32 訓練の合間に

 それからの数時間は翌々日の要塞攻略戦のための準備に充てられた。


 総理のガレージ内には次々とカトーの仲間たちのミーティアが運び込まれ、総理やヨーコたちを含めた陣形フォーメーションの構築のために小体ごと、あるいは中隊ごとにミーティングが行われ、HuMo用の訓練場に赴いての演練が重ねられていたのだ。


「あ~、しんど……」

「あ、ヨーコさん、お疲れ様です」

「あいよ!」


 訓練場から戻ってきたミラージュから降りてきたヨーコにアグが駆けよってタオルとスポーツドリンクのボトルを手渡す。

 ヨーコもアグに明るい表情を作って返すが、やはり疲労の色は濃くスポーツドリンクを一気に半分ほど飲み干してから大きな溜め息をついた。


「総理さんたちは……?」

「つい先ほどHuMoに乗って訓練場に。虎さんは別の機体を駆りに出かけていきました」

「なるほどね」


 ヨーコはガレージ隅の休憩スペースに置かれたソファーにどっかりと座り込むと周囲を見渡す。


 今も訓練場では総理たちも参加している模擬戦が行われているハズだが、それでもガレージ内には複数のミーティアが整備を受けていた。


 カトーたちが総理のガレージに移動してきた理由としてアグの護衛のため。

 ヨーコや総理たちが訓練に行っていても、他に誰かしらがガレージには残っているというわけだ。


「それにしても敵にしたら厄介だけど、味方にしたらこれほど頼りになる連中もいねぇだろうな」

「カトーさんがのお仲間さんたちの事ですか?」

「ああ。オバちゃんたちにイケメンどもとは思えねぇくらいだ。最初はミラージュの性能に面食らっていても、すぐに合わせてこれるだなんてなぁ」


 いわゆる次世代機の、それも高機動タイプに分類されるミーティアの性能もあるのだろうが、それでもヨーコは舌を巻くしかない。


 9年前のカトーはどちらかというと僚機を頼らずに自身が前を張るタイプのパイロットであったが、いつの間にか優秀な指揮官となっていたのだ。


 それはヨーコたちの目の前で整備されるカトー機からも窺う事ができた。

 カトーのミーティアは頭部に陣笠を思わせるレドームが装備され、バックパックにアンテナが増設されるなど索敵と通信機能が強化されてはいるものの武装は肉厚の実体剣が一振りとCIWSのみ。


 反りのある片刃の実体剣はカトーの腰にあるのと同じ打刀を思わせ、スラスターと脚力を合わせた加速から繰り出される斬撃はそれなりに強力なのだろうが、それでも射撃戦を捨てた構成はどちらかというと僚機の指揮に専念するためのものと思われた。


 カトーだけではない。

 カトーの仲間たちの駆るミーティアはそれぞれ各自の得意とする戦法に合わせたカスタマイズが施され、ある機体は瞬発力に優れたスラスターを増設して機動戦に特化し、またある機体は燃費性能に優れた増加スラスターで長時間に渡る滞空を可能としていた。


 また“射手座”のマモルの機体は大型のローターと大口径スナイパーライフルによって上空からの狙撃に特化した構成になっていたし、“射手座”と同じ顔をした少年の中には全身に大量のミサイルやらグレネードを装備した火力に特化した機体を駆る者もいるくらいだ。


 当然、そんなてんでバラバラの機体構成の機体たちはベースがミーティアといえども性能の傾向はバラバラで装甲を頼りにしないという点以外に共通項がない。


 そんな機体群を大隊規模で連携を取らせるというのはカトーの手腕なのだろうが、その大隊に異物であるヨーコや総理たちが加わるというのはともすると頭数が増えても連携が崩れて、結果的に戦力が落ちるという事にもなりかねない。


