31 作戦

 怪訝な顔を隠そうともしないヨーコに、カトーはくすりと笑ってから続けた。


「言っただろう? 私ぁヨーコちゃんを敵に回すつもりはないよ。だから今言った計画は無しだ。そういうわけで次はプランBだ」


 そういうとカトーは“射手座”と同じ顔の少年に目配せしてプロジェクターに映されていた映像を機動要塞アイゼンブルクの拡大画像へと切り替える。


 スクリーン一杯に映し出されたその巨体は想像していた以上に醜悪そのものであった。


 全体は黒いが染み出たオイルに土煙が付着したのか全体的に薄汚れた雰囲気。その末端のあちこちで何の脈絡もなく設置されたランプが赤やら緑の光を発している。


 その芋虫のような胴の周囲には巨塔のように巨大な足がいくつも迫り出してその移動をサポートし、それらの脚や胴の下の辺りからは赤茶けた土煙が立ち昇っているがそれとは別に背面からは濛々と白煙が絶えず立ち昇っていた。


「攻撃目標は2つ……」

「攻撃目標? ウライコフの艦隊の攻撃を平気で退けるような移動要塞を相手にかい?」

「何もいきなり撃破してやろうってんじゃないよ。こんな馬鹿みたいにデカいのが動き回るだなんて、それなりに無理をしていると考えるのが普通だろう? 脚を1つか、あるいは幾つか潰せば動けなくなるだろうし、ここの白い煙が上がっている所はサーモグラフィーで見てみると随分と高音になっているみたいだね」

「廃熱機構か!?」


 スクリーン内には熱感知カメラの映像が重ね合わされ、カトーの言葉通りアイゼンブルクの上面、白煙を噴き上げている箇所は明らかに他の部分よりも高温となっている事が示されていた。


「廃熱機構を潰せばこの巨体を動かせるだけの出力を出せなくなる可能性は十分にある。仮に速度が落ちるだけだったり、あるいは移動速度に変化は無かったとしても火器の使用には制限が出てくるハズさね」


 確かにウライコフの艦隊を全滅させたアイゼンブルクの火力の根幹である全身にくまなく配置されたビーム砲の全てを使用するには途方もない出力が必要になるハズ。

 ヨーコもざっと頭の中で計算してみたがカトーの作戦は十分に公算がありそうな話であった。


「つまりプランBの概要はざっとこんなもんさね。機動要塞が中立都市支配領域へ踏み入ってきてすぐに一次攻撃部隊がしかけて行動不能に追い込む。その後に傭兵組合がかき集めた戦力を集結して完全に撃破。敵さんだって応急修理くらいは考えるだろうが、大規模な補給なんてできないさ」


 その言葉に総理やマサムネにクロムネ、またカトーの仲間たちの何人かがゆっくりと頷く。


「そうじゃのう。いかに強力な兵器だろうと動けなくなっては後は潰れるまで攻撃を受けるだけ。どうやってあの巨体を隠していたのかはともかく、隠れていればやられる事もなく温存できておったのにのう……」


 総理としては「どうやってABSOLUTEが山のように巨大な移動要塞をこの惑星の海中に隠しておけたのか?」などはゲーム的なご都合主義であると理解していたが、あくまでNPCであるヨーコのためにそういうものだという体で話す。


「で、そのアイゼンブルクが中立都市の支配領域へと入ってくるのはいつ頃になるのですか?」

「明後日の予定さね」

「思ったより早いな……」

「そうだね。だから敵の動きを止める一次攻撃隊は私たちでやる。時間的猶予すらできれば傭兵組合だって十分な準備もできるだろう」


 実の所、カトーは傭兵組合などあてになどしていない。

 そもそも明後日にアイゼンブルクの動きを止めてしまえば、向こうの応急修理は数日間に及ぶであろうし、そうなればもうβテストが終わる方が早い。


 懸念点といえばβ版での課金システムが既に停止している都合上、各員が現在所有している以上の復活アイテムは使えないという事。


 だが、それを考慮してもカトーの仲間たちはそれを成し遂げられるであろうという自信がある。

 正直、仲間たちと36機のミーティアがあれば9年前のあの日だってヨーコの仲間たちを救えたのではないかという後悔すら感じるほどだ。


「それじゃ私も行くぜ。総理さんたちも付き合うだろ?」

「当然じゃ!」

「OK! 虎さんたちはどうだい?」

「モチロンっス!!」


 ヨーコは覚悟を決めた、というよりはごく自然に当たり前の事かのように攻撃部隊への参加を表明していた。


 総理も、マサムネも。

 そして虎Dやクロムネなんかはむしろ「面倒事が片付いた」とばかりにホッとしたような表情を浮かべているくらいである。


 もちろんヨーコや総理の参加に対してカトーも異論はない。

 ヨーコの陽炎ベースの改造機の火力はすでに確認済みであったし、敵の直掩機を考えれば接近戦で無類の強さを誇る総理の竜波も充分に戦力として頼りになるであろう。

 総理の補助AIであるマサムネの建御名方はミーティアと同格であるし、虎Dの補助AIが駆るキーエフベースの運営専用機はランク6の機体であるがカトーの仲間を相手に撃破されずに凌げるだけの能力はある。

 ただし……。


「ええとな。……あのセンチュリオンは誰んだい?」

「あ、それ、私が借りてきたヤツっス!!」

「あんなんで来たって的になるだけだから来なくていいよ」


 センチュリオン・ハーゲン。

 その機体の実態はHuMoの形をした固定砲台。

 いくら増加装甲で耐久力を底上げしていようと、その引き替えに機動性は皆無といってもいい。

 そして、いくら耐久力が増していようと機動要塞の砲火に耐えられるわけもないのだ。

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