61 夜叉と鬼

 ABHM-04 エクスカリバー

 汎宇宙犯罪結社ABSOLUTEで独自開発されたHuMo。

 ABHM-01から03までの機体群が既存機種の改修であったのに対し、04は完全新規の設計。


 特徴的な装備として宇宙要塞やアイゼンブルクのような要塞内部での戦闘のため、機動力を補助するマグネット・アンカーを有し、当然ながら要塞内部へ敵の侵入を許すという事は戦況が劣勢であるであるという事を意味するため、単機でも敵を圧倒する高性能機を目指して開発される。


 また開発母体であるABSOLUTEは各陣営との繋がりは薄く、しがらみが無いためにサムソン、トヨトミ、ウライコフ各陣営の技術の長所を高次元で融合させる事が可能となっていた。


 この3陣営の技術の融合は成り立ちこそ異なるものの、中立都市サンセットで開発されたホワイトナイト・シリーズと同種のものといえるかもしれない。


 そういう設定の機体である。

 キヨが隠匿されていた格納庫から持ち出したエクスカリバーは本来はイベント用の隠しBOSSとしての利用が想定されていた。


 そのため、ことマグネット・アンカーを十二分に活用できる天井や壁、床が使える要塞内のような環境で、キヨのような一流の腕を持つパイロットが操縦したのならばヨーコのミラージュ・シンと同等程度の総合性能を発揮する事が可能である。


「もうお止めなさい!! 勝敗はすでに決しました! 貴方がABSOLUTEにそこまで義理立てする理由も無いでしょう!?」

「あるんだなぁ!! それが!!」


 小型艦艇すら複数収容可能な広大な格納庫内をエクスカリバーがピンボールの弾のように跳ね回る。


 凄まじいほどの機動性、運動性にヨーコのミラージュ・シンはエクスカリバーを捕捉しきれないでいた。


 ミラージュ・シンの方がスラスター推力も、そこからくる推力重量比も上なのだが、空中で慣性の付いた機体重量をまたスラスター推力で慣性を殺して反転、あるいは静止するとなればどうしてもタイムラグが生じてしまう。


 それに対してキヨのエクスカリバーはスラスターの他にマグネット・アンカーも利用可能。

 おまけに壁や天井を蹴って瞬間的に反転する技術は一歩間違えれば激突してしまうほど。


「一体、あのアマの機体、どんなフレーム強度してやがるんだ!? サスが凄ぇのか!?」


 さすがのヨーコも敵の機動力に舌を巻くが、口から出た言葉は常識的ではあるが的外れ。


 実はキヨもエクスカリバーも高速で壁を蹴る瞬間にダメージを受けている。


 確かに衝撃をいなすサスペンションも、機体フレームの強度も、Gをいなす機構を備えたコックピットの耐GシートもBOSS機体に相応しいだけの性能を有している。


 だが、それだけでヨーコのミラージュ・シンを翻弄するだけの機動ができるわけではない。


 キヨは耐えているのだ。

 エクスカリバーもただ1発の被弾すらしていないというのに残りHP量は3分の2ほどまで減っている。


 試しにヨーコも壁を蹴って反転する技を見様見真似で試してみるものの、その衝撃でコックピットの中の2人は盛大にシェイクされて、身体に食い込むシートベルトによって苦悶の声を上げ、それを堪えて何とか目を開いた時には視界の端が黒く靄がかかったような状態になっていた。


 それはキヨも同様なのだが、自ら死地に飛び込む他にヨーコのミラージュ・シンに勝つ術が無い事を彼女は理解していた。


 理解しているからそうする。


 ミラージュ・シンの存在すら知らなかったキヨであるから、これは運営チームの一員としてデータを持っていたというわけではない。


 パイロットとして、プレイヤーとしての直感。

 そして我が子にも似た者たちを奪われた執念がキヨを突き動かしていた。


「ヨーコちゃん、立て直せ!!」

「その間は儂らがッ!!」

「邪魔だよッ!!」


 ヨーコ機に迫るエクスカリバーとの間にミーティアと竜波が割って入るも、キヨはこれを一蹴。


 刀一振りで次々と戦果を上げ続けてきたカトーのミーティアが、運営チームですら想定外であった「CODE:BOM-BA-YE」を使う総理の竜波が「邪魔だ」と言わんばかりに蹴とばされて壁にぶつかり動きを止める。


「ばっ!? 2人とも無茶すんなッ!! カトーさんは装甲ボロボロだし、総理さんの機体なんてコックピット・ブロック剥き出しじゃねぇかッ!?」


 未だ眩む目を圧してヨーコが前に出る。


 総理たちは2人揃って脳震盪でも起こしたのか動きを止めてしまっていたが、そもそもキヨは彼らの事などはなから眼中に無いとでも言わんばかりに両者を無視して突っ込んできた。