 故に明後日の本番に向けて彼らは訓練に励んでいたのだ。


「……ところで」

「はい?」

「これ、食ってもいいのかい?」


 ソファーとセットのテーブルの上に置かれたトレーの上には大量のおにぎりが並べられてラップが掛けられていた。


「はい! 私も何かお役に立てればとジーナちゃんと一緒に作ったんです」

「ジーナ? ああ、トミーってのの妹さんだっけ?」


 疲労が消えたわけではないが、スポーツドリンクを流し込んだ事で胃が目覚めて宿主に空腹のシュプレヒコールを上げ出したヨーコはさっそくおにぎりを1つ取って頬張る。


「おっ、美味いじゃん!!」


 トレーの上に並べられていたおにぎりは2種類。

 いずれも海苔も巻かれていないシンプルな塩むすびであるが、綺麗に形が整ったものとどことなく歪な形のもの。


 アグと一緒におにぎりを握ったというジーナという少女は軽薄そうな兄の尻ぬぐいをいつもさせられているせいか幼い割にどことなく神経質そうな表情の子だった事を思い出し、歪な方がアグの作ったものではないかとそちらを取って食べてみたのだが、その形とは裏腹、塩の具合が丁度良く、疲れた体にスルスルと入ってくるような絶妙な味のものであった。


「あっ、それ、私が作ったのです」

「へへっ、そうだと思ったよ。マジで美味いな、これ!」


 ヨーコが塩むすびの感想を告げるとアグも笑顔で返してくれた。

 その笑みがわずか数時間振りだというのに、なんだか久しぶりに見たような気がしてヨーコも嬉しくなる。


 やはり自分を狙って巨大な機動要塞が迫ってきているという事に気を病んでいるのであろうか?


 自分を守る者は何倍も増えているというのに、アグの表情はカトーからアイゼンブルクの話を聞いてから陰のあるものになっていたのだ。


「……ちょっと良いかい?」

「カトーさん、アンタも食いなよ。……って、なんだよ、その鍋の中身!?」

「こ、これは小魚……?」


 ヨーコが機動要塞撃破に向けての決意を新たにしていると2人の後ろからカトーがカセットコンロと鍋やら食器やらが入った籠を持ってきて、テーブルの上にセットする。


「若いモンは栄養のある物を食べないとね」

「いや、だからそれは何だよ!?」

「……これはウナギ? いえ、それにしては随分と小さいですわね……」


 カセットコンロの上に置かれた平鍋の中には細長い小魚が敷き詰められていた。

 カトーがそこに醤油ベースの割下を注いでコンロの火をつけると、それまで静かだった小魚たちは一斉に暴れ出す。


「ひぃっ!? こ、これ、まだ生きてんじゃん!?」

「なんだい? ハイエナは泥鰌ドジョウは食わないのかい?」

「ど、どじょう?」


 当然ながら惑星トワイライトは地球化テラ・フォーミングされたとはいえ、天然の泥鰌などいるはずもなく、ヨーコにそれを食べる習慣が無くとも当たり前といえよう。


 カトーは火を入れてすぐに鍋に蓋をしたとはいえ、鍋の中で蠢く無数の黒々とした小魚たちの断末魔は彼女を恐怖させるに十分であった。


 それでも鍋が温まるにつれて周囲に沸き立つ割下の甘い香りに食欲を刺激されるのは遺伝子に刻み込まれた本能といえようか。


「あれ……?」

「どれ、すぐにできるよ」


 カトーは一度、蓋を開けると事前に用意しておいた溶き卵を回しかけてネギを散らす。

 再び蓋をしてしばらく、とうに泥鰌が鍋の中で跳ねる音は無くなり、頃合いと見てカトーが蓋を開けるとそこには先ほどのグロテスクさなど微塵も感じさせない“料理”が完成していた。


「ほいよ、あちあち柳川鍋、精が付くよ」




(あとがき)

一応だけど、柳川鍋ってのは身を開いた泥鰌を使うのが主流なのでしょうか?

でもワイの家の泥鰌は生きたまま鍋にかけるのでカトーさんちもそうだという事で……。

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