25 鬼のカトー
「……おう、アグ……。生きてっかぁ……?」
「……なんとか」
炸裂、爆発。
轟音、爆音。
激震、激突。
前方から迫ってくるミサイルの槍衾に建御名方は突っ込む。
まるでこの世の終わりか、それとも人生の終わりかというほどの知覚できうる限りの振動と音の狂乱が過ぎ去った後、擱座した機体のコックピットの中で2人の少女はなんとか生き残っていた。
ヨーコは脳震盪の不快さに耐えながら霞む視界で機体状況を確認。
耐久力は8割以上も無くなっているし、頭部センサー群は全滅。
いくら操縦桿を動かしても建御名方は糸の切れた操り人形のように大地へ倒れたまま。
動作するスラスターは1つとしてないのに幾つかのタンクからは推進剤が減少し続けている。残量計のセンサーがイカれてしまっているのか、それとも推進剤の流出を告げる警報装置がオシャカになってしまったのかは分からない。
だが、とりあえずは機体が今すぐ誘爆を起こす状況でないとだけ分かれば十分である。
「ふふふ、あはは……! ここまでくると逆に笑えてきますわね! よくもまあ、あれだけの数のミサイルに突っ込んで生きてられましたわよね、私たち」
「……日頃の行いが良かったんだろ?」
「自称ハイエナのヨーコさんがそれを言いますか?」
「こんにゃろ! 悪党の元締めの娘のくせにいかにもなお嬢様でござい! って奴が言う事か!」
当の本人たちは気付いていないであろうが、いつの間にか2人は己の出自のようなキワどいネタの冗談を言い合えるような仲へとなっていた。
2人とも大地との激突の衝撃の余波で痛む体を労わりつつも笑い合い、それからヨーコがコンソールを操作すると「ガ、ガ、ガガ……」と何かがひっかかるような異音がしつつもコックピットハッチと胸部装甲が展開して外の光が差し込んでくる。
「まだ私たちの悪運は尽きてないみたいだな。アグ、走れるか!?」
「ええ、どこまででも!」
「馬鹿野郎、すぐそこまでだよ!」
これほどまでに機体が損壊していながらも、コックピットハッチやらが無事で済んでいた事、またアグも不思議に思っていたように多数のミサイルの中に突入しておいてギリギリのところで2人が生きのびる事ができていた理由。
これは別に2人の行いが良かったからではない。
全てヨーコの計算ずくの事である。
まず、敵の伏兵は建御名方を逃すまいと多数のミサイルをピンポイントで狙うのではなく、広域に向けて放っていた。
当然、ヨーコがそれに怖気づいて速度を落としていたのならば広範囲に散らばったミサイルは最終的には建御名方に対して次々と誘導されて突っ込んできていたであろう。
だがヨーコはCIWSで正面のミサイルの数を減らした上で、あえて速度を落とさずにミサイルの弾幕に突っ込む事で最低限の被弾で済ませていたのだ。
いわば直撃するミサイルの爆風やら破片を後からやってくるミサイルへの盾にするというギリギリの戦術。
その際に手足という機体の末端部位や手に持ったライフルなどで上手く機体正面を庇い、脱出の妨げにならないようにするという芸当まで見せる事ができたのは彼女の類稀なる操縦センスの賜物といえよう。
それを誇るでもないのはヨーコが謙虚だからではない。
9年前のあの日、彼女は思い知らされていたのだ。
目的を達する事ができなければ、その途上の苦労には一切の価値が無いという事を。
故に彼女は急ぐ。
「よし、行くぞ!」
「ええ!」
友の手を引き、擱座した機体から降りたヨーコの目の前すぐに目的の場所はあった。
距離は200メートルそこそこ。
走れば1分もかからずに総理のガレージへと辿り着く事ができる。
後ろからは今も残してきた仲間たちが戦っている音が聞こえてきていた。
焦燥感ゆえにヨーコの警戒心がおざなりになっていたとしても無理もない話であっただろう。
「動くなッ!!」
「両手を上げて、その場で跪け!!」
警告であったのだろう1発の銃声とともに駆けだし始めた2人の背後から怒声が浴びせかけられる。
