です」

「分かり易くいうと高速道路のSAサービスエリアに整備場が付いたようなものです」


 山瀬さんの補足説明がどの程度正確なものかは分からないがいずれにしても大した設備ではないのだろう。


「そんな場所じゃそれほど弾薬も無いのでしょう? だったら包囲が完成する前に敵中を突破してきた方が……」

「うん? ちょっと待ってください……。今、新たに入った情報にいると体験試乗会の視察に来ていたトクシカ会長が第3休憩所におられるらしいのです」


 Oh……。

 インカムから入ってきた情報をそのまま私たちに教えてくれたヤマガタさんの言葉で敵の目的はハッキリしてしまった。


「あのオッサン、いっつも命、狙われてんな……」

「どういう事です? まさか敵の狙いは……」

「だって、そうでしょう? 敵は包囲の形を作っているのは北側。試験場の中央に位置する空港周辺には敵が来ていないじゃない」

「な、なるほど……」


 この試験場でもっとも重要と思われる空港周辺の施設群に敵の姿は無し。

 西も東も南もガラ空きだ。

 敵は北から来てトクシカさんのいる第3休憩所を包囲するような形を作っているのだからもうハッキリと言っているようなものではないか。


「まあ、いいわ。私もニムロッドで出るとしましょう。悪いけどガレージの場所を教えてくれない。ついでに先にライフルのマガジンに実弾を入れておいてもらえるかしら?」


 私のニムロッド・カスタムは輸送機から降ろされてどこかのガレージに保管されているハズ。

 つまり模擬戦中のプレイヤーたちとは違って模擬戦用のペイント弾なんか使わなくてもいいわけだ。


 ところがヤマガタさんが手近の職員を捕まえて私の機体の行方を聞いてみると、職員さんは何やらタブレットを操作するものの首を傾げて怪訝な顔をしていた。


「う~ん? お客様のHuMoは既に模擬戦に出られているようですが……」

「は? どういう事よ、それ?」

「ええと、サンタモニカ様という傭兵の方と一緒にマモル様が模擬戦に乗っていかれたようです」


 そんなんあるぅ……?


 茫然とした顔の私に対してさらに別の職員さんが駆け寄ってきて、マモル君からの言付けだというメモ用紙を手渡してくた。


「ちょっと知り合いだと思われたくないので、お姉さんの頭が冷えるまでサンタモニカさんたちと遊びに行ってきます」

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