 ミラージュはフォトン・ソードを、エクスカリバーはビーム・ソードを構えて一直線に互いに向けて一直線。


 勝った。

 そうヨーコは思った。


 フォトン・ソードとビーム・ソードがぶつかり合った場合、ビーム・ソード同士のように鍔迫り合いは起こらない。


 高密度の収束フォトンが超高温のプラズマ・ビームに触れた場合、極めて小さな素粒子であるフォトンはプラズマの流れを逆流、ビームの発生素子を一時的に乱す現象が発生する。


 つまり短時間ではあるが敵のビーム・ソードは使用不可能となるのだ。

 パイロットでありながら自身で機体を制作する技術者でもあり、また実用レベルで唯一フォトン兵器を制作可能な素粒子学の研究者としての一面を持つと設定されたヨーコのみが知る秘策である。


 エクスカリバーは右手にライフル、左手にビーム・ソードを持った状態で戦っているが、先ほどからライフルは使っていない。


 恐らく、付いて離れてを繰り返す戦闘に対応するために左右の手にそれぞれ武装を持っているが、そのために弾切れとなった弾倉を交換する事ができないのだろうとヨーコは踏んでいた。


「甘いよ、ヨーコちゃ~ん!!!!」

「なっ!?」


 2機の赤い機体の剣がぶつかるかと思われたその瞬間、ヨーコの視界から敵の姿が消えていた。


 標的を無くしたミラージュの剣は虚しく空を切り、そしてミラージュの両の脚部が切断される。


「なっ、下!? う、うわぁッ!?」

「きゃああああああああッ!?」

「し、舌ぁ噛むぞ!?」


 ライフルを持っていた方、左手首のマグネット・アンカーを使って逃れたのかと思ってそちらに敵の姿を求めていたヨーコであったが、見当違いの方向からの攻撃に斬撃を躱す事すらできなかった。


 キヨのエクスカリバーがマグネット・アンカーで逃れたというところまではヨーコの予測通り。


「……足にも付いてやがったってのか。まんまと嵌められたってわけだ」


 両脚部のスラスター推力を失ってバランスを崩したミラージュ・シンはそのまま床へと激突。

 フォトン兵器でしか破壊できないような強度の床の上を火花を散らしながら滑っていき、その中でもヨーコは何とか機体を敵に向けると敵の足元には回収しきれずに踏みつけられたワイヤーがあった。


「奥の手は取っておけってね。ヨーコちゃんからついさっき教えられたばかりの事だね!」


 ミラージュの中から飛び出したミラージュ・シンでテルミナートルを撃破した時の意趣返しをされた形。


 歯噛みするヨーコとは対称的に既に勝利を確信したように勝ち誇った調子のキヨ。


 だがその乗機、エクスカリバーも限界が近いようで頭部のツイン・アイカメラから機械油が漏れ出ていた。


 ヨーコにはそれが機体が泣いているかのように思われるのだった。


 それがキヨの気迫の理由なのか?

 涙を流しているかのような敵機の戦う理由は分からない。

 だが、かといっておめおめと負けてやる理由にはならないだろう。


 気迫、執念、殺意。

 敵のプレッシャーに飲まれまいと深呼吸してヨーコは再び操縦桿を強く握りしめる。


「まだだ! まだ足を失っただけだ!!」

「よう言うた……。じゃが下がっておれ」


 再びヨーコの視界からエクスカリバーが消える。

 だが敵が動いたのではない。

 倒れたミラージュ・シンとエクスカリバーとの間に別の機体が割って入ったのだ。


「先輩……? いや、違う……」

「戻ってこんから勝手に使わせてもらう事にするわい」


 虎Dが格納庫に残して行った試作型竜波、王虎キング・タイガー

 その機体を駆っているのは総理であった。


 ゆっくりと王虎が手の平を上にした状態で前に出して、クイと指を曲げる。


 分かり易い挑発であったが、我が子にも等しい者の敵討ちを邪魔されたキヨは激昂。


「そこをどけぇッ!!!!」


 乗機の爆発的な推力で一気に距離を詰めて斬りかかるも、総理は動かない。


 だが、既にビーム・ソードが振り始められたそのタイミングになってほんの僅かにだけ意識を乗り移らせた機械の巨体を沈み込ませる。


 右手は敵の剣を持つ左手を制し、左の掌底は敵の腹部を打つ。


 ほんの僅かな、最小限の動き。

 めまぐるしく動き回っていたミラージュ・シンとエクスカリバーの戦いを“動”とするならば、もはや“静”と言ってもいいほどの。


「ふむ。手足が長い分、やれることが格段に増えとるな……」

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