「チィっ……!」
「ヨーコさん……」
「アグ、とりあえず、ひとまずは両手を上げておこう」
2人は誤解されないよう、ゆっくりと両手を上げるが、さりとて向こうの要求通りに跪く事は躊躇われていた。
無論、銃を持つ相手には危険な行為である事は重々承知の上ではあるが、それでも地面に膝を付けてしまえば反撃の可能性が限りなく薄くなってしまう。
「聞こえなかったか!? 跪けって言ってんだよ!!」
「脚でも撃っちまうか!?」
「まあまあ、女の子相手に後ろから銃を突きつけといてそこまでやる必要もないじゃろ?」
背後の者たちは3人組のようだった。
成人男性が2人に、男性2人よりもだいぶ歳を重ねたような女性が1人。
男たちはともかく、女の方はなんとも荒事には似つかわしくない歳の頃に思われた。
ミーティアを駆っていた女たちも中年のような声ではあったが、今ヨーコたちの後ろにいるのはそれに輪をかけて年長の、なんというか老婆のような声の持ち主であった。
「おいおい、そんな脅すなよ? ビビってチビっちまいそうだぜ!?」
ヨーコは両手を上げたまま、背後を振り向かずに3人組へと話しかける。
男たち2人は「Dead or Arive」の依頼どおりにすぐにでも銃をブッ放しそうな勢いであったが、老婆の方はどことなく男たちを抑えているようなそんな印象を受けたのだ。
もちろんヨーコも老婆が2人を逃がしてくれるとは思ってはいなかったが、それでも仲間割れでもしてくれたら上手く出し抜けるのではないかというような期待からの行動である。
アグが3人組の一瞬の隙を突いて、一気に振り返って腰の拳銃で制圧、というのは希望的観測が過ぎるだろうか?
いや、アグが意外と射撃が上手いとはいっても、あくまでそれは射撃場レベルでの話。
いきなり実戦で、しかもこのような不利な状況で100点満点の出来を期待するのは無茶だろう。
やはり、ここは自分がやるしかない。
ヨーコは徐々にヒートアップしていく3人組の言い争いを尻目に覚悟を固めていく。
「おいおい、指図するなよ。アンタと俺らとは今回の依頼に関してはあくまで同格って話だろう?」
「急ぎ働きは感心しないって話さね」
「そもそもターゲットを生かしたまま捕らえるというのはアンタらの理屈だろ、カトーさん?」
タイミングを見計らっていたヨーコであったが、男の内の1人が老婆のものと思われる名を口にした時、不意に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が彼女を襲った。
「……カトーさん? アンタ、カトーさんなのか!?」
「テメェは黙ってろ!!」
ヨーコは両手を上げたまま、その場で振り返っていた。
その目に飛び込んできたのは傭兵組合から支給されるツナギ服を着た男2人と、そしてヨーコも良く知る顔の老婆。
想像通りであった。
軽く猫背のせいで男たちよりも頭ひとつ背の低く見える老婆の頭には黒く漆の塗られた陣笠、その身を包んでいたのは贅沢に金糸で刺繍がされた黒い羽織に袴。
そして腰には2本の大小。
9年前に老婆自身から「男の中の男」として聞いた火付盗賊改方長官の服装である。
「よう……、『殺さず』『犯さず』『盗まれて困る者からは取らない』だっけ? それを教えてくれたアンタが何でアグを狙う?」
射るように真っ直ぐ老婆の眼を睨みつけてヨーコが問う。
老婆のハンドルネームは「カトー・カイ」。
かつて総理たちとともにヨーコの依頼を受け、絶望的な任務に身を投じた数少ないジャッカルの1人であった。
「貴女……、もしかして……」
「答えてくれよ、カトーさん!! アンタと聴いたナントカ・キングス、今でも覚えているぜ!? アンタは違うのか!? アンタは変わっちまったのか!?」
「…………」
老婆の震える手が腰へと伸びていく。
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