62 ジャッカルの黄昏 前

 吹き飛び。

 固い床を2度、3度とバウンドして。

 それでも血塗られたように赤いエクスカリバーは立ち上がってきた。


「……そこをどけぇッッッ!!!!」


 そのまま再びキヨは突撃を始めるも、1発の砲弾と化したかのような勢いで敵が突っ込んでくるというのに総理は動かない。


 当たり前だ。

 彼の背の後ろにはヨーコとアグが乗るミラージュ・シンがいる。

 避けるわけがない。


 その代わりとばかりに総理の王虎は僅かに構えを変え、数秒後に迫った激突の瞬間を待つ。


 両の踵を外へ、逆に爪先は45度ほども内側へと向ける。


 空手道でいうところの「三戦サンチン立ち」に近い構えであった。

 だが、僅かに違う。


 それは総理の独創オリジナル

 かつての喧嘩友達を今でも同等の友だと思うための根拠。


 地球最強の男と呼ばれた粕谷正信と素手ステゴロでなれば互角に戦えるという事、それだけが人生の終点に近づいた老人が戦士としていられるたった一つの誇りの源であったのだ。


 対するキヨは暴力的なGの中であってもまだ余裕があった。


 キヨは運営チームの一員である。

 運営チームでも一部の者しかその存在を知らされていなかったミラージュ・シンの事は知らずとも、王虎キング・タイガーの事はキヨも良く知っていた。


 パイロット技能以外の能力によって戦闘能力が跳ね上がる?

 だから何だというのだ。


 格闘技経験者が持つ間合いの計り方、勝負勘、瞬間的な決断力の速さ。

 それらが組み合わさった時にナーフ前の竜波は非常に強力な機体となるというのは事実なのかもしれないが、だが、それもも所詮は「ランク6としては」と注が付く程度のものでしかない。


 第一、実装された竜波より王虎はその分、重量がある。

 しかしスラスター推力もジェネレーター出力も四肢のパワーも両者はまったく同じ。

 つまり若干だが重さのせいで動きは鈍くもなるのだろうし、推力重量比も低い。


 対してキヨが駆るエクスカリバーはミラージュ・シンには一歩劣るものの、ランク10であるミーティアを超えるスラスター推力と、格納庫のような閉鎖空間では立体的な機動を可能とするマグネット・アンカーを装備しているのだ。


 機動力で翻弄してやればナーフ前の竜波であろうと容易く撃破できるであろうと考えていたとしてもおかしくはないだろう。


 矢のように、砲弾のように一直線に王虎めがけて突っ込んでいくも、それはブラフ。


「そら! 付いてこれるか!?」


 エクスカリバーは手にしていたビームソードを対峙する王虎へと投げつけて自身は天井へと駆け上がっていく。

 既にワイヤーは天井に放たれていた。


 だが、その次の瞬間。

 エクスカリバーの機動力を爆発的に増大させるそのワイヤーが切断されていた。


「奥の手は最後まで取っておけ。それは理解できても、なんでそうしなければならないかは分かっちゃいなかったみたいだね!!」

「読まれた!?」


 その機種名のように白い機体が駆け抜けていく。

 カトーのミーティアである。

 キヨのエクスカリバーが天井に逃れると踏んだ、その刹那のタイミングを狙った一閃であった。


 ワイヤーが断たれた事により飛び上がったエクスカリバーの加速が緩む。


 同時にキヨの判断に一瞬の迷いが生じる。

 彼女にとってもエクスカリバーは初めて乗る機体。

 これまでその技量で1対複数の状況で戦い続けてきたが、どうしてもその戦法は機体の長所に頼った一辺倒なものとなってしまっていた。


 そしてそれを黙って見逃がすカトーではない。


 さらにそこへ両脚を失ったミラージュ・シンが体当たりさながらの突撃を見せる。


 弾切れとなったライフルの弾倉を交換してヨーコを迎え撃つ時間的猶予などあるハズもなし。

 かといってビーム・ソードは王虎へ投げつけてしまっていた。予備のビーム・ソードは腰の後ろのケース内、電動式のケースがゆっくり開くのを待つ時間も無い。


 結局、キヨは仕切り直しのために後退を選び、ヨーコへの牽制のために残ったミサイル全てを発射する。


「甘ぇよォ!!」

「なっ!? ば、馬鹿か!?」


 だがヨーコはミサイルなどお構いなしに突っ込んでくる。


 これがヨーコがプレイヤーであったならばそうする事もキヨは想定していたであろう。


 だがヨーコはNPC。

 プレイヤーやユーザー補助AIのように死んでもリスポーンするわけもなく、それを当然のように思っている。


 そして4発のミサイルの被弾とともについにミラージュ・シンはエクスカリバーに肉薄。


 キヨがBOSS機体であるエクスカリバーの豊富なHP量を活かして高速で天井やら壁やらに突っ込んで接触ダメージを受けながらも高速で動き回っていたのと同じように、結果を見ればミラージュ・シンのHP量でミサイルのダメージを受けながら突っ込んできたのだ。


 それでも被弾でミラージュはバランスを崩してフォトン・ソードで決着をつける事はできなかった。


「か、躱せた!? な、ならばまだやれる!!」


 光剣を躱された苦し紛れとばかりにミラージュはエクスカリバーを蹴り飛ばし、キヨはその衝撃に耐えながらもその瞳にはいまだ闘志の熱がある。


 だが……。


「お前さん……。自分よりも強い相手と戦った事が無いだろう?」

「なっ!?」


 蹴り飛ばされて地上に落とされたエクスカリバーを待ち受けていたのは総理の王虎。


 前に出した左腕を引いた時の反動を乗せた右拳が迫る。


「1発! 1発くらいならまだ受けられる!!」


 いかに王虎が格闘戦に特化した機体とはいえ、エクスカリバーの残りHPはまだ2万近くもある。


 この一撃さえ耐えれば、まだ反撃の目はあるハズ。


 そう思って重厚な拳の直撃を耐えるべく歯を噛みしめながら耐衝撃姿勢を取るものの、その次の瞬間などありはしなかった。


「儂は1人、お前さんのような奴を知っとるよ……。もっともアイツなら1対3でも鼻歌歌いながらどうにかするんじゃろうがな。まぁ、お前さんはそこまでの器ではなかったという事か……」


 総理の身体から戦いの熱が引いていく。

 潮が引いていくように。

 赤く熱せられた鉄がその輝きとともに冷えていくように。


 総理は自身の拳に貫かれて微動だにしなくなった赤い機体が聞いてはいないと分かっていながらも話しかける。


 総理の意思が乗り移った王虎の拳はエクスカリバーの胸部装甲を砕き、コックピット・ブロックを貫いて、その中にいたキヨを屠り、さらに背面のバックパックすら突き破っていた。


 これがランク6でありながらホワイトナイトすら撃破しうる能力を持たされてしまったが故に弱体化を与儀なくされたHuMoと、「CODE:BOM-BA-YE」が組み合わされた結果である。

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